150 放たれる黒者
聖剣院本部。
そこでは聖剣院長が苛立たしげに自分の頭を掻きむしっていた。
「まだ来ないのか!?」
そして偏執狂気味に言い放つ。
「ワルタスヒ王国からの寄付金は、まだ支払われないのか!?」
「ですので院長。前もってご報告しました通り、ワルタスヒ王国は臨時寄付金の支払いを拒否しました。これで……」
若い事務官らしき青年が、戸惑いと共に答える。
「……我が聖剣院には、翌年の定例寄付金まで一銭も入ってこない計算になります」
「バカな!?」
痩せぎすの老人がさらに頭を掻きむしる。
「何故どいつもこいつも聖剣院への寄付を拒否する!? レンザー王国もタグナック王国も、南ドリステル商業連合も、クソみたいな小村どもまで!!」
聖剣院長の不機嫌の理由はそれだった。
本来ならば湯水のことく聖剣院に流れ込んでくるはずの寄付金が、ある日を境に少しずつ勢い衰え、そしてついに完全に途絶えてしまった。
「アイツらはバカなのか!? 想像力もないド低能なのか!? 我ら尊い聖剣院に付け届けせずして、モンスターの災禍に晒された時どうするというのだ!?」
それは、その人生の大半を聖剣院の中で過ごしてきた聖剣院長にとって、自然の理に匹敵する当然事だった。
モンスターは聖剣の勇者にしか倒せない。
だから人々は、聖剣院を敬う。
敬うので際限なく金を貢ぐ。
聖剣院に所属する者は、その金を自由に使っていい。
太陽が東から登って西に沈むのに匹敵するほどに、それは違えることのない絶対の真理。
聖剣院は、人間族全体からの尊敬を得て当たり前であり、聖剣院が命じれば何でも献上されるのが当たり前。金でも女でも、古今東西のあらゆる珍品も、名誉も、尊敬も。
その当たり前が破られる時が来た。
ある日を境に、人間族の諸王国が一斉に聖剣院への寄付を拒否しだしたのだ。
「……リストロンド王国……!!」
聖剣院長は、そのきっかけの名を憎悪と共に漏らした。
「全部あの国が悪いのだ……! あの国があることないこと言い触らし、聖剣院の名誉を傷つけたのだ……!!」
「お言葉ながら……」
若い事務官が恐る恐る反論する。
「リストロンド王国の非難には理があります。あの国は人間族屈指の規模と歴史を誇る強国。我ら聖剣院への寄付金も上位に入る額を納めています。その国を見捨てたとあっては……」
聖剣院への信頼が地に堕ちるのは致し方ないこと。そう言おうとした。
「見捨ててなどいないッッ!!」
しかし聖剣院長の狂人めいた叫び声によって遮られた。
「私は、ちょっとからかってみただけだ! 勇者の派遣を遅らせるなど冗談に決まっているではないか!! それを真に受けて、公然とした徹底非難!! リストロンドの国王は礼節を欠いていると思わんか!!」
そんな理屈が通じると思っているのか……、と若い事務官は思わずにはいられなかった。
彼は聖剣院においても、まだ良心を残している少数派で、聖剣院長の世迷言によって、まともな感性を苛まれる苦痛に耐えなければならなかった。
「ですが、諸王国はリストロンド王国に同調しています。いざという時助けてくれないのならば日頃の寄付金も無駄だと。聖剣院に頼るなど無意味だという印象が広がってしまいました」
「バカな……! バカな……!」
「我らが手をこまねいている間に、エイジ様が片を付けてしまったのが致命的です。聖剣院とエイジ様との確執も世に知れ渡ってしまいました」
勇者エイジは、かつて青の聖剣を授けられて聖剣院に所属する身だった。
しかし、勇者から覇勇者へと上り詰めた直後に聖剣院と袂を分かって出奔。聖剣院はその事実をひた隠しにしてきたというのに。
「リストロンド当国を始め、諸王国はエイジ様をこそ人間族の救世主とはやし立てています。モンスターから人間族を守るのは聖剣の勇者。聖剣院はその勇者に擦り寄る寄生虫に過ぎぬのだと……」
それは端的に事実であったが、公然と指摘されること自体が聖剣院にとって緊急事態だった。
聖剣院が果たすべき仕事を、聖剣院と縁切りした元勇者がし遂げてしまった。
リストロンド王国を襲う覇王級モンスターを倒したのは、聖剣院所属の勇者でなくエイジなのだ。
それは聖剣院の価値を著しく低下させたこと疑いの余地ない。
「ぬうううう……! やはりアイツか……! 覇勇者の義務も放り投げフラフラと……!」
当然と言うべきか、聖剣院長はエイジのことを嫌っていた。
聖剣院の権威は、聖剣を持つ勇者によって支えられているというのに、その当代最強の勇者が制御を受け付けずに聖剣院から離脱してしまっているのだ。
そのことを組織の長が快く思うはずがなかった。
「聖剣の勇者は聖剣院に従うもの! 聖剣院の長たる私は、勇者たちにとって父親も同じことだ! その親に逆らうなど、エイジは親不孝者と言わざるをえない! そうではないか!?」
「私ごときがエイジ様の御心を推しはかるなど恐れ多いことです……!」
そう言って若い事務官は直言を避けたが、そのうちでは思いはしっかり固まっていた。
今の聖剣院を毛嫌いするエイジの気持ちは、若者のまだ摩耗していない良心に大きく響いていた。
「やはりアイツだ……! 一刻も早くアイツを呼び戻し、覇勇者の座にきっちりつけ、しっかりと務めを果たさせなければ……! そうしなければ聖剣院もあるべき姿を取り戻せぬ!!」
「エイジ様は既にリストロンド王国から離れ、再び行方知れずとなってしまっています。しかし早晩リストロンドへ舞い戻ってくるとの情報が」
「よし、ではグランゼルドを差し向けるのだ! アイツに後任の不始末を償わせる。エイジの首に縄をつけて連れ戻させるのだ!!」
「お言葉ながら、グランゼルド様は既にこの件における立場を表明なさったではないですか……!」
本来ならば、エイジの覇勇者就任によって引退するはずだった現覇勇者グランゼルドは、先のフォートレストータス強襲騒乱の折にエイジと再会している。
そこで何があったかは伝えられていないが、グランゼルドは聖剣院に帰還するなり『しばらくはエイジのしたいようにさせる』と正式表明し、静観を決め込んでしまった。
「グランゼルド様はもう、エイジ様に対してさらなる行動を起こすとは思えません。それでなくともリストロンドの危急を伝えなかったことで大層お怒りのご様子。その件をまず謝罪しなければ、新たに要請などムシがよすぎましょう」
「あッ……、あれは単に情報共有を忘れただけで、悪気はなかったのだ! グランゼルドもそれぐらい察してしかるべきだろう!!」
そんな屁理屈を誰が真に受けるだろうか。
しかし、八方塞がりへ追い詰められつつあることは、さすがの聖剣院長も把握しかけていた。
いよいよ起死回生の一手を探し当てねば、聖剣院への寄付金は未来永劫途絶え、贅沢も好き勝手もできなくなってしまうと。
とにかく、エイジ召還のために誰かを派遣しなくてはならない。
もっとも適任なのは、唯一エイジにいうことを聞かせられる覇勇者グランゼルドだが、彼が静観を決め込むならば他の人材は聖剣の四勇者しかない。
しかし四色の聖剣を授けられた四勇者のうち、青の聖剣を持つセルンは今ではエイジと行動を共にし、エイジ側に付いたと判断するしかない。
白の勇者フュネスは、つい先日リストロンドでエイジと斬り合い無様に負かされたという。
そのフュネスと同格の力を持つ赤の勇者スラーシャを向かわせても、二の舞を演じるのみだろう。
では、残る人選は……。
「モルギアだ……!」
聖剣院長は起死回生の一手にたどり着いた。
「モルギアに伝令烏を放て! この聖剣院長の直命を伝えよ!!」
「黒の聖剣の勇者、モルギア様ですか!?」
若い事務官は、戦慄と共にその名を思わず復唱した。
聖剣院でその名が挙がったのはしばらくないことだった。
「こういう時こそアイツの使いどころではないか! 覇勇者に匹敵する剣技を備えるというアイツなら、たとえエイジだろうと何とかできるはず!! 手足を斬り落としてでもかまわん! エイジを聖剣院に連れ戻せと伝えるのだ!!」
黒の聖剣を振るう、勇者モルギアが動く。





