355 足りない鳥はいずこ
コクトーが入り口に向かって叫ぶ。
「入りたまえ!」
入り口の垂れ幕が上がり、一人の体格のいい騎士が入ってくる。
その人物を見たロロは、あたふたとしながらロザリーの服の裾を掴んだ。
「えっ? えっ? ロザリーさん!」
ロザリーはこれ以上ないくらい大きく紫眸を見開き、議場の末席で足を止めた彼を見て、ついに叫んだ。
「グレン! どうして!?」
「私が呼んだ」
コクトーは表情も変えずにそう言った。
グレンは見慣れぬ制服を着ていて、末席で姿勢を正している。
コクトーが言った。
「グレン卿。所属と姓名を名乗りたまえ」
「ハッ。鳥籠騎士団団長、グレン=タイニィウィングでございます」
グレンは落ち着いた声でそう名乗った。
ロザリーとロロが顔を見合わせる。
(前に言ってた雛鳥だけの騎士団――本当だったんだ!)
驚いた表情を見せたのはロザリーたちだけではなかった。
アラドがハッと気づき、口走る。
「鳥籠……まさか!」
コクトーが頷き、説明する。
「鳥籠とは、王都ミストラルにある皇国騎士の子専門の保護施設〝鳥籠〟のこと。グレン卿はそこで育った〝雛鳥〟――つまり皇国騎士の血筋でありながら、現在は獅子王エイリスに忠誠を誓う王国騎士であります。いわば、両国の友好を体現した存在といえましょう」
説明が終わった瞬間、皇国側の出席者たちに暗い感情が巻き起こった。
外務卿の一人が立ち上がり、コクトーを糾弾する。
「〝鳥籠〟などという忌まわしい名の牢獄に繋いで、幼い頃から洗脳したのだろう! それが両国の友好などと……悪趣味なッ!」
しかしコクトーはその反応を予期していたようで、何事もなかったかのように続けた。
「皇国諸卿のおっしゃりたいこともわかる。だが今回グレン卿に来てもらったのは、あなた方に躾けた〝雛鳥〟を見せびらかすためではない――」
ここでコクトーは向きを変え、幼き皇帝に向かって首を垂れた。
「――魔導皇帝陛下。獅子王国宮中伯コクトーが恐れ多くも申し上げまする。かの者は鳥の血を引きながら獅子の地に生まれ、運命に弄ばれた者にございます。何卒、グレン卿にお言葉をかけてやってはいただけませぬでしょうか」
「無礼者ッ!!」
魔導皇帝への突然の直言。
アラドが思わず腰を浮かせたが、ウィズベリアが手で止めた。
先ほどまで肘置きに身を預けて船を漕いでいた幼き皇帝が、その眼を大きく開けて、コクトーを直視していたからだ。
首を垂れたままのコクトーから視線を移し、皇帝はグレンを見た。
見られた瞬間、直立するグレンのつま先から首の後ろまで、理由のわからぬ身震いが走る。
それでもグレンは姿勢を崩さなかった。
幼き皇帝が言う。
「グレンと申したか」
「ハッ!!」
思わず首を垂れたグレンに、皇帝から問いが飛ぶ。
「名は?」
「……は?」
名乗ったばかりだ。
何か隠された別の意味のある問いなのだろうか。
グレンは困って、首を垂れたままコクトーのほうを見た。
コクトーはただ、「答えろ」と目で促した。
「……グレン=タイニィウィングでございます」
「違う」
幼き皇帝は首を横に振った。
「鳥の名だ。知らぬか?」
グレンは頭が真っ白になった。
知らないかといえば、知ってはいる。
かつて鳥籠にて、父母と親友だったという人から教わった名。
ドルクからもその名で呼ばれた。
おそらくは正しい、自分本来の名。
だがここでは――。
そうしてグレンがロザリーに目を向けた。
親友である彼女の前で、彼女にも打ち明けていないことを口にするのが、何か裏切りのように感じたのだ。
だがロザリーは。
「!」
グレンの視線を受けて、ロザリーは微かに頷いた。
(そうだ……あいつはスノウオウル。ロザリーだって同じじゃないか)
グレンはグッと顎を引き、幼い皇帝に宣言した。
「グレン=フェザンテールでございます!」
皇国側の外務卿たちが大きくざわつく。
彼らが顔を見合わせ囁き合う中、皇帝は彼女には聞こえる声で言った。
「ウィズ」
「ハッ。至急、フェザンテール家の者に報せます」
それが耳に届いたグレンは、愕然とした顔で呟いた。
「フェザンテール……家?」
ロザリーが長テーブルに身を乗り出す。
「親戚がいるってことだよ、グレン! もしかしたらお爺様とか、おばあ様とか!」
「俺の!?」
「よかったね、グレン!」
「あ、ああ……」
グレンは意味もなく自分の両手のひらを見つめ、それを胸に抱いた。
ロザリーは思わず涙ぐんでいる。
その様を遠目に見つめる皇帝が、またも小さき声で言った。
「ウィズ」
「ハッ」
「余は知ることもだいじだと思う」
「……ハッ」
「この話、ロザリーのいうとおりに」
「……承知致しました」
今日の会議が終わった。
参加者たちが大天幕から出ていく。
外はもう日が暮れて、草原の彼方に赤い滲みを残すのみとなっていた。
先に大天幕を出たグレンの背を、追いついたロザリーが勢いよく叩いた。
「いてっ!」
「グレン! 来てくれてありがとう!」
グレンが背中を擦りながら答える。
「何も。コクトー様に呼ばれて来ただけだ。まさか会議に出ることになるとはなあ」
「それでもグレンのおかげだよ! あのままじゃ無理だったもん!」
「ま、俺よりもコクトー様に礼を言うんだな。これでお前の持ってきた話はうまくいきそうなのか?」
「ん、明日次第、かな。やるとは決まったけど」
「中身次第だもんな」
「そういうこと。……あ、コクトー様!」
入り口から出てきて他方へ向かうコクトーを見つけた。
彼は軽く手を挙げただけで去っていく。
ロザリーはコクトーに向かって深く、頭を下げた。
「グレン団長」
誰かがそう呼び、ロザリーは頭を上げた。
そしてグレンを呼んだ男を見て、首を捻る。
「あれ……?」
どこかで見覚えのある顔だった。
グレンよりやや小さい、体格のいい中年騎士。
皴の深さと傷痕の多さが長年の苦労を窺わせる顔だが、ピンとあっちこっちに立つ短い髪や脂ぎった肌が気力の充実を感じさせる顔でもあった。
「へえ。ロザリー、こいつに見覚えが?」
そう言うグレンはイタズラっぽい表情。
問題の中年騎士は、にこにこと機嫌よさげに笑っている。
ロザリーは遠慮なく中年騎士に近づき、彼をまじまじと見つめた。
「……思い出した! 鳥籠で、よく衛兵に殴られてたおじさんだ!」
「ご名答!」
中年騎士はよりいっそう、機嫌よく笑った。
グレンが笑いを堪えて彼に言う。
「ククッ。思い出してもらえてよかったな、よく殴られてたおじさん?」
「ガハハッ! 子どもたちはみんなそんな認識でしょうな!」
「え、でもどうして……?」
グレンはロザリーに向き直り、彼を紹介した。
「彼はジャミルだ。副長を任せてる」
「そうだ、ジャミルおじさん!」
「鳥籠騎士団は雛鳥で構成するって話だったんだが……雛鳥って俺やロザリーが年長だろ? 新卒や学生ばっかなんだ」
「ああ! それで鳥籠にいた大人の人を?」
「そういうこと。ジャミルは鳥籠の取りまとめ役だったから、真っ先にスカウトしたよ。他にも――おい! こっちだ!」
グレンの呼びかけに応えて、揃いの魔導騎士外套を着た騎士たちがこちらへやってくる。
「あ……お医者さんなのによく風邪ひいてたおじさん! そっちはいつもこっそりお菓子くれたおばさん! あなたは……」
近づいてくる懐かしい面々に、ロザリーの記憶が呼び覚まされる。
遠い昔の忘れていた記憶に触れて、ロザリーは胸が熱くなった。
「ミルコです。そういやよく風邪ひいてましたねぇ」
「ジェシーだよ! やっぱり子供はお菓子くれた人のことは忘れないね!」
そこから何人もの中年の騎士たちと握手したり、抱き合ったりして、ロザリーは思わず泣いてしまった。
新卒騎士――年下の雛鳥の子たちについては記憶が曖昧だったが、それでも一緒に遊んだ子のことは覚えていた。
グレンが言う。
「会わせてやれてよかったよ。みんなロザリーに会いたがってたんだ」
「ほんと?」
「そりゃそうさ。俺たち鳥籠から出た大魔導、俺たちの英雄なんだから」
「やめてよ。グレンはそう思ってないでしょ?」
「……正直、それだけじゃないんだ。みんな、お前にルイーズ様の面影を見てる。俺たちはガキでわかってなかったけど、あの頃の鳥籠で、ルイーズ様はただ一つの光だったんだ」
ロザリーが面々を見回す。
誰もグレンの言葉を否定せず、頷いたり、ただ笑顔を浮かべていたりしている。
「皆さん……グレンのこと、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたロザリーにも温かい反応ばかりだったのだが、グレンだけは眉を顰めていた。
「……なんだそりゃ。母親ぶった言い方するなよ」
「え~、感動の場面じゃない。そこは『僕も頑張ります!』でよくない?」
「俺は僕なんて言わねえし!」
「そうだっけ? 昔は僕って言ってたよ?」
「昔も言ってねえし!」
「そうかなあ?」
「言ってない!」
「ためしに言ってみて? 『僕、グレンです。いい子にします』って」
「言うかっ!」
二人のやり取りに、鳥籠騎士団の面々はおかしそうに笑った。
――このとき、ロザリーには尋ねたいことがあった。
かつての記憶を取り戻したロザリーにしてみれば当然の疑問。
確かめたかった。
でも、どうしても聞けなかった。
聞いてしまえば、感情をコントロールできる自信がなかった。
籠の鳥は、まだ何羽もいたはずだったから。
きれいに終われそうな流れだったのですが、こういう締め方にしました。
敗戦後の王国で、鳥籠の人々が平穏無事に暮らせたとは到底思えなかったので。





