149 仄かの恋
それから数日後。
エイジたちはまだヨモツヒラサカでオニ族の世話を受けていた。
女神イザナミ復活騒ぎの後始末もさることながら、今までどの種族とも交流することがなかったオニ族には学ぶことも多かった。
* * *
今日、エイジはオニ族の大長老の下で勉強に励んでいた。
大長老の眼前に、一振りのナイフが置かれていた。
兵士級モンスター、アイアントの殻を材料に作られたアントナイフである。
「まだあったんですねアレ」
「最初に量産した分がちょっとだけね。もっといい素材がたくさん手に入って、扱いに困ってたところに、あのじいさんから『いらないなら使わせろ』って言われて」
見物にギャリコとセルンも並んでいた。
オニ族の大長老は細く長い息を吐くと、拳を振り下ろした。
アントナイフ目掛けて。
両者が触れ合った瞬間、ナイフの刀身は粉々に砕け散る。
「ウソッ!?」
「アントナイフはモンスターの殻で出来ているんですよ!? 最下級とはいえ、それを素手で」
エイジもこの様子を食い入るように観察していて、無言ではあるが息を飲んだ。
「これが呼吸スキル『阿の呼吸』。特殊な呼吸法によって体内にて気を練り、モンスターにも通用する一撃を繰り出す」
モンスターは聖なる武器でしか撃破できないという常識が、ここでまた崩れ去った。
「思えば、その常識も女神たちが勝手に作り出したものだったんだな。自分たちのゲームを成立させるために」
「左様。しかしゲームを拒否したイザナミ様の子たる我らにとって、そのようなルールなど関係ない。ごく稀にモンスターが谷底まで迷い込んできた時には、このスキルで撃退しておるのじゃ」
それでも一番最近の事例で三十年近く前のことになるそうだが。
「『阿の呼吸』を使えるオニ族は少ないのか?」
「そんなことはない。獄卒に選ばれた者なら誰でも修得しておる。その程度の難易度じゃ」
それを聞いたエイジは、体が熱したり冷めたりを細かく繰り返しているのを感じた。
戸惑いであろう。
その程度の難易度ならば、エイジならすぐにも『阿の呼吸』を修得できるだろう。
「より呼吸スキルに習熟すれば、すぐに剣など必要となくなる。拳一つで事足りる。そうなれば……」
「そうはならないよ」
大長老の思惑ありげな所見を、エイジは一蹴した。
「剣は、僕の人生そのものだ。そしてこれからラストモンスターという最大脅威を相手取る以上、僕のすべてを一包みにぶつけなくてはならない。ソードスキルも呼吸スキルも手放すことはできない」
「まあ、いいわ」
そう言いつつも、どこか残念そうな長老だった。
「我らは、母なるイザナミ様よりお前たちの支援を言いつかった。である以上、お前をここに縛りつけておくわけにもいかん。好きなところに行き好きなように振る舞うがいい」
「元からそのつもりさ」
差し当たっては『阿の呼吸』をマスターし、どのようにしてソードスキルと合わせて究極剣をより完璧なものに仕立て上げるか。
それがエイジの脳内を占める課題だった。
女神イザナミの呪縛を斬り刻んだあの剣技は、エイジの中から生まれた『一剣倚天』を超える秘奥義。
それを完全に我がものとすることこそ打倒ラストモンスターに不可欠と、エイジはいつになく逸っていた。
* * *
「エイジ様って、目新しい研究し甲斐のあるものに出会うと輝きますよね」
「わかってたことじゃない。初めて魔剣を発見した時も子供みたいだったでしょ」
ギャリコは、壊れてしまった鞘の代わりに新しいものを制作中だった。
幸い、天人族エメゾの魔法によって作り出された月桂樹の材木はまだ予備があったので、それを削って制作中。
「とはいえ、残りの量的にあと一本作るのが限界だけどね。エイジには是非とも大事に使ってほしいところだわ」
「念のために戻る途中でタカマガハラに立ち寄って、エメゾさんにまた魔法で月桂樹を作ってもらいますか?」
「それもいいけど、アナタはもう生え変わってるの?」
「そうですよね……」
何が生え変わったのかはあえて言わぬ。
ともかくも新しい鞘が完成したら出発の予定だった。
「…………」
「…………」
会話がなくなり沈黙する二人。
「今回、色々ありましたね」
「ありすぎたわね」
実際のところは、本当に話したいことはあったのだが、なかなか踏み出せずまごついていた。
「エイジが純粋な人間族じゃなかったってのが驚きだけど……。やっぱりあのクソみたいな強さと関係あるのかしら? あるんでしょうね?」
「私は勇者としてショックなところもありますが、正直納得もしています。エイジ様の異常すぎる強さを説明できる根拠のようなものがやっと見つかって、ホッとしているぐらいです……」
聖剣院の関係者からしてみれば、人間族を代表する勇者が半分とはいえ人間族でないというのは外聞の悪い話であろう。
しかし今回明らかになった事実で、セルンの聖剣院への畏敬は完全に消え去ったと言える。
そう言う意味では未練が断ち切れたと言ってもよい。
「そうよね……、それに、エイジが違う種族の夫婦の間に生まれたんなら……」
「?」
「アタシとエイジでも……!?」
「!?」
他種族の男女は夫婦になることはできても子どもは生まれないというのが定説。
それだけでもエイジの存在は得意と言える。
そしてその特異の下から繋がれる血統は、特異も特異ではなくなるのではないか。
「ギャリコ……、アナタまさか……!?」
「秘密よ! ここだけの秘密だからね!? というかセルン、アナタだってどうなのよ?」
「はあッ!?」
「勇者になってまでエイジのこと追っかけてるし。ずっと憧れの人だったんでしょ? どうなの!? どうなのよ!?」
「なんですか!? いきなりグイグイ食いついて来て! ギャリコって、そんなに恋愛脳でしたっけ!?」
「そりゃアタシだって年ごろなんだから将来のことぐらい考えるわよ! ドワーフの女は最低五人は生まないといけないから、結婚は早ければ早いほどいいのよ!!」
「この多産種族が!!」
女たちは姦しい。
言い争うだけでゼエゼエと息を乱す。恋バナのカロリー消費は大きかった。
「だ、大体、私などではエイジ様とは釣り合いが取れません。私など女としては見てませんよ」
「そんなことないともうけど!?」
実際、ドワーフの鉱山集落から始まった三人の旅は、勇者としてのセルンをエイジが鍛え上げる旅でもあった。
おかげで今のセルンは、聖剣の勇者でありながら今や覇勇者の水準に充分迫っている。
「そりゃあコーチするにも当人の良し悪しがあるだろうけど。何の感情もない相手に、そこまで大切に育て上げられるものかしら。相当の思い入れがないと」
「エイジ様が、私の指導に心を砕いてくれているとしたら、その原因は私にはありません」
「えー?」
「エイジ様は、恩返しをしているだけなんです」
セルンの表情が、ふと寂しげになった。
その陰りに圧され、ギャリコもそれ以上追及できない。
「それよりもギャリコ」
「はい?」
「この旅で、私も私なりに感じ入ったことがあります。この世界がモンスターに蝕まれる理由。それを知って一様にショックでしたがそれ以上に確信できること」
それは……。
「そんな災厄の時代に終止符を打つ方こそエイジ様だということです」
「そうね……! エイジ本人はそのつもりだし、アタシも鍛冶師として全力でサポートするわ!」
「私も同じ思いです。……しかし私は聖剣の勇者。この身は聖剣院に所属し、引いては剣神アテナの従僕です」
その立場にいる限り、いつかは女神たちと敵対するエイジ支えきれなくなる。
「この手に青の聖剣がある限り、私はエイイジ様の完全な味方にはなれません。エイジ様のようになりたくて青の聖剣を手にしたのに、皮肉な話ですが……!」
「やっぱり好きなんじゃんエイジのこと」
「今は! そのことはいいです!! ……つまり私が言いたいのは、エイジ様と一緒に戦うために聖剣を手放さなければならない日が来るかも、ということです」
「それは……」
あり得るかもしれないとギャリコも思わざるを得なかった。
実際にエイジは今の時点でも聖剣院との対決姿勢を明確にしている。
「今しばらく誤魔化しは利くでしょう。しかしそれも永遠ではない。だからギャリコ、今のうちにアナタにお願いしたいのです」
「な、何を!?」
迫るセルンに圧倒されて、ギャリコは及び腰になる。
それでもセルンは思い切って告げた。
「私にも魔剣を作ってください。私専用の魔剣を!!」
次回から新章となります。
三更新分お休みを頂いて、次回更新は3/29の予定です。





