216 聖鎚参戦
目の前の強力な敵を討ち果たすために必要なものは、目の前の強敵を討ち果たさなければ手に入らない。
この絶望的な状況に、エイジは防戦に追い込まれる。
「くッ!?」
ソードスキル『水破斬』でマグマを断ち切るものの、繰り返していては先にスタミナ切れとなるのはエイジの方であろう。
本来ならばそうしてマグマの怪物相手に一歩も引かないことこそ覇勇者級であるエイジだからこそできる奇跡。
他の者ならば一瞬のうちにマグマに飲まれて終わり。
そんな人の常識を覆すエイジですら、『敵対者』ウォルカヌスに勝ち抜くには決め手に欠けた。
恐らくその手に握っている剣が覇聖剣であったとしても。
究極ソードスキル『一剣倚天』すら通じない天命の創造主に糸口は見つからない。
「……こうなったら」
エイジが魔剣を鞘に戻した。
まだ戦いの真っ最中だというのに。
「あれはまさか……ッ!?」
一見勝負を捨てたかに思える行動に、ギャリコセレンと長く共にいる者たちは意図を察した。
「あの技を使うつもりですか……!? イザナミを正気に戻したあの技を……!!」
「やっぱり、それしか方法はない……!!」
究極ソードスキル『一剣倚天』を超える技。
長き人間族の歴史の中で誰も成し遂げられなかった偉業に、エイジは今の段階でさえ輪郭を掴んでいる。
『敵対者』ウォルカヌスを倒せる、鞘走りを乗せて放つ必殺剣。
しかしその代償は、未完成の鞘の破損。
先のイザナミ戦ではそうなったのだから。
「……仕方ないか」
後方で見守るギャリコが諦念をもって呟いた。
「いいのですか!? 新しい鞘を作る素材はもうないんでしょう!?」
それなのに今ある鞘が壊れてしまったら、同じものは作れない。
ペレとの会見が叶っても、祝福を授ける依り代がなくては話にならない。
「絶対不可能ってわけじゃないでしょう? またアスクレピオス山脈に登って、エメゾに聖木を作ってもらうわよ。恥ずかしいけど仕方ないでしょ?」
ここでウォルカヌスを倒せなければどうにもならないのだから。
再び大きな回り道をしてでも乗り越えなければならない障害。
多くの者が覚悟を定めた。
その瞬間だった。
「…………」
黄金の鎚が、輝きを増した。
「……おい人間族の勇者」
「え?」
「あとは任せたぜ。非戦闘員の二人ぐらい守ってみせろ」
セルンやギャリコたちを守っていたオーラの防護膜が消えた。
それはハンマースキル『シールド・プレーン』で発生させたもので、その効力は重大なものだった。
遮る壁がなくなり、マグマで熱せられた空気が直接セルンやギャリコたちの肌に当たる。
「ぎゃああああああッ!? 熱いいいいいッ!?」
「どうしたのですか!? ドレスキファ殿!?」
防御用のハンマースキルを発動中、身動きの取れなかった彼女だが、体勢を解いて自由に動ける。
「見てろよ最強野郎。マグマを吹き飛ばすぐれえ、テメエしかできないなんて思うな!」
そして黄金の覇聖鎚を振り上げ……。
「ハンマースキル『エア・スタンプ』!!」
覇聖鎚に叩きつけられた空気が弾け、爆風を生み出す。
その勢いでマグマが吹き飛ばされ、剥き出しの地面が露わになる。
「うわああーッ!? あつあつあつあつッ!? あぶねええーーッ!?」
飛び散るマグマに却って危険な目にあうエイジ。
「ドレスキファ!? アナタ何やってるのよ!?」
「非戦闘員ておれのことか!?」
抗議するギャリコ、サンニガへも振り返らずに言う。
「オレも戦いに加わる」
「「「ええッ!?」」」
「サシの勝負なんてルール、あのマグマ野郎も言わなかっただろう。聖鎚の覇勇者であるオレが助太刀してやるんだ! 勝利は間違いなしだろうよ!!」
そのままマグマのない地表を駆け抜け、ウォルカヌスへと立ち向かう。
跳躍と共に、マグマの塊となっている怪物に黄金鎚を叩きつける。
「ハンマースキル『ビッグインパクト』!!」
もっとも基本的なハンマースキル。
しかし黄金色の鎚は、ズルズルと溶岩中に取り込まれていく。
「うえええぇッ!?」
『奮起は見上げたものだが、不用意だのう。エイジは必勝の機を得るまで慎重さを捨てなんだぞ』
このまま体ごとマグマに飲み込まれる。
と思われた寸前。
「ソードスキル『一刀両断』!」
エイジが放つオーラの斬撃がドレスキファにヒット。
そのまま吹き飛ばし、結果的にマグマの灼熱から距離を置く。
「この人間野郎!? 味方に攻撃とか何考えてやがる!?」
「威力はちゃんと調節したよ! お前こそ何考えてるんだ!?」
マグマに覆われていない足場を探すにも一苦労。
結局それぞれのスキルで溶岩を吹き飛ばし、無理やり足場を得るしかない。
「下がってギャリコたちを守ってくれ! 戦いに集中したい!!」
「そのお前が一人じゃどうにもなんねえから助太刀してやろうって言うんだろ! 助かるだろうが!!」
「何を言って……?」
「オレは! 聖鎚の覇勇者だぜ!!」
ドレスキファの怒号に、エイジは息を呑んだ。
言葉に篭った気迫、感情の昂りに気圧されたのだった。
「お前ら揃ってオレのことバカにしやがって……! オレは覇勇者だ! ドワーフ族でもっとも強い戦士として選ばれたんだ!! それなりに誇りってもんがあるんだよ! 最強としてよ!!」
それを容赦なく踏みつけにしていったのは、今彼女の目の前にいる二人だった。
エイジは、覇勇者として得意絶頂の彼女を、衆目の下に半裸としたことがある。
実力差を見せつけたのだ。
ウォルカヌスは規格外の怪物としてドレスキファのことを歯牙にもかけなかった。
彼女とて、ドワーフ族最強の座を賜った覇勇者。
傷つくだけのプライドは持ち合わせている。
プライドに付いた傷を塞ぐためにも、公の場でエイジに挑戦するため聖鎚院の意向を無視してまで武闘大会に出場した。
それもモンスターの乱入によってご破算となり、雪辱のチャンスはまた遠のいたかに思われた。
しかし。
「人類種最強の覇勇者だ! これ以上頼もしい援軍はねえだろ!! 感謝しろ! 頼もしく思え! この聖鎚の覇勇者ドレスキファ様が助けてやるんだからな!!」
チャンスは巡ってきた。
強者たちに自分を認めさせるチャンスが。
聖鎚の覇勇者のプライドを取り戻す戦いが始まる。





