260 切り札は愚
チュイン。
空気を斬り裂く音をエイジは聞き逃さなかった。
「くッ!」
振り向きざまに魔剣で薙ぎ払い、迫りくる危険を叩き落とす。
危険の正体は、黄金色に光り輝く刃だった。
『おのれ、いまいましい。私の思い通りに何故ならぬ……!?』
「お前は……!?」
聖剣の中の聖剣。
覇聖剣。
持ち主であるグランゼルドの手から離れてなお実体化を保っているとは。
「お前だな……!? お前が覇聖剣を通して、この災厄を引き起こしているんだな!? 自分の信徒を怪物に変えているんだな!?」
『それの何が悪い? 人間族などすべて等しく我がオモチャにすぎん。オモチャは持ち主を楽しませてこそ価値がある』
「楽しませる、だと……!?」
『苦しみ、悲しみ、泣き叫び、血を流して絶望して死ぬ。それがお前たちオモチャの楽しい遊び方ではないか。それができないお前は出来損ないのオモチャだ。出来損ないは叩き壊すが真っ当……』
「ふざけるなよ……!」
エイジ、魔剣を握る手をギュッと引き絞る。
「お前のような最低のクソ神は初めてだ……! 僕は、神とはもっと上等なものだと思っていた。今まで出会ってきた本物の神々は、まさにそうだったからだ」
イザナミイザナミ。ドワーフの祖神である男神カマプアアと女神ペレ。
エイジが実際に邂逅した神々はいずれも見事な振る舞いで、人類種を気に掛ける正真正銘の神だった。
しかし目の前の、覇聖剣を通して対峙するそれは神ではない。
「お前は偽物の神だ! 神を騙る邪悪だ! 人類種の平穏のために、また神々の名誉を守るためにお前を叩き切る!!」
『…………』
一瞬の沈黙のあと……。
『貴様ああああああッ!! この私を偽物だとおおおおッ!! この女神アテナをおおおおッ!! 全知全能あらゆる神より優れて美しいアテナおおおおおおッッ!!』
覿面に反応した。
『許さぬうううううッ!! お前だけはああああッ!! 人類種最低最悪の失敗作であるお前は! ここで地獄の苦しみを与えながら八つ裂きにしてやるうううッ!!』
真正面の覇聖剣だけではない。
周囲、全方位から肉塊人形が現れエイジを取り囲む。
「くッ……!?」
エイジの強さから言えば、少しも怖くない包囲網。
しかし哀れな肉塊と成り果てた怪物は、元は人間族なのである。
モンスター化するために魂まで砕かれた肉塊を斬り裂くことに迷いはない。
それでも、迷いはなくても心に痛みは残る。
勝ってなお痛みを与える卑劣さに、エイジの怒りは益々燃え上がる。
「ソードスキル『一刀両断』!!」
その時であった。
極大のオーラ斬撃が、肉塊包囲網を打ち破っていく。
「このソードスキル!? まさか……!?」
「エイジ様!」
修羅場に飛び込む青き影。
女性らしい長い髪を翻して跳躍するのは。
「セルン!?」
「遅れました! 聖剣の青き勇者セルン、これより参戦いたします!!」
他大勢と共に議場に残ったはずのセルンであった。
「来たのかセルン! グランゼルド殿は……!?」
「その父上から言われたのです! 自分のやるべきことを成せと!」
父。
覇勇者グランゼルドを指してセルンはたしかにそう言った。
「私は聖剣の勇者です! 人間族が危機に直面しているその時に、戦わなければ勇者ではありません!!」
「それはそうかもしれないが……! ッ! セルン!?」
セルンが手にしている獲物に、エイジは目を疑う。
「キミが持っているの、青の聖剣じゃないか!?」
エイジが困惑するのも無理ない。
「聖剣は使えないといっただろう!? 相手はその剣を自在に操れるんだぞ!?」
覇勇者であるグランゼルドすら、みずからの得物である覇聖剣に貫かれて重傷を負ってしまった。
人間族最強の武器が敵に回ってしまう。
今戦っている敵は、そういう敵なのだ。
「もう一つ……、もう一つ父から言われたことがあります」
「え?」
「私はそれを貫きたいのです。私たち不器用な親子が進むには、それしか方法がないのですから!!」
エイジにとってはわけがわからない主張であったが、セルンに宿った瞳の輝きは本物だった。
『ぐふふふふ……! 大バカめ。そんな愚か者だから人間どもは大好きよ……!』
「うッ!?」
案の定セルンの持つ青の聖剣は、持ち主に反して独りでに暴走する。
切っ先がエイジに向かって飛ぼうとするのを、セルンは柄に力を込めて押しとどめる。
「くうううううッ!?」
「それ見たことか! 聖剣の実体化を解くんだセルン!」
エイジも、周囲から群がる肉塊巨人を対処するのに忙しく、セルンに援助にまで回れない。
「ダメです……! 私は信じることに決めたのです!!」
「信じる!?」
――自分の信じると決めたことを最後まで信じ抜け。
父が、戦うと決めた娘に贈った言葉。
親子そろって不器用を背負ってしまった彼らが、最後まで戦い抜くために必要不可欠なこと。
「私は、エイジ様のように遠くを見渡すことはできない……! 世界がどうあるべきかなんて、大きすぎることはわからない」
だからせめて、信じると決めたことは最後まで信じ抜かなければ……。
「自分がどこへ向かえばいいのかさえわからなくなってしまう……!!」
「しかしな! 女神アテナは実際人類種の敵だったんだ! こんな神をこれ以上信じることなんか……!」
「別の声がいます!!」
セルンは叫んだ。
「別の声……!?」
「たしかに聞こえたのです。ドワーフの都で、スラーシャと戦った直後……!」
今思えば、女神アテナが送り込んできたとわかるモンスターの大群と戦った時。
あの場面とて、聖剣が使用不能に追い込まれていてもおかしくなかった。
しかしセルンは青の聖剣を振るって奮闘した。
その時、聖剣の芯から聞こえてきた声……。
――『私の子よ。アナタが優しさを捨てない限り、私はいつまでもアナタを助け続けましょう』
と。
――『私の愛する子らを、傷つけるなど絶対に許さない』
――『たとえどんなに惨めな姿に零落れようと、振るうことのできる神威ある限り、私はアナタたちを守るために尽くす』
と。
「バカな……!」
エイジには信じられなかった。
彼はもう、聖剣の正義など欠片も信じられなかったから。
「私は信じます! 私は聖剣の勇者だから……!」
これまで、ずっと共に戦ってきた聖剣を強く握り、セルンは叫ぶ。
「聖剣よ! たとえ神を信じられなくとも、私はアナタを信じる! 聖剣を信じる! だから応えて、人間族の守護者よ!!」





