第三章 第二十三話 朝焼き
空が青に染まり朝を告げる頃,森の中で身を潜めていたエラン達が少し動いた。それはカセンネが突撃の合図である左手を挙げたからで,それを見ていたヒャルムリル傭兵団の先陣を切る者達も武器を手に合図を待つ。そしてカセンネの左手が下りるのと同時にエランとハトリ,そしてヒャルムリル傭兵団からの先陣が一気に森の中を駆け出す。そんな中でエランは自分の中に有る剣を抜く。
「抜刀,フェアリブリューム」
森の中を背丈が低い草木を裂けるように木々を足場に空中を進むエランの中で剣が抜かれると,身体から白銀色の光を放つのと同時にエランの背中から蜻蛉の翅に似たモノが,白銀色の二枚翅が生えるように出るとエランの中で完全に剣が抜かれて切っ先は天を指す。それと同時にフェアリブリュームの能力が発動して一気にブラダイラ軍の本陣へと迫った。ここまで来れば最早,静かにしている必要はないとばかりにエランはイクスに声を掛ける。
「イクス」
「わーってる,一気にやっちまおうぜっ!」
「うん,行くよ」
「おっしゃっ!」
イクスの刀身から少量の炎が灯る。フレイムゴーストの能力は堅い鎧を通り抜けて肉体だけを斬り裂き焼き払うのだが,炎の量を調整する事で斬る事が出来る硬度が変わってくる事をエラン達は既に突き止めていた。そしてそれはフレイムゴーストが発する炎の量と比例する事も。
つまりフレイムゴーストは最大の炎だと鋼鉄すらも通り抜けて肉体を斬り裂くが,最小だと鋼鉄どころか革の防具を斬り裂いて焼き払う程に『通り抜ける』能力が落ちるのだ。逆に言えばフレイムゴーストの炎を確実に操作できれば斬りたいと思うモノだけ斬り裂き,邪魔に成るモノは素通りさせる事が出来る。これこそがフレイムゴーストの真骨頂とも言える。そしてイクスが今現在,刀身に纏っている炎の量は天幕の布と油壺を斬り裂く事が出来るだけの量だ。そんなイクスを手にエランは森から一気に飛び出してすぐにイクスを振るう。
天幕と共に何かしら堅い物を斬り裂いた感触を得たエランはそのまま一気にイクスを振り抜くと,斬り裂かれた天幕の布が一気に燃え上がるのと同時に炎の勢いは強くそのまま天幕を焼き払う程だ。その為かイクスが大はしゃぎでエランに言う。
「ぎゃはははっ! 大当たりだぜ,このまま一気にやっちまおうぜエランっ!」
「うん,そのつもり」
カセンネが見つけ出してフライア軍が観測した位置は間違っておらず,この場所には確かに大量の油壺が有るのを確信したエランは一気にイクスを振るい二つ三つと次々に天幕内に貯蔵してある油壺を斬り裂き,イクスの炎が引火すると斬り裂いた隙間から酸素が入り一気に燃え上がる。そのまま先頭を行くエラン,だが後続達の行動はエランとは違っていた。
二番手を行くハトリは自分の両側にマジックシールドを展開させると髪を操り,マジックシールドを通す事で硬化と刃を髪に付着させる事が出来る。なので天幕の布を斬るのには充分な強度を持つ刃と成り,次々と天幕の布を斬り裂いて中に有る油壺を野外に晒す。そして後続のヒャルムリル傭兵団は次々と手前にある壺の蓋を次々に開けていく。
壺を壊さないのは下手をすると自分にも油が付着して後で燃える事を防ぐ為だ。エランが一直線に前に行くのとは違ってハトリは横方向に移動しながら天幕の布を斬り裂いては後続に任せている。エラン達をこのように使う事もカセンネの発案だ。そんなカセンネの思惑通りに事は進んで行く。
一方でハルバロス軍は煙が上がっている方へと見張りの兵が駆けていた。そしてエランに出くわすと,そのまま斬り裂かれ燃え上がり,ハトリ達に出くわすと一気に討ち取られた。数日以内に攻めるという事が兵達の心に油断を招いたようで,ブラダイラ軍は未だに奇襲を仕掛けられている事に気付いてはおらずに大半の兵は未だに寝ていた。
敵が少ない中をエランは一気に駆け抜けるのと同時に天幕を燃やしている。天幕内は既に油壺ではなく他の物資だと分かっていたが,それでも燃やす価値はあるのでエラン達はまったく気にせず次々と火を放っていく。なのでブラダイラ軍の陣営には燃え落ちる臭さと香ばしい匂いが漂い始めていた。どうやら食料も一緒に燃やしたようだ。
行き過ぎないようにエランは周囲を確認しながら次々と燃やしていくとかなり奥まで来た事に気付き,そこからは来た時とは別の道筋で戻る事にした。もちろん周囲の天幕に火を付けながら。エランが戻り始めた時,カセンネは既に前線に出て指揮を執っていた。そして充分だと判断したので移動し,後方に居るレルーンに閃光弾魔法で合図を送ると森から次々とハトリが斬り裂いてヒャルムリル傭兵団によって開けられた油壺が大量にある天幕に火矢が降り注いだ。
季節的に乾燥していると言っても森は生木,そう簡単に火が付く物ではないと判断したからカセンネは火矢で一気に火を広げる事を思い付いた。そしてカセンネの思惑通りに一気に火が広まりカセンネ達も移動するのと同時にレルーンに率いられた弓兵部隊も移動する。流石と言うべき連携を見せるのは当然とも言える。
後方からも火の手が広がっているのを確認したエランはそのまま戻ろうとしたが,やっと状況を理解したブラダイラ兵の数人がエランを呼び止めた。剣を向けながら何者かと問うてくるブラダイラ兵にイクスが大笑いする。
「ぎゃはははっ! 敵に決まってんだろ! 俺様達を呼び止めた事を燃えながら後悔しなっ!」
「行くよ,イクス」
「当然だっ!」
イクスの言葉を聞いて何か言葉を発しようとしたブラダイラ兵が一気にエランに斬られると,ブラダイラ兵はエランの事が分からないままに斬り掛かるがイクスの刃と炎の方が早かった。自らの身体を炎で燃やしながら倒れるブラダイラ兵よりも早くエランは駆け出していた。
先程のブラダイラ兵の問い掛けから未だに奇襲だとは気が付いていない事は確かだ。なので出来るだけ火の手を広げる為にエランとイクスは天幕に火の手を挙げながら突き進んで行く。そんなエランに呼応するかのようにハトリも駆け抜けながら次々と天幕を斬り裂いていき油壺を見つける度に,カセンネ達が油壺を空けてから一斉に火矢を射かけて一気に火の手を広めた。
流石にここまでの火の手が上がればブラダイラ軍も敵襲だと気づくのは当然だが,朝方という事も有りテリングを叩き起こす事をブラダイラ兵が躊躇っていると既に鎧甲冑を身に着けたテリングが左翼と右翼の中央後方に有る天幕から出てくる。その事に驚いた衛兵達にテリングは公然と報告を求める。
「どうした,何が起こっている?」
「……あっ,はっ! 右翼中央に敵襲,奇襲の為に未だに詳細は不明,次々に火の手が上がり燃え広がっております」
「うむ……」
先手を取られたか,すぐにそう考えたテリングは奇襲なら時を置いてはいけないという結論を出してから命令を下す。
「すぐに左翼の兵達を叩き起こし右翼の前に壁を作れ,これが奇襲なら敵はすぐに本隊を出してくるぞ。急げっ!」
「はっ」
命令を聞いた者がすぐに駆け出して命令を実行しようとするが,命令を下したテリングはこの奇襲に不安を隠していた。なのですぐに馬に乗ると単騎で駆け出し,小高い丘を目指して動き始めた。現状を確かめるのには高い所から見るのが一番良いからだ。そして動き出しているのはテリング達だけではなかった。
「ここからでも派手に燃えているのが分かりますね」
微笑みを浮かべながら呑気な事を言い出したイブレに対してスノラトは軽い溜息を付いた。既にフライア軍の殆どが山を下りており,やろうと思えば突撃が出来るだけの準備は整っていた。それでも動かないのはイブレの助言で動く時を待つようにスノラトが命令を下したからだ。そんなスノラトが近くに居る衛兵に問う。
「まだ敵に動きは無いのか?」
「少しお待ちを」
そう言って駆け出す衛兵は駆け出すと敵陣を見張っている斥候から報告を聞いてからスノラトに元に戻って報告する。
「敵軍は未だに動きはないとの事です」
「分かった,退がれ。イブレ,ここまで対応が遅いという事はこちらの奇襲が想定以上の効果を発揮していると見るべきか?」
「はい,その通りでしょうね。膠着状態が五日も続けば,如何に名将が率いている軍でも兵達は油断するモノです。それにここまで動かないという事は敵軍にはすぐに打てる手が無かったとも言えるでしょう,何かしらの手を打つつもりならその為に準備をしている兵が奇襲だといち早くに気づくはずですからね」
「そうか,分かった」
説明は終わったとばかりにスノラトに一礼するイブレ,そしてスノラトも昨日の弱々しさをまったく見せる事なく,今では騎乗しながら将軍として相応しい佇まいで時を待っている。まあ流石に将軍の役を担うだけ有って何時までもいじけてはいない,というべきだろう。
凛としているスノラトの姿にフライア兵達も自然と身が引き締まり,今は凛然と隊列を成してスノラトの命令を待っている。
立ち上る黒煙のようにそれぞれ動き出した戦場,その中でハトリの役目がいち早く終わったように見えた。天幕の布を斬り裂いて進んでいたハトリだが,その中に油壺どころか明らかに箱が積まれているのを見て,ここは一旦戻るべきだと思っていた所にカセンネ達が到着するとハトリはカセンネに向かって言葉を放つ。
「もう中は油壺ではないですよ,戻って他を探した方が良いですよ」
「いや,ハトリこのまま続けな」
「天幕に中に油は無いですよ?」
「別に無くっても構わないんだよ,こっちは出来るだけ相手の物資を燃やすのが目的の一つでもあるからね」
「そんな放火魔みたいな事は聞いてないですよ」
「そりゃあそうさね,今し方決めたからね。戦場では臨機応変も大事だろ?」
「はいはい分かったですよ,じゃあこのまま敵陣の奥まで行くですよ」
「行けるところまでで構わないよ,それにエランの方も順調みたいだからね。少しばかり中身を貰っても構わないだろうからね」
「まったくちゃっかりしているですよ」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
溜息を付くハトリに笑ってみせるカセンネ,お互いに一呼吸してから再びハトリは駆け出し,カセンネは周囲に居る団員達にも天幕の布を斬らせて燃えやすくしてからハトリの後を追う。そしてエランはというと既に燃え広がっている区域まで来たので再び敵陣の奥を目指して侵攻していた。
最初の方は油壺が有ったが既に大半を燃やしたのだろう,天幕の布と共にイクスで斬り裂き火を放っても効果は薄い。なので二回三回とイクスの炎で確実に火が付くまで天幕を斬り続けた。それに今では敵の奇襲だと気が付いているブラダイラ軍は統率は取れてはいない為に,各自の判断で動いていた。つまり奇襲を仕掛けて来た敵を叩く為に。
「居たぞっ! こっちだっ!」
「おっ,またお客さんだぞ」
「分かってる,行くよ」
「おうよっ!」
少数で動いている部隊ばかりでエランの敵にすら成らない,それほど呆気なくエランとイクスは敵を斬り捨てるとエランは再び天幕を燃やし始める。だが三つ程燃やした時にエランを狙ったかのような矢が降り注いだので,イクスを振り抜いた衝撃で矢を弾いたエラン。すると少し遠くに騎乗ながら弓を構えている敵がエランに向かって単騎で駆けて来る者が居た。
馬上で揺れているのにも構わずに的確にエランに向かって矢を射る敵,最初の二回だけは避けたが的確すぎる弓の腕に相手を見れば矢が何処を狙っているのかが分かるので次からイクスで斬り落とし続けた。そして,その者はエランから距離を取った所で馬を止めるとエランに向かって叫ぶ。
「我が名はトジモ=マワっ! ブラダイラ軍の宿将なりっ! その白銀の髪と鎧という事は貴殿が白銀妖精かっ!」
「その呼ばれ方はあまり好きじゃない」
トジモに応えるかのようにエランも声を張って言い返すとトジモは弓を構えて矢をエランに向ける,だが次の瞬間には弓を下ろし馬を回すとそのまま来た方向へと駆け出した。そんなトジモを追わないで居るエランにイクスが理由を聞く。
「おいおい,折角あっちから来てくれたのに,のんびりと見送りか」
「さっきの一瞬で勝負は付いてる」
「確かにあいつの弓は俺様達には通じねえが,逃がす必要もねえんじゃねえか」
「追って深入りする必要がない,こっちの目的はブラダイラ軍を追い返す事。倒す事は絶対じゃない」
「へいへい,分かったよ。それでエラン,これからどうするんだ」
「やる事は変わらない」
「それもそうだな,なら更に派手に燃やすとするかっ!」
「うん,行くよ」
「任せろやっ!」
トジモは敵将とはいえ一介の将にしかすぎない,それか大量の物資を灰にする,この二つを天秤に掛けた時にどちらがブラダイラ軍に追い返すだけの打撃と成るか。そう考えたエランは後者を選択した。まあ,ここでトジモにこだわっても仕方がないというのが本音なだけに追撃に意味を見いだせないという結論に成る。なのでエランは再び敵の物資が眠っている天幕に次々と火を付けて回るのだった。
エランとトジモが対立した頃には既に丘を下りて現状を把握しているテリングが指揮を執っていた。右翼の混乱を鎮めるのと同時に右翼に突撃してくるだろう敵軍に備えていた。だがかなり火の回りが早く広いので,右翼は未だに混乱しているようで確実な統制はまったく執れてはいない。その代わりに左翼は思ったように動いている。
朝方という事も有りまともな朝食も取れないまま兵を動かさないと行けない事はテリングが一番良く分かっている,なので命令を簡略化する事で確実に動けるようにした。そんなテリングが出した命令は準備が整った者から隊列を組み,隊列が出来たら右翼に前に出ろ。という命令だけだった。
本音を言うならテリングは左翼を全て整えてから前に出したかったが,それでは時間が掛かりすぎるので右翼の混乱に拍車が掛かる恐れがある。つまり右翼の兵達に自分達が守られている事を示す事で混乱を収縮するのと同時に敵の攻撃を防ぐ巧みな戦術と言える。なので左翼は間延びして展開しているが敵が見えないからには問題は無いと考えた。が,そんなテリングの下へ伝令が急ぎ走り来た。
「報告っ! ロミアド山地より敵軍が出撃しましたっ!」
「左翼に何としても右翼を守れと伝えよ」
「それが敵軍は左翼の中央に向かって突撃して来ますっ!」
「っ!」
分断かっ! テリングは驚きながらもすぐにフライア軍の意図を読み取る。その読みは的確でフライア軍の,というよりはイブレの考えを確実に読み取っていた。テリングは敵軍が混乱している右翼に突撃して壊滅させようと最初は考えていた。だがフライア軍が狙ったのは間延びしている左翼中央,間延びして兵の密集度が低い今なら確実に突破される。そうなれば左翼も混乱という坩堝に落ちる。
フライア軍としては間延びしている左翼を突破して右翼に突っ込み,そのまま確実に乱戦状態に持って行く。と,普通ならば考えるだろうがイブレはテリングの思考までも計算して行動に出たのだ。そこには確実に八千の兵で四万の敵を追い返すだけの策が有り,テリングはそこに気が付かないままに決断をする。
「全軍撤退せよっ! 右翼の物資は置いていっても構わんから撤退せよっ! 左翼は出来るだけ物資を持って撤退だっ! 反論すら許さん事に急を有するので命令通りに撤退せよっ!」
『……はっ!』
すぐには命令が理解に及ばなかったブラダイラの伝令だが,あのテリングが反論すら許さない命令と理解するのに数秒かかり,その後に敬礼と返事をして一気に伝令達が一斉に駆け出す。もちろん,ここまでがイブレの計算である。
まとめるとエラン達が居るヒャルムリル傭兵団で奇襲ならびに火攻めを朝方に行う事でブラダイラ軍の右翼を一気に混乱に追いやる。起きる前に叩き起こされれば誰しも判断能力や思考能力が低下する,だからブラダイラ軍はエラン達に統制が取れた行動が出来ずに各個撃破されて被害が多くなった。
他にも気づいた時には火に囲まれていた者や深追いしてハトリやカセンネ達に討ち取られた者も多く,そこそこの被害を与えた。そして奇襲と火攻めに気づいたテリングは必ず準備が整わないままに右翼を動かすと推測し,その通りになったのでスノラトが率いるフライア軍八千が左翼中央を目指して突撃した。
相手が左翼二万に八千の兵が突撃しても意味はないだろう,逆に全滅する確率の方が高いのは言うまでもない。だが間延びした左翼,未だに分からない敵軍の総数,そして朝方に起こされた事により起こる思考低下。そこからテリングが最も打ちそうな手が撤退である。
全てはブラダイラ軍を撤退させる為にイブレが仕込んだ策とも言える。その決定打と成ったのがスノラトが率いているフライア軍である。八千でもブラダイラ側から見れば敵の数は関係が無い,大事なのは突撃をする場所だ。ただでさえ右翼が混乱しているのに右翼を守ろうと動かした左翼が分断されて左翼までも混乱したら元も子もない,それどころかブラダイラ側が一気に蹂躙される可能性がある。
テリングは奇襲だけならともかく左翼までも分断されたら手の打ちようが無い,というよりも分断する振りだけでテリングは撤退を選択するとイブレは読んでいた。そこまで読めたのは,やはり奇襲による火攻めが大きい。奇襲で混乱している右翼に複雑な命令は理解が出来ないが,撤退という簡単な命令なら理解が出来る。なにしろ西へと逃げれば良いだけなのだから混乱しているからこそ確実に動かせる命令が撤退という訳だ。
イブレの計算通りで殆ど進んでいたが少しだけ狂わせる者が居た,それがエランに矢を射かけたトジモだ。トジモは混乱する右翼の兵達を落ち着かせながら戦場を駆け回って事態の収拾を図っていた時にエランと対峙した。その時にトジモが優先すべきは右翼の収拾だからこそ一時はエランと対峙する姿勢を見せたモノの,エランが噂に聞く白銀妖精だと確かめたからには無理をする必要はない。なので右翼の収拾を第一と考えた結果として退いた。
現状を説明するとこのような感じだろう。そしてこの場での戦いにも決着が付いていた,後はフライア側はどれだけの数を削れるか,ブラダイラ側はどれだけ犠牲を出さずに撤退が出来るかに掛かっていた。ここでブラダイラ側というよりもテリングは名将と名高い実力を見せる。
スノラト達が突き進もうとしていた所をブラダライ側はワザと空けた,そして前に出ていた左翼を未だに混乱している右翼にまで下がらせて撤退を支援させ,残りは素早く本陣にまで引き返してきた。イブレの意図を読み自ら左翼を分断する事で混乱を避け,更に右翼に援軍という形で兵を送る事に成功した。もちろんそんなブラダイラ軍の様子をスノラトは黙って見ていた訳ではない。
敵が自ら軍を別けるとスノラトは自軍を左に向けさせ,右翼と合流しようとした側の背を討とうとしたが敵の方が立て直しが早く,結局は右翼の一部と正面からぶつかり合う事に成った。これは偶然の産物をテリングが上手く利用したからだ。簡単に言ってしまえば人間の足より馬の足は速い,なので騎馬同士がいち早くぶつかり合う事に成ったのだ。だが後続の歩兵達が追い付き参戦すると一気にブラダイラ側を一気に呑み込む。
未だに火の手が上がっているブラダイラの右翼では援軍として合流しても,未だに混乱している味方が足を引っ張り枷と成っているからだ。それでも右翼の抵抗が少なくなってきたのは撤退という命令が出て,混乱している兵達が次々と西へと逃げて行くからだ。そんな状況に成っている事を知ったエランも動き出す。
「イクス,オブライトウィング,追撃して敵の背を討つ」
「いいぜ,ここまで派手にやったからには徹底的にやろうぜっ!」
イクスの刀身が光り出すと翼が生えて別のスレデラーズへと形態を変える。そんな移行が終わったイクスを握り締めるとエランは跳び上がるのと同時にイクスを振り上げて上空から戦況を確認するとイクスで指し示してイクスに言う。
「あそこから」
「あぁ,行くぜっ!」
エランはイクスを目指すべき方向に再び振り抜いて回転すると一気に目指した地点の地面に向かって急降下した。そして地面に着地するなり,一気に地面を蹴って撤退しているブラダイラ兵を一気に斬り裂いた。
エラン達が追撃を開始した頃,奇襲の役目が終わったハトリはレルーンと共に焦げ臭さが残る草原の地に燃える事が無かった天幕用の絨毯をひいて呑気に紅茶とお菓子(ブラダイラ軍の備蓄に入っていた物)を堪能していた。そんなハトリがレルーンと会話を始める。
「まったくですよ,いきなり引っ張るモノだから何事かと思ったらこれですよ」
「まあまあ~,一人でお茶をしても寂しいだけでしょう」
「別に悪い気はしないですよ,けどですよ,エランにバレたらレルーンの所為だと言っておくですよ」
「そうだと思って~,ちゃんとエランの分も甘味を確保してあるよ~」
「ちゃっかりしているですよ,まあ既に終わったようなモノだから大目に見るですよ」
「さっすがハトリ,話が早くて助かるよ~。けど,思っていたよりブラダイラ軍はすんなり退いてるよね~」
「大軍が有利とは成らないという良い例ですよ,大軍だからこそ一部でも混乱するとそれが広がり収拾が付かなくなるですよ。今回は事態を収めようとするのが遅かったですよ。だから敵の総大将は事態の収拾を諦めて,損害を減らす手を打ってきたですよ」
「それで突撃して来たフライア軍も追撃に掛かっているという訳か~。そういえばエランが戻ってこないのはどうしてかな~」
「たぶんですよ,エランならフライア軍と一緒に追撃をしているですよ。敵が損害が出ないようにしていても,攻め立てれば損害は無視できない程にまで出るですよ。それに損害が少ないからとすぐに戻ってくられても困るですよ」
「あっ,それで皆して追撃してる訳か~」
「今頃気付いたですよ?」
「あははっ,そういう謀は破るのは得意だけど見るのは下手なんだよね~」
「どんな言い訳ですよ」
場違いとも言える雰囲気の中でハトリは焦げ臭さで紅茶の香りが楽しめないままに味とお菓子だけを堪能する。そしてカセンネが率いているヒャルムリル傭兵団はというと,すっかり火事場泥棒並みに焼け残った物資から食料や金に成りそうな物を漁っていた。
稼げる時に稼ぐというのがカセンネの信条みたいなモノなので,それを実行しているとも言える。なにしろ追撃が終わってフライア軍の本隊が来たらここの物資はフライア軍の物と成る,なのでその前に頂ける物は頂こうという事だ。まあ,これもヒャルムリル傭兵団らしいとも言える。その頃,エランはスノラトの本隊が迫って来た中で敵軍の追撃をしていた。
逃げる敵軍を次々と討ち取っていくエラン,そんなエランとフライア軍達に突如として大きな笛の音が響き渡った。それを聞いたスノラトは追撃を止めるように指示を出し,他の隊長達も同様に兵達を止めた。そしてこの音が何を意味しているかを知ったエランも敵の背を前に攻撃を止めると大きく後へと跳び退がった。するとイクスから話し出す。
「どうやらここが境界線って事みたいだな」
「うん,これ以上追撃したら敵からの反撃が来る」
「イブレの奴も仕事はきちんとしていたみてえだな」
「イブレはいつもそう」
「はいはい,分かってるよ。それでエランどうする?」
「イクス,戻って」
「はいよ」
「納刀,フェアリブリューム」
エランの中で剣が鞘にしまわれると背中から生えていた白銀色の翅が砕けて地面に落ちる前に消え去る。そしてイクスが鞘に戻るとエランは踵を返してハトリ達と合流する為に歩き出す。
ブラダイラ軍はこの戦いで四万のウチ一万近くの兵を失う事に成り,物資も持ち出せた数は少なく想定以上の損害を出していた。こうなっては一度王都に帰らないと兵力と物資の補給が出来ない,つまりこれ以上は戦えず負けを認めざる得ないという事だ。こうしてロミアド山地での戦いは幕を閉じるのであった。
さてさて,うん,五月病が酷かったという言い訳にしておこう。まあ,更新にはかなりの時間が掛かりましたからね~。いや~,死んでた死んでた。何というかもう溶けてましたわっ!! それぐらいグテッと成ってました。あ~,何か猫に成りたいと思う程に。
さてはて,ようやく終わったロミアド山地の戦いですが,まあ自分で言うのは何ですが,何とも珍しい形の戦場と成りましたね。両軍とも火攻めを狙っていたので攻めた方が勝てるという戦場でしたね,まあテリングの慎重さが仇に成ったとも言えますね。何にしてもようやく一区切り付いた~,なので一休みしたい所ですが,一応頭がスッキリしているので続きを書こうと思っております。という事で締めますか。
ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございました。そしてこれからも気長にお付き合いしてくれたら幸いです。
以上,マインクラフト(JAVA版)をやっておりディスコードで人をも募集している葵嵐雪でした。