第十八話 振出しに戻る
アランとザクレイさん、二人が、アディを彼女の部屋まで運んだ。その間、僕は周辺の清掃を行っていた。アリスはレインから傷の手当を受けていたが、その目は虚ろだった。
光の灯っていない正気の失われた双眼。
手当を終えた後、しばらく休ませた方がいいだろうな。僕はそんなことを考えていた。
少し経って、二人が戻ってくるなり。
「お願い!」
アリスがザクレイさんに泣きついた。
「会わせて、今すぐアディに会わせて!」
表情はぐしゃぐしゃ。両の目玉からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちていた。必死に顔を歪めながら懇願するアリス。しかし。
「今は落ち着きましょう」
ザクレイさんは諭すような口振りで、アリスの両肩に手を添えた。
「お気持ちは察するに余りあります。しかし、今の状態で彼女の姿を目にすれば……。貴女はもう、正気ではいられなくなる。今はまず落ち着くのです」
ザクレイさんが言うと、アリスは「ううぅ」と、その大きな胸に顔を埋め、声を押し殺しながら泣き始めた。高級な召し物が汚れるのも厭わず。ザクレイさんは紳士的な応対で、アリスを慰め続けてくれた。
「これを飲んで、それから様子がおかしくなったと。間違いないね?」
レインは一個の瓶を観察している。上から、下から、横から。そしてしばらく見眺めたあと、肩を竦めてみせた。
「入れ物にはなんの異変も見当たらないね。口を付ける部分に塗布されていた、もしくはポーションそのものに毒物が混ざっていたとしか考えられない」
僕も同感だった。
だが、そうなるとますます雲行きは怪しくなる。
何故なら。
「して」ザクレイさんがアリスの頭を撫でながら口を開いた。「彼女が魔力ポーションを飲用していたという事実。知っていた者は?」
「必要ありません」僕はキッパリと断言した。「全員ですよ。亡くなったユキとジョンを含めた太陽の煌めきのメンバー、その全員が知っていたことです」
「間違いないですか?」
問われたアランは、居心地悪そうに顔を背け「まあな」と唇を尖らせた。自分たちが疑われている。アランの態度からは、その事実に対する苛立ちが見受けられた。
「動機は……金塊かな?」
レインが事もなげに言い放った。
「チッ、また疑うのかよ」
「仕方ないじゃありませんか。僕とザクレイは、アディさんが魔力ポーションを飲用しているだなんて知らなかった。つまり犯行は不可能なんですよ。だとしたら残された可能性は一つ。犯人は太陽の煌めきの中にいるということですよ」
確かにレインの言うとおりだ。
だが、それは一つの可能性に過ぎない。
そして可能性とは分岐するものだ。
「現状は、そうとしか思えませんね」
僕はレインとアランの間に割って入った。
そして瓶を拾い上げ、それをじっくりと観察する。
「……同じだ」
「えっ?」
「この魔力ポーションも、レインさんが飲用していたものと全く同じ種類のものだ。つまり、すり替え行為は不可能じゃない」
「何を言いますか!」
一歩踏み出すザクレイさん。それを止めたのはレインだった。右手で静止し、それ以上先に行くなと暗に命令を下している。
「続きは?」
「レインさんほどの財力があれば可能だと思いましてね。腕利きの情報屋を雇うことも」
「それで?」
「確かにアディは魔力ポーションを飲用していた。そしてその情報は秘匿されていた」
理由は単純だ。冒険者とは、時に同業者を潰し合うこともあるから。
万が一アディの不調が明るみに出れば、それを聞きつけた冒険者パーティは太陽の煌めきの戦力を削ぎ落とすべく、魔力ポーションの買い占めを行う可能性があった。故に、この情報は秘匿されていたのだ。
「しかし、レインさんの財力があればこの情報を入手することも不可能ではなかった。その可能性を否定する材料を貴方は持ち合わせていますか?」
レインは「はあ」と溜息を吐いて両手を上げた。
「君には敵わないね、ユキト君。君の言う通りさ。僕たちに、君が抱いた疑いを晴らす術はない。なんらかの方法で君たちの情報を事細かに入手していた。そう疑われてもそれを否定する材料はないよ」
「坊ちゃま!」
「そんなに荒ぶるんじゃない。身体は大切にしないと。もう若くないだろう」
「し、しかし」
「安心して。結局は振出しに戻っただけなんだから」
「……ですね」
僕もレインを真似て両手を上げる。
完全にお手上げというやつだ。
容疑者は、依然変わらず屋敷内にいる僕たち五人。そして【ソノモノ】がどのような手口で犯行を重ねているのかも見当がつかない。
文字通りの振出し。
何一つとして分からないままに、僕たちはまた一日を終えるのだ。
☆ ☆ ☆
数時間後。
やはり僕たちは、大広間に留まっていた。
誰一人として個室に戻ろうとする者はいない。
「また相互監視かよ、うざってぇな」
「仕方ないじゃない」
少し落ち着きを取り戻したアリス。
栓もないことを言うアランを咎めるような口振りである。
「無理もないさ」とレイン。「今の状況で単独行動を取る奴なんて、自分が犯人だと自白しているようなものですから」
「なにはともあれ、疑われたくないのなら相応の行動を心掛けるしかないですね」
「ですな」
かくして僕たちは、互いを見張りつつ、短い休眠を取りあうのだった。
とはいえ、ほとんどの人が眠れなかったろう。かくいう僕も三十分に一度は目を覚ましていた具合だ。
気が休まらないという状況をダンジョンの外で経験することになるとは、思いもしなかった。




