第三章 第十七話
スノラトが率いるフライア軍が復路とも言える西南西に向かい侵攻を再会してから最初の駐留地で幾つかの味方部隊と合流したが,人数は少ないうえ戦える人数は更に少ない事にエランが気付く程だ。だから味方のフライア兵達も気付いているのは間違いは無い,やはりロミアド山地の奥に行けば行く程にブラダイラ軍が多く伏せている事を駐留している者達の誰しもが察しており先行きに不安を感じていた。
士気が下がる前にスノラトは既に手を打っていた。合流する味方が少ないのは当然,自分達はそれ程までに敵地に侵攻しているのだから敵であるブラダイラ兵が多く待ち構えている考えなくても分かっていた事だと。そう説き伏せ,時には白銀妖精と呼ばれるエランだけに頼るかとフライア兵達の矜持に問い掛けて士気を保つ事に成功していた。これはイブレの入れ知恵ではなく,スノラトらしい配慮が有ったからこそだ。
戦力が思っていた以上に増えないままにスノラトは少しずつ南下しながら西へと向かっていく。そして東の端から三つ目の駐留地でやっと腰を据える程の日数が過ぎた時には兵数が六千にまで達していた。そして誰にも予想が出来なかった事が起こる。
複雑なロミアド山地にもかかわらず,何の前触れも無く突如としてスノラトを尋ねてきた集団が訪れた。陣営の出入口付近に天幕があるエラン達も聞き覚えが有る賑やかな声にエランが首を傾げている頃,既に伝令の兵が走ってイブレはスノラトの天幕に呼ばれていた。作業机を前にして座っているスノラトに向かい合うように立っているイブレに対して,スノラトは小さな紙を見ながら問い掛ける。
「イブレ,ヒャイ? ヒャルか,ヒャルムリル傭兵団というのは知っているのか?」
スノラトの言葉を聞いて珍しく素っ頓狂な表情を見せたイブレだが,すぐに事態を理解していつもの微笑みを浮かべるとスノラトの問い掛けに答える。
「はい,以前の戦いで同じ陣営で特にエラン達と協力していた者達ですね」
「なるほど,だからか」
「出入口付近が賑やかなのは,その所為ですかね?」
「あぁ,自分達も傭兵契約して加えて欲しいと言っている。そして自分達の保証は白銀妖精であるエランが証明してくれるともな」
「あの団長らしいやり方ですね」
「どうやらイブレも知っているようだな。だったら手っ取り早く問おう,今の状況をどう見る?」
「意外の一言ですが,僥倖とも言えます」
「その真意は?」
「ロミアド山地の奥に行けば行く程に残っている味方は少ないと見るのは,ここまで来た経緯からスノラト将軍も同意見かと思います」
「確かに」
「そこに少数でも味方として傭兵部隊が加わってくれるのなら,こちらとしても拒む理由は無いと思います。最も相手も足下を見てくるでしょうから多少吹っ掛けられても応じるだけの価値がある事は私とエラン達が保証します」
「そうだな……」
相談役であるイブレがここまで言うのだから並の将軍なら,すぐにイブレの意見を受け入れるだろう。だが相談役は所詮,相談するだけが役目な者で最終的な決定権はスノラトに有る事をスノラト自身がしっかりと知っているからだ。なのでイブレが念を押したとしてもすぐに判断せずに考える事を怠らないのがスノラトという将軍だ。だからこそ確認すべき事をイブレに問う。
「それで,その傭兵団はどれぐらいの規模だ?」
「約二百と聞いております」
「ふむ,なるほどな……」
再び考えるスノラトは突如として訪れてきた傭兵団をどう使うべきかを考える。六千の兵を率いるフライア軍に対して二百という戦力は少ない,だからと言って甘く見るべきではない。少数だからこそ寡兵にしか出来ない作戦もあるうえ,規律を重んじるフライア正規軍に対して,傭兵団だからこそ独自の規律で二百という人数が作り出す信頼関係はフライア兵とは比べモノに成らない。それに傭兵団だからこそ,という理由もじっくりと考慮してスノラトはやっと椅子から立ち上がった。
「どうやら私が直接話した方が良さそうだな,当然イブレも同行してもらうぞ」
「はい,もちろん」
「それとエラン達にも来るように伝令を走らせておけ」
「はい,それでは私は外でお待ちしております」
「うむ」
スノラトの返事を聞いてから深々と一礼をしてから天幕を出て行くイブレ,そんなイブレを見送るとスノラトは早速着替えをする為に間仕切りで仕切られている,スノラトの個人的な空間でフライア軍の将軍正装を出して着替えると姿見でしっかりと身なりを確認してから天幕の外に向かって歩き出す。今は将軍として一軍を率いており,戦闘中でもないで誰に会うにしても身なりを整える所もスノラトらしいと言える。
外に出るとイブレがいつもの微笑みを浮かべて待っており,聞かなくても既にエラン達に連絡が行っている事は分かってるのでスノラトは歩みを止める事なくイブレに声を掛ける。
「ではイブレ,行くぞ」
「はい」
短い返事だけをしたイブレはスノラトの左後ろを歩く,そのまま陣営の出入口に向かって歩みを進めると,こちらに向かってきたエラン達と途中で合流して歩きながら今現在に起こっている事とエランの真意をスノラトは問い掛ける。
「エラン,確認の為に聞くが,その傭兵団は知っているのだな?」
「信頼しても良い,それが私の答え」
「相変わらず話が早いな」
「まあですよ,分かり易いのは確かですよ」
「ついでに言うなら,結構賑やかな連中だぞ」
「その点だけに言うならイクスと同じですよ」
「何気なしに見下しやがったな」
「ついでに言うなら馬鹿にもしたですよ」
「この」
「イクス,ハトリ」
賑やかな口喧嘩に成りそうなイクスとハトリを制するエラン,それを聞いて仕方なく黙り込むイクスとハトリ。その会話を聞いただけでもスノラトは随分と気が楽に成った事に気付いたのはイブレだけだ。
将軍職とも成れば簡単に外部の者と接触すべきではないし,ましてや早々簡単に契約するべきではないのはブラダイラの息が掛かっているという証明する事が出来ないからだ。だがエランやイブレという自分達を保証する存在が居る事を既に見据えてスノラトの下にまで来たのだから,あまり肩の力を入れなくても良いと感じたからこそ自分でも気付かないうちにスノラトの警戒心は薄れていた。まあ,逆に言うならそれだけエランとイブレを信頼しているからだ。
静かに成ったエラン達と共にスノラトは陣営の出入口付近まで来ると,エランが見知った顔が居た。そしてエランと目が合うのと同時に陣営に入らないように警護している兵を無視して大声を上げならエランへと突っ込んでくる。
「エラ~ンっ!」
抱き付こうと両腕がエランに届く寸前,見透かしていたエランは素早く身体を左に移して避ける。すると突っ込んで来た者は行き場を失い,そのまま失速して地面へと顔をめり込ませた。その様子を見ていたイクスとハトリがそれぞれに喋り出す。
「相変わらずの猪突猛進ぶりだな,このレルーンの姉ちゃんは」
「それ以前に勝手に陣営内に入った事が咎められるですよ」
「えっ,嘘っ! 何でっ!」
「レルーン,いいから早く戻ってきな」
「あっ,は~い,団長」
そう言って再び陣営から出ていくレルーンに集団の先頭に居るカセンネが声を掛けて来たので,素直に従うレルーンは早足で戻って行くとイブレはスノラトに前に行くように促してきた。そんなイブレの顔を見てから頷いたスノラトは歩みを進めると出入口の境界線まで進み出たカセンネが膝を付いて謝意を述べる。
「ヒャルムリル傭兵団,団長のカセンネと申します。部下が失礼をしました,生来あの様な性格なので寛大に見てもらえると助かります」
服装から将軍と分かるスノラトを前にして膝を屈して謝るカセンネにスノラトもここまでしたのなら事を荒立てるべきではないと判断し,スノラトはカセンネの前にまで歩み出て口を開く。
「分かった,先程の事は不問に処そう。なので面を上げよ」
「はい,ありがとうございます」
礼を述べてから立ち上がるカセンネ,やはり歴戦の猛者だけあって背丈はカセンネの方が頭一個分程高いが,そんな事を気にしないスノラトは普通に話を続ける。
「それで我が軍に加わりたいと聞いたが,その理由を聞こうか?」
「傭兵ですからね,金に成る戦場には居たく成るモノです。それにしっかりと手土産も有りますからね」
「手土産とは?」
「その前に契約を……と言いたいんですけどね。どうやら先に言った方が良さそうなので申し上げますとブラダイラが兵を集めて,このロミアド山地に向かっている。という情報です」
カセンネの言葉を聞いていた周りに居たフライア兵達がざわめき始めるが,スノラトは構わずに会話を続ける。
「それでブラダイラ軍の規模は?」
「数万とだけ,詳しい事までは調べられませんでした」
「ふむ……ブラダイラが動き出した事は確かなのだな?」
「間違いありません」
「分かった,それではそろそろ本当の理由を聞こう。その情報を聞いて我が軍が素直にブラダイラ軍と戦うと思っている理由をな」
「エランがフライア軍に加わっているからです」
「それだけか?」
「それだけです」
「……」
あまりにも思い掛けない理由にスノラトは黙り込んで考える。だが曖昧すぎる返答に焦点の置き所すら見出す事すら出来ないスノラトは答えを求めるかのように右側に居るイブレに視線を送ると,イブレはいつもの微笑みを浮かべて話し出す。
「先程も申し上げたとおりにヒャルムリル傭兵団はエラン達の実力を充分過ぎる程に見て知っている,そんなエランを加えての侵攻ですからスノラト将軍がブラダイラ軍と戦いたいと考えるのは必然ですね。それにイクスは紛れもなくスレデラーズの一本ですからね,戦力差にも関わらずに勝てると見越して参戦を願い出たのでしょう」
「ついでに言うなら戦争は理で行うモノだけど,その理をひっくり返すだけの力があるエランが参戦しているからには自分達もと考えるのが傭兵ってもんですよ」
「……なるほどな」
イブレに続いてヒャルムリル傭兵団を率いているカセンネの口からも同じような事を言ってきたのでヒャルムリル傭兵団に関しては問題は無いと判断したスノラトだが,それだけの理由で直臣の隊長達が納得するかと考えるが難しいと判断せざるえない。そんなスノラトの心中を見透かしたようにイブレが話し出す。
「特に難しく考えなくても良いと私は思います。戦力が増える事は確かですし,エランと私がブラダイラとの繋がりが無い事を証明しますので後は加わった後にどれ程の働きをするかですよ。ですので,まずは一戦力として置き後はヒャルムリル傭兵団次第という事にすれば良いのです」
「ふむ,確かにブラダイラとの関わりが無い事を証明されてるだけでも戦力に加えるべきという事だな」
「はい,その通りでです」
「分かった,ではイブレ。先に行って傭兵団の居場所を作ってやれ」
「はい,承知致しました」
「カセンネだったな,団長として私の天幕へと来て貰おう,そこで詳しい話をしようじゃないか」
「分かりました」
「それとヒャルムリル傭兵団は陣営の中に入っても構わないが場所が出来るまではそこで待機しててくれ」
「は~い」
忘れているかもしれないが副団長のレルーンが呑気な返事をすると,一先ずは話がまとまったと見てカセンネを見ながら頷くとカセンネは丁寧に一礼する。そして既に居ないイブレに気付きながらもカセンネを連れて自分の天幕へと戻るスノラト。するとレルーンは平然と陣営に入って来て改めてエラン達と話し出す。
「本当に久しぶりだね~,エラン,イクス,ハトリ」
「ってか久しぶりって程じゃねえだろ」
「あれから半年も経っていないですよ」
「え~,それでも久しぶりだよ。ねっ,エラン」
「……そうなの?」
「何故疑問っ!」
首を傾げるエランに対してしっかりとツッコミを入れるレルーンに,エランは久しぶりという懐かしさより,これが当たり前な日常といつもと変わらない日常のように感じていたのは,それだけレルーンという存在がエランの中では日常に近いぐらい近い関係に成っている事なのだが当然の様にエランはその事に全く気づきもしない。そんなエランらしい仕草に改めて再会した感動が有るレルーンは何かを思い出したように取り出した。
「そうそう,エランにお土産が有るんだよ」
「お土産って,エランはお前の家じゃねえんだぞ」
「まあまあ,イクスには何も無いけどエランとハトリにはしっかりと用意したから受け取って」
「俺様の分は無いのかよっ!」
「だってイクスのお土産って何を買えば良いのか分からないから」
「おっしゃるとおりっ!!」
大声を上げて何かしら悔しいモノを吹き飛ばしたイクスの声を聞いて,こちらも久しぶりと感じていた前に居るヒャルムリル傭兵団員から小さな笑い声が上がった。そんなイクスとは正反対にエランとハトリはレルーンからお土産をそれぞれに手にして確かめると,エランにはメープルクッキーでハトリにはシッキムという珍しい紅茶の茶葉だ。レルーンからのお土産を手にしてエランとハトリは礼を言うとレルーンは自分が貰ったみたいに喜んだ。そんなレルーンらしい一面を目にしてからエランから話を切り出す。
「そういえば,どうして私達がここに居る事が分かったの?」
「う~ん,何処から話せば良いのかな~」
「分かり易いところで」
「分かったよ~。ゼレスダイト要塞で別れたでしょ,それから二週間ぐらいハルバロス軍にお世話になって町に戻ると団長が手配していた新入りと合流して,それからエラン達を追って私達もタイケスト山脈を越えたんだよ~」
「肝心な所が抜けているですよ」
「ってかレルーンの姉ちゃんよ,どうして俺様達を追い掛けて来たんだ」
「それは団長が言うにはエランはまだタイケスト五国に留まるから何とか合流して,もう一稼ぎしようって言い出して私も含めて団員達も賛成したから追い掛けてきただけだよ~」
「いや,だけって言われてもな」
「まっですよ,あの団長はどうやら鼻が利くようですよ」
「ってかイブレの野郎が話したんじゃねえか」
「そこまで厄介な事をするイブレではないですよ,どちらかというとイクスの声が聞こえた可能性が有るですよ」
「また揚げ足を取りやがったな」
「悔しかったら足を生やしてみるですよ」
「あははっ,イクスとハトリは相変わらず仲良しだね」
『誰がっ!』
レルーンの言葉に声と言葉を揃えて反論するイクスとハトリの言葉を聞いて楽しげに笑うレルーン。そんな賑やかな場面でエランは瞳の奥でディープシェルピンク色の光を輝かせていた。そんな事をやっている間にまだ話していない事を思い出したレルーンがそれを喋り出す。
「そうそう,どうやら団長はエラン達の行き先をある程度は特定していたらしいよ。私もエラン達と別れた後に聞いたんだけど,エランが近くでまた動くのなら乗らない手はないって感じだったよ」
「何というかですよ,抜け目がないですよ」
「意外とやりやがるな,カセンネの団長さんはよ」
「あははっ,それでこそ私達の団長と言えるんだよ」
「っで,その右腕がこれか」
「そこを見る目は無かったという事ですよ」
「イクスもハトリも酷いよ,ねえエラン」
「レルーン」
「んっ,何?」
「現実を見て」
「エランからもっ!」
今度はレルーンが大声を上げてイクスやハトリだけなく,近くで聞いていたヒャルムリル傭兵団員からも笑い声が漏れる。そんな中でレルーンが言い返し,他愛のない会話に移ろい変わっている頃だ。スノラトの天幕へ赴いたカセンネは作業机を前にして座っているスノラトを前にして立っていた。
机の上には傭兵契約の専用用紙が置かれているが細かい事と契約完了を意味するスノラトの名前が記載されてはいない,つまりこれから細かな事を決めるというのが分かる。なのでスノラトから話を始める。
「それでヒャルムリル傭兵団,団長のカセンネで間違いないな」
「はい,その通りです」
「ふっ,ここは周囲の目を気にしなくても良いからかしこまらなくても良いぞ。エラン達はとっくにそうしている」
「そうかい,ならあたしも無礼講で行かせてもらおうかね」
「うむ,私としてもその方が話し易い。それで率いて来た傭兵団の総数は?」
「217人,役二百って事だよ。まあ,傭兵集団なんで数に期待されても困るってもんだけどね」
「やはり数が増えれば統率が取れないという訳か」
「それだけじゃなく,ウチには個性的な者も多いからね。尚のこと増えすぎると困るんだよ」
「ふむ,そういう事か。では個人ではなく集団としての契約で構わないか?」
「あぁ,こちらとしてもそれで異論は無い。そちらとしても,その方がやり易いだろうからね」
「確かにな,それでどの程度が戦えるんだ?」
「もちろん全員だよ,軍ならそれぞれの役目が有るだろうけどウチは当番制でやらせているからね。戦う時には全員が出られるけど,充分な準備が必要だね」
「分かった,ならイブレが戻ったらその当番制に新たな当番を設けてもらおう」
「何の当番かは知らないけど,その様子だと無理な要求では無さそうだね」
「当然だ,新入りに無理な要求をしても何も得ないし嫌われるだけだ」
「確かにね」
「それで契約期間と報酬額だが,要望は何か有るか?」
「おや,意外だね。そちらから聞いてくるなんてね」
「実を言うと戦力は少しでも欲しい,これが私の本音だ」
「その本音の真意を知っている者は居るのかい?」
「おそらくはイブレだけだろうな」
「流石は流浪の大軍師様って訳だね」
「それでどうなんだ?」
「なら契約期間はエランと一緒に,報酬は五百金レルスでどうだい」
「分かった,ならそれで契約しよう」
「随分とすんなり受け入れるね,言わなくても分かると思うけどかなり吹っ掛けたんだけどね」
「分かっている。それだけブラダイラとの戦いとなれば厳しい戦いに成る事だけを理解してくれれば良い」
「はいよ,どうやら思っていた以上に不利な戦況みたいだね」
「未だに始まっていない戦いについて論じても意味は無い。ただ,戦いが始まれば思っている以上に不利な戦況から始めるしかないだけの事だ」
「なるほどね……まっ,吹っ掛けちまったからには仕方ない。報酬に見合うだけの働きを約束しようかね」
「うむ,期待しているぞ」
「エランほど期待されては困るけど報酬分はキッチリ働く,それが傭兵ってもんだから期待は報酬分だけにしといてくれると助かるね」
「分かった,ではこちらからの支給品の要望はどの程度だ?」
「食料だけで充分だね,他を最初から揃えているのがあたしのやり方だからね」
「うむ,では必要に成った物は定期的に来る補給隊に伝えて買ってくれ。エラン達もそうしているからな」
「あいよ,それで最後かい?」
「あぁ,少し待て」
作業机の上に有る羽筆を取り机の上に広げてあった紙にいろいろ記載していく。そして最後にスノラト=シブという名前を記載した二枚の紙を書き終えると,その一枚をカセンネに差し出す。紙を受け取ったカセンネは記載している内容をしっかりと確認するとスノラトに向かって口を開く。
「これで契約完了って訳だね」
「あぁ,もう構わないぞ」
「あいよ,それじゃあ失礼するよ。それと周囲の目が有る時にはしっかりとするから念を押さないでくれよ」
「理解してくれるのなら私はそれで良い」
「了解,スノラト将軍」
言い残して天幕から出て行くカセンネ,その背を天幕から出るまで見送ったスノラトの心中は少し複雑だった。自分はフライア帝国の将軍だと言うのに最近はイブレに頼りっきりに成っており,あのカセンネにも経験からしていろいろと頼る事に成りそうだと感じたからだ。まあ,二十代で将軍にまで登ったスノラトだからこそ,こうした場面でいろいろな経験不足を認識するが,それこそがスノラトを将軍にした最も秀でた部分だとは未だに思えない程にスノラトは自分を知らないのだった。
カセンネはそのまま陣営の出入口に向かって歩みを進める。いくらイブレとはいえ突然来訪した自分達の居場所を確保するのには時間が掛かると判断し,未だに陣営の前で団員達が待機していると考え,それが当たっていたからだ。
久しぶりの再会もあってエラン達はすっかり囲まれて団員達と楽しげに話しているのが聞こえて来ると,カセンネは契約が終わった事を告げながら輪の中へと入っていくと自分も久しぶりに再会したエラン達との会話を楽しんだ。少しの間だけ和やかな雰囲気が続くとイブレがヒャルムリル傭兵団の場所が出来た事を知らせに来た。
カセンネの号令でイブレを案内役にエラン達はついでに場所へと向かうと,入口付近のエラン達とは反対側の少し奥へ行くと無理矢理に天幕を退けて天幕同士を詰めた跡が残っていた。なので天幕を支える為の杭を打ち込んだ跡が残っている場所にカセンネの声が響くと,一斉に団員達が後方の荷駄隊に向かって一気に持って来るとすぐに天幕の組み立てに入った。慌ただしく動いている団員達だが,そんな団員達に見付からないようにエランの傍にまで来たレルーンがエランを引っ張るので特に抵抗する事無く,エランはレルーンに連れて行かれた。
「それで何?」
天幕の陰まで連れて来たレルーンにエランが問い掛けると,軽く笑いながら当然の如くレルーンは話し出す。
「いや~,エラン達の天幕は何処なのかな~,とか思ったりして」
「要はサボりたいだけですよ」
「まあ,レルーンの姉ちゃんらしいがよ」
「っで,っで,今からエラン達の天幕に行っても良い?」
「喜々として聞いていたですよ」
「よっぽどエランとの再会が嬉しいようだな」
「あははっ,もちろんハトリとイクスも再会できた事は嬉しいよ」
「ハッキリと言いやがったですよ」
「これで俺様達も共犯って事だな」
「う~,こういう時は相変わらずイクスとハトリは酷いよ」
「レルーン」
「んっ,何」
「現実」
「……」
あっさりと斬り裂くようにエランに言われたレルーンは遂にハトリに抱き付いて,最早懇願とも言えるような態度に成り,最後にはハトリが根負けしてレルーンと共にエラン達の天幕へと向かう。レルーンは何の悪びれる事も無く平然とエランの横を歩き,少し歩いただけで辿り着いたのでエランから天幕内へと入って行き,イブレと共同で使っている事だけ話して閉じられている間仕切りの向こう側へと入って来る。
エラン達の天幕内を物珍しげ……というわけではないが,好き勝手に見回したレルーンはいつの間にかお湯を沸かして紅茶の茶葉まで取り出していたのでエランとハトリは何も言わずに円卓を前に座るとレルーンはそのまま紅茶を煎れてエラン達に出すと,後腰に隠していたチュイールまで取り出したのは,最初から抜け出す算段を立てていた証とも言えるが甘味とも言える物が出て来たからにはエランが丸め込まれるのは当然なのでハトリも黙ってお茶会と成った場所を満喫する。
何にしてもエランにしては思い掛けない再会に話題の数と甘味の数は充分過ぎる程に有るので,今はとレルーンと共に昼下がりの穏やかな一時を過ごすのだった。
さてさて,後書きです。そんな訳で久しぶりに登場したヒャルムリル傭兵団ですが,まあタイケスト五国はタイケスト山脈を取り囲むように並んでいますからね。なので,もう一回ぐらい出しても良っかと思って再登場させました。まあ,レルーンもカセンネもそれなりに個性的なキャラなのでね~,もう一回ぐらい活躍させようかと思い,やっと出て来る事に成りました。
さてはて,今回は少し遅れましたけど更新ペースとしては,そこそこ取り戻してきたと思います。まあ,隔週を少し過ぎた程度ですからね~,という言い訳です。まあ,私の持病も関わってきますが,これからもこれ位での更新を維持したいと思うのと同時に,明日には明日の風が吹くって事でどうにかなる時にはどうにかなるけど,無理なモノは無理とハッキリと宣言しておきましょう。……今後の逃げ道の為に。
さてはて,これで更新が終わって今日のところはのんびりとする予定ですが,気力と精神力が余っていたら第四章のプロットを書いていこうかなと思っております。ちなみにネタも考えていますがまったく出ていません。まあ,文字数を短くしたからまだまだ第三章は長いのでのんびりと考える方向で行こうと思っております。さてさて,長くなって来たのでそろそろ締めましょうか。
ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長によろしくお願いします。
以上,もう少しで新しいCPUが買えるのでPCの性能を上げる事が出来るけど,今はホロキュアをやり込む事にした葵嵐雪でした。




