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214 天命の主

 ソードスキル『一剣倚天』。


 エイジが会得する中で究極の、そして全ソードスキルの中で究極のソードスキル。


 天命を斬るソードスキルだと言われている。


 聖剣院を心から憎むエイジが、それでもなお聖剣院に身を置き、覇勇者にまで成り上がったのも『一剣倚天』修得のため。


 究極の才人が、そこまでに価値を認める絶技こそ、その『天に倚る一剣』なのである。


 事実、究極ソードスキルと究極の魔剣の両方を手にしてからエイジの斬れ味は留まるところを知らない。


 あらゆる最強モンスターが、魔剣から繰り出される『一剣倚天』の前に形も残さずコマ斬れとなっていった。


 だからこそ。

 そんな最強無比の技だからこそ。


「今度も」と誰もが思うことだろう。


 最強の切り札として。


 対峙しあうエイジとウォルカヌス。

 周囲はマグマの高熱で空気が歪むほどに沸騰していたが、二者の間の空間だけは凍てついていた。


 耳が痛くなるほどの静寂。


 見守る者たちの、自分自身の呼吸音すら煩わしくなる、その緊迫に……。


「ソードスキル『一剣倚天』!!」


 放たれた。


 天に倚る一剣。


 その一閃は不破。

 これまでエイジが、魔剣キリムスビから放った『一剣倚天』で命ながら得たモンスターは一体たりともいない。


 今回もそうなるに違いない。

 そうならないわけがない。


 皆が信じて疑わない結果は……。


 それでも覆った。


『ぬぅぅぅぅぅんッッ!!』


『一剣倚天』は物質を斬る剣ではない。

 天命を斬る剣だ。


 あらゆる生命、物質に宿る、みずからを定めた天命。

 己の在り方を決める法則に刃を入れることにより、存在する理由から破壊される。その順序を阻むに、防御も回避も無意味。


 それゆえにこれまで倒してきたハルコーン、アイスルートといった最上級モンスターもあえなく滅却された。


 いかなるものも天命には逆らえない。


 ただ一つ、天命を決めた主以外は。


『かああああああああッ!?』


 ウォルカヌスのマグマが渦巻き、踊り跳ねる。

 まるで不可視の何かから自身を守るかのようであった。


 マグマの渦に弾かれるように剣閃が煌めいては消え去る。

 天命から拒絶された『一剣倚天』の斬撃が、物質界に滲み出しては蒸発して消えていく。


 想像を絶した魔なる光景が広がっていた。


『一剣倚天』の至高剣は、神の前に敗れ去ったのだ。


『ぬがあああああああああッッ!?』


 最後のダメ押しとばかりに怒号が放たれ、無数のマグマ飛沫と共に『一剣倚天』は霧散した。


「…………ッ!?」


 その事態に、さすがのエイジと言えども目を見張るより他なかった。

 五体まったく無事なウォルカヌス、目下のエイジを凝視する。


『見事……! 人の域を踏み越えた、まさしく魔剣よ。幾千幾万という者どもが追い求めて、一人もたどり着けぬこともあろう』


 一方の賞賛。


『剣の在り方を運命にまで昇華する。そこまで突き詰めねば放てぬ刃である。ただの武器、人斬りの道具と捉えるうちは永遠にたどりつけぬ領域』


 しかしだからこそ。


『この神には通じぬ』


 全身全霊を刀身に込め、斬り裂く運命となって天命を両断するとしても、その天命を作り出した主は何者か。


 神である。


 創造主である神の天命を斬り裂くことなど至難の業。


 それがただの被造物であるモンスターと、創造主たる神の違いであった。


 神が絶対者である数多くの証明の一つ。

 

 天命にすら抗うことができる。


 天命を作り出した当事者であるのだから当然であった。


『さあどうする? あれほどの絶剣、おぬしの至高の切り札であることは疑いない。これ以上の奥の手が果たしてあるか否か……?』


 話している間にも、無尽のマグマは今にもエイジの足場を飲み込もうとしている。


「…………!」


 事態は深刻。

 究極の敵を前にして、立ち向かうための手段はない。


『一剣倚天』以上の、神の命すら斬り裂く絶剣がなければ……。


              *    *    *


「やはり……、ダメだった……!」


 究極ソードスキル破れる。

 その衝撃は、勝負を見守る者たちにも平等に襲った。


 当然が覆るという驚愕は、純粋に人の心を打ち砕く。


「そんな……、あのソードスキルこそエイジの持ってる中で最強だったんだろ?」

「それが破れて、どうやって勝てというんだ……!?」


 ドレスキファもサンニガも、その事実にのみ震えて動転してしまっていた。


 ただその中でセルンは何故か冷静さを保っていた。


 セルンは聖剣の勇者。


 同じソードスキルを修める者として『一剣倚天』の凄絶さは畑違いの勇者たちより肌身に感じていたはず。


 しかしそれでも、究極ソードスキル敗北の事実に平静を何とか保てているのは、『以前のサンプル』を知っているからだった。


「前の戦いもそうでしたから」

「前の戦い?」

「邪神と化した女神イザナギとの戦い……!」


 他の女神たちから呪いをかけられ、理性なき禍津神と化したイザナミ。


 そのイザナミの呪いを断ったエイジの剣は、『一剣倚天』すら越える超絶の剣だった。


「なら、その剣を使えばあのマグマ野郎も倒せるってことか!?」

「難しいでしょう。エイジ様にとっても、あのソードスキルはまだ未完成のはずです。あれを放つには、決定的に足りないものがある」

「何?」

「鞘です」


 エイジは、禍津神イザナミの呪いを断つ絶剣を、鞘の中から放った。

 恐らく鞘走りの勢いを刀身に乗せることこそ『一剣倚天』を超える『一剣倚天』創造の足掛かりなのだろう。


「しかしまだ魔剣キリムスビの鞘は完成していない。女神ペレの祝福を与えられない限り完成しない」

「あ」

「それが準備不足だということです。鞘を完成させ、『一剣倚天』を超えるエイジ様だけの究極ソードスキルが出来上がらない限り、あの魔神は倒せない」

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