154 駆け巡る勇名
女商人クリステナの同行を許した際に、エイジが示した条件は一つ。
『僕たちは真っ直ぐ進む。途中、偉い人の住む場所が近くにあったとしても立ち寄らない』
と。
それは社交嫌いなエイジならでは危惧であり、いまや人間族一の有名人と言っていいエイジと繋がりを持とうと各界の著名人が擦り寄ってくるであろう。
そんな者たちをいちいち相手にするのは単純に嫌であり、さらに人に会えば会うほど新たな目的地――、ドワーフの都へ到達するのが遅れる。
ということで、ともすればすぐ誰かと引き合わせようとするクリステナを牽制しつつ、ドワーフの都への道を急ぐエイジたちだった。
「……さすがにリストロンド王には挨拶しないわけにもいかんだろうけれど」
「ご安心ください! 約束を守るのは商人にとって基本のキ! 信用を失った商人は誰にも相手にされませんからね! エイジ様のご要望通り、要人と会うための遠回りは一切いたしません!」
なので……。
「要人の方から来ていただくことにしました!!」
* * *
タグナック王国、サンニートルリッヒ王。
「気さくにサンニーとでも呼んでくれたまえ。覇勇者である貴殿にそう呼んでもらえるのは余にとって喜ばしい」
「滅相もないことです陛下! 行幸を奉り恐悦至極!!」
エイジが半ばヤケクソ気味に平伏していた。
「エイジって、社交嫌いの割にはめっちゃ礼儀正しいのよね」
「だからこそ嫌いなんじゃないですか? 全力で礼儀を尽くすから疲れるんですよ」
ここは、エイジ一行が旅の途中で立ち寄った宿場町。
現在目前にいるタグナック王の治める領土内にあるのだが、同国の首都はかなりコースから外れていたため、前約束通りに立ち寄りなし、ということになっていた。
「この商人があああああッ!? 何トンチ使って切り抜けてるんだあああああッ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 商人的にはですね、立てなきゃいけない相手が複数いると、どうしてもアウトとセーフの境界線スレスレを狙っていかなきゃいけない場合が……!」
二人が揉めている間は、セルンが青の勇者として国王を応対して場を繋いだ。
「彼女を許してやってくれ覇勇者殿。余が強く頼み込んだのだ。今を時めく覇勇者エイジ殿を是非とも迎えたいと。無理強いをして不快にさせてしまったことは余から詫びよう」
「いえいえいえいえいえ、とんでもない!!」
聖剣院に対しては、狂犬のごとく常にケンカしまくっているエイジだから意外だが、それ以外の目上には徹底して礼儀を払う。
かつて鉱山の見習い作業員としてギャリコや他のドワーフの下に付いた時もそうであったし、社交を嫌うエイジも社会そのものを否定しているわけではけっしてなかった。
彼は否定するのはあくまで聖剣院のみであった。
* * *
「『ライアードの蠱災』を覚えておるか? 二年ほど前になるが……」
「カエル型モンスターが大発生した事件でしたね。悪食で、人類種の子どもぐらいならペロリと丸呑みしてしまう。さらにそのカエルを狙って大蛇型モンスターまで現れるのだから地獄絵図でした」
「その地獄を消し去ってくれたのが貴殿だ。聖剣院に要請を送るより早く貴殿が現れ、モンスターをなで斬りにしてくれなかったら、今頃ライアードの街は我が国土から消え去っていたであろう」
「え? あの街って、この国だったんですか?」
国王と勇者が向かい合って、会食が開かれる。
宿場町のごく一般的な大衆食だが、ある種の荘厳な雰囲気が作り出されていた。
「ああ。我が国土、我が国民を守ってくれた偉業に、国を挙げて讃えたかったというのに、貴殿は用が済んだらさっさと立ち去ってしまった。あれ以来ずっと礼を言いたいと、その機会を待っていた。それこそが王の務めだからな」
「それは、何と言うか……!」
「フフッ、しかし自分の救った街がどの国に属しているかすら知らなかったとは」
王の漏らす笑みは、朗笑七、苦笑三といった割合だった。
「貴殿の脳中には、本当にモンスターから罪なき人々を救うことしか存在していないのだな。余が会ってきた勇者とはまったく違う」
「フュネスやスラーシャでしょう? アイツらの頭の中は報酬とか名声でつまり切っていますからね。しかし例外もいる」
「わかっておる。覇勇者グランゼルドと貴殿こそ、真の勇者に相応しい国士。そしてそちらにいるセルン殿も、エイジ殿の薫陶を受けて若いながら清廉な勇者と聞く」
いきなり名前を呼ばれて「うひっ?」と変な声を出して戸惑うセルンだった。
「……買い被りでございます! 私はまだまだ修行中の身。エイジ様や、……グランゼルド様の域にまで到達するのに何年かかることか……!」
「その域を目指そうとするだけでも大したものだ。このような気鋭の勇者が、人間族にもっと増えてくれたらよいのだが……」
王が付く溜め息には、聖剣院の現状を憂える気持ちが含まれているのだろう。
「いるじゃないですか、もう一人」
「?」
エイジの一言に、困惑によって場が一瞬静まる。
それを察してエイジ自身がみずから話題を変えてくる。
「最近世間では、勇者以上に活きのいいヤツが暴れているとか」
「うむ、その件が人間族にとって何よりの朗報だ。リストロンド王国の魔剣騎士団!」
クリステナとの世間話に出てきた、その戦闘集団は、ギャリコの打った魔剣をもって戦っているという。
「驚くべきことだ! 今までモンスターを倒せる武器といえば聖剣しかなかったというのに、リストロンドの精鋭たちは、その聖剣を持たずにモンスターを駆逐しているという」
「今のところ兵士級や兵士長級といったザコモンスターだけを相手にしているそうですが」
「それでも画期的なことだ! 今までは、そんなザコモンスターでも駆除のために勇者出動を要請し、そのたび聖剣院から法外な寄付金をせびられていた……!」
魔剣を手にした騎士団は精力的に活動し、下級モンスターの気配に怯える小村を遠征して回っているらしい。
時には国外まで出て、他国に出没するモンスターにまで対処しているということだから、いささか精力的過ぎるとも言えなくもない。
その積極性は、散々自分たちをいびってきた聖剣院への復讐心によるものだろう。
「モンスターに対処できるのは聖剣のみ。それが聖剣院の最大にして唯一の価値でしたからね。そこが崩されたら聖剣院は一気に瓦解しかねない」
「その通りだ。最近になって聖剣院への非難が激しくなっている、もう一つの理由だな」
魔剣騎士団という新たなるモンスターへの対抗手段のおかげで、聖剣院への顔色を窺う必要性が薄れてきた。
「あえて気がかりを言うならば、その魔剣騎士団がまだリストロンド一国しか所有していないということだ。ディルリッド王は明君で、信頼に値する御人。しかし権能の集中がロクな結果にならないことは聖剣院で証明されている」
「つまり」
エイジは指摘した。
「自分も魔剣騎士団が欲しい、と?」
「民を守る有効な手段を欲するのは、王として当然のことだと思わぬか? ディルリッド王は、要請すれば気前よく騎士団を派遣してくれるだろうが、それはあくまで借り物。他者の持ち物であることに変わりない。リストロンド自身に異変があれば、そちらを優先するだろう」
「もっともなことです」
「余も含めて多くの国主が、ディルリッド王に魔剣騎士団誕生の秘密を尋ねたが、かの賢王は、こういうばかりだ」
それは、聖剣院より離れた覇勇者の握るところだ。
「……と」
それが本題か、とエイジは口の中で舌打ちした。
タグナックの王が、何を求めてみずから出てきたのか、ついに明らかになった。
「覇勇者エイジよ。疑いなき人類種の救い手よ。貴殿がリストロンドに与えた魔剣騎士団を、我が国にももたらしてくれぬか? その恩に、我が国は充分報いる準備がある」





