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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第二章 伯爵と魔族の姉妹
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第一話 魔法と精霊

 雲が真横に流れていく。

 神崎涼真は、深緑のローブを風に煽られながら、その光景をぼんやりと眺めていた。


 雲というやつにはいくつか種類がある。中でも、わた雲と呼ばれる積雲は高度三百まで降りてくる。

 だから、飛行機に乗れば雲を真横に見ることはできるし、見下ろすことも可能だ。山に登れば雲の中にも入れることもあるし、近年では、高層建築物の展望台まで上がれば雲が眼下にあることもある。

 つまり、雲が真横に流れていくという光景は珍しくもなんとも無いということだ。


 しかし、涼真の状況はそれに当てはまらない。何故なら、座り込んでいる場所が船の甲板で、乗り込んでいるのが第二次世界大戦ばりの戦艦だからだ。


 四十.六センチ三連装主砲塔三基。高角砲、機銃なし。代わりに、ファランクスCIWSそっくりのガトリングガンが右舷と左舷に等間隔で八基ずつ取り付けられている。

 船体は全長二百メートルを超える巨体で、全幅も三十メートル以上はあるだろう。


 そんなものが空を飛んでいて、それに乗り込んでいるのは日常からかけ離れていた。


 まあ、そんなのは非日常的でも瑣末なことだ。目下最大の難問である、ジト目を向けてくるフェールとの微妙な距離感に比べれば。


 この手を伸ばしても届きそうにない距離感を生んだのは、カヤを押し倒しているかのような状況を見られたのが原因だ。

 あれは前半事故だったが、後半かなり本気だった。凄まじいことを口走って、幸せな計画を無計画に実行しようとしていたのだ。

 よって勘違いというか、もうこの際だから認めてしまうけど勘違いじゃない訳でして。

 純真なフェールに警戒されても無理はない。


 思わず抱きしめたくなるほど愛らしくて、毎日ずっとおしゃべりしていても飽きそうにない女の子が隣にいるというのに。

 仕方なく、神託の宝具である銃と語らう。

 今日も今日とて、ヘタレ絶好調であった。


「そういえば、名前とか無いの? 十枚あるならさ、全部が同じ名前ってわけじゃないよね?」

「固体識別番号のことですか? でしたら、HD 39801もしくはHR 2061……」

「いや、そういうシリアル番号じゃなくて。コンピュータ名みたいなのは?」

「前の所有者は、コンピュータ名をバルムンクと指定していました」

「バルムンクか。どっかで聞いたことある名前だな」


 そういえば、邪悪龍(ファフニール)も聞き覚えのある名前だ。何の話に出てきたっけなー、と考えても思い出せない。

 結構前に、RPG関係でよく聞いた名前のような気がする。


 腕組みしながら考え込んでいると、何やら視線を横から感じた。

 銃から目を離してそちらを見ると、フェールが探偵帽の下からジト目を向けてきていた。

 何だか、怖がっているような、怯えているような視線だ。


 さすがにここまで軽蔑されると、これからの旅にまで支障がでそうだ。更に嫌われることを恐れつつも、事態打開に向けて口を開く。


「あの、何ていうか。ごめん?」


 疑問系の謝罪に、フェールは小首を傾げている。しかし、謝罪に対する反応的には拒絶で無いらしく、近くまで寄ってくると涼真のすぐ隣にちょこんと座りなおした。

 そして、にこっと人懐こい笑顔を向けてくる。


「よかった。嫌われてたのかと思ってた……」

「え? いやむしろ、この前のあれで嫌われたのかと」


 頭をかいて答えると、フェールは計画実行間際の場面を思い出してしまったらしく、頬を少し赤くして顔を伏せる。

 涼真が掘った墓穴のせいで、再び沈黙が訪れた。

 しかし、しばらくするとそれを破るようにフェールが呟く。


「バジーリウスさん、大丈夫かな?」


 バジーリウスが自信満々にしていた乗船だが、その言葉の通りうまくいった。ハルトマンの手勢が空港に押しかけてきたが、バジーリウスが一兵も使うことなくその場にとどめたのだ。


 彼は空港の管理者であるらしい。確かにカヤとデートしていたときも、空港で密入国者の取締りを行っていた。

 空港の管理者はその役職の重要性から帝国の法で徹底的に守られており、同時に空港内では絶大な権力を持っているのだとか。

 いかにハルトマンといえども、空港に無理矢理侵入すれば責任を問われることになるようだ。


 そんなわけで、バジーリウスは帝国の法と立場を利用してハルトマンの手勢を止め、涼真とフェールを無事に船へと乗せてくれたのだ。涼真が悩んで考え付いた変装なんて、全くの老婆心だった。


 でも、神託の宝具を持っている涼真とフェールを庇ったのだから、バジーリウスの立場は決していいものではないはずだ。今頃、責任を問われているかもしれない。

 唯一の救いは。


「きっと大丈夫だよ。兄弟なんだからさ」

「そう、だよね? 兄弟なんだし、本気で怒ったりしないよね」


 ハルトマンとバジーリウスは兄弟だ。そして、領主とは親と息子の関係に当たる。貴族だし、身内の失敗を宣伝するような真似はしないはずだ。

 あくまで希望的な観測でしかないが、そう信じることしかできない。無力感で空気が重たい。


 その状況に居た堪れなくなったらしく、フェールが立ち上がって舞うように両手を広げて涼真の前に躍り出た。


「ところで、リョーマは誰と話してたの? わたしにも紹介して欲しいなー、なんて」


 フェールは涼真の隣にある空間へと笑顔を向けている。もしかしてもしかしなくとも、バルムンクと話していたのを見えない誰かと話していたと勘違いをしているようだ。


 どうやら、異世界といえども喋る武器というのは一般的でないらしい。むしろ、コンピュータが発達した日本人のほうが原理を知っているだけに受け入れやすいようだ。


「この銃だよ。名前はバルムンク」


 フェールはまじまじと銃を見て、うう、と唸った。ずるっと探偵帽が横にずれて、心底げんなりした顔をしている。


「ごめん、リョーマ。わたしついていけないかも。さっきからずっと一人で何喋ってたの? もしかして、銃の幽霊さん?」


 清い水面のような瞳を揺らして、本当に怯えたようにフェールは涼真の瞳を覗き込む。冗談を言う目ではない。


 一人で喋ってた、ということは、独り言を言っていたということだ。フェールには、涼真が独り言を喋っているように見えるらしい。

 嫌な予感がして、バルムンクに問いかける。


「どういうこと? もしかして、内部音声とか?」

「はい。デフォルトの設定は内部音声となります。設定により、外部音声も可能です」


 もっと早く気づくべきだった、と地面に手をついて後悔した。


 神託の宝具は脳みそに直接作用するような兵器だ。マウスやキーボードの役割だって思考するだけでできるのだから、音声だってそうであると気づくべきだった。


 つまり、今までバルムンクと喋っているときは、全て独り言を言っているように見えていた、という結論にたどり着く。

 ということは、夜に喋ったのも、食事中に会話したのも、全て独り言に見えたはずだ。


 特に夜なんか、暗闇の中で誰かと会話しているように独り言を言っているように写ったはず。それは確かに怖い光景だ。

 フェールは見た目そのままに怖がりのようなので、それはそれは恐怖体験だっただろう。幽霊と喋っていると想像して、今まで涼真に近づけなかったようだ。


「外部音声に切り替えて」

先駆者(プリカーサー)の承認を得ました。外部音声に切り替えます」


 後悔の淵から立ち上がり、フェールの前にそっと銃を差し出す。フェールは怯えるようにそれを見て、それでも涼真の意図を汲み取ろうとするように上目遣いになっている。


「バルムンク、自己紹介」

「初めまして、協力者(パートナー)

「うわわわっ!! 喋った!?」


 銃から発せられた声を聞いて、フェールは後ろへ大きく仰け反った。よほど驚いたらしく、目をぱちくりさせながら恐る恐るといった様子で銃に顔を近づけていく。


「わたしはフォアフロンティア社製サードインタラクティブパートナーシステム、コンピュータ名バルムンクです」

「は、初めまして。フェールだよ」


 とぎまぎしながら、フェールはぎこちなく頭を下げて礼をした。


「何だかお名前長いね? バルムンクでいいの?」

「その反応は知的レベルから想定内です。呼称理解という目的の上では、解釈に問題ありません」

「あ、なんか今すごーく馬鹿にされた気がする!」


 フェールは右の頬だけをぷくっと膨らませて、不機嫌アピールをしてくる。バルムンクにはマイナスイメージがついたようだが、もう怯えている様子はない。

 綺麗な緑色の瞳からも、それは消えていた。


「リョーマは凄いね! これも魔法なんでしょ?」


 一瞬だけ、涼真は返答につまった。

 神託の宝具は災厄であり、その取り扱いには十分注意すべきだ。何しろ、世界が敵に回るほどの代物なのだから。

 しかし、フェールには話しておくべきだ。


 神託の宝具には一度所有者が決まると、所有者が死なない限り他の者が使うことはできないという特徴がある。

 正確にはインストールした者がそうなのだが、フェールはヤルダット教の連中に勘違いされて、神託の宝具の所有者だと思われている。


 いわば、フェールは巻き込まれた立場の人であり、涼真が巻き込んだとも言えるわけで。

 加えていえば、フェールが真相を知らないと、涼真を巻き込まないようにとか考え出すかもしれない。それが高じて、また一人で旅立とうとする危険もあるわけだ。


 とはいえ、真実を知ったフェールがどんな反応をするか分からない。それが怖くて、涼真は勇気を振り絞って告げる。


「これは魔法じゃないよ。神託の宝具さ。僕の力は、全て神託の宝具の力なんだ」

「え!?」


 目を丸くして驚いたフェールは、一瞬固まった。そして、予想外なことに涼真の両腕を掴んで顔を引き寄せる。


「そんなことして大丈夫なの!? 身体はなんともない!?」

「だ、大丈夫だよ、大丈夫! なんともないって!」


 ぐっと鼻先まで近づいたフェールの顔との距離に驚き、泡を食って全身でアピールする。


 なんともないどころか、脳みそいじられちゃった訳だけど。そんなことを話したら、心配性のフェールは心労が絶えない日々を送ることになるに違いない。

 だから、その辺は黙っておく。


「そうなんだ? ならいいんだけど……。もし痛いところとか、調子が悪いところがあったらちゃんと言ってね? これでもわたし、水の魔法は得意だから大抵の怪我は治せるんだよ」


 そう言いながら、フェールは涼真の隣に座りなおす。


 てっきり今まで言わなかったことを責められたり、じゃあ強力な魔法使えるなんて当たり前ね幻滅した、みたいなことを言われると内心ひやひやしていたのに。

 始終の心配攻めで終わってしまった。とんだ気苦労だった。


 何にも起こらなかったことで安心感が湧いてくると、今度はフェールの言う水魔法が気になってきた。というか、魔法という存在自体が気になる。

 せっかく異世界に来たのだ。魔法無双とかやってみたい。


「ところでさ、魔法って僕にも使えるの?」

「どうして? 使えない人なんていないと思うけど……。もしかして、リョーマは精霊様を信じてないの?」

「え? いや、まさかそんなこと! 精霊様はいらっしゃるよね。あは、あはは……」


 精霊といえば、火、水、土、風に代表される四大精霊のことだろう。そして、この世界には精霊という存在が本当にいて、それは常識らしいことがフェールの様子から伺える。


 しかし、この話の流れでいくと、精霊を信じれば魔法が使えるようになるかもしれない。手をかざして呪文を唱えるだけで部屋の掃除ができるなら、日本にある小汚い自室も一瞬で綺麗にできる。


「大丈夫だよ、リョーマも今から頑張れば使えるようになるもん」

「本当に! どうすればいいの?」

「簡単だよ。でもね、魔法を覚えるには守らなきゃいけない掟があるの」

「掟? 破るとどうなるの?」

「分かんないけど、天罰が下るってマイスターが言ってた」


 いまいち要領を得ないが、精霊がいる世界のことだから天罰だって本当に下るのかもしれない。

 というか、逆説的に考えれば、精霊がいて天罰が下るような世界じゃないと魔法は使えないってことだ。


 ということは日本に帰ると使えなくなるわけだし、天罰というリスクを犯してまで魔法というロマンを追いかけるのはどうなんだろう。

 でも、話を聞いてみる価値はあるはずだ。これから魔法使い相手に戦うこともあるだろうし。


「どんな掟なの?」

「五つあるんだよ。一つ、精霊を従えること無かれ。一つ、生を弄ぶこと無かれ。一つ、魔の深遠を見ること無かれ。一つ、未来を知ること無かれ。一つ、神を軽んずること無かれ」


 どうにも釈然としない掟だったが、倫理観的な内容なので心構えと思われる。制約なら、戦いにも利用できると思ったのに。


「それくらいなら、守れると思う。で、どうやれば魔法は使えるの?」

「精霊様に声をかけて、自分の名前を名乗って、やってもらいたいことを言うの。そうすると、精霊様が必要なものを提示してくるから、それを渡してあげればいいんだよ」

「声をかけるの? どうやって?」

「最初のうちは、目を閉じて、精霊様の御姿を思い浮かべるのがいいかも」

「精霊様の……、御姿?」

「リョーマは初めてみたいだし、力の強い精霊様とはお話できないと思うよ。弱い風だったりとか、小さい水溜りを思い浮かべると小さな精霊様が話してくれやすいんだ」


 フェールのいう精霊とは、ファンタジーRPGに出てくるような偶像的精霊ではなく、自然現象そのもののことのようだ。言われるがままに目を閉じた涼真は、言われたとおりに弱い風を想像してみる。

 まるで坊さんのように手を合わせ、真顔で精霊を拝み倒す。


「そんなことをしても、涼真は魔法を使えませんよ」


 そして、バルムンクの淡々とした声が全てをぶち壊しにした。夢もロマンも希望も魔法もない、冷たい科学による完全否定だった。


「何で? やってみなきゃ分からないと思うんだけど」

「涼真には魔法と呼称される現象を行うための器官が不足しています。具体的に言えば、脳におけるグリア細胞の構造的問題です」

「それっていったい?」

「ニューロンの間を繋ぎとめる細胞のことです。脳という情報ネットワークを維持するために栄養を取り入れたり、神経伝達物質が外に漏れないようにする働きを司っています。フェールの場合はこの細胞が通信機に当たる役割を果たしますが、涼真はできません」

「通信? 誰と?」

「精霊と呼称されるものです」


 つまりは、日本で揶揄される電波系が、この世界では本気で存在していて得体の知れない相手に通信しているらしい。その名も魔法使い。

 確かに、そんな行いは逆立ちしても真似できるものではない。祈ったって、変な声は聞こえてこないのだ。


 フェールはフェールで魔法原理の説明を理解することができないらしく、額に手を当てながらうんうん唸っている。


「よく分かんないけど、精霊様はお名前呼べば答えてくれるし、ものじゃないんだよ?」

「確かに。水溜りが意志を持って答えてくるなんて、精霊って何なのさ?」

「ガイア理論をご存知ですか?」


 フェールは全く知らないらしく、ぽかんとしている。しかし、涼真はその理論に関して少しだけ知識があった。


「ガイア理論って、星を一つの生命として見るっていうトンデモ理論のこと?」

「少し違います。正確には、一つの生命ではなく、あたかも一つの生命のように自己調節機能を備えている、とする理論です。また、トンデモ理論ではありません」

「え? トンデモじゃないの? じゃあ、星は温度を一定に保てる石ころみたいなものってこと?」

「そうです。そして、四大精霊は自己調節機能の中心的存在です。人体で例えるなら、体温調節及び体液調整、満腹中枢を司る視床下部のような存在が一つの例と言えます」

「じゃあ、精霊は自然現象の管理者みたいなものってこと?」

「はい。精霊は管理者たるため、大きな流れの方向を決める役割上、星の進化のプロセスで複雑な思考と意志を持つようになりました。しかし、神であり統合者たる星自身は、未だに意志を持つには至りません」

「なるほど。魔法は、精霊と通信して自然現象を起こしてもらうものってことか。星は神様か……」


 確かに創造主と呼ぶなら星だよな、などと涼真は妙に納得する。

 しかし、フェールは納得いかないらしく、噛み付くように口を挟む。


「でも、魔法には魔族の使う邪法もあるんだよ? 邪神が使ったって言われてる魔法で、精霊様と会話しない異端な方法だけど、それもほんとは精霊様が関係してるの?」

「魔族及び邪法を検索中……。該当なし。精霊を介しない魔法及び邪法と呼称される現象は、現在確認されておりません。サンプルの提供を要請します」


 むむう、と唸って、フェールが眉をひそめる。


「サンプルって、何あげればいいの?」

「生命体の一部です。望ましいのは、脳です」


 ひう、と嗚咽を吐いて、顔を真っ青にしたフェールが涼真の肩を指先で摘む。


「リョーマ、なんかバルムンクが怖いこと言ってるよぉ。そんな怖いことできないよぉ」


 怖い怖いと言いながら、目に涙を浮かべてフェールが涼真の方へ擦り寄ってくる。本当に、フェールは怖がりだ。

 それにしても近い。今にも頬と頬がぶつかりそうなほど近いのに、どんどん近づいてくる。桃みたいな甘い匂いが香ってくるほどだ。

 いやいや、嬉しいんだけど。心臓が保たぬ。


「あの、ちょっと、ちょっと待った! それ以上近づくとですね……!」

「え? あ! あうう……」


 頬を桃色にほんのり染めたフェールが、あうあう言いながら慌てて離れた。しかし、バルムンクの言葉をすぐに思い出したのか、怯えた顔をしてちょっとずつ近づいてくる。

 そして居心地のよさそうな距離感を取り戻すと、気まずさを取り払おうとするかのように愛想のいい笑顔で話しかけてきた。


「あの、リョーマは今どこに向かってるの? そういえば知らなかったな、なんて」


 この問いには困ってしまった。

 どこに向かってるって、それは日本だ。でも、異世界に向かってます、なんていきなり言ったら正気を疑われるだろう。

 ユストゥスとフルトも、信じられないようだったし。あのときは時間が無くて、出てってくれれば何でもいい感じで流されたけど。


 まあでも、その辺も話しておくべきなんだろう。フェールが命を狙われ続けるようなら、連れて行くつもりなのだから。


「僕は異界の日本から来たんだけどさ。そこに帰るつもりなんだ」

「リョーマ、帰っちゃうんだ。そうなんだ……」


 しょぼんと、フェールが肩を落とす。何だか、今にも泣き出しそうだ。

 妙な反応だな、と思いつつ様子をうかがっていると、ぴくん、とフェールの探偵帽がはねた。


「異界って、どうやって帰るの?」

「帰り方分かんないから、探してるんだ」


 拍子抜けだった。突っ込まれるかと思ってたのに、あっさりと信じてもらえたのだ。


 そういえば、フェールは純真無垢で何でもかんでも無条件に信じるところがある。

 神託の宝具持ってるのに、エアバッハの領主の館に突撃したこともあったわけで。何か、箱入り娘っぽい。


「とりあえず、シュバルツ伯に会いに行くつもりだよ」

「え? シュバルツ伯?」


 隣に目をやると、フェールがふるふると身体を震わせながら顔を俯かせている。視線なんて泳いでいて、どこを見ているのか分からない。


「シュバルツ伯って、シュバルツ=ホーフハイマー伯爵のこと?」

「他にいるの? シュバルツ伯って」


 そう答えると、フェールは頭の上の探偵帽をぎゅうっと握って押さえ込みながら悶絶した。

 インフルエンザに侵されたみたいに顔色は悪いし、息だってかなり荒くなっている。


 急病かと思って心配して手を伸ばすと、急にフェールが顔を上げて、飛びついてきた。

 半泣きになっていて、鼻をぐしゅぐしゅ言わせながら色々と台無しになっている。


一兄(いちにい)のとこぉ!? やめようよぉ!!」


 フェールの切ない絶叫が、虚空へと消えていった。

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