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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第一章 星降る村の看板娘
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第十一話 反撃の代行者

 足元を明るく照らす月明かりの元、涼真は懸命に走っていた。


 目指す領主の館は、エアバッハの郊外、小高い丘の上にある。森に囲まれた一本道で町と繋がっていて、暗い森の中でも迷うことはない。

 むしろ、普通の道よりも整備されていて、石で舗装されているものだから町中よりも走りやすいくらいだ。視界も開けていて、要所要所に薪のくべられた台が置かれている。まさに至れり尽くせりだ。


 道を駆け上がっていると、その途中で妙なものを視界に捉えた。もうハルトマンとカヤの一行に追いついたのかと緊張したが、どうも違うようだ。


 一つの影が、何か重たいものをずるずると引きずっている。暗がりの中で、それは殺人事件を予感させるような、猟奇的な不気味さをかもし出していた。

 しかし、ここで足を止めるわけにはいかない。躊躇などなく、影を追い抜きにかかる。


 そこで、気づいた。引きずられているものが、何なのか。探偵服のような身なりが、とても特徴的だったから。


「ふぇ、フェール!?」


 見知らぬ影のような男が、ズタボロになったフェールの腕を持って引きずっているのだ。顔は泥まみれになって変わり果て、返事どころか身体に反応もない。


「はあ? 何で見えぇてんだよ、お前ぇ?」


 妙なアクセントを持つ声が、影から発せられる。涼真が目を凝らして影を見上げると、不意に暗闇が溶けたように男の姿が現れた。


 特徴的な鉤鼻は大きく、目は瞳孔が収縮して悪魔のように鋭い。髪の毛はぼさぼさで、囚人と呼ばれても違和感を覚えないような男だ。

 身なりは麻の服と旅人用の茶色いマントで、それほど裕福でもなく、かといって金に苦労するほどでもないことが分かる。身長は涼真とさほど変わらないのに、いかつい感じだ。


 その男の顔に見覚えがあったが、思い出せないし、そんなことはどうでもよかった。


「お前、フェールに何したんだ!?」

「見ての通りだろうよ。ったく、何でこんなアホガキに俺の魔法が見破れんだよ」


 身構えたが、先ほどのことが思い出されて手を出すことができない。殴られることが、下手をすれば殺されてしまうことが怖くて仕方なかった。


 煮え切らない涼真を馬鹿にするように、いかつい男は鼻で笑った。


「おいおい、やめとけよ。俺は御領主様の命令で動いてんだ、悪いことは何もしちゃいねえぇ。何も、この世の不幸の最上級に自分から片足突っ込むねえぇんだ。今宵は二人も仲間入りだしよ」

「どういう意味だ!?」


 いかつい男は、まるで狩ったウサギでも持ち上げるようにフェールの腕を引っ張る。


「一人はまあ、こいつだわな。何で追われてるか知ったこっちゃねえぇが、見た目のよさが運のつきってやつか。ここの御領主様は変態だからよ」

「へ、変態……? 縛ったりとか、傷つけて喜んだりとか、そういう?」


 げんなりして涼真が問いかけると、いかつい男はニヤリと笑った。


「おめでたいガキだな、てめえぇ。んな生易しいもんじゃねえぇよ。大量のクスリ使われて、ぶっ飛んで弄ばれて、一週間保たずに心臓止まっちまうらしいぜ」

「そんな!?」

「それでな、ぶったまげたことに、ぶっ壊れた娘は魔物のえさにするんだと。証拠が残らねえぇし、いざとなったら魔物のせいにできるからな」

「じゃあ、もう一人って……」

「ああ、カヤとかいう町娘だよ。あそこの次男も相当イカれていらっしゃる。やるこた同じだが、娘を食わせた魔物の討伐を取り仕切ってんだからな。世も末ぇだぜ」


 身体が震えた。恐怖での震えなんかじゃない。恐怖を怒りが塗りつぶして、握った拳が震えた。


 こいつらは、人間じゃない。


 カヤが一生懸命に頑張ったのは、こいつに笑われるような死に方をするためじゃない。最初から使い捨ての玩具みたいに、扱われるためじゃない。


 カヤはカヤなりに、少しでも幸せになりたくて。大切な人を守って、少しでも幸せにしたかっただけだ。そうなれなかったからといって、笑われることはしていない。


 フェールだって、村の皆を守りたくて、誰にも迷惑かけたくなくて、一人で逃げる道を選んだだけだ。頼れる人もなく、こんなに痛々しい姿になるまで追い回されて。

 その優しい心と恐怖の代償が、こいつに笑われる死に方なんて。そんな結末、認められない。絶対に。


 しかし、打ち震えるほどの怒りを押し隠し、心の中で男を睨みつけながら頭を下げる。



「あの、この子は僕の知り合いなんです。せめて、最後の別れをさせてくれないでしょうか?」

「ああ、それくらいはかまわねえぇよ。それで満足すんなら、お前ぇを殺す手間が省ける。ほらよ」


 ごみでも捨てるように、いかつい男はフェールを放った。すぐにもぶん殴りそうになったが、我慢してフェールの前にしゃがみ込む。


 いつもなら真っ白になるほど腹が立つのに、なぜか自分でも驚くほどに冷静だった。熱湯の中に氷が浮かんでいるような、妙な感覚だ。

 先ほどの経験が告げているのだ。怒りに任せて争ってはならないと。


 そして、涼真は知っている。少ししか言葉を交わしていないのに、フェールという人間を痛いほどに理解している。

 いかつい男は知らない。何故フェールが追われているのか。フェールがどんな気持ちで逃げ回っていたのか。


 フェールは誰も巻き込みたくなかった。どんな人間でも、不幸に見舞われることを恐れた。その、敵でさえも。

 だから、フェールは必ず持っている。神託の宝具という名の災厄を、手の中に握り締めている。

 それを知っているから、迷わずフェールの手を握る。


 神託の宝具は、やはりそこにあった。


 バチバチ、と音を立て、白い稲妻と共にS&Wモデル2アーミーが現出する。

 立ち上がって怒りの目を向けると、いかつい男は苦笑した。


「なんだそりゃ!? 銃が……、錬成か!?」


 すぐさま距離をとったいかつい男は、懐からバゼラードを素早く取り出す。三十センチほどの、ナイフと呼ぶには大きすぎる短剣だ。


「風の精霊様よ。俺はイェンス。剣をやるから、あいつをぶち殺せ!」


 イェンスがバゼラードを放ると、涼真へと剣先を向け、風に乗ったように打ち出される。


 だが、邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)は、あらゆる武器を通さない。バゼラードは虹の輪を描き、跡形もなく分解する。


 風だけが涼真の服を揺らし、髪を煽った。


「そんなんありかよ!? てめえぇ、猫被ってやがったな!?」


 イェンスは野獣のように唸ると、森の中へと勢いよく飛び込む。いかつい身体に似つかわしくない、猫のように俊敏な動きだ。


 どういうつもりなのか、涼真には分からない。ただ、地面に転がされたフェールを見ると、早くこの場を片付けなければならないことが分かる。

 逃げられないようにしたらしく、足が変な方向に曲がっているのだ。もし意識があったら、激痛で絶叫しているだろう。


 ガラス細工を扱うように、慎重にフェールの身体を寝かせなおす。少しでも放っておいたら、今にも死んでしまいそうだ。


邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)の展開時間が、三秒に更新されました」


 神託の宝具の声は、こんなときでも馬鹿丁寧で抑揚がない。二秒が三秒になったところで、大した差はない。

 フェールが救えるわけじゃないのだ。


「くそ、あいつどこ行ったんだ!?」


 そう口にして、自分の言葉に違和感を感じた。


 気づいたのだ。あいつがどこに行ったかなんて、それこそどうでもいい話ではないのかと。二秒が三秒になったことの方が、よほどこの戦場で重要なことではないのかと。


 イェンスがどこにいるのか、それは重要ではなかった。何故隠れたのかが、重要なのだ。


「何で、何でだ。あいつは確か……」


 イェンスは、邪悪龍を屠りし剣(ファフニール・スレイヤー)を錬成と呼んだ。錬成とは、技術などを鍛えること。でも、この世界での意味はきっと、魔法による錬金術のようなもののことだろう。


 なら、邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)も魔法と思い込んでいるはずだ。この世界の人間は、誰も彼もがそう勘違いしている。フェールしかり、ディートリヒしかり。


「僕なら、どうする……?」


 答えは簡単だ。死角をつく。魔法だって万能じゃない。魔法は意識して使うものだ。効果を及ぼす対象と位置をはっきりと認識していなければ、意図した結果を引き出すことはできない。


 分解する魔法と考えるなら、魔法である以上、バゼラードを認識させなければいいと考えるはずだ。だから、死角をつく。


 しかし、邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)は科学の産物だ。意識の外にあっても、自動防御で分解する。

 人の目では到底認識しきれないような、ガトリングガンの嵐も分解し尽くしたことがそれを証明している。邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)は、完璧だ。


「いや待て、本当に完璧か?」


 ディートリヒとの戦いのとき。ハイメが背後から突き込んできたと思われるサーベルが、振り向いた瞬間目の前にあったことを思い出した。

 もちろん、目の前で完全に分解されたが、なぜ目の前までサーベルが迫ってきていたのか。


 単純に質量が多いから。違う。他のサーベルは、邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)に触れた瞬間蒸発していた。


 ハイメのサーベルと、他のサーベルの相違点。それは、位置関係。背後からの攻撃か、正面からの攻撃か。その一点のみ。

 つまり、邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)は。


「前面にしか、展開されない!?」

「はい。完全なる邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド・フル)は、人の身だけで扱うには消費エネルギーが激しすぎます」


 だとしても、肩を落とすことはない。むしろ、今気づけたことは幸運だ。そうと分かれば戦い方がある。


 この事実、裏を返せば、対象を前面にさえ捉えていればいいということだ。バゼラードを認識していなくても、それさえできれば勝手に邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)が分解してくれる。

 涼真は目を閉じ、熱くなった頭に宿る冷たい理性によって神経を研ぎ澄ます。


 涼真自身が、気づいていなかった。少し前なら、考えなしでイェンスと戦い、あっさりと敗北しただろう。だが、今は違う。


 考えなしでハルトマンに殴りかかり、大切なものを失って、初めて学んだのだ。考えることの大切さを。戦術の重要性を。


 涼真がFPSで十の指に入れたのも、テクニックだけでなく、戦場の流れを読んで敵の背後を取れたからだ。そしてそのシミュレーションには、常人よりも膨大な時間を費やしている。


 無駄だと思っていたその時間が。現実世界に酷似した仮想世界での経験が。

 高速電算機のように、あっという間に戦術理論を構築していく。


 そして、FPSで十の指に入る実力が。銃声と砲弾の飛び交う音の中で、微細な足音を聞き分ける聴力が。

 バゼラードが風を切る音を聞き分ける。


 涼真が背後右方へ振り返ると、熱された鉄板の上で水がはねる様な音と共にバゼラードが分解する。


 イェンスの姿はない。うろたえる声もない。虎視眈々と、隙をうかがっているのだ。

 再び、周りの音に集中する。風が流れ、ざわざわと木が騒ぐ。


 不意に、その音が止んだ。


 奇妙だった。風が止まって音が収まったのではなく、忽然と消えたのだ。まるで、聞いている音楽を途中で止められてしまったように。

 思考に、イェンスの言葉が浮かぶ。


『はあ? 何で見えぇてんだよ、お前ぇ?』

『ったく、何でこんなアホガキに俺の魔法が見破れるんだっての』


 恐らく、イェンスが使う魔法は相手の知覚を狂わせるような効果があるのだ。最初、影にしか見えなかったのはそれが原因に違いない。


 もし、イェンスが自分の姿を隠していたようにバゼラードの気配をも消せるとしたら。


 その事実に気づき、涼真は迷わず振り返る。虹のような輪は、首筋の数センチ前で描かれた。


「あっぶな!? ギリギリだった!」


 じんわりと、額に汗が浮かぶ。気づくのがほんの数秒遅れれば、間違いなく死んでいた。

 何だか首がかゆくなって、虹の触れた部分をかきむしる。


「なっかなかやるじゃねえぇか。若いくせに」


 何故かへらへらと笑いながら、イェンスが森の中から歩み出てきた。いつの間にか、木のざわつく音も元に戻っている。

 イェンスは随分と余裕の笑みを浮かべている。諦めたとは到底思えない。


「でもよお、頭冷やした方がいいんじゃねえぇか?」


 息苦しくて、大きく空気を吸い込み、吐き出す。そして、吸う。

 ところが、いくらそうしても苦しさが晴れない。息が、上がっていた。


 今にも倒れそうな眠気が襲ってきて、右ひざが支えを失ったように折れる。意志が全く伝わらず、地面に吸い込まれるみたいだ。


 苦しさのあまり膝を屈した涼真を見て、馬鹿にしたようにイェンスは笑う。


「確かにお前ぇはすげえぇよ。無詠唱で土のS級魔法使えぇるやつなんて、そうそういねえぇ。けどよ、そんな真似してたら体力もつわけねえぇんだよ!」


 体力切れ。イェンスが狙っていたのは、涼真の死角をつくことではなかった。

 極度の緊張状態を作り出し、同時に邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)を使わせてスタミナを奪い尽くすことだったのだ。


 いくらシミュレーションを積んだからといって、絶対に埋めることのできない差。経験値。即席の戦術においては、イェンスの方が一枚上手だったようだ。

 今、両足を支えているのは、邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)を三秒間保持できるようになった体力だけだ。


 ここで倒れてしまえば、カヤは、フェールは、この世の生き地獄を見ることになる。そして、絶望のうちに殺される。

 でも、それを防ぐ手立てが無くて、少しずつ近づいてくるイェンスを睨むことしかできない。その、不敵な笑顔を。


「あ……!?」


 涼真はイェンスの歪んだ笑顔を見て、ようやく思い出した。町の依頼掲示板で見たのだ。


 賞金が四千八百プフントもついた賞金首の紙に載せられていた顔だった。剥がされたから、捕まったと思っていたのに。


 きっと、あのときには既にフェールへ追っ手がかかっていて。この賞金首は、領主に腕を買われて裏取引をしたに違いない。

 イェンスは、領主の命令で動いていると言っていたのだから。


「くそ、ちくしょう! 何で、何でこいつが許されて、フェールがこんな目に合わなきゃいけないんだ。何でカヤが、こんなやつらの言いなりにならなきゃいけないんだ。何で僕は、こいつに勝てない!?」


 S&Wモデル2アーミーの銃口をイェンスへと向ける。しかし、引き金が引けない。自然と手が震えてしまう。

 撃ったとしても、当たらないことは分かっている。イェンスは余裕の笑みをかまして歩みを止めることすらないのだ。


 それでも、撃てない。万が一殺してしまったらと思うと、まともに狙いをつけることすらできない。


 あのときは、撃てたのに。ディートリヒとやったときは、躊躇なんて無かったのに。冷静になった分、撃てなくなってしまった。

 こんな悪人なのに、身体が殺人を拒絶してしまう。全てが終わってしまうというのに。


「ちくしょう! 何か他の方法は……!?」

「簡単ですよ、涼真。S&Wモデル2アーミーで、バゼラードを受けることを推奨します」

「……は?」


 神託の宝具の提案は、理解を超えていた。だって、そんなことをすれば結果は明らかだ。


「そんなことしたら、壊れるだろ!?」

「大丈夫です。邪悪龍を屠りし剣(ファフニール・スレイヤー)の硬度は七百五十億モースに達します。鋼鉄の百億倍の硬度ですから、バゼラードと人力による破壊は不可能です」


 鋼鉄の百億倍。途方も無くて想像もつかないが、確かにS&Wモデル2アーミーで受けても問題なさそうだ。

 でも、後が続かない。


「何故、銃の名が神槍(グングニル)でもなく、神弓(アルテミス)でもなく、神剣(スレイヤー)なのか。考えたことはありますか?」

「なん……、だって?」


 それを考えている暇はなかった。イェンスが駆け出し、風が流れるように距離をつめてくる。


「悪く思うなよ。なあに、すぐに追いかけてくるやつがいる。寂しがるこた、ねえぇんだぜ?」


 振り上げられたイェンスのバゼラードが、冷たい月光を返す。邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)は動かない。少しでも使えばぶっ倒れる。


 それでも、負けられない。


 残った全力を込めて、右手を振り上げる。最後の力が、S&Wモデル2アーミーを持ち上げる。

 勢いよく振り下ろされたバゼラードとS&Wモデル2アーミーの銃身が触れて、火花を散らす。


「魂には、元素の結びつきを強める力があります。そしてもう一つ。強固な魂の意志は、脆弱な魂から力を奪うという特徴があるのです」


 それは、冷たい物が温かい物から熱を奪い取るように。あるいは、強いものが弱いものを食べるように。

 だから、怒りと渇望に滾った灼熱の魂は、面白半分に命を弄ぶ魂から力を奪い取る。


 例え肉体的な力が強かろうと、そんなことは関係ない。これは、進みすぎた科学が発見した、魂の摂理。

 邪悪龍を屠りし剣(ファフニール・スレイヤー)は、その理論を応用した魂を斬る神剣なのだ。


 涼真の腕に力が漲り、イェンスのバゼラードを押し返す。イェンスの腕から力が抜けていくのが、よく分かる。


「どこに、んな力残してやがった!?」


 イェンスは両手で柄を持ち、全体重をかけるようにバゼラードを押す。


 汗をたらし、必死の形相に変わっていくイェンスに、涼真は余裕の笑みを返した。右手でバゼラードを押し返し、空いている左手を自分の胸に当てる。

 そう、涼真の力はそこにある。


 ユストゥスは、縋るように言っていた。


『もし、フェールに会うようなことが会ったら……。そのときは、力になってやってくれんじゃろうか?』


 フルトは、諦めるように言っていた。


『ああ。かわいそうだが、忘れるんだ。生き残りたければ関与するな。命を粗末にするんじゃない』


 フェールには、フェールを心配する人たちがいる。助けに行きたくても、その力が無くて。あるいは、止むに止まれぬ事情があって助けに行けない人たちが。

 でも、ユストゥスも、フルトも、村の人たちも、フェールの家族だって、フェールを見捨てたくて見捨てたわけじゃない。


 誰もが、無事でいて欲しいと。そう思っている。


「僕の力は、ここにある。フェールを護りたいと思う人たちの魂が、僕の力だ!!」


 涼真の燃え盛る魂が、留まることを知らずにイェンスの体力を奪い取る。底なしに。最後の一滴まで絞りつくすまで。


「は、馬鹿かてめえぇ。んなことあるわけねえぇだろ……!?」


 弱々しい声を残して、体を投げ出すようにイェンスは地面へと倒れこむ。代わりに、涼真は力強く立っていた。

 人々の思いを乗せた代行者(えいゆう)は、間に合った。

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