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188 英雄実見

 聖剣が折られた。


 その事実は、衝撃となってその場にいる全員の間を駆け巡った。


「聖剣が折られた……!?」

「聖剣って折れるものなのか……!?」

「モンスター相手でもない、普通の剣で……!?」

「あれが魔剣? 魔武具ってヤツか……!?」


 居合わせた大会参加者たちも、薄々気づき始める。


 聖剣折りなどという常識外れのことをやってのけたエイジがただ者ではないことに。


「いいから尻尾を巻いて逃げ帰れスラーシャ」


 今度はエイジが、魔剣キリムスビをスラーシャに突きつける。


「帰って聖剣院の連中に報告しろ。世界は、もはや貴様らの制御から離れた。貴様らが絶対唯一で居続けることはもう不可能だってな」

「うう……!?」


 折られた聖剣の実体化を解き、スラーシャは一歩、二歩と後ずさる。


 しかし、たとえ歪んだ勇者にも歪んだプライドはあるものだ。

 気力を振り絞って踏みとどまった。


「いいえ、私には勇者としての使命がありますわ! 聖剣院を代表し、正式に聖鎚院へ大会中止を要請いたします!!」

「好きにすれば?」

「聖鎚院とて、聖なる武器を奉じる組織であるのは我らと同じ! 利害を同じくする者同士、話は通じるはずです! 必ずやこの狂った饗宴を取りやめとしてくれましょう!」


 捨て台詞を残して去っていくスラーシャだった。


「セルン!」

「ッ?」

「お前の背信行為も、聖剣院に報告してやる! いずれ勇者を罷免されることだろうから覚悟しておきなさい!!」


 さらなる捨て台詞を吐いて、今度こそスラーシャは消え去った。


「…………」

「セルンを辞めさせる度胸なんてアイツらにあるわけないだろ」


 エイジが動じることなく腰を下ろし、斬られた傭兵ドワーフに向かう。

 彼には既に医者がついて、テキパキと治療が進められていた。


「……この傷じゃ出場は無理だな。運がなかったと思って諦めるしかない」

「アンタ……、アンタは……?」


 傷の痛みかすっかりしおらしくなった傭兵ドワーフに、エイジは優しく語りかけた。


「安静にしていれば傷の治りも早いだろう。戦いの場はここだけじゃない。焦らず治療に専念しなさい」

「アンタが、もしや人間族最強の勇者……!?」


 周囲も、そのことに思い至る。


「そ、そうだ……!?」

「聖剣をへし折ってしまうなんて、そんなこと誰でも簡単にできるはずがねえ!」

「人間族の覇勇者! 『青鈍の勇者』!!」

「人類種最高の技を修め、人々のためにのみ剣を振るう義勇の人!」


 場が一挙に興奮の度を高める。


 これまで謎に包まれてきた、最強にしてもっとも気高き勇者が、実際に目の前にいる。


 それは同じく戦いを生業にする者にとって、感動すら誘われるものだった。


「本当だ! 本当だった!! この大会には『青鈍の勇者』が出場するんだ!」

「すげええええッッ!!」

「『青鈍の勇者』と一緒に戦える! 運がよければ挑戦することもできる!!」

「オレも大会に出るぞ! そして勝ち進んでやる!!」


 尋常でない盛り上がりに、エイジは照れくさく頬を掻いた。


「おいどけ! 通しやがれ!」


 そこへ、豪奢な鎧を着こんだ女ドワーフが乱入してきた。


「ここで他種族の勇者が狼藉していると聞いて来た! このドワーフ族の覇勇者ドレスキファが取り締まり……」

「遅いよ」

「あれ? エイジ?」

「久しぶりー」

「もしかして受付で暴れる勇者ってお前か!?」

「違うよ!」


 こうしてドワーフ族の覇勇者ドレスキファとも再会した。


            *    *    *


「そら、『勇者が暴れてる』なんて報告受けたら対応できるのはお前ぐらいしかいないだろうが」


 改めて聖鎚院の奥の個室に移動し、ドレスキファとの再会をたしかめ合う。


 行きがかり上、セルンとライガーとレシュティアも同席した。


「へー、あれがドワーフ族の覇勇者か。師匠よりは強くなさそう」

「と言うかぶっちゃけ弱そうですわ」


 竜人族とエルフ族は比較的失礼な種族だった。


「お前が来てるっていうのは知ってたんだが、挨拶が遅れて悪かったな」

「いいよ、お前だって忙しいんだろうし」


 最初の頃よりはいくらか性格も丸くなったドレスキファと話も弾む。


「ああ、忙しいよ。聖鎚院長がまた思い付きで何か始めやがったから、その準備でてんてこ舞いだ。『魔武具を作る原料がいるからとにかくモンスター狩って来い』とか言い出すし……」

「大変だねー」

「おかげで勇者連中は全員留守だぜ。セルンだっけ? アイツら全員アンタと仲いいから会えずに残念だったな」


 その言葉に、セルンは何も言わず俯くだけだった。

 意気消沈しているのは、先ほどスラーシャから投げかけられた言葉と関係あるらしい。


「ドワーフ族の勇者はちゃんと働いているみたいじゃないか。いつぞやの時と違って」

「ネチネチ言うんじゃねえよ。オレたちだって多少思うところがあるんだ」


 エイジが初めて出会った頃のドワーフ勇者たちは、ろくに戦いもせずに見てくれの華美だけを求める。


 どれだけ豪華な鎧で着飾るか。

 それしか拘らず、勇者本来の仕事であるモンスター討伐など二の次。


 とても立派な勇者とは言えなかったが、エイジらと共に激戦を乗り越え心境の変化があったようだ。


「皆、カッコいいデザインの魔鎧が欲しくてモンスター狩りまくってるぜ! 珍しい種類の報告があったらまっしぐらよ!」

「…………」


 やはり見てくれ重視主義なのは変わっていなかった。


「まあ、騒ぎを起こしたスラーシャは人間族の勇者だし、一応同族として謝罪しておくよ」

「事務方から報告があったぜ。その人間勇者、聖鎚院長を出せと怒鳴り散らしているらしい」

「それで呼ばれてる当人は?」

「今日は本部にいるけど、出ていくつもりはないみたいだぜ」


 さもあろうとエイジは思った。

 あの老獪な聖鎚院長が、スラーシャのごとく煩く喚く輩を正面から受け止めるはずがない。


「だが、こうした動きは予想の範囲内だったはずだ」


 聖剣院からの抗議。


 彼らは聖剣の特殊性ただそれのみを頼りに権勢を振るっているのだから。魔武具のごときその特殊性を侵す存在は絶対許しておかない。


 実際に人間族の勢力では、魔剣の存在が知れ渡ることで各王国が力づけられ、聖剣院への理不尽な寄進を拒否し始めている。


 スラーシャのような抗議者が送られてくることも予測できないはずがなかった。


「それを言うのであれば、聖鎚院自身もどうでしょう?」


 セルンが、気分を取り直しつつ言った。


「聖鎚院だって、聖鎚を奉じる組織。聖鎚はドワーフ族唯一のモンスター対抗手段です。その特殊性が魔武具に損なわれたら困るのではないでしょうか?」


 聖剣院と同様に。


「うーん、ウチの場合はちょっと違うよなあ」


 ドレスキファが悠然と語るには……。

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