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108 名無しの実名

「んなあああああッッ!? んな、んなあああああああッッ!?」


 全モンスター最大級を誇るフォートレストータスの巨躯が真っ二つに斬り分けられる様は、セルンたちのいる山の展望台からも明確に確認できた。


 山が二つに分かれ、左右別方向に崩れ倒れていくさまが、遠景を眺められる特等席の位置からはこれ以上ないぐらい明瞭だった。

 山割り。

 山崩れ。

 その奇跡とも言うべき現象に、核心を知る者、知らない者。思想を同じくする者、対立させる者の区別なく、度肝を抜かれて驚愕するばかりだった。


「お父様……! 山が、山が真っ二つに割れたわ……!?」

「彼が勝つことを願っていた……! その願い通りになった……! しかし、ここまで圧倒的とは……!?」


 驚くのは国王親子だけではない。

 彼らを嘲笑うために聖剣院からわざわざやって来た白の勇者フュネスすらも、その極限の出来事に言葉を失っていた。


「ウソだ……! ウソだ……!?」


 そして少しずつ、忘れた言葉を思い出していく。


「セルンンンンンンンンンンッッ!! これは、これは本当にエイジがやったことなのか!? ウソだろう!? ウソだと言え!!」

「ウソをついて何になります?」


 ズッとエイジに付き従ってきたセルンだけが、衝撃に理性を打ち砕かれることはなかった。

 それでも相応に驚愕はしたが。


「アナタこそ冷静に考えたらどうですかフュネス殿。フォートレストータスが一刀にて真っ二つにされたことは事実。そしてそんなことができる者が、この世界に何人おりましょう?」

「ぐぬッ……!?」

「他種族の覇勇者であれば可能でしょうか? しかし各種族の扱う武器とスキルにはそれぞれ得手不得手があります。その中でも『斬る』という所作を極めるに、我ら人間族の剣とソードスキルほど適したものはありません」

「だから……、だから何だと言うんだ!?」

「ソードスキルを使う者の中でも絶人の域におられるのは覇勇者グランゼルド様。そのグランゼルド様がアナタたちの姦計でこの場におられぬ以上。そのグランゼルド様に並び立つ唯一の御方があの絶技を行った。極めて理論的な帰結ではないですか」

「バカな!? 仮にエイジがアレをやったとしても……!」


 セルンたちのいる展望台から戦場の様子は遠すぎて、そこにいる人の顔だちまで見分けることはできなかった。

 超巨大なフォートレストータスの残骸はわかるにしても。


「ありえるか!! たしかにエイジのヤツは『一剣倚天』を修得し、覇勇者の資格ありと認められた。しかしアイツは聖剣を持っていないんだぞ!? アイツはこともあろうに覇聖剣の継承を拒否し、元々持っていた青の聖剣はセルン、今はお前の手の中だ!!」


 どれほどソードスキルを極めようと、剣を持たない剣士はただの人。

 そして人の常識を超えた剣、聖剣を握らない限り、非条理の敵モンスターを打ち砕くことなどできないのだ。


「聖剣に匹敵する剣が、他にあったとしたら?」

「何だと!?」


 フュネスは目を剥いてセルンを睨みつける。


「それこそ、エイジ様が聖剣院を離れた理由だとしたら? 私は、あの方に付き従うことで自分の世界を大いに広げることができました。私の知る常識など、常識でも何でもなかったと」

「積もる話はあるが……!!」


 睨み合う青白の勇者を遮るように、ディルリッド王が割って入った。


「まずは事実そのものに目を向けようではないか。見るがいい。我が国を脅かした超巨大モンスターは、こうして骸となった。我が国の危機は去った。であるからには、聖剣院などもうお呼びではない!!」


 これまで溜まってきた鬱憤を発散させるように王は晴れやかだった。


「白の勇者よ。このまま帰って聖剣院長に伝えるがよい。貴様らは、肝心な時に使えぬ役立たずであったとな! 当然先に交わした約束は意味をなさぬ、貴様らごときにくれてやるとなれば馬糞でも惜しくなるわ!!」

「と、ちょっと待て……!」


 慌ててフュネスの注意が国王へ向く。


「いや、ちょっとお待ちください王よ!! それはいかにも無体な仰り様! 我々聖剣院とアナタ方リストロンド王国は、既に誓約書まで取り交わして約束しあったではないですか!!」


 だから取り決められていた報酬をよこせ、とでも言うつもりか。


「その約束を先に踏みにじったのはどちらじゃ……!? それにな」


 王は、フュネスが手に持っていた誓約書の写しをひったくると、そこに書いてある一文を指さす。


「『聖剣院は、前条指定のモンスターを討伐することによって寄進を受け取る』か。腹立たしい一文ではあるが、この書き方ならば聖剣院にモンスター討伐の義務が発生しないのと同時に、モンスターを討伐しなければ当方に報酬を支払う義務が発生しないとも読める」

「うぐッ!?」

「みずからの狡賢さに溺れたの。肝心のモンスターが別の者によって討ち取られた今、貴様らにご褒美をもらう権利は永遠に失われたのだ。その欲得まみれの顔を下げて、とっととムジナの巣窟に戻るがよい!!」


 当然のことだが、ディルリッド王の怒りは燃え上がらんほどだった。

 これまで、モンスター襲来の弱みを握られ、散々コケにされたあげく、危うく国財一切を巻き上げられるところだったのだ。

 王の聖剣院への怒り、憎悪、不信は頂点に達しているに違いない。


「いや待ってください! 待ってください! ここで手ぶらで帰っては、聖剣院長よりどんなお叱りを受けるか!?」

「そんなこと余の知ったことではないわ! 貴様らが、我がリストロンド王国の存亡など知ったことではなかったのと同じようにな! 聖剣院長に伝えておけ! 翌年の定例寄付金も、貴様らの態度のために見直しを余儀なくされたとな!!」


 留めきれぬ逆襲の激情。

 もはやフュネスは、その勢いに押し流されて這う這うの体で逃げ帰るしかないと思われたが……。


「ふ、ふ、ふふふふふふふ……!」


 しかし意外にもフュネスは不敵な笑いを漏らしだした。

 まるで逆転の一手を見つけたかのように。


「国王陛下、アナタは大変な勘違いをしておられる。いや、見落としと言ってもいいか? とにかくアナタ方に、モンスター討伐の報酬を支払う義務はあるのです」

「バカな、モンスターは聖剣院とはまったく関係のないエイジ殿が討伐してくれたのだ。貴様らの付け込む隙などないわ」

「それが思い違いというのですよ! 考えてもみてください! 覇王級もの超強力モンスターを倒せる人間族が、そこらにほっつき歩いていると思いますか!?」


 その口振り。論の流れ。

 それらにキナ臭いものをセルンは感じた。


「フュネス殿、まさか……!?」

「勇者ですよ! 勇者以外にそんなことできるわけがないでしょう!? エイジは勇者です! 聖剣院の勇者なのですよ!!」


 フュネスの宣言に、国王は表情をこわばらせ動揺した。


「あの男が勇者!? そんな……!」

「ウソよ! あの人は言ったわ! 『聖剣院とは関わりない』って! 聖剣院と無関係の人が、勇者であるわけがないじゃない!!」


 サラネア姫も一緒になって反論に加わる。

 もしフュネスの言うことが真実だとすれば、王国側の要求拒否する根拠が崩壊してしまいかねないからだ。


「いえいえ姫様。アナタはアイツに騙されているのですよ。アイツが勇者である証拠は、あのモンスターの死体一つで充分でしょう」

「で、でも、あの人が勇者であるというなら、一体何色の勇者であるというの? 勇者は、覇勇者を除けば青白赤黒の四色四人。その全部は今埋まっているはずよ?」

「姫は耳にしたことがありませんか? 『青鈍の勇者』などというダサいあだ名を?」

「「!?」」


 王も王女も、その名へ覿面に反応する。

 セルンはすぐさまマズイと悟ったが、生来の不器用ゆえにどう流れを断っていいかわからない。


「聖剣院の意向にいちいち逆らい、暴性の赴くままにモンスターを狩り続ける困ったヤツですよ! 狼藉者ゆえ聖剣院はその存在を恥じ、表に出すことはありませんが下賤の者どもは何やら勘違いしてもてはやす。当人もそれで調子に乗る。悪循環ですなあ!」

「で、でもでも……!!」


 サラネア姫がなおも食い下がる。


「『青鈍の勇者』は、その名の通り青の聖剣を持っていたんでしょう!? でも青の聖剣は今、セルンが持っている! だから、えと……!?」

「一番考えられるのは、『青鈍の勇者』が何らかの理由で引退したのだ。そして青の聖剣がセルンへと継承された……!?」


 ディルリッド王も、元々興味のある謎の勇者の話ゆえ、引き込まれてしまう。


「常識的に考えればそうでしょう。しかし、真実は違う」

「どういうことだ?」

「勇者が勇者であることを辞める理由に、引退以外にもう一つあるでしょう。昇格です!」


 すべてを洗いざらいぶちまける。


「『青鈍の勇者』エイジは、究極ソードスキルの会得に成功し、聖剣の覇勇者となる資格を得たのですよ。だから青の聖剣を手放した! 覇勇者に格の落ちた普通の聖剣は不要ですからね!!」

「フュネス殿! それ以上は……!」

「何を黙る必要がある? すべて事実だろう。それともセルン、お前はオレの言ったことを否定するのか?」


 それはできなかった。

 何しろ紛れもない事実なのだから。


「さあ、そこまで言えばわかるでしょう!? 覇王級の中でも最強格に数えられるフォートレストータスを一閃にて葬り去った実力。まさにこれは覇勇者のもの! アナタたちの救世主エイジは紛れもない聖剣院の者だ!」


 そのエイジに助けられた以上……。


「アナタたちリストロンド王国は、聖剣院に多大な恩義がある! その恩義にアナタたちは報いるべきだ! 差し当たってはサラネア王女!」

「きゃあッ!?」

「アナタは聖剣院に来てもらおう! オレの一番の使命はアナタを連れ帰ることでね。聖剣院長の厳命ともあれば疎かにはできないのさ!!」


 王族に対する態度とはとても思えぬ乱暴さで、フュネスはサラネア姫の腕を掴み引き寄せる。


「何をする!? 我が娘を離せ!」

「フュネス殿! 狼藉が過ぎます!!」


 ディルリッド王やセルンが当然のように押し留めようとするが、それより前に、何よりも恐ろしく、すべてを斬り刻むような声が発せられ、すべてを止めた。


「待て」

「「「「!?」」」」


 山の上にある展望台に、誰ともわからぬ新しい声。


「お前は相変わらずだなフュネス。やることなすこと勇者の気品がない。それでよく勇者などと名乗れたものだ」

「お、お前は、まさか……!?」


 エイジがいた。

 遥か下の平原で、モンスターを両断したばかりのエイジが。

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