表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/287

106 救い手真贋

「おい国王……、今何と言ったのです……!?」

「貴様らの要求一切断ると言ったのだ! 我が国土より速やかに立ち去れ!!」


 ディルリッド王は、餌をねだる野良犬を追い払うような素振りで言った。


「それから、そのような恥知らずな要求を重ねてくる以上、本件を巡って交わした約束はすべてご破算だ! 人間族にとって約束は絶対だが、相手の方から先に破った約定を律儀に守り続けるほど余は間抜けではない!」

「ちょ、ちょっと国王……!」


 フュネスは、追い詰められすぎた国王が破れかぶれになったと思ったのだろう。

 子どもを宥めるような猫なで声に切り替える。


「やけを起こしてはいけませんよ。もっと冷静になりましょう? やけになったところで誰も救われはしませんよ?」


 ここでリストロンド王国が本当に滅亡したら、聖剣院は激怒。その責任のすべてをフュネス一人が負うことになる。

 なのでさすがの白の勇者も強気になりきることはできなかった。


「アナタの判断には、アナタ一人の命だけがかかっているのではない。国中の人々すべての命運がかかっているのではないですか? それをアナタの癇癪一つで地獄の道連れにしてもいいのですか?」

「それを盾に無理難題を畳みかける自分らの外道ぶりを顧みろ! 余はもう、貴様ら聖剣院を正義の組織だなどと思わぬ! 我ら人間族全体を蝕む寄生虫だ! 我らリストロンド王国は、貴様らの存在を許しはせぬ!!」

「許さないからなんだと言うのです?」


 ディルリッド王の罵倒は、これまで受けてきた侮辱を考えれば正当なものだったが、元からプライドの高い白の勇者は、厳しい叱責にすぐさま自制を忘れてしまう。


「ではいいんですな? アナタの愛する王国がこの地上から消え去っても?」


 フュネスは知っていた。相手がどれだけ喚き散らそうと、自分たちに屈する以外に彼らの生き残る道はない。

 そう確信していた。


「ま、我がままを言いたければ好きにしなさい。アナタは国民より自分のプライドを優先した愚王として、人間族の歴史に名を刻むことになるだけなのですから!」

「いいや、我々は生き残る」


 その余りにも力強い宣言に、フュネスは鼻白んだ。


「そしてプライドも守る。余一人だけのプライドではない、リストロンド王国に生きる国民すべてのプライドを! 誇りあるリストロンドは、無道外道の体現者である聖剣院の思い通りにはならぬ。正義が悪に屈したりせぬ!」

「やれやれ、なんとも酷い言い草だ。モンスターから人間族を守ってやっている聖剣院を悪呼ばわりなど……」


 やれやれと肩をすくめるフュネスだったが、額に浮かんだ青筋を隠しきることができなかった。


「アナタの強気のわけがだんだんわかってきましたよ?」


 そして白の勇者フュネスの視線が、どうは至る青の勇者セルンを向いた。


「この小娘に泣きつこうという判断でしょう? なるほどたしかに労働の何たるかを知らない尻の青い小娘ならただ同然で働いてくれるでしょうな。しかし、勘違いしないでいただきたい。この小娘とて聖剣院の一員なのです!!」


 どれだけ聖剣院のやり口に不満を持ち、反発しようと、聖剣を所持して戦う限りセルンは聖剣院の勇者。


「そのセルンがモンスターを倒せば即ちそれは聖剣院の成果。アナタたちにはやはり聖剣院に報酬を支払う義務が生じます。残念でしたねえ? 契約の裏を掻いたつもりでしょうが、やることなすこと浅薄すぎますよ?」

「違いますよ」


 勝ち誇りかけたフュネスに、セルンが静かに反論する。

 こんな男のために発散する感情すら勿体ないとばかりに、彼女は無感動だ。


「そんなことアナタごときに言われずともわかっています。私はフォートレストータスに指一本触れない。だからここにいるのです」

「ほう! それはますます面白いな! ではどうやって最大モンスターの脅威から、この国を救い出すというんだ!?」

「あのモンスターはもうすぐこの世から消滅します。ある御方の剣によって」

「お前、もしや頭がおかしくなったか!? やめてくれよ早々にまた青の勇者が代替わりしてしまう!!」


 嘲りを全開にして白の勇者は笑う。


「白の勇者であるオレがここにいて、青の勇者であるお前がここにいる。では他に誰がモンスターを倒すというんだ!? スラーシャか!? あのギョロ目か!? それとも他種族の勇者が都合よく通りかかってくれたとでも!?」

「アナタが今挙げた名は、すべて勇者。しかしモンスターを倒せるものが勇者だけとは限りません」

「お前、本当に頭がおかしくなったか?」


 フュネスはついに呆れ果て、嘲笑うことすらやめてしまった。


「限るよ。モンスターを倒せるのは勇者だけだ。他に誰がモンスターを倒せる」

「そうですね。たとえば……」


 セルン、告げる。


「勇者だった者、というのはどうです?」

「なんだと……!?」

「そもそもアナタだってご存じのはずです。青の勇者に着任したばかりの私が、何故すぐさま聖剣院を離れ、以来一年以上、一度も帰らぬ大遠征に出ているのかを」

「そ、それは……!」

「その旅の目的は、あの御方を探し出すためのものだった。しかし途中から代わりました。あの方に鍛えられて真の勇者となる。それが私の、新たなる目的」

「では、お前は、もう……!?」

「フュネス殿」


 冷たい一言。


「私たちが何故この展望台に上っているのか、アナタは考えたりしないのですか。私たちは見届けるためにここにいるのです。あの方の成果を、偉業。その証人となるためにここに陣取っているのです」

「ではまさか!?」


 フュネスは人を押しのけ展望台の端に駆け寄ると、その手すりに身を乗り出すようにしがみつく。


「いるのか!? もしやあそこにいるのか!?」


 この場についてからもっとも慌てた声を出して、フュネスが問う。


「エイジの野郎がいるのか!?」


 白の勇者のあまりの慌てぶりに、国王ディルリッドやサラネア王女も一層戸惑いを深めた。

 元々正体不明のエイジだが、青の勇者よりここまでの敬慕を受けなおかつ白の勇者まで名前を聞いただけで狼狽させる。

 人間族最強であるはずの聖剣の勇者を、ここまで揺さぶる人間とは何者なのか。


「あの野郎……! あの野郎!! フラリといなくなったと思ったら、こんなところで何をしている!? セルンお前もお前だ!! あのバカを見つけたのなら何故速やかに聖剣院に報告しない!? ヤツを連れ帰ることがお前の使命のはずだ!」

「理由は、アナタたちの行いそのものです」


 セルンの視線は非難に満ち溢れていた。


「アナタたちの聖剣を笠に着た傍若無人は目に余りすぎます。私も、これまで伝聞でしか知らなかった聖剣院の所業を今この目で見て、エイジ様の憤りにより深く同意することができました」


 聖剣の貴重にて重要な力。

 それを管理する資格は聖剣院にはないと。


「なんとでも言え! この世界では力ある者が正義だ! そして世界最強の力こそ聖剣。だから聖剣院は世界でもっとも正しいのだ!!」

「開き直りましたかフュネス殿!?」

「エイジのヤツとてそうだ! いかに覇勇者に選ばれるほどのソードスキルを会得しようと、聖剣なくばアイツもただの人にすぎん!! アイツは、自分の力によって傲慢になったのだ! 聖剣の力を自分の力と勘違いした!」


 何故ならば。


「いくらアイツでも、聖剣なしでは兵士級モンスターだって倒せない!! それなのに覇王級に立ち向かおうなど、踏み潰されて死ぬ以外にどんな結果がある!? アイツは死ぬんだ! これから死ぬんだ!!」


 聖剣を持たぬまま覇王級モンスターに立ち向かうというなら。


「いい気味だエイジのヤツめ! 年長のオレを差し置いて覇勇者になった報いだ! 死ね! いい気になった報いを受けろ!! ヤツが死ねば、もしかしたらこのオレにこそ覇勇者のお鉢が回ってくるかもしれない!! あはははははエイジ、遠慮なくそこで死ねええええええええ!!」


 唐突な白の勇者の狂態に、前後の事情を知らない国王親子は傍でただ戸惑うばかりだった。

 ただセルンだけが、冷めた視線でフュネスのことを眺めていた。


 こんなものが、自分の長年追い求めてきた勇者の姿なのかと失望の思いを込めて。


「エイジ様は勝ちますよ」


 その呟きも、自分のことしか見えていないフュネスの耳には届かなかった。

 承知の上でセルンは、さらに言葉を重ねる。


「エイジ様が手に入れた新たなる力を、アナタたちはまだ知らない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同作者の新作です。よろしければこちらもどうぞ↓
解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ

3y127vbhhlfgc96j2uve4h83ftu0_emk_160_1no

書籍版第1巻が好評発売中!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ