215 門の内の鍵
究極ソードスキルを超えるソードスキル。
それがない限り『敵対者』ウォルカヌスの打倒は不可能とみてよい。
それは雲を掴む話というわけでもなく、一度既に実現している。
かつてヨモツヒラサカで戦った、呪われし神イザナミ。
その呪いを断ち切り、女神を解放した剣こそ、エイジが放った未完成の新ソードスキルだったのだから。
「イザナミもウォルカヌスも、同じ呪われた神。エイジのソードスキルで解放できる公算は高い……!?」
その間も、エイジとウォルカヌスの激しい攻防は続いている。
決め手を失ったエイジに形成はじりじり悪くなっていくが、それを置いてとにかく、傍にいる女たちは作戦会議に没頭する。
「問題は、そのために必要なものがエイジ様の努力で得られる類ではない、ということです。問題は、ずっと前から取り沙汰され続けてきました……!」
鞘。
魔剣キリムスビが完成し、ドワーフの都を出てからずっと取り沙汰されてきた。
アスクレピオス山脈に向かったのも、それを越えてヨモツヒラサカに下ったのも、それらを帳消しにするようにドワーフの都に帰ってきたのも、すべて魔剣の鞘を完成させるため。
ここでまた、究極的にその問題が浮き彫りとなった。
「『一剣倚天』を超える『一剣倚天』の完成には、鞘がなくてはならない。しかも中途半端じゃなく完全な状態の鞘が」
「少なくともイザナミとの戦いではそうでした」
ギャリコもセルンも、その頂上の戦いを目撃した当人たちである。
一度納刀し、抜刀の鞘走りから刀身に力を乗せて、速さと斬力を増す。
そうした技術が応用されていると見受けられた。
「聖剣は、物質界と霊界を行き来することで好きな時に物質下できる剣。必要ない時は非物質貸し、持ち歩く必要などありません」
だからこそ鞘も必要なく、鞘を理合に組み込んだソードスキルも生まれようがなかった。
「魔剣を追い求めたエイジ様だからこそ編み出せた新戦法と言えるでしょう。ただし……」
肝心の鞘がなければどうにもならない。
「魔剣キリムスビの、覇聖剣にも迫る斬れ味を受け止めきれる鞘はまだ存在していません」
「ええ……? エイジの、今まさに腰に下がっている鞘は何なんだよ?」
ドレスキファの指摘ももっとも、しかしドワーフの都を出てから舞い戻ってくるまでの道程を知らない彼女に、足りないものを察し取ることはできない。
「あれは、形だけ何とかつけることができたってだけの未完成品よ。とりあえず未使用中の魔剣を収めておくことはできるけど、エイジと魔剣の全力を受け止めるなんてとてもできない」
事実、イザナミ戦で未完成ながらも放たれた新ソードスキルに、鞘は耐えきれず粉々に砕け散ってしまった。
今使用されているのは、予備の素材で作り上げた二振り目。
「天人族のエメゾから貰った素材はもうない。あの鞘が壊れてしまったら、また新しいものを作り出すのは、まず自力では不可能だわ」
匠ギャリコからの冷徹な宣言。
「エイジ様も、そこまで気づいていると思います」
「だから攻めあぐねているんでしょうね。今ある鞘と引き換えに未完成の新ソードスキルを放っても、確実にウォルカヌスさんを倒せるか微妙なところ」
何より、ここで大事な鞘を失ってはエイジたちがここまで世界中を駆けずり回った意味が失われてしまう。
ならば、鞘が完成する、その条件とは何か。
「……女神ペレの祝福」
「そうです! 元々それが目的でウォルカヌスの下を訪ねたのに、どうしてこうなったのか……!」
男神たるウォルカヌスの祝福が宿った魔剣キリムスビに釣り合うには、その配偶神である女神ペレの祝福を鞘に贈るしかない。
そうなった時、剣と鞘は初めて対等な関係となり、陰陽合一最強剣の礎となりうる。
エイジの究極的な目的は、この世界からモンスターを一掃することであり、そのためにも完全なる魔剣が必要となる。
ゆえに魔剣完成の最後の一手、女神ペレを探し出して祝福を貰ってからラストモンスターに挑むべきなのに、順序を一つ飛ばしてしまった。
「やはり撤退しましょう!! エイジ様に呼びかけて、そしてしっかり準備を整えてから挑み直すべきです!」
「準備って。女神ペレから祝福を貰うこと?」
「そうです! 元々の目的はそうだったのですから、それを飛ばしてラストモンスターに挑むのは順序の誤りです! エイジ様もきっと納得くださるはずです!!」
セルンは強硬に主張するものの、既に戦場になっている山頂は地獄絵図。
マグマに覆われるこの修羅場を中途半端に収拾することなどできるのだろうか。
「やらねばなりません! ここでエイジ様を失うのは、世界の救済が絶望となるのと同じ!!」
セルンは青の聖剣を実体化させ、戦列に加わらんとする。
エイジ撤退の突破口を開かんとするところだろうが、その突貫を止める声があった。
『うむ、実に正しい判断じゃ』
「え?」
それはエイジと戦うウォルカヌス。その当事者の声だった。
『これでも耳がいい方での。アテナの眷族よ。おぬしの主張、順序、聞けば聞くほど頷くより他にない。だがの、一つ重大な事実を見落としておるゆえに、おぬしの主張は画竜点睛を欠く』
「何? 何が欠けているというのです?」
『我が伴侶、ペレにどうやって会うつもりだ?』
かつてウォルカヌスと共にドワーフ族を創り出したという鎚の女神ペレ。
つがいであるがゆえにウォルカヌスの剣の対極に座すはペレの鞘こそふさわしい。
「それは……、それはアナタに聞きたかったから、こんなところまで訪れたのではないですか? なのにアナタが一方的に戦いを……!?」
『ワレとて、おぬしらの願いを無碍にしたわけではない。むしろおぬしらの望みすべてを叶える方法が一つしかなかったゆえに、選ばざるを得なかった』
「え?」
それはつまり……。
「鎚神ペレと会うことも、アナタとの勝負で叶うっていうの?」
『然り』
眼前のエイジに充分注意を払いつつ、簡単に負けてやるつもりはないらしい。
『ドワーフ族のラストモンスターである我を倒した瞬間、ペレのゲーム敗退は決まる。敗北を宣言するためにペレはおぬしらの前に現れることだろう』
それもゲームで定められたルール。
『逆に言えば、それ以外の理由でヤツが下界に現れることはあるまい。元々そういう連中だ。おぬしらは、このワレを倒さぬ限りペレとの目通りは叶わぬ』
「そんな、それって……!?」
道理を理解した者に、絶望が這い上がってくる。
「ウォルカヌスを倒さない限りペレにも会えない。ペレからも祝福を貰えない……?」
「それって、金庫の中に鍵が入っているようなものじゃない!!」
ということだからだ。
『すまんのう、こればっかりはワレにもどうしようもない。ワレを倒し、ペレに直接話を通すしかない』
ウォルカヌスの口調に、僅かに優しさが戻ったように思えた。
しかし戦いの激しさは収まらない。
『しかし信じておるぞ! いかな不利があろうと跳ね除けてワレを倒してくれると! 人の子どもよ! 神を越えてくれるとな!!』





