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190 いまだ準備中

 ギャリコが久々にエイジたちのところに戻ってきた。

 武闘大会で使われる魔武具の監修に出ていたという。


「結論から言って、出来はあまりよくないわ」


 ギャリコ以外の鍛冶師が作った、魔の武具たち。


 直に教えを受けたガブルを始め、今や多くのドワーフ鍛冶師たちが魔武具作りに携わっているという。


 発信者が学生のガブルであるせいか伝播は学校で起こり、担い手の大半は学生である。


 そこへ本家本元のギャリコが視察に訪れ、大勢に披露できるクオリティになっているか判断することも聖鎚院長から要請された協力事項だったそうなのだが……。


「あまり捗々しくなかったの?」


 出迎えたエイジが心配ごかしに尋ねる。


「数はさすがに大量にあったわ。人員が豊富なおかげで生産体制もしっかりしている。大会参加者が他種族に渡ることを予想して、槍や弓や斧も生産して、豊富な武器種類も整えているそうだけど……」


 ギャリコの表情は暗い。


「でもやっぱり出来栄えが悪いのよねー。なんでかしら? スミスアカデミーの生徒って優秀だと思ってたんだけど……?」

「さすがにお姉さまと比べられてはどうしようもありませんわ……!」


 ずっとギャリコに付き従っていたのだろう、スミスアカデミーの女生徒ガブルが心底疲れた表情だった。


 たしかに、ドワーフ族一の鍛冶師と言っていいギャリコ。その鍛冶スキル値はゆうに二千を超える。

 そんなギャリコと、いまだ勉強中の学生の仕事を比べるのは酷というものだろう。


「一番の問題は、大会用に用意された魔武具……。素材が兵士級のものしかないってことよ」

「え? そうなの?」


 魔武具は、モンスターの体を素材にして作り出されるもの。


 そしてモンスターは便宜的にランク付けされ、兵士級、兵士長級、勇者級、覇王級に分けられる。

 ランク付けの基準は当然強さ。


 兵士級は最下級だった。


「主な素材の入手経路は、やっぱりドワーフ族の勇者たちがモンスター討伐で得たものらしいけれど、彼らが持ち帰った素材ってほとんどが兵士級なのよ」

「アイツらザコしか相手にしていないってことか?」


 とは言ったもののエイジはすぐさま考えを改めた。


 モンスターの中で、兵士級より強い兵士長級。それよりさらに強い勇者級。その勇者級すら超える覇王級がいる。

 強者は希少であることは当然といえようが、そのセオリー通りにドワーフの勢力圏を回るドワーフの勇者たちは、覇王級どころか勇者級もそう簡単に遭遇できなかったのだろう。


 エイジたちの旅だけを見ていると地上には覇王級しかいないような印象を受けるが、そんなことはまったくないのである。


「ドワーフの勇者たちが討伐作業で持ち帰った上級モンスター素材は、せいぜい勇者級が一、二体ほど。覇王級は当然のようにゼロ」

「妥当な数字じゃないの? 覇王級がホイホイ現れたらたまったもんじゃないよ」


 エイジの口から出て、これほど空々しいセリフはなかった。


「それ以前に、勇者級や覇王級の素材があったとしても、やはり魔武具にすることは無理ですわ」

「それは何故?」

「何故って、純粋に鍛冶スキル値が足りませんもの……」


 今では、様々な覇王級モンスターの素材を魔剣に変えてきた実績を持つギャリコ。

 しかしそれは彼女自身の持つ並外れた鍛冶スキル値あってこその所業。


 初めて覇王級モンスターの素材から魔剣を作り出した時は、相当な困難を乗り越えた末のことだったが、その時もギャリコの鍛冶スキルは二千を超えていた。


 基本的な実力が状況を打開する場合もある


「実際のところ。モンスターの素材を加工するには最低でも七百以上の鍛冶スキル値が必要ですわ。いくらスミスアカデミーがエリート校でも、それだけのスキル値を高めているのはごく限られた者たちだけ……」


 しかも、その必要最低限のスキル値をパスして、やっと最底辺の兵士級モンスター素材を加工できるかどうか、だという。


「だからたとえ素材があったとしても、勇者級や覇王級の魔武具を作り出すことは不可能ってことか……」

「そういうことなのです。かく言うワタクシだって、お姉さまが勇者級の魔鎧を作り出すお手伝いはしましたけれども、単独では絶対無理ですわ……!」


 自信家のガブルがここまで明言してしまうのだから、相当に厚い壁なのだろう。


「ちなみにガブルって鍛冶スキル値いくら?」

「なんでわざわざ発表しないといけませんの!?」


 他人に自分のスキル値を発表するのは案外恥ずかしいものだった。


「は、873ですわ……!」

「結局言うんだ」


 そこへギャリコがフォローを入れる。


「ガブルの年齢で鍛冶スキル値873は大した数値よ。もう充分にプロレベルに達しているし、一応天才を自称するには恥ずかしくない水準じゃないかしら」

「ギャリコお姉さま! 褒めていただけて嬉しいですわ! やはりワタクシはお姉さまの後を継ぐ者ですから!!」

「アタシまだ現役なんだけど」


 とにかくそういう理由で、スミスアカデミーの学生たちは、最下級の素材にも四苦八苦しているらしい。


 仮に完成したとしても、ギャリコのお眼鏡にかなうような出来はまったくないそうだ。


「これを武闘大会で試用してもらっても、却って評判を悪くしかねない。そこでアタシは判断したわ」

「ん? 何を?」

「今ある魔武具は全部破棄。アタシの指導監修の下、しっかりした造りの魔武具を皆で作り直す。一から」


 と言うではないか。


「ええええええええええええええええッッ!?」


 それに一番大きな反応をしたのはガブルだった。


「ちょっと待ってください! 本気なんですのお姉さま!? 大会当日までもう何日もないというのに!! 全部一からやり直すんですの!? 間に合いませんわよ絶対!」

「材料は潤沢に残ってるんだからいいでしょう? いい、間に合わないと思うから間に合わないの。間に合わせるの。そうすれば間に合うの」


 無茶を言う。


「とにかく今ある分は廃棄して。明日からアタシの指導を受けながら作業を行うわよ。それでクオリティは格段に上がるはずだから。学生たちにとっても勉強になるはずよ」

「勉強の機会は次に取っておくべきでは!? とにかく今は大会本番に間に合わせることを優先して……」

「時間に余裕がない時こそ多くを学べるのよ」


 クリエイターは時にこう言うことを言う。


「厳しい締め切りで己を追い込み、極限状態で何かを掴み取る。それが技術屋の成長に必要不可欠なことなのよ! 今アナタたちは、新たな自分になれるチャンスを得たと思いなさい!」


 大丈夫。


「このアタシが責任もって、アナタたちを成長させてみせるから!」

「締め切りまでに間に合わせることの責任は!?」

「その責任は取らない」


 エイジやセルンは、ギャリコの情熱には慣れたものなので、そう動揺することもなく生暖かくやり取りを見守った。


 こうして武闘大会開催前に。

 一つの波乱が巻き起こった。

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