第十七話 三人目
次からは第四章に入ります。
食欲をそそる香りが室内に漂い始めていた。そして、その香りに誘われるように、
「ん……」
僕は目を覚ましたのだった。
蝋燭の消耗具合を見るに、夕方の六時くらいだろうか? そう思い窓の方に視線を向けると、外の世界は仄かなオレンジに染め上げられていた。
「よく眠れたな」
ふわあ、と欠伸を一つ。それから背筋をぐぐ……と伸ばしてから、僕は洗面台の前に立った。顔を洗い、口を濯ぎ、髪を梳く。
「よし、と」
僕は開錠し、大広間へと直進した。大広間には既に僕以外の全員が揃っていた。
「おはようございます」
僕が言うと、各々が適当な返事を。
「よく眠れたかい?」
レインに問われ、僕は「それはもう」と満面の笑みを咲かせる。気分爽快とはまさにこのことだ。
「色々と趣向を凝らしてくれてね」とアリス。「今日も今日とて、面白いレア物が出てくるらしいわよ?」
アリスも中々に上機嫌らしい。
理由を尋ねると、ザクレイさんが応じてくれた。
「ワンハンドレッド・シープをご存じですかな?」
バカにしているのか?
思わずそう聞き返したくなるような質問だった。
「それはもう。それを知らない冒険者は冒険者失格ですよ」
ワンハンドレッドシープはFランクのモンスターだ。強さ自体はスライムと大差なく、撃破するだけならばなんら苦労もない。問題は、出現頻度。
本当はもう絶滅しているのではないか?
そんな噂が広まるくらいに希少性の高いモンスターなのだ。また、ストレス耐性が低く人間による飼育も不可能。故に、野生の状態で狩るしかないという。
百分の一の確率でしか見かけない。
故にワンハンドレッドシープらしいのだが、百分の一の確率で発見できるのならばどれだけ楽だろうか、というのは冒険者ならば誰もが一度は口にする文句である。
「もしかして、それが今日の食事に?」
ザクレイさんは微笑み顔で頷いた。
「なるほど。それでアリスが元気いっぱいというわけですね?」
「俺だって最高の気分だよ」
頬を赤らめながらアランが言う。既に酔いが回っている様子だ。
「ワンハンドレッドシープ、あの幻の食材を目の当たりにできるとは、夢見心地もなるってなもんだぜ」
道理で嗅いだことのない香りが漂っていると思った。まさかワンハンドレッドシープとは。これには僕も、思わず浮足立ってしまう。
☆ ☆ ☆
「では、まずは前菜から」
僕もアランもアリスも、みんながソワソワしていた。
普段はおしとやか系で通しているアディですら高揚感を隠せない様子だ。アディの貧乏揺すりだなんて、ひょっとしたらワンハンドレッドシープよりもレアかもしれないぞ?
僕たちは各々のペースで食事を進めていく。とはいえそのペースは明らかに以前よりも早い。誰もが楽しみにしているのだ。今夜の主役、ワンハンドレッドシープの登場を。
そしてついにその瞬間がやってきた。
「おお! こ、これが……ッ!」
第一に歓声を上げたのはアラン。次いでアリス、僕、アディと続く。
「喜んで頂けて光栄です」レインが微笑む。「さぁ、思う存分にご堪能下さい! トラブル続きで金塊を渡す機会も遅れてしまっていることですし、この程度の持て成しは当然ですよ」
言われて思い出す。
そうだ、本来はそれこそが目的だったのではないかと。
今となっては太陽の煌めきは四人になってしまった。一人頭二十五本の計算。二億五千万か、随分な大金だな……。
僕はワンハンドレッドシープを一口含み、感動を覚えた。
そして同時に、強い衝撃に襲われる。
――まさか。
それが動機だとでもいうのか?
百本の金塊。
一人につき十六本だ。しかし、貰える本数は太陽の煌めきのメンバーが減れば減るほど増えていくことになる。
万が一【ソノモノ】がパーティメンバーの中に潜んでいた場合。その動機は間違いなく金塊の独り占めだろう。一人で十億もの大金を得ることこそが【ソノモノ】の目的なのだ。
僕は心の中で問いを発する。
お前は、そんなことのために二人も殺したのか?
お前は、そんなに大金が欲しいのか?
しかし返ってくる声があるはずも無く。
「想像以上だ」
僕は思考を振り切るように明るく振る舞った。
「ワンハンドレッドシープ、聞いていた以上に美味しいです。これは一度食べたら忘れられない味ですよ!」
「百に対して一度で忘れられぬ、と。やはりユキト様の言葉には深みがありますな」
ザクレイさん、お褒めのところ申し訳ないけど、今の言葉は適当だよ。
などと思っていると。
――ガタガタガタッ、と。
長机が急に震えだした。
そしてその揺れは次第に大きなものとなっていった。
「地震かァ?」
やや舌足らずな様子でアランが言う。
しかしそうではない。
僕の視線はしかと捉えていた。
彼女が――アディがあるものを取り出すのを。
アディはそれを。一個の瓶を取り出し、飲み干した。
魔力ポーション。彼女には欠かせない必需品。だが、それを口にした途端にそれは起きたのだ。
ガタガタガタッ!
長机の揺れはさらに強くなる。
「かふうっ!」
同時に、アディが咽せ込み、その全身が激しい痙攣を始めた。
「ひぃ!」
椅子から転げ落ちるアリス。その拍子に「痛ッ!」と声を漏らす。手に持っていたフォークで怪我をしたのだ。
だが僕はそんなアリスをよそに、急いでアディの元へと駆け寄った。そして背中を強く擦る。
「吐き出せッ!!」
「う、うぅ……、ううううっ!!」
喉を掻きむしりながら目尻に涙を浮かべるアディ。
ガタガタと痙攣し、ついぞ泡まで吹き出してしまった。
「アディ!!」
ドンッ、ドンッ、と。
僕は渾身の力でアディの背中を殴打した。痣になってしまうかもしれないとも思ったが、命が懸かっている以上そんな悠長なことを気にしている暇はなかった。
「ぐぅ、ふッ」
「しっかりしろ、アディ!!」
「――かはっ!」
最後に。
アディは血を吹き出して長机に突っ伏した。そしてそのままズルリ――と崩れ落ち、倒れたのだった。
☆ ☆ ☆
「ダメです。彼女は……アディ様も亡くなっておられます」
悲壮感に満ちた低い声。
ザクレイさんの言葉が、残酷な真実を告げた瞬間だった。
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