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156 立ち止まるに足る

 翌朝、エイジたちは再びタグナック国王サンニーと食事を共にした。


 昨晩のうちに帰らず、エイジたちの結論を待ち続けた王の姿勢に、一方ならぬ真剣さが感じられた。


「昨晩の申し出ですが」

「うむ」

「モンスターの体を素材に剣を作りましてね」

「!?」


 朝食を摂る傍ら、エイジは魔剣についての定義やこれまでの試行錯誤について王に語って聞かせた。


 とてもではないが朝食のついでにしていい話ではなかった。


「……というわけで魔剣さえあれば、単独でモンスターに対抗できる手段になるかと」


 王の食膳に出されたスープが冷めきっていた。

 エイジたちがすっかり朝食を平らげたのに対し、王の膳は少しも減っていなかった。


「そんな……! そんな手段があったとは……!?」

「当然、容易なことではありません。通常の武器で傷つけられないモンスターの皮膚や殻を、切ったり削ったりして加工するなど同様に不可能です」


 だからこそ、これまで誰も試みてこなかったのだが。


「それを可能にしたのが、このギャリコです。鍛冶工芸を得意とするドワーフの中でも、彼女の技術は特級。その技を駆使して、これまでモンスター素材を加工する様々なノウハウを蓄積してきました」

「ちっす」


 社交に慣れていないギャリコは、心ばかりに頭を下げた。


「覇勇者殿がドワーフを連れているのに、そんな理由があったとは……! ギャリコ……、いやギャリコ殿!!」

「きゃあッ!?」

 食卓を回り込んで迫ってくる王に、ギャリコはたじろぐ。


「是非とも我が国にも魔剣を収めてほしい! 二百……、いや百振りでいい! 直ちに!」

「嫌よ! そんな不毛な作業を延々とリストロンドでもう懲りたの! 作るにしてもせいぜい十振りで!!」

「えーッッ!?」


 王様に「えー?」と言わせる乙女。


「そこを何とか! 礼は充分にする、金でも領地でも、もし望むなら爵位を用意するが?」

「他種族の称号なんか貰って何の意味があるのよッ!?」


 サンニー王は、ギャリコに縋りついて離れない勢いなので、エイジが助け舟を出すことにした。


「材料がありませんよ」


 と。


「ギャリコに魔剣を作ってもらうにしても、魔剣の材料となるモンスター素材がなければどうにもならない。それは今、手元にないでしょう?」

「あーッ!?」


 それを聞いた瞬間、王は両手で顔を覆った。

 感情の起伏が明快な国王だった。


「そんな……! これまで何があっても我が国土には現れてくれるなと切に願っていたモンスターが、現れることを切に願わなければいけないなんて……!」

「いや、現れたとしても殺す手段がないでしょうアナタたちには」


 金庫の中に鍵がある状態であった。


「リストロンドに、まだフォートレストータスの死骸が山と残ってるんじゃない? アイツの甲羅をキロ当たりいくらかで譲ってもらえば?」

「そもそもリストロンドには、ギャリコが納めた鼈甲の剣が五百振りはあるはずですが、他国に分けたりしないのでしょうか?」

「そこまでお人好しになる理由がないしなあ」


 あるいは魔剣の価値を知っていればこそ、開放のための絶好のタイミングを推し量っているのかもしれない。

 リストロンドの国王は、そういう駆け引きができそうだった。


「……………………………………実は」


 王が、散々迷った挙句、といった装いで呟きだした。


「魔剣のことを頼み込んでおきながら、さらに頼みごとをするのはあまりに図々しいと言うつもりはなかったのだが……!」


 呟く間もさらに迷い迷い、勿体付けて言う。


「我が国土にモンスターが居座っている地点があって……」

「何故もっと早く言わない!?」


 エイジも、モンスターが絡んでは礼儀作法も一気にすっ飛ぶ。


「い、いや……! モンスターが出たと言っても、ある一点に蟠踞して少しも動く気配がないのだ……! 集落からも遠く離れていて差し迫った危険はなく、まだ様子見でいいかなー? などと……!」

「そのモンスターを狩って危険を取り除き、魔剣の材料にすれば一石二鳥というわけですね」


 エイジは立ち上がった。


「行こう」


 即断即行。


「僕らには向かうべき場所があるが、モンスターがいると聞いて素通りするわけにはいかない」

「アタシはいいわよ、出来るだけ色んな種類のモンスター素材で魔剣が作れるか試したいし」


 ギャリコまで乗り気だった。


「……私は二人に付いて行くだけです。そして勇者の使命を果たしましょう」


 セルンも立ち上がり、かくして寄り道が決まった。


              *    *    *


 タグナックの国王は、思いもしないエイジたちの決断に感涙し、正式な依頼をすると共に惜しみない協力を約束した。


 クリステナには先を急ぐ素振りをしたが、それはあくまで社交を避けるための方便。

 ドワーフの都は逃げないので、今は目につく範囲のモンスター討伐を着実にしていくエイジたちだった。


「兄者! 兄者はやっぱり凄かったんだな!!」


 出立の準備中、サンニガがやたら目をキラキラ輝かせていた。


「今日来たヤツ、偉いヤツなんだろう。それが兄者へあんなにへりくだって! さすがは我らオニ族の代表だ!」

「代表違います」


 こんな感じで、エイジに対する尊敬の念を益々固めていた。


「それで、お前はどうするんだ? クリステナたちと一緒に、宿場町で待ってるのもアリだぞ?」

「侮るな! おれは兄者を助ける使命を負っているのだ。兄者が戦うならオレも一緒に戦う!」


 そう来るだろうなあ、と脱力するエイジ。

 しかし目の届かないところで何かされるよりは不安がないと、エイジもサンニガの同行には賛成だった。


「エイジ様!」


 一方で、宿場町に残ることを決めた女商人クリステナが駆け寄ってくる。


「よかった、出発前に間に合って……!」

「どうかしたか?」

「我々商人独自のルートから、気になる情報が入って来まして、エイジ様にお知らせしておこうと……!」


 そうしてクリステナは、たしかに気になる事態をエイジに告げた。


「聖剣院が、エイジ様を連れ戻すためにモルギアなる人を送り出したと」

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