274 矛盾の果て
覇聖剣が発する声。
それを聞きエイジは困惑の声を上げた。
「なんだその声は……!? 今まで聞いてきた聖剣の声とはまったく違う……!?」
聖剣の声自体は今さら驚くことでもなかった。
前例はいくつもあったから。
武闘大会で赤の聖剣が放った声。
グランゼルドを刺した覇聖剣が放った声。
それらはいずれも人類種を見下し、侮蔑する声だった。その声は今目の前にいるアテナの声そのものだった。
しかし今、覇聖剣が放つ声はまったくの別物。
「私は……、知っていました」
セルンは言う。
「青の聖剣を握っていた時、私にだけ伝わってくる声は、この優しげな声でした。アテナのものでは決してない」
『アナタが信じてくれたから、私の声が届いたのです……』
覇聖剣は言う。
グランゼルドを刺したものと同一とは思えない。慈愛に満ちた声。
『アテナに封じられ、支配権のすべてを奪われた私は、我が体を通してさえ声を伝えることもできなかった。心底から私を信じてくれた者以外には……』
それが、セルンだったと言うのか。
『しかし今、分け離された半身にここまで近づき、しかもアテナの神力が半神の方に注がれている今、覇聖剣の支配権を取り戻すことができた。この力で彼らに掛けられら石化の呪いを解除させてもらいました……!』
『この……! このお邪魔女がああああッ!!』
女神アテナ、悪鬼の形相。
『お前が今さら何の用があって表に浮き出た! お前に居場所などない! 私こそがこの世界の主なのよ! 私の道具に成り下がったお前は、物言わず私に従え!!』
『アテナ……、弱り迷ったアナタを憐れみ、情けを掛けたことが間違いでした。私は神の責任として、その間違いを正さなければ』
覇聖剣が、益々眩しい輝きを放つ。
『この光あれば、アイギスの石化呪詛は何の効果も現しません。セルン、アナタにお願いがあります』
剣は、みずからの使い手に乞う。
『アテナが持つ盾を破壊してください』
「盾を?」
『さすればすべてが解決します。私の愛する人間族も、私を愛してくれるあの方も、すべて解放される』
「……!?」
セルン、仲間の顔を見回す。
エイジは頷いた。覇聖剣の声が示す道こそ、困難を打開する一本道だと信じられる。
「ウジャウジャ鬱陶しいマーマンも、皮肉にも全部石化した。新たに補充されないのも、覇聖剣の光がモンスター化を打ち消しているせいかな?」
かつて聖剣院で、人のモンスター化を解除したように。
「僕にはさっぱりわからないが、その声には信じる価値があるようだ。言われた通りアテナの盾を壊せ! 指名されたキミが!」
エイジは、半魚巨人ポセイドンを睨む。
彼だけは石化の影響も光の影響も受けない。
『やらせぬ……、愛する妻を……、やらせぬううううッ!?』
『ポセイドン様、私を愛してくれるならどうか止めないで。私たちの生み出した愛すべき人間族のために、私が死なねばならぬなら死ぬべきなのです!』
『やらせぬ! やらせぬうううううッ!!』
半魚巨人の気迫が沸騰する。
まるで巣を守る獣のような気迫だった。
「ヤツは僕が抑える!!」
エイジは魔剣キリムスビをかまえる。
「ギャリコは僕の傍に! セルンは突き進め! アテナへ向かってじゃなく、ヤツの持つ盾へ向かって!!」
「わかりました!!」
こうと決めたら、一同の行動は素早い。
今まで潜ってきた数々の修羅場が、彼らのチームワークを迅速にした。
『やらせぬぞおおおッ!!』
「お前の相手は僕だ!」
ぶつかり合う男たち。
今度はエイジが、セルンのサポートに回る。
『おのれ時代遅れのクズ神があああ! お前の出る幕なんてねえんだよおおおおッ!!』
迫りくるセルンに、女神アテナは荒ぶり喚く。
『忘れたかあああッ! 聖剣だって私の支配下! 私の意思で自在に動かせる! ソイツのオヤジを刺殺した時のように! また操ってやらああああ!!』
その言葉に、セルンの瞳が燃え上がる。
「やはりお前が、父上を……!!」
グランゼルドの直接の死因は、覇聖剣によって胸を刺し貫かれたこと。
覇勇者の相棒であるはずの覇聖剣が、覇勇者を葬ったのだ。
許しがたい裏切り。
その奥底には女神アテナという邪悪がいた。
「それだけではなく父の死に際を侮辱するあの映像……!! 許しません! 人間族の覇勇者として、お前を許しません!!」
『うるせえクソブスがああ!! オヤジと同じように自分の武器に刺されて死ねええッ!!』
アテナが手をかざし叫ぶ。
しかし……。
『ッ!? バカな!? 動かせない! 覇聖剣を支配できない!?』
『今この剣の支配権は私にあると言ったでしょう』
黄金の刀身から優しい声が発せられる。
『アナタは欲張り過ぎたのです。私を首と体の二つに分けて、首をアイギスの盾に、体を覇聖剣にと作り変えた。そうして自分の権能を広げたかったのでしょうが……』
それが却って仇になった。
『ここまで近付けば、私は封じられながらも充分な抵抗力を発揮できる。盾と剣。両方を同時に操るなどさせませんよ』
『クソがテメエふざけんなああああああッ!?』
『今、覇聖剣を支配するには、アイギスの盾を手放すしかない。でもそうなればポセイドン様にアナタを守る理由はない。私の夫が真に守ろうとしているのは、アナタではなくアナタの持つ盾なのだから』
『うんぎゃべええええええッ!!』
アテナが放つ奇声は、差し迫った状況に有効策が浮かばないイラつきの悲鳴だった。
覇聖剣を操るには、盾を手放さなければいけない。
しかし盾がなくなれば半魚巨人ポセイドンは彼女を守らなくなり、もっとも恐ろしいエイジがすぐさま襲い掛かるであろう。
『くそおおお! チクショおおおお! いや、そうだクソブス! いいことを教えてあげるわ!!』
何か閃いたのか、迫るセルンにアテナは呼びかける。
『アナタが破壊しようとしているアイギスの盾の正体を! この盾にはねえ、神が封じられているのよ!!』
「何ッ!?」
『アナタたち人間族を生み出した本当の祖神、剣の女神メドゥーサが!!』
その告白に、セルンだけではなくエイジやギャリコも引き寄せられた。
耳を疑った。
「本当の祖神……!?」
「人間族を生み出したのは女神アテナではなかったの!?」
と。
『お前らみたいなクソ汚い生物を、私が生み出したわけがないだろう! いいか! アイギス盾を破壊するってことは、その中に封じられたメドゥーサを殺すってことよ! いいの!? 自分たちを生み出した親とも呼べる神を殺すなんて勇者のすること!?』
『止まらないで! いいのです殺しなさい!』
剣から放たれる声。
『私が生み出した人間族。私の愛する人間族。そんな可愛い子らを私の力で苦しめるくらいなら、私は愛する子らの手によって殺されることを選びます! セルンよ躊躇わないで! それが神の願いです!!』
セルンは走る。
速さを緩めない。
一直線に女神アテナへ迫る。
『……ありがとうセルン。神の願いを叶えてくれたアナタこそ、まことの勇者』
振り下ろされる覇聖剣が、アイギスの盾の表面に命中した。
神の剣と、神の盾。
その双方がぶつかり合った時、双方ともに砕けて壊れた。





