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220 包む女

 覇聖鎚から発せられ、みるみるドレスキファの体に移っていく黄金気。

 やがて彼女の全身を覆っていく。


「これは……!?」

『なんと……!?』


 同時に目撃者となったウォルカヌスまで驚愕に動きを忘れた。

 神ですら知らない、この現象の正体とは。


 しかし現象はそれだけでは終わらなかった。

 やがて黄金気のすべてがドレスキファに移ったタイミングを見計らうかのように、覇聖鎚が姿を消した。

 まるで丸ごとドレスキファの体に吸い込まれたかのように。


「!?」

「これでオレは覇聖鎚と融合できた。言われたままにやってみたが本当にできるもんだな……!」

「えええ~ッ!? ちょ、何が起こってるの!? 何? 何なの!?」


 すべてが理解できないエイジは困惑の極み。

 直近に巨大な敵がいるというのに、しかしその敵も戸惑いに体が動かない。


『覇聖鎚にこんな機能があったなどワレも知らなんだぞ。ペレは、覇聖鎚にどんな可能性を託したというのだ……!?』


 そんな最強者はひとまず無視して、ドレスキファはエイジに呼びかける。


「いいかエイジ。……今オレは女神ペレに極めて近い状態になった」


 鎚神ペレ。

 ウォルカヌスと共にドワーフ族を生み出した女神。


 ドワーフ族に崇め奉られる守護神にして祖神。


「お前の剣は、あのバケモノの祝福を受けて、あのバケモノの属性になってる。覇聖鎚と一体化して女神ペレの属性になったオレと対応するはずだ」

「そうかもしれないけど……!?」

「だからオレが鞘の代わりを務める!」


 だからそれが話の飛び過ぎではないだろうか。


「見込みはある! ……って言ってる」

「だから誰が!?」

「たしかに神の力には相性があって、よく組み合わさる方が相乗して大きな力を発揮する。今のオレと、その剣の相性は最高だ!」

「そうはいっても、ソードスキルって体技なんだよ!? もっとも鞘が走る体勢とか全身の動きが乗る動作とか……!」

「つべこべ言ってねえで試しにやってみればいいだろうが。オレがお前のために体を捧げてやろうって言ってるんだ! 不服か!?」


 迫られて言葉を失うエイジ。


 突拍子もない物言いだが、エイジが完成途上にある新ソードスキルは、発動と引き換えに剣速の強化に必要な鞘を粉々にしてしまう。

 その代わりを務めようというのだから、ドレスキファの体自体無事で済むとは限らない。


 そんな危険な役割を、彼女に託していいのか。

 エイジたちの目的とは離れたところにいる無関係の彼女を。


「…………わかった」


 エイジは、力任せに鞘からキリムスビを引き抜く。


 その濡れたような輝きを放つ刀身をドレスキファが、右手、左手と重ね挟む。


「恐ろしいことに、お前の手が触れた瞬間力の充実を感じるぞ。剣気が何倍にも膨れ上がっていくみたいだ」

「魔剣の雄気とオレの雌気が反応しあっているんだ。陰陽交わり太一となって道をなす!」


 それもまた、ドレスキファに語りかけてくる何者かの受け売りだろうか。


 エイジは呼吸を整えた。


 我が身を空とするために。

 身運び体捌きに型をつけるのは、一方で枠の中に自分を押し込めることでもある。


 その枠から離れ、いかなる運剣でも必死の一剣を放てるようにならねば。


『まったく、人の子とは面白いことを考えてくれる……!』


 ドレスキファの奇策がまとまるのをじっくりと待っていてくれたウォルカヌス。

 準備完了とばかりに再びマグマを波打たせる。


『そちらの我が眷族から覇聖鎚のことを聞きだしたいところだが、まずは決闘の礼儀を通そう。絶人よ、神の域に踏み込んでみろ!!』


 襲い来るマグマ。


 両頭倶に截断して。

 一剣天に倚って

 (すさま)じ。


 両頭(生と死)を斬り裂く一剣は天より振り下ろされる。


 ソードスキル『一剣倚天』はその理合によって天に代わり天命を斬り裂く。

 しかしだからこそ天命の主たる神には通じない。

 天命の剣を振る人にも天命はあり、神の天命に押し負ける。


 人と神。


 その天命の差を埋めるものは何か。

 あるいは天命そのものを上回るのか。


 明らかなる奇手、ドレスキファを鞘代わりとして神の陰陽を合せる。

 そこから生まれるものは何か。


 それを目指して世界中を渡り歩いたとはいえ、その結果は予想がつかない。


 心を空にせよ。

『一剣倚天』を我がものとするために心に雑音はあってはならない。


 そうして空にした心に、とめどなく雑然なるものが流れ込んできた。


 エイジはその雑然たるものに戸惑いを覚えたが、その正体はすぐにわかった。


 ドレスキファの心だった。


 剣を通して彼女の心が伝わる。


 覇勇者の位を賜って得意満面な自分。

 自分の思い通りにならないことなど何一つないと思っていた。


 それを打ち砕いた、他種族の覇勇者。

 同じ覇勇者だというのに実力は圧倒的に向こうが上。直接戦って手も足も出ない。それどころか戦いに対する姿勢、力を得ようとする姿勢まで次元を画するものだった。


 すべての価値観が打ち砕かれた。


 自分が酷く惨めな生き物に思えた。

 研鑽の下に聳え立ったプライドが、惨めさをさらに際立たせる。


 だからこそ変わらねば。

 誇れる自分に変わらねば。


 他の誰でもない、あの男に認められる自分にならなければ再び誇りを持つことができない。

 認められたい。

 あの男に認められたい。


 最強の男に認められる女に。


「両頭倶に截断して……!」


 エイジの四肢に、空虚と実が満ち満ちる。


 ありえぬものが存在し、然るべきものが霧散する。


 矛盾しつつ整合し。


「一剣天に倚って……!」


 女の抱擁から撃ちだされる男の迸り。


 すべて無い中に、すべて存在する剣が完成した。


「ソードスキル『(すさまじ)』」

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