211 敵対者の歓迎
『ほう……、前の訪問から間も空けずに珍しいことだと思ったが、やはりおぬしらであったか』
溶岩の怪物ウォルカヌスは、エイジたちの再訪に意外なほど浮かれていた。
『こうも立て続けに人の子が来訪してくるわけがないからの。しかしおぬしらも忙しないことよ。つい昨日来たばかりだというのにもう来たか?』
「いえ……、前に来たのは何ヶ月も前ですが……!?」
ウォルカヌスは、人類種と比してあらゆることを超越した存在であることが改めて浮き彫りとなった。
時間の感覚が大きく隔たっていた。
怪物にとって数ヶ月の歳月など一日と変わりないのだ。
『そうかそうか……、よいよい、それよりも、また来たということはワレに用があるということであろう? 何でも言ってみよ』
まるで小遣いをねだりに来た孫を可愛がるかのような態度であった。
ウォルカヌスの振る舞いは、モンスターとしておくのが納得できないほど大らかで、慈愛に満ちている。
だからこそ強さ威圧感を置いてなお大いなる存在を感じえることができる。
「あの……!」
当然、エイジたちにとっても大事な用がある。
だからこそ大距離を取って返しドワーフの都まで戻ってきた。
ウォルカヌスとの会見にリスクが伴うことも承知している。
最初の遭遇の際、どういう因果か覇王級モンスターが三体も同じタイミングで襲来したことを忘れていないエイジたちである。
だからこそ、恐らく今回も同じことが起きるであろうと会談は短く切り上げ、地上へと急行する心積もりでいた。
全人類種をモンスター害から解放する大望を掲げても、人々をその犠牲にすることまでは許容できない三人だった。
『まあまあゆっくりしていくがよい。前に来た時から、地上に戻ってどんな出来事があった? 詳しく聞かせるがよい』
しかしウォルカヌスの孫が遊びに来てくれた老爺のような浮かれように『できるだけ簡潔に済ませて早く帰ります』などと言いづらいエイジたちだった。
ともかくも話を進めなければならない。
エイジたちはまず、魔剣キリムスビの思わぬ問題についてウォルカヌスに相談することにした。
聞きたいことは山ほどあるが、順番は大事だ。
時間も限られている。
今回に限っては、坑道突入前に山ほどのモンスターを駆逐したので、新たにモンスターが現れるタイミングは前回よりも遅いと推測された。
前回のアイスルート、ソフトハードプレート、デスコール出現時は、ウォルカヌスとの遭遇を果たし、魔剣キリムスビを製作する長い時間を経たあとだった。
それを考えれば時間の猶予はあるものの、あまりのんびりともしていられない。
* * *
『……なるほど、鞘との』
ギャリコたちの訴えに、ウォルカヌスは優しく耳を傾ける。
『たしかに思慮が足らんかったの。アテナの武器にはどうも疎いゆえ。ペレが我が子らに与えた武器には、鞘など必要ないからの』
みずからの非を詫びるように言う。
『では、その鞘の方にも我が祝福を与えてやればいいわけか? そうすれば剣と釣り合いが取れて、大人しく収まろう』
「いえ、それが……!」
弁解するように言う。
「女神イザナミの話によれば、この鞘に祝福を与えるのにもっとも相応しいのは、女神ペレだと……!」
「ぬ?」
「剣と鞘が対となり、互いの祝福に反発するどころか相乗しあうようにするには、男の神であるアナタの妻神、ペレの祝福こそもっとも相応しいものだと」
貫くものと包み込むもの。
それらの投影が合致し、もっとも呪術的効果を増幅させるには契り合った夫婦神が揃うことがもっとも望ましい。
『イザナギとイザナミ……。呪術神であるあやつらがいかにも思いつきそうなことだ。なるほどたしかに、その鞘にペレの祝福が宿れば、剣に宿った我が祝福を相殺するどころか何倍にも増強しあうであろう』
「その口振り……、やはり……」
思うところがあった。
「やはりアナタは、ドワーフ族を生み出したもう一人の神なのですね? 女神ペレの対になる男の神……!?」
そう告げられて、マグマに浮かぶウォルカヌスの顔の、眉と思しき部分がピクリと動いた。
『それもイザナギとイザナミから聞いたか?』
「はい、神が始めたという酷いゲームのことも……!」
より詳しい話を語るうち、ウォルカヌスの表情がどんどん難しくなっていった。
『あの夫婦神は、そんな形でゲームから遠ざかっておったのか。……そうだ、たしかに愚かしいゲームだ。度し難いほどに愚かしいゲームだ』
そしてウォルカヌスはぽつぽつと語り出す。
世界の始まりに起こった、過ちの話を。
『この世界には、同時に幾組もの夫婦神が熾った。そうすることで始まった。男神と女神の組々、それぞれに交わって人の子を生みだそうと決めた』
そして人類種は生まれた。
世界を繁栄させんとする神々の成果によって。
『やがて歪が生まれた。いくつもの夫婦神が生み出したいくつもの人類種。そのどれがもっとも優れているかなどという下らぬお題目に女神たちが憑りつかれてしもうた』
その異常に、各自の男神たちは気づくことができなかったという。
反対を唱える前に奇襲を受け、手も足も出ないままに封印されてしまった。
『女神たちの愚かな遊びを知ったのは、封印されてよりあとじゃ。なんと愚かな。誰が誰より優れているかなど、些末なことではないか。我々はそれぞれ異なる願いを込めて人を生み出したのではないのか?』
ある夫婦神は、賢き人を願って。
ある夫婦神は、器用なる人を願って。
ある夫婦神は、草木を愛する人を願って。
願いは様々に、その数だけ至高の人類がいるのではないのか。
『それを女神たちはわかろうともしなかった。他者を見下すことで自分の優位を示そうなどなんと下卑たる思考。そんな企てを進める中に、我が妻神ペレまで加わっていると思うだけで情けなくてたまらん……!』
「では!」
堕ちた神の嘆きにエイジが迫る。
「是非とも協力してください! アナタの配偶神であるペレに会う方法を教えてください!」
『会ってなんとする?』
「キリムスビの鞘に祝福をかけてもらいます! アナタたち夫婦神の祝福が揃った魔剣なら、必ずラストモンスターに勝つことができる!!」
『ラストモンスター……!』
その言葉に、ウォルカヌスがまたピクリと反応した。
『それもまたイザナギイザナミから聞いたか』
「はい! ラストモンスターを倒しさえすれば、女神たちのバカげたゲームは終わると! そうなればモンスターももう現れないと! そのために御助力を!」
『もちろん、よかろう』
いついかなる時も人類種の味方である立場を崩さなかったウォルカヌスは、その態度を一貫した。
しかし次の言葉は、人類の味方として予想しえないものだった。
『ならばワレと戦うがいい』
「えッ?」
『ワレこそラストモンスター。女神どもが設定した、各種族の敗北を決める最後のモンスター。それがこのワレ……!!』
『敵対者』ウォルカヌス。





