02 : 病人に仕事を振るなど完全に労基案件です
「いきなり何を言うんだフランチェスカ! 王家からお預かりするなど、我が家にとっても政治的リスクが……」
フランチェスカが政務棟へ向かうと、ちょうど娘のお茶会の様子を見に行こうとしていたローデンベルグ侯爵と鉢合わせた。
しかし、フランチェスカの口から「倒れたレオンハルトを預かりたい」などと飛び出すなど、侯爵には予想外だった。
「お父様、それは違いますわ。殿下は現在、遅効性の毒の影響で療養が必要な状態です。ここで我が家が『療養先』として受け入れれば、王家との信頼関係を構築できます」
フランチェスカは全表情筋を使い、キリッとしながら訴えた。
「療養先……それはつまり、王家の一時預かりということか?」
「その通りです! これはホワイトな未来のための経費ですわ!!」
「そうは言ってもな……ううむ」
侯爵は頭を抱えながらも、娘のあまりに必死な様子に折れた。
「……わかった。国王に掛け合ってみよう」
「お父様! ありがとうございます!」
(ローデンベルグ侯爵が娘に甘々で助かったわ!)
◇◇◇
数日後。
王宮から正式な許可が下り、レオンハルトはローデンベルグ侯爵家へと移送された。
フランチェスカはレオンハルトのいる賓客用の部屋を訪ねると、その寝台の傍らにちょこんと座り、彼の手を取った。
(弱ったレオ様もロイヤァル! 幼少期のスチルはなかったから貴重だわぁ〜。それに、顔色もだいぶ良くなって来たみたいで良かった)
脳内でペンライトを振り回しながらも、フランチェスカは優雅な微笑みを崩さないまま、そっと優しく彼の手を包み込んだ。
フランチェスカがショタ版レオンハルトを堪能していると、不意に金色のまつ毛が揺れて、意思の強そうな真紅の瞳が現れる。
「……ここは?」
「レオンハルト様! 良かった! ここは私の家、ローデンベルグ家です」
レオンハルトはぼんやりした顔をしながら、体を起こし、辺りを見回す。
「……手」
レオンハルトの視線は、彼の手を握るフランチェスカの手に落ちていた。
「手? ああ、看病することを手当てって言うでしょう? だから、これは手当てです! お嫌でしたか?」
フランチェスカが手を引こうとすると、レオンハルトはその手を引きとめた。
「……嫌じゃない。心配してくれたんだろう? ありがとう」
レオンハルトが安心させるように力強く手を握り締めた。幼いながらも、彼は上に立つものだと感じられる笑みを浮かべながら。
「ロイヤァルからの、きゅんです……」
「え?」
「いえ、何でもありませんわ」
フランチェスカはわざとらしく小さく咳払いをして、口元をおさえた。
「……それより殿下、お腹は空きませんか?」
フランチェスカは素早く「侯爵令嬢の微笑み」を取り戻すと、用意した小鍋と皿を寝台のサイドテーブルに置いた。
「あんな事があって心配かと思いますので、今日は私がお粥を作りました。ご安心ください!」
「フランチェスカが……?」
レオンハルトの視線が鍋、窓、扉、そしてフランチェスカへと流れる。
(あ、色々疑ってるわね!? 大丈夫よ、前世で終電を逃し続けた私が、深夜の限界職場で生き残るために極めた『爆速・胃に優しいサバイバル自炊スキル』を舐めないでほしいわ!)
「一応、うちの料理長の監修は受けておりますわ! さぁさぁ、召し上がってみてくださいな。まだご心配なら、私が先に毒見いたしますわよ」
フランチェスカはスプーンでお粥をすくい、彼の目の前でパクリと平らげてみせた。「ほら、大丈夫でしょ?」とドヤ顔で視線を送る。
レオンハルトは差し出された皿をまじまじと見つめた後、おそるおそるスプーンを口に運んだ。
「……温かい」
スプーンから立ち上る湯気が彼の頬を優しく撫でる。
レオンハルトの目がわずかに輝くのをフランチェスカは見逃さなかった。
(よし! ……推しのHPバーが回復してる! 見えないけど! これを機に、将来私を断罪する気もなくしてくれれば万々歳だわ!)
「——ところで、フランチェスカ。書類を持って来てくれ」
「……………………はい?」
療養中の子供が何を言っているのだろうと、フランチェスカは首を傾げた。
「聞こえなかったか? 書類だ。俺が伏せっている間にも政務は溜まっているはずだ。これ以上、周囲に遅れをとるわけにはいかない。早く処理したい」
「……却下ですわ」
フランチェスカは天井を仰ぐ。
「なぜだ」
「病欠中の社員に仕事を振るなど、完全に労基案件です」
「ろうき……?」
「とにかく寝てくださいな」
にこやか、かつ有無を言わさぬ笑顔で断言され、レオンハルトは困惑した。
「だが、王太子教育が」
「有給です」
「政務報告の確認が」
「有給ですわ」
「命令だ」
「却・下・です」
「……命令だぞ?」
フランチェスカは令嬢スマイルを浮かべたまま立ち上がり、レオンハルトの肩を優しく、けれど的確な力加減で押し、枕へと沈めた。
「病人の命令は無効です。殿下の今の『お仕事』は、全力で休むこと! よろしいですね!?」
有無を言わさぬフランチェスカの勢いに、レオンハルトは思わず頷く。
それを見た彼女は満足そうに笑い、部屋を出て行った。
◇◇◇
静寂の戻った部屋で、レオンハルトはぽつんと残されたお粥の温もりを見つめる。
王宮では、自分が毒で倒れようとも「早く公務に戻れ」「第二王子、第三王子に席を奪われるぞ」と急かされるだけだった。
——けれど今、初めて、休むことを許された。
自分の命の価値を、王子としてではなく、ただ「生きていること」そのもので肯定された気がした。
(有給、か……)
レオンハルトは小さく笑った。
休めと命じられたのは初めてだった。それも、あんな小さな令嬢に。
「……変な令嬢だな」
だが、その声には僅かな愉快さが混じっていた。




