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278 アトラス

「ポセイドン様……、その、世界を支える柱石というのは……!?」

『今、我々の目の前にある』


 神は言うが、エイジ始め人類組はまったく理解できなかった。

 彼らの目の前にあるのは、広く高く聳え立つ大きな壁のみ。


「まさか……!?」


 その壁にしか見えない巨大な石物が、世界を支える巨大柱だというのか。


 もっと全体的に見れば柱に見えるのかもしれない。

 しかし間近に迫ってはあまりに巨大すぎ、ただの壁にしか見えなかった。


「まさに我々の常識を超える……!?」

「たしかに世界を支えるって言われても納得できるわね……!?」


 その壁のような柱に手を触れているのが異神アテナ。


『もうおやめなさい!!』


 この世界の真の慈母、女神メドゥーサが悲痛に叫ぶ。


『これ以上世界を傷つけて何になるというのです!? もうやめて! 私の子らを苦しめないで!』

『ふざけるなッ! 人の子どもは私に苦しめられるべきなのだ! 復讐されるべきなのだ! 神から愛される人など存在してはならない!!』


 噴き上げるような人への憎悪。

 何があの女神を狂わせるのか。


『カカカカカ……! 言ったわね、私に世界の柱を崩すことはできないって。果たしてそうかしら?』

「何だと……!?」

『たしかにそうねえ。完璧な、傷一つない柱であれば私にも崩せないでしょうよ。でも、元から崩れかけの柱だったらどう!?』


 アテナの手の平からまばゆい光が放たれ、世界の柱へとぶつけられた。

 それは相応の威力を持ったものだったが、やはり世界全体を支える大柱石には小さな刺激でしかなかった。

 豆鉄砲を食らわせた程度の虚しい音が響き渡る。


 しかし。

 効果は劇的に現れた。


 不動と思われた大柱石に見る見るヒビが入り、広がっていく。


『バカな!? あんな吐息程度の一撃で、世界の柱が崩れ去るというのか!?』

『いいえ、違います……!』


 女神メドゥーサが言う。


『あれは、元から柱に入っていた傷です。それをアテナは幻覚で覆い隠していたのです。それが今の一撃で消え去った……!』

「元から入っていた傷……!?」


 それでは世界を支える柱は、もうずっと前からあのようにボロボロだったというのか。

 一体何故そんなことに。


『おほほほほ……! さすが真なる守り神様、アイギスの盾を通じて状況を観察していたようねえ』

『……アナタの、卑劣さも嫌と言うほど見せつけられました』


 慈悲深いメドゥーサですら、嫌悪感を隠しきれない。

 一体どんな所業が、ここで行われたというのか。


『これは、そこにいるぼうやにも関係のある話よ?』

「何ッ!?」


 それはエイジを指しているようだった。


『……ほんの昔、とはいえ二十年は人の子にとっては大した昔でしょうけれど。煩わしい出来事があったの。今日と同じように無作法な来客があって、私のことを虐めてきたわ』

「来客?」


 その『客』とやらは、たった一人ながら圧倒的な力をもって神アテナを追い詰めた。

 今日エイジたちに対して行ったようにアテナはアイギスの盾を振るい、ラストモンスター状態のポセイドンをけしかけたが、まったく止められない。

 今日のエイジたちのように秘策を用いるような戦闘法ではなく、純粋な力押しによってすべてをはねのけ、女神アテナを追い詰めた。


『私は困ったわ……! この不作法者をどうやって止めたものかと。そして最後の手段を選んだのよ。今、この時みたいにね……!』

「まさか!?」

『あの時はアイギスの盾があったから、柱を壊すのも簡単だったわ。あの時の彼の慌てよう……! 本当にお笑い種だったわ。目を剥く顔が本当に滑稽でねえ!』


 やがて柱を覆う幻覚がすべて取り除かれ、ビビ割れた柱の一部が露出した。

 そして見えた。

 エイジたちの目に、衝撃的な姿が。


 柱の一際抉れた部分。

 そのままでは歪み倒れて柱全体の崩壊に繋がりかねないような、大きな亀裂。

 そこに、崩壊を阻止せんとばかりに割って入った若い男の姿が。


「それは……!?」


 世界を支える柱を支えようと、我が身をヒビの隙間に押し込んだ男。

 世界を支える男がいた。


『わかる? コイツが支えているおかげで柱は崩壊せずにいるの! まさに世界を支える男よ! 何て殊勝なヤツなのかしら! 大馬鹿!!』


 アテナは狂ったように高い嘲笑を挙げた。


 しかし、衝撃はそれだけに留まらなかった。

 柱を支え、崩壊を食い止めている男は、呼吸をしていなかった。

 全身を冷たい石に変えて。


「これは……!?」


 エイジにも身に覚えがあった。

 彼自身、ほんの数秒ではあったが同じ状態に陥れられていたのだから。


「アイギスの盾による石化……!?」

『私も、柱を壊した時は破れかぶれだったけど、彼が支えてくれるというなら大助かり。私だってもっとこの世界で遊びたかったから、彼の偉業を手伝ってあげることにしたの』


 アイギスの盾を使って、彼を石化させた。


『こうすれば食事の必要も眠る必要もなくて、永遠に柱を支えられるでしょう? 私って何て親切なのかしら。煩わしい邪魔者も消えて一石二鳥!』

『こんな……! こんなことになっていたとは……!』


 ポセイドンは、あまりの凄惨な事態に身を震わせた。


『ではこの世界は今、その石化した人の子一人に支えられている状態なのか!? ……なんと恐ろしい! それでいて献身的な……!?』


 その身を石に変えられ、それでもなお世界のすべてを支えようとする男の姿は、神ですら感嘆を誘うほどであった。


「…………!!」


 そしてエイジは、それ以上の衝撃に襲われていた。


「まさか……、その人が」


 ここに、エイジより先に到達した者がいることは知っていた。

 その人のあとを通ってここまでやって来たのだから。


 他にここまで到達した人類種がいない以上。伝え聞いていた人物と、目の前にいる石像化した男は重なる以外なかった。


 ネキュイアの海に向かったまま帰ってくることのなかったエイジの父は。

 ここでずっと世界を支え続けてきたのだ。


「あれが……!?」

「エイジのお父さん!?」


 そう呼ぶには、石像の外見はあまりにも若々しい。

 数十年も前に石化されて、それから時間が止まっているからだろう。

 だからこそ時過ぎて、父親の年齢に追いついていしまったエイジと石像の姿はよく似ていた。


「父は、ここで世界を支え続けていた。母の下へ帰ることもなく……!!」


 そしてその母も、愛する夫の身に起きたことを知ることなく戦場に散った。


「すべてはお前が……、お前がああああッ!!」

『おほほほほほ!!』


 しかしそんな自己犠牲の姿も、邪悪な神にとっては嘲笑の対象でしかない。


『怒った? だったら、この哀れなクズを重責から解き放ってあげましょうね。つっかえ棒代わりもいい加減飽きたことでしょうし』


 そう言ってアテナは、手を石像に向けてかざす。

 毒蜘蛛のように禍々しい手を。


『このつっかえ棒を粉々に砕けば、世界の柱も支えを失い崩れ落ちる。力の落ちた私でもそれぐらいは可能だわ。さあどうする? 今度はアナタがパパに代わって柱を支える? キャハハハハハ! 親子揃って人柱!! 人柱!!』

「待てええええええッ!!」


 エイジが矢のように走る。

 呼応してメドゥーサ、ポセイドンも神力を振るうが、それでも距離がありすぎた。


 アテナの封じるのに間に合わない。


『キャハハハハハ!! 遅い遅い! 今度もまた私の勝ちよ! 「聖光制圧掌」!!』


 アテナの手から発する光の刃が、物言わぬ石像となった強き男に襲い掛かる。

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