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275 神は愛してくれていた

『おがああああああッ!? あぎょえええええええッ!? くそおおおおおおおッ!?』


 砕け散る剣と盾。

 その破片を振り払いながら女神アテナは狂騰する。


『アイギスの盾がああああああッ!! 我が力の源アイギスの盾があああああッ!? 粉々にいいいいッ!! チッキショおおおおおおッ!!』


 神聖さの欠片もない、獣めいた狂態。


『許さねえ! 絶対許さねえ! この汚らわしい罪人ども!! この世界最高神アテナに逆らったことを後悔させてやる! 絶対後悔させてやるううう!!』


 喚き散らしながらアテナは姿を消した。

 ……。


「……逃げたッ!?」


 その事実に一瞬遅れて気づき、慌てて覆うとするエイジだったが……。


「ちょっと待って!」


 呼び止められてつんのめる。


「あれを見て……!」


 ギャリコが指さすのは、一人残された半魚巨人だった。

 ラストモンスターに堕とされた人間族の祖神、その一方、男神ポセイドン。


『おおおおおおおおおおおおッ!! おおおおおおおおおおおおッ!!』


 半魚巨人は泣き喚いていた。

 悲しみによって。

 大切なものを失った悲しみに焼き焦がされるかのように。


 ただ慟哭は、悲しみだけでなく他の穢れまで彼の体から絞り出すかのようで。

 その無分別に大きな体が、少しずつ縮んでいった。


 死んだ魚のような生臭さも、同時になくなっていく。


『おおおおおおおおッ! おおおおおおおおおッ!!』


 そして最後には、エイジたちと変わらないサイズにまで縮み切った。

 筋骨たくましい男の姿。

 しかし放たれる神々しさから人類でないことはわかる。


『おおお……、おおお……!!』


 やがて泣き疲れたのか男神の慟哭もやんだ。


『…………すまぬ、我が子らよ』


 男神は言った。


『本来守り見守らねばならぬ汝ら前で取り乱した。許しがたい醜態だ。こんなに隙だらけだから愛する妻を救い出すことができなかったのだ……!!』

「では、やはりアナタが……!?」

『男神ポセイドン。そなたら人間族を生み出した神である』


 ポセイドンは立ち上がる。

 神聖さを完全に取り戻し、ラストモンスター化の呪いは払拭されたようだった。


『私とその妻メドゥーサは、和合して人間族を生み出した。それをあの邪魅が、アテナが……! 隙を突かれた我々は封印され、その力だけをヤツの好きなように奪われたのだ……!!』


 悔しさと憤りが匂い立つかのような口調。


『汝らの砕いたアイギスの盾は、アテナが我が妻の権能を代理使用するために欠くことのできぬ神具。それを破壊されたために我も呪いから解放された……!?』


 しかしそのための犠牲は大きかった。

 思えばラストモンスター化したポセイドンが、それでもなお守ろうと奮闘したのは、盾の中に封じられた妻メドゥーサだったのだ。

 醜い怪物と成り果ててなお、愛によって突き動かされていた。


「でもそれを……、僕たちの手で……?」


 エイジは、破片となって交じりあう剣と盾を見る。


『アテナは、捕らえた妻の首を斬り落とし、加工してアイギスの盾に変えた。それをもって妻の力を我が物として振るうために。その力で私を含めた男神たちをラストモンスターに変え、女神を聖なる武器に封じ込めた』


 そして残った体の方を剣に封じ込め、覇聖剣と四振りの聖剣に変えた。


『人の子たちに、モンスターへの備えと言いつつ。その実、人とモンスターの争い合う様を眺めて楽しむためにな。心底見下げ果てたヤツだ』

「あの……、申し訳ありません……」


 散々迷ったあとにエイジは謝罪した。

 どう言葉を掛けていいかわからなかったのだ。


「僕たちはアナタの奥さんを、母なる神を殺してしまいました。仕方ないこととは言え……!」

『いいのだ、それが妻の望みでもあった』


 神は言った。


『妻は、自分の生み出した人間族を心より愛していた。その妻の力をもって人間族を苦しめるなど鬼畜の所業。外道の苦しみより妻を解き放つに、他に方法がなかったのなら、実行するしかなかったのだ……!』


 それでも悲しみがないわけがない。

 男神の慟哭を見れば気持ちの奥底は如実だった。


『神の投影であるアイギスの盾を打ち砕くには、同じ神の分け身である聖剣。しかも妻の本体を宿した覇聖剣しかない。妻は待っていたのだ。覇聖剣を携えて、この深海に勇者が来ることを……!』


 聖剣は本来、物質に囚われない存在であり、折れたり砕かれても一度物質化を解くことで再生できる。

 しかし今砕かれた覇聖剣は破片のまま、何の変化も及ぼさなかった。


 聖剣が再生するための芯たる部分。

 それこそ女神メドゥーサの神性が砕け散ったからだろう。アイギスの盾とぶつかり合うことで、同じ神性が対消滅して。


「……ではギャリコ」


 直接手を下したセルンが言った。


「直してください、剣と盾」

「はッ!?」


 話を振られたギャリコが一番ビックリした。


「意外そうな顔をしないでください。アナタなら砕けたアイギスの盾と覇聖剣を修復できるでしょう。そして女神メドゥーサを復活させるのです」

「いきなり無茶振りされたらビックリするしかないでしょ!? 本気!? そんなことできると思ってるの!?」

「できます。だからこそ何の迷いもなく盾を壊せたのです」

「やたら思い切りがいいと思ったら!?」


 砕けた剣と盾。

 それらをまったく元通りに修復できれば、その化身であった女神メドゥーサも復活できるというのか。


「で、できるのかギャリコ……!?」


 エイジも不安げに尋ねるが……。


「神様は常識通じないことが多いから、ありえないこともないかもしれないけど……!?」

「できます。他でもないギャリコなら」


 セルンは依然として断定的だった。


「ギャリコは、これまでも世界にありえないものを作り出してきたではないですか。私はそれを傍で見てきました。ギャリコは世界最高の職人です。間違いありません」


 そのギャリコなら不可能を可能にできる。


「………………」


 沈思黙考があったあと……。


「……わかったわ、やる」


 ギャリコは腹を括った。


「思えばさっきモンスターに取り囲まれた時、アタシ単なる足手まといだった。ここで役に立たなきゃ何のためにここまで来たのかわからないわ!」

『頼む! 頼む! 我が妻を救えるものなら救い出してほしい!!』


 神であるポセイドンまで頭を下げ、いよいよ後には引けない状態。


「……大目的は器物に宿った女神様を復活させることなんだから、完璧に元通りにする必要もないんじゃない? 首が盾、体が剣に分れたんなら、それを一緒くたにして改めて一つに……!」


 色々と考えをまとめたあと、ギャリコは散った破片を丁寧に集め、ポセイドンの力を借りてドロドロに溶かし、一つにまとめ、新たに打ち直して……!


    *    *    *


「できたッ!!」


 ギャリコの手によって打ち直された新たな剣。

 それはまさに覇聖剣だった。


 黄金色に輝く刀身。


「覇聖剣が、甦った……!?」


 ただ甦っただけではない。

 アイギスの盾の破片も加え、より完璧な形に仕上がった新覇聖剣。


 その成果はすぐに現れた。

 刀身から霊体のようなものが浮かび上がり、形を成して現れたのは……。


 美しくも優しげな姿の女神だった。

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