第十四話 邪悪龍の猟兵
アクエサリトス帝国、首都カールスルーエ。街の中心には皇帝住まう宮殿を戴き、道は放射状に規則正しく走るよう区画整理された綺麗な城塞都市である。
ロマネスク様式のような建物に彩られたこの大都市には、人口五十万人が住むこともさることながら、司法、行政、軍事、魔法といった機関の中枢が置かれていることで有名だ。
そして、それは宗教という面でも同様であった。ヤルダット教最大支部の一つが、この都市には存在するのだ。
ヤルダット教は世界で唯一の宗教だが、宗派の別はある。
中でも強大なのは、預言書を信じず、神の残したもうた遺構と伝説を崇める聖遺物信派。そして、邪神が降臨するという預言書を信じる、予言信派である。
カールスルーエ支部は、後者の割合が強い。アクエサリトス帝国では、教典の中の一節にある邪神との戦いの遺構がいくつも発見されているからだ。
この世界で重要な交通手段となっている空飛ぶ船が、その一例と言えよう。
そんな予言信派が強い影響力をもつ支部の建物の中、分厚く白い壁と等間隔に配置された半円のアーチ天井の下を燃え盛る炎のような男が歩いていた。
十剣、ディートリヒ=フォン=ベルンである。
ディートリヒは狭苦しい廊下を抜けて、ある部屋の扉を開いた。そして、外見とは裏腹な青く冷めた瞳で辺りを見回す。
中にいたのは、六人の老人だった。全員が、白に近い灰色がかったローブを頭から被っている。
部屋は古代ローマの元老院議事堂のように円形になっていて、二十六の椅子も円を象るように置かれている。その椅子に、老人たちは六芒星の点となるように座っていた。
ディートリヒは老人たちしかいないことを確認すると、部屋の扉を閉めて自分の椅子へと歩みながら老人たちに問いかけた。
「他の者たちは?」
「急くな。じきに来る」
ディートリヒが席に着き、無言の沈黙が続く。十分ほど経つと、静かに扉が開かれ、閉められた。
入ってきたのは、スーツを思わせるような純白の軍服をきた青年だった。
軍服、といえば聞こえはいい。しかし、襟は立てているし、スーツの上にはトレンチコートの丈を更に長く改造したものを羽織っている。トレンチコートは歩くと空気を掴み、まるでマントのようにふわりと浮き上がるようになっているのだ。
腕には金のブレスレットをつけ、耳には穴を開けなくてもつけられるタイプの金のイヤリングをしている。
とはいえ、少し不満げながらも取り澄ました愛想笑顔は草原を走る風のように爽やかだ。
白金をそのまま溶かしだしたようなサラサラとした銀髪は攻撃的なミディアムウルフの髪型にしている。危うさを秘めた緑のアポフィライトのような瞳は、女性たちを夢中にさせるだろう。
高身長、八頭身、モデル体系、綺麗な顔を達成した、女神に愛されすぎた青年だった。
だからといって老人たちには愛されていないらしく、揃って不機嫌な視線が送られている。一人の老人が、咎めるような口調で静かに告げる。
「遅いぞ、フェルグス。早く席に着け」
「申し訳ありません。ですが、友より伝言を預かっております。ご拝聴いただけますでしょうか?」
「何だ? 申してみよ」
「さすが六大老、ご寛大にして先見の明もあらせられる。では、端的に申し上げましょう。今日来る予定となっておりました四人ですが、任務や緊急処置のため、本日は参加できないそうです」
「何? ヘグニはどうした? あやつはカールスルーエにいるだろう?」
「いるにはいるのですが、女性に緊急対処が必要との旨、承っております」
そのとき、どたどたという騒がしい足音共に思い切り扉が開かれた。バン、と音を立てて、扉が跳ね返るほど勢い良く。
入ってきたのは、肩で息を切らせた大男だった。フェルグスより大きく、身長は百九十を超えている。黒いマントで隠した身体は、その上からでも剣闘士のようにがっちりとした体つきをしているのが分かるほどだ。
顔はお世辞にも綺麗とは言いがたいが、武骨な目の中にある小さな瞳と縮れた長髪が何とか彼の持つ恐怖と威圧感を抑制している。
しかし、今の時点でその抑制は大した働きをしていない。大男の目は血走り、今にも食いつかんとするほどに必死だったからだ。
その形相を見たフェルグスは、物語の中のプリンスのような優雅さを纏って笑う。
「あっはっは! なーんだ、結局来たのかい? 寂しい宵を共に過ごしてくれる稀有な女の子は見つかったのかな?」
大男、ヘグニは必死の形相のまま、フェルグスの胸倉を掴みあげた。
「ふざけんじゃねーよ! よく考えたら、今日は会合じゃねーか!? 何でお前は早く言わねえんかよ!?」
「で、見つかったのかい? ヘグニさんだから駄目でしょうけど」
「見つかるかよ!? ああ、見つかりませんでしたよ! むかつくわこの性格ど畜生め!」
「じゃあ、賭けは僕の勝ちってことで。宿代はよろしく。あ、四人分の部屋でいいから頼むよ」
「はあ? 何で四人かよ?」
「時間が無かったからね。三人しか捕まらなくて」
「んなこと聞いてるかよ!? てゆーか、三人だとおお!? 冒涜もいいところじゃねかあ!!」
「両者とも、静まれい!!」
老人の一喝で、二人の声が止む。渋々、といった様子で、フェルグスとヘグニは別れて席に着いた。
老人の一人が、ディートリヒに目配せする。
「どうやら、今日はこれで全員のようだ。支障はあるか?」
「いえ、特に。大老さえいらっしゃれば、問題はありません」
「では、報告せよ。神託の宝具は手に入ったか?」
「奪還は失敗しました」
ディートリヒの冷淡な報告に、老人たちはうろたえるのを隠すようにため息を漏らす。
軽薄な笑みを浮かべていたフェルグスも、真剣そのものの表情に変化し、考えるように口元を手を置く。
そして、やがてやれやれといった様子で肩をすくめると、軽薄な笑みを取り戻した。
「ディートリヒさんが失敗するなんて、よほど相手の女の子が可愛かったのでしょうね。気立てがよくて、ちょっと我がままで。その我がままに付き合って、うっかり逃がしちゃいましたか?」
「お前じゃねーんかよ、それ!?」
立ち上がり、指差して批判するヘグニをディートリヒが手で制する。ヘグニはディートリヒを見て、黙って座りなおした。
「そうであれば、いくらかよかったのだが。はっきり言っておくが、俺は負けた」
負け、と聞きつけて、フェルグスが眉をひそめる。
「あなたが、負け? もう少しうまい言い訳を考えたらどうなんです?」
「言い訳ではない。だからこそ、俺は本日の会合を提起したのだ。大老、新たな者の手配とナーゲルリングの使用許可を」
「ナーゲルリングを!?」
六大老の間に、動揺が広がる。神剣ナーゲルリング、その使用を意味するところは。
「邪神か!?」
「いえ。ですが、相手は一筋縄ではいきません。ジークフリートの伝説を?」
「愚弄するつもりか? そのようなこと、言葉を知る者なら幼児とて知っていよう」
「その誰しもが知る力を持つ者が、あろうことか我々の前に立ちふさがりました」
ヘグニがまた立ち上がり、身を乗り出してディートリヒに問いかける。
「そんなことあるかよ!? ありゃーおとぎ話じゃんか!」
「馬鹿な、あれは史実だ。剣だけで無く、もっと勉学も励め」
ヘグニを咎めて席につかせ、ディートリヒは咳払いして気を取り直す。
「神託の宝具の所有者、フェール=デルプフェルトは世界で最も偉大な魔法士の一人たるユストゥスの弟子でしたが、さほど問題ではありません。問題は護衛についている魔法士。名はリョーマ=カンザキ」
フェルグスが、思考を巡らせるように空中を見る。そして、首を横に振った。
「聞いたことのない名ですね」
「その通りだ。出自、年齢、両親、その他一切不明。戸籍情報にも登録はない。だが、魔法は一流だ。無詠唱による分解魔法、土の錬成魔法。まさにS級魔法士だ」
ディートリヒは、六大老の顔をそれぞれ眺めて、その反応をうかがう。
ローブを被っているのでその顔色はうかがい知れないが、恐怖しているものは一人もいない。全員から共通して伝わってくるのは、半信半疑、判断に窮しているということだけだ。
こんな突飛な話をしても、誰も信じてくれないことをディートリヒは知っている。
「昨今、大きな事件が二つ。先年、サングレフロータ王国の大貴族を暗殺し、また整形で顔を変えていることから余罪を数多く抱えていると見られる“死の一撃”イェンスの捕縛。同時に起きた、エアバッハ家の襲撃……」
「それがリョーマ=カンザキに関わりあると。根拠はあるのですか?」
フェルグスの問いかけに、ディートリヒは静かに頷く。
「共通項は、分解の魔法が使われたということだ。柄だけになったイェンスのバゼラードや、ハルトマン男爵の執務室では脱出に使ったと思しき穴も発見されている」
「他の魔法士がやったのかもしれませんよ?」
「分解の魔法を使える魔法士を、他にあげてみるがいい」
んー、と唸って、フェルグスは再び空を見る。そして一通り目を泳がせると、肩をすくめた。
「どうも、心当たりがないですね。あ、シュバルツ伯ならできるかもしれませんよ? あの人少しおかしいですし」
「口を慎め。殺されても知らんぞ」
「おっと」
わざとらしく、フェルグスは口に手を当てて覆った。
ディートリヒは、再び六大老の様子を伺う。先ほどよりは、話を真に受けているようだ。人は確固たる証拠に弱いのだ。
「リョーマ=カンザキは、神託の宝具を狙う危険人物と見て差し支えないでしょう。六大老、賞金首としての手配を具申します」
「よかろう。それほどの魔法士なら、二つ名もあろうな。何というのだ?」
「無いそうです。ですから、印象に受けたままを」
「申してみよ」
「邪悪龍の猟兵」
「猟兵? 大層な二つ名だ」
六大老は、嘲笑するかのように笑っていた。しかし、これは戒めこそが真意だ。
口調を強め、ディートリヒは演説するように語る。
「貴族の館を襲撃……。この時点で、我々は認識を改めるべきです。我々が狩る側ではなく、狩られる側であると。少なくとも、そうした気構えでなければ寝首をかかれるでしょう」
「ほう、それほどか」
「イェーガーは、狩人であり、選ばれた者であり、伝説でもあります。油断すべき対象ではないと知らしめるには、相応しいかと」
六大老は互いの意志を確認するように頷きあっている。そして、その中の一人が静かに告げた。
「“蒼炎”、ディートリヒがそこまで言うのだ。“邪悪龍の猟兵”、リョーマ=カンザキとして手配する」
誰が叩くでもないのに、裁定の音が広間に響き渡る。誰も覆すことのできない決議が、成されたのだ。
やがて音が鳴り止むと、おもむろにフェルグスが席を立つ。それから、足取り軽く部屋の扉へと歩き始めた。
「いや、そこまでディートリヒさんに評価されるなんて。ちょっと興味出てきちゃったかな、そのリョーマとかいうやつに」
フェルグスの軽薄な笑みを忌々しそうに睨みつけて、ヘグニが地面を野太い足で叩く。
「おいおいおい、抜け駆けすんのか? そうはいくかよ!?」
「別に、ヘグニさんも来ればいいんじゃないのかい? 足だけは引っ張らないでくれよ?」
「いい度胸じゃんよ。足といわず背中に気をつけろ」
澄ました声とでかい声を撒き散らしながら、二人は扉の外へと消えていく。残された六大老は、ディートリヒに疑問の目を向ける。
「よいのか?」
「かまいません。二人とて十剣。死ぬこともないでしょう」
「ふむ、そういうことではないのだが。そなたに異存なければそれでよい」
つまり、ディートリヒの格下となるフェルグスとヘグニに邪悪龍の猟兵が敗れれば、名誉に大きな傷がつくという事実。
しかし、ディートリヒに名誉へのこだわりはほとんど無い。それが実力、と割り切れる人間なのだ。
そちらについても異存の無いことを伝えるように、ディートリヒはもう一度頷く。
かくして、日本からやってきた普通の高校生、神崎涼真は。
邪悪龍の猟兵の二つ名と共に、ヤルダット教の神敵としてその名を轟かせることとなった。




