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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第一章 星降る村の看板娘
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第十二話 宣戦布告

 涼真が幾分綺麗な宿に足を踏み入れると、中にいた人々は騒然となった。


 さもありなん。涼真はボロボロのフェールを腕に抱え、肩に縛ったロープの先にはがんじがらめに縛った男を引きずっているのだ。


 ざわつく中、涼真は油断なく辺りを見回す。


 宿を焼かれて追い出されたカヤの父がここにいると聞いてきたのだが、宿にいた人々は鎖帷子を着た剣士ばかり。その剣士たちが、安っぽい机を囲んでいる。

 どうやら、ここの宿も入ってすぐに食堂という造りになっているようだ。剣士たちは、ある程度広さの取れるこの場所で会議をしていたらしい。


 警戒の目を向ける剣士たちの中から、プレートアーマーを着込んだ男が割って出てくる。ハルトマンにどことなく顔立ちの似た、しかし、気品の欠片もない無精ひげだらけの野生の熊のような男だ。


 熊のような男は、涼真の腕の中のフェールを見て、驚いたように目を見開いた。


「酷い怪我だ……! おい、衛生兵! 早くこちらへ来い!」


 一層剣士たちが騒がしくなり、ガタガタと椅子をどかして何人かが駆け寄ってくる。


「動くな!!」


 しかし、唸るような涼真の一喝で、辺りは静まり返った。戸惑うように、剣士たちは涼真とフェールの間に視線を泳がせている。


 この町の警備隊、すなわち、ハルトマンの仲間。そう判断したのだが、剣士たちはフェールを助けることをまるで義務としているかのようだ。

 この人たちは、何かが違う。そうは思いつつも、空気はピンと張り詰めている。


「おい、リョーマか!?」


 その声で、張り詰めていた空気は少し溶けた。カヤの父の声だ。剣士たちを割ってその姿が出てくることで、固い空気がより一層溶解していく。


 カヤの父はバシバシと威勢よく涼真の肩を叩いた。


「生きてたか、馬鹿野郎め! 心配したんだぜ。いきなり走り出すから、無茶なことしでかすんじゃねえかってな。怪我なんかしちゃいねえだろうな? カヤが悲しむからよ、無茶だけは止めてくれ」


 カヤの父は、怒るそぶりも見せなかった。きっと内心は怒っている。でも、カヤのことを本心から思っているから、それを見せないのだ。

 涼真はそれを心苦しく思いながら。本当に自分勝手な願いにも同様の思いを抱きながら、腕の中のフェールを差し出す。


「この子、酷い怪我なんです。自分勝手なお願いというのは分かってます。でも、この子には関係ない。この子を預かってもらえませんか? 医者に診せては、もらえませんか?」

「あ、ああ。かまわねえけどよ。ん? こいつ、御領主様の御館で狼藉働いたとかいう手配書のやつじゃねえか!?」


 カヤの父の顔色が、うろたえるように変わっていく。涼真は、ようやくフェールが町に入れなかった理由が把握できた。


 町全体に、フェールの手配書が回っていたのだ。それだけじゃなく、捕縛依頼としてまでも。

 フェールは文字通りに世界の敵だったのだ。のんきにデートなんてはしゃいでいたときも、フェールは必死に逃げていたのだ。災厄の全てを受け入れて。

 だから、災厄たるフェールはカヤの父の敵でもある。


 悔しさが襲ってきたが、歯を食いしばって我慢した。涼真だって、日本にいて誰かが指名手配者としてニュースで流れていたら、それを疑わずに信じるだろう。

 全うな理由を説明されれば、冤罪の可能性など気にも留めない。これは当たり前の結末だ。


 ゆっくりと後退り、逃げるタイミングを計る。そこへ、熊のような男が割って入ってきた。


「落ち着きたまえ。その少女は、少なくともおぬしの考えるような人物ではない。全てはあの存在が問題なのだ」


 熊のような男は、カヤの父を優しい口調で諭す。そして、まるで何かを訴えるような眼差しで涼真と目を合わせた。


「この度の不祥事、全て我がエアバッハ家の不手際のなすところ。その少女にも、連れて行かれた娘にも、不憫なことをいたした。まことに申し訳なく思っている」

「あなたは?」

「エアバッハ家が三男、バジーリウスだ。その少女は俺に預けてはくれまいか? 必ずや目覚める前に傷を癒してみせる」

「神託の宝具が狙いですか?」


 涼真は刃物のように鋭利な言葉で、包み隠すことなくバジーリウスを刺した。バジーリウスの瞳は揺らがない。

 代わりに、神妙な顔をしてカヤの父が首をかしげた。


「何だ、その神託の宝具てのは?」

「知らないほうがいい物のことです」

「そ、そうか」


 いつもの勢いをなくして、カヤの父は押し黙る。らしくないが、娘を失った父親の気持ちがそうさせているのだろう。

 涼真を見ていたバジーリウスは、惜しむような、悲しむような瞳をして、それを吹っ切るように首を横に振った。


「信じて欲しい。どうしてもそうはいかぬと申すなら、治療が終わるまで見張っていても良い」

「そうはいきません。時間が無いんです。僕は館に向かわなきゃならない」

「何と、おぬしは斬り込むつもりであったか!?」


 唐突に、ドン、と床が叩かれ、カヤの父が涼真に掴みかかった。


「ふざけんな!! 弱っちいくせに、カヤが悲しむようなことはするんじゃねえと……!?」


 掴みかかったカヤの父の肩に手を置き、バジーリウスが静止する。


「その必要はなし。次兄の不徳を正すため、我らは明朝にも斬り込むつもりであった!」


 どうやら、食堂の会議では館への襲撃計画を立てていたようだ。嘘をついている感じじゃない。

 しかし、それでは間に合わない。カヤが今夜どんな目に合わされるか、イェンスから聞いている。


「明朝では駄目です。手遅れになる!」


 とてもカヤの父に聞かせられる内容ではないので、詳しい話を避ける。バジーリウスは、分かっているといわんばかりに頷いた。


「次兄は必ず、一週間の休みを取るのだ。明後日までは無事であろう」


 涼真はもう一度バジーリウスの目を見た。そして、信じることにした。


 何の根拠も無い。もしかしたら、そうしたいだけかもしれない。

 ただ、おぼろげにしか覚えていないが、確かにバジーリウスたちは火事を消し止めようとしていた。ハルトマンが意気揚々と引き上げる一方で、バジーリウスは自ら先頭に立って火消しに当たっていたのだ。


 バジーリウスが神託の宝具をどう捉えているかは分からないが、ハルトマンたちとは違う思考で動いているのは確かだった。


「フェールをお願いします」

「うむ。すぐ治療しよう」


 剣士たちがフェールを机に運び、五人がかりでの水魔法による治癒が始まる。それを見張るため、涼真は少し離れた場所で椅子に腰を落ち着けた。

 そして、S&Wモデル2アーミーを嘗め回すように見つめる。


 ハルトマンは、ぶん殴らないと気がすまない。しかし、涼真は力が弱い。ハルトマンの手のひらで、軽く受け流されるのが関の山だ。

 一考して、神託の宝具に問いかける。


「ねえ、このトリガーって移動できないの?もうちょっと、こう、グリップの近くにさ」

「できますよ。こうですか?」


 バチバチ、と音を立てて、トリガーの位置がグリップの方へと移動する。トリガーを引き絞ると、ちょうどグリップに埋まる感じの位置だ。

 意図した状態になって、嬉しさのあまり興奮しながらトリガーを指差した。


「そうそう、そこそこ! これで握りやすくなったよ!」

「そうですか? 涼真の手は少し小さいですが、そんなにトリガーが引きづらかったとは思いませんでした」

「いつも思うんだけどさ、一言多いよね。少し小さいとか、いらないよね」


 神託の宝具と話をしていて、やっと余裕が出てきた。だから、自分が全然疲れていないことにもやっと気づいた。

 すぐにでも館に乗り込める、そんな状態である。


「二人も連れてきたのに、何でだろ?」

「バッテリーの方に奪った体力を貯めていますから。バッテリー容量は最大五分、他にもバッテリーがあれば増強は可能です。現状の体力につきましては、涼真のを含めた総量が七秒になります」

「え? 体力って貯められるの? 今の僕の体力も貯められる?」

「正確には生命エネルギーですが。眠くなると思いますが、今の涼真の体力も貯められますよ」

「そっか。じゃあ、やって」

先駆者(プリカーサー)の承認を確認。生命エネルギーをバッテリーへと移動中……。完了しました」


 体が一気に重くなり、猛烈な疲労感と眠気が襲ってくる。今にも閉じそうなまぶたをかろうじて支えながら、カヤの父とバジーリウスを見上げた。


「すみません。ちょっと眠くなってきたので、寝かせてもらいます」

「いいのか? お譲ちゃんを見てなくても?」


 いぶかしむカヤの父を見上げながら、眠気と戦いつつ頷く。


「信じると決めましたから。そうだ、バジーリウスさん」

「な、何だ?」


 バジーリウスは、なぜか緊張の面持ちで涼真を見ている。不思議なことだったが、余分なことを考える体力が残っていない。


「明朝の斬り込みはやめてください。あなたのような人が死んでしまったら、ここはいつまで経っても変わらないでしょう? 僕はもう、これで全てを断ち切りたい」

「どうするつもりだ?」

 涼真は床に転がって眠っているイェンスを指差す。


「僕にいい考えがあります。こいつを使えば、うまくいくと思うんです」


 言いたいことを言い終えて、椅子に腰掛けたまま眠りに入る。

 カヤの父は、呆れたようにため息をついた。


「やれやれ、図太い野郎だ。全く、こんなやつに惚れなけりゃ、ウチの娘は……!」

「おぬし、本当にこの少年を弱いとお思いか?」


 悔しそうに嗚咽を漏らしたカヤの父に、バジーリウスは驚きの目を向ける。


「あの光、銃を改造した土の魔法……。無詠唱であれほど繊細な魔法を行使するとは。それに、あの引きずってきた男。四千八百プフントの賞金首、“死の一撃”のイェンスで間違いなかろう」


 バジーリウスの瞳には、期待と、不安と、様々な感情が入り乱れているかのようだった。







 朝日が差し、町が賑わいを見せ始めるころ。涼真は、領主の館へ続く森の中の上り坂を歩いていた。


 フードのついた白いマントを頭から被っているので、かなり怪しげだ。おまけに蓑虫みたいになったイェンスをズルズルと引きずっているので、周りに人がいれば大騒ぎになったに違いない。

 しかし、この時間帯に館を訪れるものはほとんどいないのだ。


 館には依頼(クエスト)の受付もあるのだが、それを請けるものたちは大抵夕方に訪れるらしい。夕方にその日の結果報告と報酬の授受を行い、その場で次の日からの依頼を請けるからだとか。

 よほどの大きな成果でもない限り、この時間に館を来訪するものはいないのである。


 しかし見ている者がいないとはいえ、口を封じられたイェンスがモガモガとうるさい。

 涼真は足を止めて黙らせることにした。口を縛る布を解き、解放する。


「どうかした? これからわざわざ雇い主の下に連れて行ってあげるのに、何か不都合でも?」

「は、やめときな。真正面から行くなんざ、正気の沙汰じゃねえぇ。てめえぇ一人で突っ込んでも、化け物に喰われるだけだ」

「あ、そうなんだ。少し静かにしてくれないかな?」


 S&Wモデル2アーミーの銃口を、イェンスの額に当てる。撃ちはしない。もったいないのだ。


「うあ、このくそガキ! 吸うな、吸うんじゃねえぇ!」


 イェンスの体力が、神託の宝具のバッテリーへと移動する。どうやらこの行為、吸われる感覚があるらしい。

 息も絶え絶えとなったイェンスに、再び猿轡を噛ませる。そして、S&Wモデル2アーミーを懐に隠した。


 しばらく歩くと、館の門が見えてきた。黒い鉄の柵と赤いレンガでできた、簡素な門だ。

 派手な装飾などはなく、三メートルほどの高さの柵とレンガでできた柱が交互に延々と伸びて壁を作り、屋敷を守るように囲っている。


 門の前には皮鎧を着た兵士が二人並んで立っていて、涼真に奇異の視線を向けてくる。しかし、後ろに引きずった男を見て笑顔に変わった。


「驚いた、イェンスじゃないか! ラッキーだったな、明日から依頼の受付は一週間も休みの予定だ。そいつを一週間も転がしておくなんて、俺ならごめんだね」


 兵士の軽口を聞き流し、受付へと向かう。


 バジーリウスの言っていたことは、本当だった。きっとカヤは無事だ。

 砂利と芝生の庭を抜け、赤レンガで造られた城塞へと急ぐ。


 エアバッハの館は城塞といっても大規模なものではなく、一棟からなる簡素なものだ。一見すれば、ロマネスク様式を取り入れた屋敷に見えなくも無い。

 それでも、普通の民家に比べれば何倍もの大きさだ。天の川ストリートの三階建ての豪華な宿が、六棟はくっついたような威容を誇っている。


 二人の男が斬りあう姿を象った装飾が施された黒い鉄扉を開いて少し歩くと、胸ほどの高さの壁の上に鉄格子の張られた受付が見えた。鉄格子の向こう側では、妙なことにメイド服を着た受付嬢が書類に目を通している。


 涼真はフードで顔を隠したまま、静かに、短く告げる。


「“死の一撃”、イェンスの換金を」


 受付嬢は書類から目を離すと、涼真の後ろを見て目を丸くしていた。

 慌てた様子で背後にある伝声管のふたを開け、何事かを話している。そしてすぐに涼真の方へと向き直り、一礼した。


「イェンス本人である確認と金銭授受のため、依頼管理者のハルトマン男爵に取り次ぎます。その、少しお時間をいただけますでしょうか……?」


 予想通り、ハルトマンが依頼の管理者だった。カヤが以前、次男が取り仕切っていると言っていたのだから間違えようもない。


 そして、賞金の大きさとイェンスという存在。イェンスが領主に仕えているという件も、少なからずハルトマンが関与していると見ていい。

 必ずこうなると思っていた。


「できるだけ早めに」

「は、はい。申し伝えます」


 受付嬢は臆したように目をそらし、身体をガタガタと震わせている。


 世間に恐れられたイェンス。それを捕まえた男は、もっと恐ろしいという図式らしい。これ以上恐れさせないように、顔を伏せて沈黙を守る。


 しばらくして、受付嬢が伝声管から何かの連絡を受けていた。続けて、受付の脇の通路から皮鎧に身を包んだ二人の剣士が現れる。

 その一人が、サーベルを抜いて涼真に突きつけた。


「武器は?」

「ありません」

「本当か? 一応、調べさせてもらおう」


 剣士が涼真の全身をぽんぽんと叩いていく。途中、懐にある黒く小さな板を見つけたが、すぐに元の場所へと戻す。


「本当に丸腰かよ。まあいいか、これつけな」


 剣士は懐から青銅製の首輪を取り出し、涼真に取り付ける。龍のような、妙な紋様が刻まれていた。


「これは?」

「魔法を封じる首輪だ。風の魔法がかかっていてな、魔法を使うと首が胴からオサラバすることになる。魔法士なら気をつけな」


 ひんやりとした首輪の感触に寒気を覚え、涼真はそれを撫でるように指を這わせた。決して魔法士ではないが、誤作動なんかされた日には色々オサラバなのだ。


「へえ、お前みたいなやつでもそんな顔するんだな。心配しなくても、帰るときには外せるさ。そいつは持ち出し禁止の型だからな。ついて来い」


 面白そうに笑った後、剣士は通路へと向けてあごをしゃくる。前方に一人、背後に一人と、涼真をはさんで通路の奥へと進んでいく。

 やがて現れた金の装飾の施された扉に、剣士が手をかけた。


「いいか、粗相の無いようにな」


 涼真が頷くと、扉は開かれた。赤い絨毯が敷かれた、一人の執務には広すぎる部屋だ。五、六人がこの部屋で執務をしても余りあるだろう。

 部屋の奥には執務用の丈夫そうな机が置かれていて、その上には書類が所狭しと散乱している。机の両脇には二人の剣士が立っていて、涼真の動きを警戒するように見つめている。


 そして、机の向こう側には目の下にクマを作って不気味な雰囲気をかもし出すハルトマンが座っていた。横では、メイドが散乱した書類を懸命に整理している。


 その何事にも懸命な姿勢と、黒真珠のような光沢を持つ黒いロングストレートの髪を見間違うはずが無い。メイド服を着せられて、秘書の真似事をさせられていたのはカヤだった。

 表情は暗い。肩を落としていて、元気が無い。悩んでいるような、怯えているような、弱々しい目をしている。

 それでも、絶望はしていないみたいだ。


「おお、見てみよカヤ。あやつは、“死の一撃”の異名をとったイェンスを捕まえた男らしいぞ」


 ハルトマンに促され、恐る恐るといった様子で、カヤの黒い瞳が涼真を写す。やはり顔を隠した格好では気づかないらしく、カヤは何かをこらえるように顔を伏せた。

 それが面白くなかったのか、ハルトマンはカヤの肩を無理やりに抱き寄せる。


「もう少し近くで見てみるか? 見てみたいだろう?」


 カヤは嫌いな虫に触られたかのように表情をゆがめて、心底嫌そうに顔を背ける。ハルトマンは、それを楽しむようにニヤリと笑った。


「ほら、何と言ったかな? 確か、リョーマとか言ったか。あのイェンスを捕らえた男に、リョーマをなぶり殺しにするよう依頼してやれば面白いかもしれんのう」

「そ、んな……!?」


 カヤは、崩れ落ちるようにハルトマンの胸に取りすがる。先ほどまで、あれほど毛嫌いしていた男の胸に、媚びるように、懇願するように。


「それだけは、それだけはお許し下さい! 何でも言うことを聞きますから……! うう、もうやめて……」

「やはりそなたは美しい。特に、その強い瞳が崩れるときが一番素晴らしい。よしよし、ではあの男をもっと近くで見てみようぞ」


 小さい子供でもあやすように、ハルトマンはカヤの肩を抱いて涼真へと近づいてくる。片手には貨幣の入った袋を持ち、両脇には抜かりなく二人の剣士を従えて。


 涼真は、前二人、後ろ二人の剣士に囲まれる形となった。まったく、ハルトマンという男は抜け目が無いのだ。

 例えそうと気づいていなくても、来訪者には油断なく構えてくる。


 涼真の前に立ったハルトマンは、悪魔をそのままにしたような薄気味の悪い笑みを浮かべた。


「話は聞いていたな? どうだ、イェンスの報酬の二倍出そう。リョーマという男を、ここに引きずってこい」

「いやあ! そんなの約束が違う! リョーマには手を出さないって……!」


 取りすがって邪魔をしようとするカヤを、ダダをこねる子供の手を捻るようにしてハルトマンは押さえつけた。


「くく、そなたの瞳は崩れれば崩れるほど美しい。小僧の前でそなたの全てを奪えば、その瞳は女神も悪魔も超越した美しさとなろう」

「いや、いや! そんなのいやあ!!」

「ふはは、懇願しろ! 哀願しろ! あるいは、その男がそなたの願いを聞き届けてくれるやもしれんぞ!?」


 カヤは床にへたり込んで、顔を覆った。人生の全てを灰に帰されたときのように、涙をぼろぼろとこぼして。


「もうわたし耐えられない! また全部無くなっちゃう! 助けて、助けてよ、リョーマ!」

「うん、分かった。今度こそ、僕は君の依頼を請けるよ」


 フードを下ろした涼真は、ハルトマンを睨んだ。


 涼真は気づかない。その瞳が、ハルトマンを気圧するほどに鋭かったことを。鬼神を髣髴とさせるような、恐怖を与えるものだったことを。


「小僧、貴様何故ここに!?」

「よかったよ、ハルトマン。お前が外道でさ。こんなに怒ったのは、生まれて初めてだ!」

「ぬう、いきがりおって。衛兵!」


 四人の剣士が、一斉にサーベルを抜く。半ば呆然としていたカヤは、サーベルの走る音で目を覚ましたかのように手を伸ばした。


「やめて、リョーマを殺さないで!!」


 カヤの絶叫を無視して、ハルトマンは地獄の裁断者のように冷たく告げる。


「殺れ」

「待って、やめてやめて! 殺さないでえええええ!!」


 四人の剣士が、四方から同時にサーベルを振り下ろす。しかし、涼真が円を描くようにゆらりと身体を回すだけで、全てのサーベルは虹の輪を描いて虚空に消えた。


「な、なに……!?」


 うろたえるようにして、四人の剣士が後ずさる。己の消え去ったサーベルを見て、身体を震わせる。

 ハルトマンは言葉を失い、カヤも信じられないものを見たかのように口へ手を当てている。


 涼真は身体をコマのように鋭く回転させて、S&Wモデル2アーミーの銃身を剣士たちに一瞬だけ当てていく。


 折れ去り、怯えた魂にはそれだけで十分だ。


 ガシャッと音を立て、四人の剣士が同時に地へと倒れ伏す。


「馬鹿な、今、何をした!? 今の力は、まさか、伝説の……、ジークフリート……!?」


 恐怖したように目を見開いたハルトマンは、縋るように剣士たちを見る。地面に這いつくばった四人は、誰一人立ち上がらない。


 一歩、二歩と涼真が詰め寄る。一歩、二歩とハルトマンが後退する。


 退路が机で止められたとき、ハルトマンはやっとの様子で口を開いた。


「わ、忘れたのか!? 無様に地面に倒れ伏し、カヤを差し出した、女に守られた滑稽な姿を! 貴様など、恐れるに足らんわ!!」

「忘れられるか。カヤの全部を燃やしてしまったことも、裏切ったことも……。お前の言葉も!」


 一歩、また一歩。涼真とハルトマンの距離はつまっていく。逃げ場をなくした魚のように、ハルトマンはバタバタと手足を暴れさせる。


「ま、待て。はは、このハルトマン男爵に手を出してみろ。アクエサリトス帝国を、全て敵に回すことになるのだぞ!? どうだ、貴様にその勇気があるか!?」


 涼真は十分に距離をつめ終えて、足を止める。


「ああ、そういえばまだだったね。大事なことを忘れてた」


 カヤの全てを理不尽に奪うこの世界。フェールを理不尽にも殺そうとするこの世界。世界が理不尽にあふれているのなら、誰かが悲しんで、受け入れなければ成り立っていられないというのなら。


 それを行う迷いはない。


 涼真は右手で銃をトンファーのように持ち、作った拳を振り上げて高らかに吼える。


「これが僕の、世界への!」


 拳をハルトマンへ振り下ろすと同時に、小指にかけたトリガーを思い切り引く。撃鉄が銃弾を叩き、大きな反動が力となって全て加わる。

 打ち出された弾丸は虹の輪を描き、涼真の拳はパイルバンカーのように打ち出された。


「宣戦布告だ!!」


 涼真の拳は受け止めようとしたハルトマンの手のひらを跳ね除け、その頬へと突き刺さる。触れた邪悪龍を屠りし剣(ファフニール・スレイヤー)が、魂を断罪するようにハルトマンの全身から力を奪う。

 力を失ったハルトマンの身体は、机を飛び越えて地面に転がった。

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