51 乾杯
アロースキル『正鵠ノ射』は、エルフ族が得意とする弓矢、その扱いに慣れることで上がっていくアロースキルの初歩技。
初歩であるがゆえに基本でもあり、あらゆる状況に対応できる点は基礎ソードスキル『一刀両断』によく似ている。
ただ狙って当てる。
それのみに特化した『正鵠ノ射』は、放った矢に威力増強や属性不可を与えることなく、ただひたすら命中率をアップさせる。
アロースキル値に比例して、命中率は限界なしにアップし続ける。
的との距離や風などの妨害条件、それらを乗り越え百発百中で当てられるようになる。
勇者レベルにまで鍛え上げられた射手の放つ『正鵠ノ射』は、放った瞬間命中が約束されるのだ。
ザクッと。
矢は凶鳥の胴体に突き刺さった。
命中。
『グキクエエエエエエエエエエエエエッッ!?』
痛みの鳴き声を上げるレイニーレイザー。
「やった!?」
「いいえ、まだですわ!!」
レシュティアの美貌が、苛立ちに歪む。
「浅かった……! 狙いは完全に正確でしたけど威力が足りませんでした。矢は、あの鳥の表面のお肉で止まってしまった!」
「ええッ!?」
鋭敏な感覚スキルを持つエルフのレシュティア。
自分の放った矢がどれほど深く突き刺さったかも、目視及び肉を突き刺す鈍い音を聞き分けることで正確に推し量ることができた。
「あの鳥……! 以前よりさらに高度を上げて飛んでいましたわ……! きっとエイジさんに接近されて警戒を強めたんでしょう!」
「それでより距離を開けて……! そのせいで威力が落ちてしまった……!!」
「どうするんです!? 我々、もう既に落ち始めています! 敵との距離がどんどん離れていきますよ!?」
セルンが慌てる通り、翼ももたない二人は既に自由落下中。
天空に居座るレイニーレイザーとの距離は、射程外まで広がりつつある。
「手傷を負ったことは間違いないのです! ここはさらに追加射撃して、少しでもダメージを与えられれば……!!」
しかし敵とて何も考えていないわけではない。
むしろ知能でも他のモンスターを圧倒する最上位、覇王級。
誰の手も届かない安全圏でまさか一撃食らうものかと油断していた頃ならまだしも、実際に一矢報いられたからにはもう油断しない。
その目はジッとセルンたちを捉えて離さなかった。最大限に警戒していた。あれでは下手に二射目を放ってもかわされてしまうだろう。
「くッ!?」
「これまでなの……!?」
作戦失敗。
その言葉が二人の脳裏をよぎった時……。
「ランススキル『メテオ・フォール』!!」
下方から遡る流星が、セルンたちを通り抜けていく。
「あれはッ!?」
セルンとレシュティアをここまで連れて、先に落ち始めている竜人勇者ライガー。
彼が虚空から実体化させた聖槍を真上に向けて放ったのだが……
「やっぱり出番はあったぜ青の聖槍!!」
「何をやっているのですライガー!? 苦し紛れですか!?」
強力な爆発であらゆるものを吹き飛ばすランススキル『メテオ・フォール』だが、とにかく何かに接触しなければ爆発せず、そして肝心の命中精度がまったくないために空中戦では使えない。
そう説明したのは、技を使う当人だったではないか。
それをこのタイミングで、狙う的以外に着弾点のない上空へ向かって放つのは、まぐれ当たりの奇跡に縋って放たれた苦し紛れとしか見えなかった。
「レシュティア!!」
しかし、ライガーの声は芯のブレない冷静さを保っていた。
破れかぶれの者には決して出せない、腹の底から放たれる力強い声。
「当てろ! お前ならできる!!」
その言葉に、レシュティアは言葉以上の意図を感じた。
動揺に乱れた顔つきが、即座に引き締まる。
「セルンさん!! もう一射だけ支えをお願いしますわ!」
「えッ!? でも……!?」
二人はかなり落下していて、レイニーレイザーの鳥身は遥か遠く。
もはや射ても届くとは思えない。
「アロースキル『正鵠ノ射』!!」
しかしレシュティアはそれでも放った。
矢は弓から離れ、空を遡って駆けていく。
しかし向かう先はレイニーレイザーのいる方向とはまったく違う。
「レシュティア殿!? どこを狙っているんです!? あれではまったく外れ……!?」
「いいえ、私の矢は当たります」
確信をもってレシュティアは言った。
「もう命中コースに入りました。先に進むあの人を追いかけて、もう追いつきます」
「あ……ッ!?」
セルンも気づいた。
駆け走る矢が狙っているのは、敵たる凶鳥レイニーレイザーではない。
そのレイニーレイザーを狙って、やはり大外ししたライガーの、槍。
とにかくどこでもいいから着弾しさえすれば、その衝撃で込められたオーラが大放出され、爆発を起こすランススキル『メテオ・フォール』。
ならばどこかに当たるのを待たず何でもいいから衝撃を加えてやれば……!
「爆発は起きますわ!!」
レシュティアの放った矢が、ライガーの投げた槍に追いついて接触。
そのショックで大爆発が起こった。
いと高き空の上で。
「きゃあああああああッ!?」
「やあああああああああッ!?」
「うおおおおおおおおおおおッ!?」
爆風に煽られてセルンもレシュティアもライガーも、木の葉のように空を舞い狂う。
「まさかこんな方法で、『メテオ・フォール』を空中誘爆させるなんて……!?」
「元々あのスキルは、正確に目標を射抜くのではなく、爆発で大雑把に吹き飛ばすのを目的にしていますわ! 爆発しさえすればッ!!」
爆発は、セルンたちがいる位置よりも憎き凶鳥近くで起こった。
レイニーレイザーが爆発に巻き込まれた可能性は高い。
「どうだ……!?」
「やりましたか……!?」
今なお上空では空を覆わんばかりの爆炎が吹き荒れている。その爆炎の中から飛び出す、ボロボロの怪鳥。
「いたッ!?」
「爆炎をまともに浴びましたわね!! さすがに大爆発が起きるなんて夢にも思わなかったでしょう!!」
命からがら、といった様子で爆発から脱出してきたレイニーレイザーは、それ以前とは比べ物にならないほどボロボロになっていた。
ところどころの羽毛からはまだ火を発し、熱さのため空中で見悶えている。
羽ばたく力も弱まり、熱さにもがくたび高度を落とし、この分ならいましばらくして木々に身を接しそうだ。
「だが、まだ致命傷には至ってねえ!! 飛ぶだけの体力も充分ありそうだ!! 気を緩めるな!!」
下方にいるライガーから激が飛ぶ。
「あの人の言う通りです! もう一撃、たしかなとどめを食らわせないと!!」
「でもあの鳥……! 私たちのいる方とは正反対へと飛んでいる。……逃げる気です!?」
セルンの推測は的中していた。
元々最上位モンスターにあるまじき憶病さこそが、レイニーレイザーの強さの秘密。
その憶病さはこの局面でも本体に有利な方へと動いた。
思わぬダメージを負った凶鳥は、怒りも逆上もなく、ただ自身の危機を避けようと逃げる選択をしたのだ。
とにかくあの厄介な人類種から離れようと、逆の方向を一目散に飛んでいく。
「レシュティア殿! 早く矢を! レイニーレイザーが射程外に逃げてしまいます!」
「わかっていますわ! ……くッ!? ギャリコさんから貰った矢を爆発の衝撃で全部落としてしまった……! こうなったら距離は微妙でもオーラの矢で!!」
凶鳥が矢の射程外まで逃げるのが先か、その前にレシュティアが射落とすのが先か。
その瀬戸際に、逃げ去る鳥の頭を抑えるかのように……。
「こっちは通行止めだぞ」
最強の壁が立ちはだかった。
※お知らせ
次回より更新間隔を毎日から二日に一度の隔日にしていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。





