151 現世への帰還
ヨモツヒラサカでの用事をすべて済ませたエイジ一行は、当地を去った。
とは言っても具体的な次目的地が決まっていないため、とりあえずは元来た道を戻り、天人たちの集落タカマガハラを経由してアスクレピオス山脈を越え、人間族の勢力圏に帰還するルートをとった。
「大目的は決まったのになー……」
地上に跋扈するモンスター害の原因は、女神たちによる迷惑極まりないゲームだった。
そのゲームに終止符を打つためには、ラストモンスターを倒さなければならない。
それは女神たち自身が生み出したゲームオーバーのルール。複数いる女神たちが一神につき一体生み出したラストモンスターが倒されれば、親たる女神は敗北と判断されゲームへの参加権を失う。
すべてのラストモンスターが倒されればゲームは終了し、地上からすべてのモンスターは消え去るだろう。
だからこそエイジは、ラストモンスターを一体残らず魔剣の錆にすると、既に心に決めていた。
自身が覇勇者の座を降りてまで果たすべき使命が、それであると天命を得た。
「しかし……」
「そのラストモンスターがどこにいるかわからないのよね」
もはや同行者として切っても切れない仲となったセルン、ギャリコも愚痴っぽく言う。
そもそも地上にモンスターが蔓延っているのは有史以来のことなのに、ラストモンスターなるものの存在が取り沙汰されたことはただの一度もなかった。
唐突に告げられても、その信ぴょう性を疑うことから始めなければならないレベルだった。
「信用はしていいだろう」
何しろ情報源は他ならぬ神なのだから。
数ある女神たちの中で唯一ゲームに反対したイザナミの情報が、人類種に不利益をもたらすわけがない。
そう信じるエイジであった。
「じゃあ、これからアタシたちがとるべき行動は……?」
「もう一度会うべきだと思う、ウォルカヌスに」
ウォルカヌスは、ドワーフ族の都、その地下深くで出会ったモンスターだった。
モンスターの中でも最強とされる覇王級をも凌駕する圧倒感と、高い知性。
それらを併せ持ち、何処までも規格外を実感させる究極モンスターであったが、その正体が神と知らされれば納得であった。
「ウォルカヌスの正体が、かつてドワーフ族を生みだした神々のペアの一方だというならば、以前僕たちと話したこと以上に色々知っているはずだ」
かの神のつがいとして、共にドワーフ族を生みだした鎚の女神ペレ。そのペレが生み出したラストモンスターの所在もウォルカヌスなら知っているかもしれない。
「それともう一つ……」
エイジは、今やみずからの腰に差された鞘ぐるみの一剣を見下ろした。
タカマガハラからヨモツヒラサカへと歴訪した今回の旅で、ついに形を成した魔剣キリムスビの鞘。
この鞘に収めることによって、エイジはついに魔剣を常の状態で携帯できるようになった。
しかしまだ完成には至っていない。
「ウォルカヌスの祝福を与えられた魔剣キリムスビに対応するために。この鞘にも神の祝福が必要だ」
「ウォルカヌスの妻にしてパートナーである鎚神ペレの祝福こそが、もっともふさわしいのよね?」
当初、その祝福を頂こうと訪ねた女神イザナミに言わせれば、そういうことらしかった。
男神女神の対応は、エイジたちが考えるより遥かに重要なもの。
魔術的見地からも、『貫く』剣と『包み込む』鞘の象徴に男女の神をなぞらえるのは絶対必要だという。
「エメゾさんもそう言ってましたものね」
「ああ……」
エイジたちは既に、帰路の進んで天人たちの集落タカマガハラを過ぎ去り、そこに住む天人族の大魔導士エメゾに、事の仔細を伝えていた。
彼女は魔剣の鞘作成において助けられ、礼も兼ねて事後の経緯を報告する義理があった。
「僕も……、鞘に祝福を受けることは必要だと思う」
エイジが、剣士の深刻さを込めて言った。
「この魔剣は、僕を剣士としての新たなステージに立たせるポテンシャルを持っている。でも、そのポテンシャルを解放するために鞘までしっかり完成させる必要があるんだ」
「そんな。エイジ様は今でも既に究極の剣士ではないですか……!」
それ以上登り詰めてどうするのだと、同じ剣士としてセルンが困惑。
「この剣と鞘をもって呪われた状態のイザナミに対した時、僕はこれらの力を借りて究極の剣技を放つことができた。究極ソードスキル『一剣倚天』。それを超える一剣を……!」
『一剣倚天』は、ソードスキルを極めんとする人間族の剣士にとって、最後の到達点。
全剣士に君臨する聖剣の覇勇者のみが会得する。覇聖剣を授けられる条件が『一剣倚天』の会得となっているほどである。
「あの究極剣あればこそイザナミを呪いから解放することができた。これからラストモンスターとやり合うことにかけて、あの究極剣を絶対自分のものにしなければ……」
しかしまだ究極剣は完成を見ていない。
呪われたイザナミへ放った究極剣は、放った瞬間に砕け散った鞘のために完全完成の一歩手前で留まってしまったからだ。
それでもイザナミを呪いから解き放つ成果を得たが、今エイジが腰から下げている鞘は、大魔導士エメゾから授けられた貴重な木材で新たに作ったものである。
これが砕け散ったら、もう代わりの素材はない。
「ウォルカヌスの祝福を持つ魔剣キリムスビに耐え、互いの力を引き出し合うためにも、鞘に鎚神ペレの祝福は絶対必要だ。ウォルカヌスも自分の奥さんのことなら何かしら心当たりがあるだろう」
それを聞くために、再びドワーフの都へ向かう。
「はいはい、またドレスキファどものアホ顔を見ないといけないわけね……!」
ギャリコは、げんなりとした顔つきになった。
ドワーフ族である彼女にとって一族の首都は関わり深い場所であり、旧知の者も多い。
「しかし、私にはまだ実感できません。究極ソードスキルたる『一剣倚天』よりさらに上があるなどと……!」
「頭が固いなあセルンは。どんな物事にも果てなんか存在しない。ソードスキルも、その摂理のうちにあるってことさ」
「ですが……!」
「別に『一剣倚天』が唯一の究極でないこと自体今に始まったわけじゃないし。『一剣倚天』に匹敵するソードスキルならもう一つ、他にもあっただろ」
「は?」
エイジは無造作にはなった一言に、セルンは硬直した。
常識を根底から崩された、というような表情だった。
「エイジ様? それはどういう……? 究極ソードスキルが『一剣倚天』の他にもあったと!?」
「やっぱセルン知らないか。覇勇者の権威を高めるために聖剣院が徹底秘匿してきたからなー」
エイジの物言いはさらに無造作だった。
「ソードスキル『方円随器』。黒の聖剣モルギアだけが使うもう一つの究極ソードスキルだ」





