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212 偉大なる敵対者

「そんな……!?」


 場に、凄まじき緊張が発生した。

 津波が押し寄せるように、旋風が巻き起こるように。


 エイジ、ギャリコ、セルン。

 だけでなくドレスキファやサンニガも。

 凄まじきウォルカヌスの前で平静を保てたのは、大いなるウォルカヌスに敵意がまったくないからだった。

 むしろ包み込むような優しさがあったからだ。


 しかしその愛気は既になく、挑む者を迎え撃とうという闘気が地底に満ち満ちている。


「アナタが……、ラストモンスター……!?」

『然り』


 巨大なる溶岩の怪物が言う。


『女神どもは、我ら男神にそのような呪いをかけたのよ。醜きモンスターと化して、人の子どもと争え、と』


 ウォルカヌスが浸かる……、というよりウォルカヌスの体の一部というべき溶岩湖が激しく波打つ。

 それは程なく始まる激戦を予感させる。


『実にけしからん話よ。ヤツらは可愛い我が子らが討ち破るべき最後の難関として、ワレらを用意してきたのだ。ワレのみにあらず、ポセイドン、クー・フーリン、オリオン、多くの男神たちが……』


 同じようのラストモンスター化されている。


『ラストモンスターとは、「敵対者」と同じ意味の言葉なのだ。エイジ、極絶なる人の子よ。お前が偉業を成し、この世界からモンスター害を除きたいというのなら、ワレを倒さねばならん』

「…………!」


 エイジは、腰の柄に手を掛けた。

 達人にしてはあまりにもぎこちない抜刀は、いまだ祝福を得られぬ鞘の未完成がゆえだった。


『ワレは呪いのために手加減してやることはできん。実力で倒すしかないのだ。同時にワレは、長い間待ち続けてきた。呪われたこの身を打ち砕いてくれる人類をずっと待ち続けてきた!!』


 灼熱のマグマが、ゴボゴボと泡立つ。


『剣の絶人よ! ポセイドンとアテナ、イザナギとイザナミの流れ混じりしマレビトよ!』


 禍津神の視界に、エイジが捉えられる。


『今一度問う! この世界を蝕む理不尽から、人類を救いたいと望むか!?』

「望む」

『そのためならば、その四肢に張り詰める絶技を駆使し、神をも打ち砕くと誓えるか!?』

「誓う」

『ならば来い!』


 うねり狂う狂猛なる溶岩。


『神たる我を打ち砕き、人の時代を取り戻してくれ!!』


              *    *    *


 その日、ドワーフの都に住む人類種は、種族を問わず皆すべて、その光景を目にした。

 この世のものとは思えぬ雄々しき景色を。


 ドワーフの都が拠り所とする大火山。


 その名もウォルカヌス山。


 頂上より赤い光が揺らめき、四方へゆったりと広がっていく。

 その赤光を見て誰もが最初に思ったことは、火山の噴火であった。


 数千年と活火山でありながら一度の噴火もしたことのない大火山が、ついに眠りから目覚めたのだと。


 都市の終わり、行きとし生ける者の全滅。


 住人たちの脳裏によぎった破滅はしかし、現実からは離れていた。

 現実は、余人の想像を遥かに越えて凄絶だった。


 山頂にて赤く光るそれは、マグマであってマグマではない。

 息づき意志を持つマグマは、これぞまさに『敵対者』ウォルカヌスであった。


 父なる火山と同じ名を持つ魔獣。


 火山内を血管のように巡る岩脈を通り、地底奥深くから火口へと昇ってきた。


 人類種であるエイジが正式に挑戦したことによってウォルカヌスに掛けられた拘束封印が一時解除されたのだった。


 神の山の頂点に、灼熱の神が降臨した。


『……こうなった以上、ワレらの邪魔はできんぞペレ。お前たち自身が定めたルールゆえにな』


 地獄の使者かと見紛える溶岩の怪物に、向かってくる者がいる。


 一歩、一歩、山道を踏みしめて。

 頂へと登ってくる剣士がいる。


『お前たちが決めたのだ。ワレら「敵対者」は人類の挑戦を受ける。神々はけして手出しできない。お前たちの定めたルールで、ワレは全知全能をもって人の子と戦い、そして敗れるのだ!!』


 災厄の化身というべき生きた溶岩の前へ。


 その強さは、今まで戦ってきたモンスターとはどれも比較にならない。

 最強の名をほしいままにしてきた覇王級モンスターですら足元にも及ばぬ。


 神にして魔物。

 神聖さと暴虐さを併せ持つ。

 過去最高の敵。


『絶人の域にある達者よ、信じてよいのだな? このワレを打ち砕き、数千年に渡る呪いからワレを解き放ち、ふざけた支配から人類を解放してくれるのだな!?』

「それが僕の望みであり……」


 抜き身の剣を、天へ向かって掲げる。

 その誓いを天空に捧げるかのように。


「アナタの望みであるならば」

『よくぞ言った。見事我を討ち果たした時こそ、おぬしに勇者の称号が相応しい! 挑むがいい! そして勝て! ワレの信じる人の子よ!』


 エイジの背後から、数人の女性が息を切らして追いついてきた。


 狭苦しい地下では存分に戦えぬと場所を移したが、決戦の舞台となったのが世界有数の峻険、その頂上ともなれば移動するだけでも困難。

 人によっては踏破すら不可能であろうに。


 恐ろしいことにエイジは息切れ一つしていなかった。


「待って……! お待ちくださいエイジ様……!!」


 顔中汗だらけになりながらセルンが、エイジの背中に呼びかける。


「本当によろしいのですか!? ウォルカヌスの強さは、今まで戦ってきたどんな敵とも違います。別格です!」


 戦わずともわかる強者の格がある。


「無理に今挑む必要があるのですか!? ウォルカヌスは立場上、私たちのために戦おうとしています! むしろ倒されようとしています! 彼の期待に応えるためにも万全の準備を整えてから……!」

「それはできない」


 エイジが、絶人の意気を込めて言う。


「僕は、ウォルカヌスに会って初めて神の優しさに触れた気がする。あの神は、僕ならば自分を倒してくれると確信したんだろう。僕に自分を倒せないと思っているなら、あの神は戦いなど提案しなかった」


 強者だけが察せられる強者の心情。


「そこまで信じてくれたなら、受けて立たねば。でないと僕がこれまで積み上げてきた研鑽が無意味となる。この命を剣に懸けた者として……」


 神の信頼に応える。


 雄々しき神を呪いから解き放つために。

 神に認められた人が、神に挑む戦いが始まる。

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