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210 豪蛮の女心

 ドワーフの都。

 虹色坑道。


 エイジたちがその内部へと踏み込んだのは、これが初めてではない。


 二度目。

 魔剣完成の手掛かりを求め、奥底に住まうという伝説のモンスターを訪ねて以来のことだった。


「まさか、こんなに早く再び潜ることになるとはな」


 一度目の訪問で見事、魔剣キリムスビを得たエイジたちだったが、それだけですべて完結することはなく、様々な問題に直面する。

 様々なアプローチで完成への道筋が見出された末、帰結点は魔剣生誕の地と同一であることが判明したのだった。


「スタートがゴールだったとか、一体何の訓戒話だよ……!」


 独り言めいた愚痴を漏らしつつも、エイジたちは虹色坑道の奥へ奥へと進んでいく。

 武術大会などという面倒な条件もクリアして、やっと再び踏み入ることができた。


 今度こそ目的のすべてを果たそうと決意を改めるエイジだった。


 既にロダンの門を越えて、地下道内はマグマの熱で上昇している。

 一行も肌が汗ばんできた。


「……皆、平気か?」


 先頭を行くエイジは、背後の同行者たちを気遣う。


「大丈夫よ。多少キツくたって前来た道だもの」

「キツさの限界点がわかっているのは、とても助かります」


 もはやエイジいるところなら必ず同行するギャリコ、セルンも道のりの困難さよりも、もうすぐ得られる成果への期待に意気が上がっているようだった。


「まったくお前ら元気だなあ。こんなクソ暑さ、何回目だって慣れるわけねえだろうによ……」


 さらに同行するドワーフ族の覇勇者ドレスキファは、顔の汗を拭うのを何度も繰り返してやまない。


「おい」


 そんなドレスキファの存在自体が違和感だった。

 エイジたちにとって。


「何故お前までいる?」

「あぁ? 前もいただろうが、監視だよ監視。ドワーフ族の最重要施設に他種族だけで歩き回らせるわけにはいかんだろうがよ」


 前回潜った際も、そんな理屈で無関係のドレスキファはくっついてきた。


「もう二回目なんだから信用してくれてもいいじゃない。メンバーの中にドワーフ族のアタシもいるんだし」


 ギャリコが抗議するものの……。


「たとえ種族が同じでも、聖鎚院に関係してないなら立派な部外者だ! ……まったく、お前の腕前なら覇勇者お抱え鍛冶師にだって余裕でなれんのによ……!」

「まだ諦めてなかったんですか。それ」


 ドレスキファはかつて、ギャリコを自身専属の鍛冶師にしようと画策していた時期があった。

 ギャリコの鍛冶スキルは、ドワーフ族の中でも最高峰で、それは全人類種の中でも最高峰ということだった。


 ドワーフ族最強の勇者が手に入れたがるのも無理からぬ心情であろう。


「あったりめえだろ! ドワーフ族最高の鍛冶師が、ドワーフ族の覇勇者でなく別種族の覇勇者に使えてるんだぞ! 自族にとってこんな面目ない話はねえ!」

「そんな種族の面子的な話されてもねえ……!」

「本来ならあの武術大会で正式にギャリコを賭けてコイツに勝負を挑み、見事勝利する予定だったのに。モンスターなんぞに邪魔されちまった! 本当についてないぜオレ様は!!」


 聖鎚院からの制止を無視して武術大会に参加したのは、そんな意図あってのことらしい。


「この人間勇者野郎をぶちのめす機会なんてそうそうないのによ。本当にモンスターのヤツらが恨めしいぜ!」

「……なら、今ここでやるか?」


 ドレスキファの独り言めいた愚痴に、意外にもエイジは応じてきた。


「え?」

「戦いに時と場所を選ぶ必要はあるまい。敵さえいれば戦いはできる。目の前に敵がいて思い留まる理由があるか?」

「…………」


 挑発ともとれるエイジのセリフに、しかしドレスキファの反応は冷ややかだった。


「人間族ってのは意外と風情を解さない生き物なんだな……。それともお前だけか?」

「は?」

「仮にも覇勇者と覇勇者の決闘だぜ。舞台にも格式ってのがいるだろうがよ」

「は?」


 ドレスキファはそれ以上何を言わず、ただ道を進むだけだった。


「…………?」


 エイジは立ち尽くすのみだった。

 相手の主張がいまいち理解できない。そんな表情。


「エイジ様が闘者の心境を汲み取れないとは珍しいですね」

「おおセルン……!?」

「私には少しわかります。私も彼女には共通するところがありますから」

「?」

「女はムードを大切にする、ということです」


 一人訳知り顔で進んでいくセルンに、エイジはまたも立ち尽くしすしかなかった。


「……ドレスキファが、ムードに拘る女だったってこと?」


 とギャリコ。


「全然イメージが繋がらないんだけど……。あんな初見で十割男と間違えられるガサツ女に可憐な心があるとでも?」

「僕にもわからない」


 しかし、多くの人類種が集い、最強を決めるために戦いあう大会。

 意中の相手との逢瀬の場に相応しいきらびやかさであるのかもしれない。


「セルンも剣士で女の子だからな……。闘者の心境なら僕にもいくらか推測できるが、女心はわからん……!」

「少しはわかるようになった方がいいんじゃないー?」


 ギャリコにまでじっとりした視線で見つめられて、どうしたものかとなるエイジ。

 彼女もまた先に進み、いつの間にか最後尾となっているエイジだった。


「何やら孤立感……!」

「大丈夫だぞ兄者! 兄者にはこのおれがいつでもついているからな!」

「サンニガ、キミも来ていたのか?」

「あれ、何その気のない反応?」


 オニ族のサンニガも同行し、エイジたちは再び地の底へと舞い戻る。


              *    *    *


「ヨモツヒラサカの時もそうだけど、僕ら毎回のように地下に潜っている気がする……」

「大山脈に登ったこともあるしバランスはとれているんじゃないの?」


 いい加減、世界の秘境に踏み込みつくした感のあるエイジたちだった。


 そして坑道の地下の底。


 巨大なマグマ地底湖に到達した彼ら。


 真っ赤に輝く湖面が盛り上がり、小山と見紛うほどのマグマ隆起がエイジたちの前に立ち塞がる。


 そのマグマの塊には、人の顔を連想させる様々な起伏があった。

 目。

 口。

 鼻や頬。

 それら『生きた溶岩』とでもいうべき存在こそ、エイジたちが遠くとんぼ返りしてまで会おうとした相手。


 モンスターの範疇を越えたモンスター。

『敵対者』ウォルカヌスである。

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