1.入学式
昼休みになってもひたすら絵を描いてるようなやつ。大抵クラスに一人はいるだろう?僕はそんな感じのやつだと思ってくれたらいい。
小学生まではそれでよかった。あの頃はみんな、休み時間はもちろん、授業中だってカーテンに包まったり、かめはめ波とか打っちゃったり、突拍子もなく音痴な歌を歌いだしたり、自由勝手にやっていた。
僕なんかは、黒板におかしな落書きを描いて、みんなを笑わせていた。もちろん当時の担任の先生は僕のことを叱って、黒板をキレイにしろと命じたけど、「黒板じゃなくこれに描け」、と画用紙をくれた。
僕は家に帰って一生懸命、もらった画用紙に絵を描いた。次の日に先生に見せたら、「上手いな」、と一言誉めてくれた。ありふれた褒め言葉だけど、白々しさがなく、僕は心が踊った。
こんな感じで、小学校の頃の僕は、おちゃらけていつもみんなを笑わせていたし、先生とも仲がよかったし、人気者とまではいかないが、クラスの中心人物の一人だったと思う。
中学校に入ってからは何もかもが違った。
まず入学式で、僕は萎縮した。母親や、小学校の友達の親子が視界に入っているうちは期待5、不安5といった割合の心境だった。
やがて保護者と別れ、式が始まった。場内が静かになり、僕の心の中の期待の割合は小さくなっていった。そして後のクラス順に並ばされた時、同じ小学校のやつが近くにいないことに、さらに不安になった。
教室に移動してみると、僕の配属されたクラスには、やっぱり小学校の頃に仲が良かったやつはいなかった。同じ小学校だった女子を発見したが、話しかける程の仲ではない。僕は不安を募らせながらも友達を探すのをあきらめて、自分の名前が書かれた紙が貼ってある席を探した。他の連中も落ち着かない様子で、おそらく同じ小学校の友達や、自分の名前が貼られた席を見つけては安堵していた。
殆ど全員が席に着き始めてからしばらくすると、先生らしき人が大量のプリントと教科書の山を持って教室に入ってきて、「ちょっと、何人か運ぶの手伝ってくれない?」と言いながら僕達に手招きをした。
すると、前列のほうの何人かが席を立ち、プリントや教科書を教卓の上に運ぶのを手伝った。僕は席は後ろのほうで、頬杖をつきながらぼーっとしていた。僕の思考回路がようやく「手伝わなきゃ」という考えに達した時には、もう作業は終わっていて、手伝った生徒達は席に戻っているところだった。
手伝った人達が席に着く様子を見ていると、小学校以来の、黒板にチョークで何かを書く音が聞こえた。
「みなさんの、この1年7組の担任を受け持つことになった田村恭子|《 たむらきょうこ》です。みなさんよろしくお願いします。」
黒板に大きく自分の名前を書き終えた先生らしき人、改め田村恭子先生は振り向いてそう挨拶し、中学校になったばかりでそわそわしている僕達に向けた歓迎の言葉と、学校のカリキュラムなどの話をした。
先生が話を終えて、プリントや教科書を配り終えた後、「それでは一人ずつ前に出て、自己紹介をしてもらいましょう。」と先生が提案した。
はっきりいって、自分の番までの人の自己紹介は頭に入らなかった。何を話そう?名前と出身校だけでいいのかな?と話す内容を考えるだけで精一杯だった。
僕の番がやってきた。立ち上がって、教室の前のほうへと歩き出す。一歩踏み出す度に膝がガクガクする。ふと、田村先生と目が合う。先生はニコニコしながら、さあ、と促すような眼差しを返してきた。教壇に上がって、みんなのほうを向く。教室にいる全員の、知らない人ばかりの視線が僕に向けられる。そして僕は自己紹介を始めた。
「あやしのりゆきです。」
あっ!今『あやし』って言っちゃった!『林紀之|《 はやしのりゆき》』、『はやし』なのに・・・!
上手く舌が回らず、『は』が『あ』になってしまった。どうしよう、言い直すか?でも、早く終わりたい・・・。
顔が赤くなっていくのを自分で感じた。鼓動も大分速くなっている。
「出身校は○○小です。よろしくお願いしぃます。」あっ最後も少し噛んだ。
結局、名前は言い直さず、礼をしてそのまま顔を伏せた状態で席に戻った。席に戻るまでに浴びる視線と、まばらな拍手が、僕の羞恥の後味を長引かせた。
僕の後の人達の自己紹介が続いている中、僕はそれを全く聞かずに、まだ残っている恥ずかしさを紛らわせようと窓の外を眺めていた。空を見上げる。空は、くすんだ灰色一色に染まっていて、今にも雨粒が落ちてきそうだった。




