234 覇斧乱伐
「農耕スキル『鳥追い』」
戦斧から放たれる衝撃波が、巨鳥の翼を掠める。
「斧から遠距離攻撃!?」
「ゴブリンの所有する種族固有スキルは、すべて農業に根差したものだ。純粋な戦闘スキルはない」
今の遠距離攻撃スキル『鳥追い』は、農作物を荒らしに来る害鳥対策のために編み出されたスキルだった。
大切に育て上げた野菜を、収穫寸前についばんでいく鳥たちは農夫にとって最悪の敵。
「今ので翼を斬られた。体重を支え切れなくなって落ちてくるぞ」
エイジの指摘通り、スクエアフォースの巨体は二対の翼をもってしても空中に留まらせるのはギリギリで、かすり傷程度が浮遊能力の限界に影響しうる。
不格好に羽ばたきながら、何とか地上に軟着陸。
「ひいいいーーッ!?」
「こっち来たああッ!? 逃げろおおおおーーーッ!?」
たまたま着地点周辺にいたエルフやゴブリンたちは泡を食って逃げ散る。
「飛行モンスターが地上に降りてきたのだ。これは勝ったようなものでは……?」
「そう思っているなら、キミはまだまだ覇王級を甘く見ている」
サラリスの独り言に、エイジは鋭く切り込んだ。
「たしかに鳥型モンスターにとって最大の強みは、翼による飛行能力だ。いつぞやのレイニーレイザーのように、弓矢も届かない遠い上空に逃れられたら手の打ちようがない」
しかし今回のスクエアフォースは、そうした上空の優位をあえて捨てて突貫してくる、空と陸の狂戦士だった。
地上に降りた巨鳥の、四枚の翼が折りたたまれ、強靭な腕に代わる。
「なッ!?」
翼でありながら先端に爪を持ち、その爪でしっかり土を握って駆け巡る。
「あれがスクエアフォースの怖さだ。翼を飛行形態と地上形態とで使い分け、しかもそれが四本ある。巨体を飛行させるための翼だから筋力も段違いだ」
スクエアフォースは、地上でも無敵の力を発揮する。かつてのレイニーレイザーとはまったく逆の戦力を持て進化した鳥型モンスターだった。
「ディンゴ殿から貰った傷で飛行はできなくなったものの、武器として使うにはまったく問題なしか。あんな腕で薙ぎ倒されたら人類種なんて粉々だね」
「そんな呑気に言っている場合か!? このままでは周囲のエルフもゴブリンも全滅……」
「問題ない」
「え?」
「ディンゴ殿が到着した」
既にディンゴは、巨体モンスターの足元に到達していた。
上背の小さいゴブリンだからこそ、懐に入るのも容易。
「上手い! あのまま足にでも一撃食らわせれば……!?」
しかしディンゴは、そのまま後方に飛びのいて距離を取った。
絶好の攻撃チャンスをみすみす見逃したのだ。
「なんで……!?」
モンスターの方も、今ので宿敵の存在に気づき、全神経をディンゴに集中する。
何故不意打ちの機会を、自分からフイにしたのか。
「家禽の解体は速さが命。血の臭み、体温の熱が肉を台無しにしてしまうより先に可食部分を切り出さねばならない」
「は?」
「まずは首を切り落とし、血をしっかりと抜き取る。血は臭みの根源だ。これが肉の中に残っていると臭くて食えたもんじゃなくなる。しかも心臓が止まったあとじゃ血は流れにくくなるから、屠殺の瞬間に出しきってやるのが効率的だし、情けだ」
かまえられる黄金斧。
対する巨鳥も、蹴爪を持つ後ろ足と、剛腕化した四枚の翼で土を握り、突進の施政を取る。
「痛みなき用一撃で。それが大切に育ててきた家禽への情けであり礼儀だ。これから食べる命に感謝して、速やかさで謝意を表する」
魔獣の獰猛さでディンゴに突撃する巨鳥。
「屠殺スキル『菩薩絞』」
スクエアフォースが飛んだ。
首より上の部分だけ飛んだ。
戦斧の、切断力ならどんな武器より強力なるその一撃で。
残された道の切断面から、滝のように流れ落ちる血液。
「すべて流し出せ、テメエの犯した罪諸共な。臭味を抜いて、美味しい鶏肉になりやがれ」
流れ落ちた血は、地面に刻々と吸い込まれていき消え去っていく。
大地に還っていく。
「本来ならここから羽を毟り、裸にしたところで一番美味い腿を外してからモツを引き出し、食いやすいように仕分けるところだがな」
「まさか本当に食うつもりですかこのバケモノを?」
「バカ言うない」
エイジからのツッコミを、ディンゴは一蹴した。
「練習よ、練習。ウチの養鶏場で丹精込めて育ててる鳥どもを絞める時、失敗して余計な苦しみを与えるようじゃ可哀相だろう? そんなことがないように同じ形のモンスターで試し切りしておくのよ」
その程度だけがモンスターの利用価値だと言わんばかりに。
「蒔かれ、芽吹き、伸びて実を結び、睦みあって、種を残して死ぬ。植物動物関係ねえ。この地上のすべての生物していることを、していないのはモンスターだけだ。こんな理外の生き物、地上にいていいわけがねえ」
「仰る通りです」
「実際害しかねえ生き物だぜ? 畑は荒らすわ人を殺すわ。オレッちは卑しくも覇勇者の称号を貰った。だからこそ身を粉にしてモンスターから自族を守らなきゃならねえと思っている」
そして……。
「お前さんはどうだい?」
その視線はエイジに鋭く向けられていた。
周囲は、モンスターの全滅でもはやエルフ、ゴブリンの分け隔てなく興奮に盛り上がっている。
「テメエは、あのグランゼルドの旦那から跡目に名指しされながら、こんなところをフラフラして、どういう腹積もりだ? エルフとのゴタをまとめた手配は認めてやってもいいが、だからこそ腹ん中ぁ開けてみねえと収まりがつかねえぜ?」
「ディンゴ殿は、グランゼルド殿の味方ですか?」
「そりゃそうよ、あの人には先代先々代からの大恩人だ。不出来な息子を里に返して、少しでも恩返ししてえと思うじゃねえか」
「ゴブリンは恩義に厚い種族ですからね。もっともその報恩に僕の意思は完全無視ですが」
戦いは終わったというのに、殺気が膨張した。
暴虐なモンスターにはない凍てつくような殺気は、双方達人でなければ起こりえない緊迫。
モンスター撃退に浮かれる中で、覇勇者クラスの二人とそれに気づいて見守る者たちの表面にだけ鳥肌が立った。
「…………だが」
「……」
「ザコモンスターの群れを斬り刻んだあのソードスキルは見事なもんじゃねえか。しかも聖剣を使わずによ。あれにだけはオレッちもたまげたもんよ」
「アナタぐらいの人に褒められるのは素直に嬉しいですね」
「旦那の厚意を袖にしやがったのも、考えあってのことってかい? テメエは以前から何かしでかしそうなヤツだったからなあ?」
ディンゴが、凄みを聞かせて言った。
「言ってみな。テメエの悪巧みに興味があるぜ」





