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207 アンビバレンツ

 ドワーフの都、本営。


 何があろうと最後まで守り通さなければならない本陣は、しかし悲壮の空気は一切なかった。

 東西に分かれた前線より送られてくる戦況情報に、後詰の戦士たちは沸き返る。


「戦況いずれも優位! 戦線堅固にして揺らぐ気配なし!」

「東陣にて覇勇者ドレスキファ様、覇王級のジェノスヒード撃破!」

「同じく西陣にて覇勇者エイジ様が覇王級ミッシングケイルを両断とのこと!!」

「各前線から、倒したモンスターの素材が続々届けられています!!」


 凄まじき勝報に、戦士たちだけでなく市民たちまで興奮を抑えきれなかった。


 武闘大会の延長で激戦を見届けようと、城壁に観客が詰めかけている。


「気を抜いてはいけません!!」


 セルン。

 後詰部隊の指揮官に抜擢された彼女が、厳しい檄を飛ばす。


「勝負は終わるまで勝つか負けるかわかりません! 我々にとって絶対の急所たる都市を突かれれば、前線での優勢など無意味となります!! しっかり警備を怠らずに!!」

「ハイ! 隊長!!」

「隊長!?」


 指揮下に入った傭兵たちの想像以上の従順さに、セルンの方が戸惑うのだった。


「安心してください! オレたち我がまま行って隊長を困らせたりしませんから!」

「試合見て感動しました! 隊長なら隊長を任せて依存ありません!!」

「覇勇者グランゼルドの御令嬢! 指揮官に何の不足もありません!!」


 異様なまでの盛り上がりにセルン自身が圧倒されるのだった。


「とっ、とにかく相手は数が数です! 前線組がどれだけ奮戦しようと潜り抜けてくるモンスターは必ずいます! それらを確実に仕留め、居住区に一歩も立ち入らせないのが私たちの役割です!!」

「ですが隊長!!」


 指揮下に入った傭兵の一人が手を挙げる。


「オレたち全員丸腰なんですけど、これでどうやってモンスターと戦うんですか!?」

「魔剣や魔鎚は前線組が全部持って行って、オレたちには何も残ってないですよ!?」


 その指摘通りで、この状態ではモンスターが攻め込んできた途端一方的な虐殺が始まるだけだろう。


「安心なさい。準備は着々と進んでいます。……ギャリコ!!」


 わざわざ城壁の外で、即席工房を広げている仲間にセルンは呼びかける。


「作業は順調ですか!? 遠慮せずジャンジャン作ってくださいよ!!」

「うっさいわね! 今材料が届いたばかりなんだから、一瞬で出来るわけないでしょ!!」


 と言いつつギャリコ。

 全ドワーフ最高の域にまで至った鍛冶スキルを振るい、兵士級モンスターをテキパキ解体し、魔武具として利用可能な部分を選り分けて、加工する。


 これがギャリコの提案した作戦だった。


 武闘大会の全参加者分にはとても足りない魔武具の数。

 その不足分を補うため、ギャリコみずから腕を振るって魔武具を作り出す。


 幸い材料は、自分たちの方から押し寄せてきている。

 前線でエイジたちが殺したモンスターの死骸を早馬に運ばせて、到着した傍から魔武具に加工するのだ。


「う、ウソでございましょう!? そんなちょっぱやで魔武具を完成させられるものなんですの!?」


 助手を務めるガブルは戸惑い気味。


「舐めんじゃないわよ。以前、覇王級相手に土俵際の勝負続けるエイジの後ろで、片っ端から魔剣を作り続けたことがあったわ。ねえセルン?」

「今となっては十年以上の昔な気もしますが。思えばあれから色々ありましたね」


 ギャリコの手は、信じられないほどの速さで効率的に、剥した甲殻を剣の形に作り替えていく。


「はい! まず一振り目完成!!」

「もう!?」


 大会用の魔武具作りには、学生たちに一切任せて自身は指導者の線を踏み越えなかったギャリコ。

 それは学生たちの成長を促すという目的もあったが、その縛りから脱して純粋な職人に戻ったギャリコの手捌きは達人を超える。

 大会用の支給品を遥かに超えるクオリティが、湯水のように湧き出してくる。

 次から次へと。


「マジであり得ませんわ……!?」


 ガブルは泡を吹いて白目を剥いた。

 自身の常識を覆す速さと完璧さに、思考が白紙となっていく。


「ペースが遅いですねギャリコ」

「遅い!?」


 セルンの心配に、ギャリコが噛みつき返す。


「仕方ないでしょ。どんなに手を速めても、材料がないんじゃ進行しようがないわよ!」

「前線から運ばれてくるモンスターの死骸が、想定より少ないですか。運び込む距離分も入っていますから、なかなか効率よくは行きませんね」

「どうせライガーやドレスキファ辺りが調子に乗って粉々にしてるのよ! できるだけ綺麗に殺してって頼んでおいたのに!」


 そして、こちらの都合も待たずに恐れていた事態が到着する。


「モンスターだ! グラスホッパーが十体!! アイアントが十二体!!」


 物見の報告に緊張が走る。


「やっぱり網から漏れてきたか!」

「どうするんだ!? 魔武具の数は全然足りねえ!!」


 このままではモンスターの進行を防げず、都市への侵入を許してしまう。


「……私が行きます」


 セルンが青の聖剣を実体化させて言った。


「出来た分だけ、魔武具の行き渡った者から続きなさい。あとの者は待機。けっして焦ってはいけませんよ!!」


 そう言ってセルンは疾走した。

 襲い来るモンスターの群れに向かって。


「…………」


 しかしその胸には不安が蟠っていた。

 その手に握る青の聖剣に向けて。


「あの言葉……!」


 セルンは先ほど聞いたばかりの不気味な言葉を思い出した。


 ――お前たちは全員死ね。ゲームを壊す駒などに存在価値はない。


 まるで人々を見放す神のように傲慢なあの言葉は、赤の聖剣より発せられたもの。


「赤の聖剣を通して、誰かが喋っていた……?」


 エイジたちに同行したこの旅で、セルンは世界の真実を知っている。


 だからこそ彼女は手の中に不安を覚えざるをえない。


 彼女が今手にしている青の聖剣も、神が棄却の言葉を託した赤の聖剣と、根本的に同じものなのだから。


「最悪、戦闘の真っ最中に聖剣消失、なんてことも想定しておかなければなりませんね」


 覚悟を決めて、それでも進むのをやめないセルン。


 そんなセルンの手の中から、暖かな声が聞こえてきた。


『不安などお捨てなさい』

「!?」


 その声は、セルンの手の中から聞こえてきた。


「この声? まさか青の聖剣から……!?」

『私の子よ。アナタが優しさを捨てない限り、私はいつまでもアナタを助け続けましょう』


 赤の聖剣が発したものとはまったく違う、温かく包み込むような慈母の声。

 その声の熱に、セルンは胸が温まってくるのを感じた。


『私の愛する子らを、傷つけるなど絶対に許さない。たとえどんなに惨めな姿に零落れようと、振るうことのできる神威ある限り、私はアナタたちを守るために尽くす』

「どういう……?」

『思うがままに振る舞いなさい。アナタが学んできたこと、悟達してきたことを、私が開放させてあげますから』

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