01 : 十歳ショタ殿下とお見合いしたら初日で不採用通知(物理吐血)
なぜ自分が乙女ゲームの悪役令嬢になっているのか。
フランチェスカにはまったく分からなかった。
目の前では、十歳ほどの少年——レオンハルト王子が、美しい姿勢と完璧な角度で紅茶を嗜んでいる。
王宮の応接室。磨き上げられた大理石の床と豪華な調度品に囲まれながら、フランチェスカは人生初の——いや、前世を含めても経験のない「王子との面接(お見合い)」会場に放り込まれていた。
(4Kショタレオンハルト様……激マブ……っ! 尊いっ!)
窓から入る日差しがキラキラとレオンハルトの髪を輝かせ、自分の知るゲームのレオンハルトより少し幼い姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
(悪役令嬢に転生するなんて災難だけど、公式にもないショタレオ様を見られたのは不幸中の幸いだわ)
ふと、フランチェスカの視線に気づいたレオンハルトが顔を上げる。
「何故、君は俺を見て手を合わせているんだ?」
「……はっ! い、いえ、ちょっと手首の体操を……」
つい、液晶画面の前にいるノリで拝み倒そうとした両手をぱっと、フランチェスカは隠した。
「まぁいい。それよりこの顔合わせの意味は君も分かっていると思うが……」
「え? ああ、同年代の貴族同士仲良くしましょう会ですわね」
元のモブ感がバレないように、フランチェスカは優雅なお嬢様風に微笑む。(当社比)
だが、レオンハルトは頭を抱えてため息をついた。
フランチェスカは首を傾げつつも、レオンハルトの顔をガン見する。
(十歳にしてアンニュイなため息もロイヤル……尊い……)
「婚約の話だ」
「…………………………何ですと?」
レオンハルトの4Kロイヤルショタに浸っていたフランチェスカは、急に彼の言語が異国の言語に翻訳されたかのように感じてフリーズする。
一呼吸おいて、『悪役令嬢フランチェスカ』がゲームでレオンハルトの婚約者だったのを思い出した。
急に降ってわいた現実感にそわそわとし出す。
確かに、レオンハルトは推しロイヤルだ。ゲームでもウハウハプレイしていた。——が。
(いやいやいや、ないわ。王族との結婚? 冗談じゃないわ! 将来的に側室だらけの公式ハーレム? そんなブラック職場の入社届けになんてサイン出来るか! だいたい、ヒロインが現れたら私、断罪されちゃうし!)
十六歳になれば貴族の学園に入学し、本編が始まるだろう。そしてヒロインと出会って恋に落ちたレオンハルトは、悪役令嬢フランチェスカに婚約破棄を告げて断罪する張本人となる。
「レオンハルト殿下」
フランチェスカはスッと背筋を伸ばして微笑む。
「この度は婚約者候補という大変光栄なお話をいただき、誠にありがとうございました」
「あ、ああ」
唐突に定型分を読むように話し出したフランチェスカにレオンハルトは目を丸くする。
「慎重に検討させていただいた結果、誠に恐縮ではございますが、今回はご縁がなかったという結論に至りました。——ちなみに検討時間は約3秒でしたけれど——殿下の今後ますますのご発展とご活躍を心よりお祈り申し上げます」
フランチェスカは深々と完璧な角度で一礼した。
「短い間ではございましたが、ありがとうございました」
頭を下げながら、「フッ、完璧だわ」と不敵な笑みを浮かべる。
「ご縁がなかった? はは、まるで俺が不採用通知を受け取ったようだな。……とりあえず理由を聞こうか」
レオンハルトは十歳とは思えないカリスマオーラで余裕のある笑みを浮かべた。
(こういう時の悪役令嬢は、高笑いしながら婚約破棄を叩きつけるものよね)
フランチェスカは顎を上げ、バシッと広げた扇子を構えた。
「それでは申し上げます」
流れるような動きで悪役令嬢らしくビシィッと指を突きつける。
「愛のない、しかも公式ハーレム前提の婚約なんてお断りですわ!」
(決まった……! 今の私、絶対悪役令嬢っぽかったわ!)
フランチェスカは内心でガッツポーズを決める。
だが、一瞬だけ困惑したように目を丸くしたレオンハルトは、すぐに小さく笑った。
冷徹で、けれどどこか寂しげな笑みだった。
「ふっ、面白いことを言うな、フランチェスカ。……けれど、貴族の婚姻にそんな感情……愛など必要ない。だが、誰もが利益のために王妃の座を狙う中、君のように最初から条件を提示してくれる方が、俺にとってはよっぽど信頼できる」
レオンハルトは立ち上がり、フランチェスカの隣に座ると、彼女の手を取った。
「……愛は、分からない」
レオンハルトは少しだけ目を伏せた。
「だから約束もできない。でも……君が嫌がることはしたくないと思う。それだけじゃ……」
そこで不自然に言葉が途切れた。
一瞬だけ、レオンハルトの顔色が紙のように白くなる。
だが次の瞬間には何事もなかったように笑った。
「……だめだろうか?」
フランチェスカは一瞬だけ言葉を失った。
(え……何その顔……そんな顔されたら断りにくいじゃないのよ)
「フランチェスカ?」
(ギャーーーー!! 美顔近ーー! じゃなくて、今、絶対無理したわよね!? それに十歳にして激務で死にかけた中間管理職の顔してるんだけど、この国の王室どうなってるの!? ブラック企業なの!?)
「か、考えておきますわ!」
フランチェスカは内心の動揺を隠すように、紅茶のカップに口をつけた。
——ズズッ。
「ごほごほっ……あ……」
隣でレオンハルトが咳き込む気配に、フランチェスカがお茶をすすっていた顔を上げる。
「…………え?」
真横でレオンハルトが——無表情で血を吐いていた。
「!?!?!?!?」
手から滑り落ちたティーカップが、磨き上げられた大理石の床に激突し、ガシャンッ!!と甲高い破壊音を立てて砕け散る。
フランチェスカは目を白黒させながら、ふらりと倒れるレオンハルトを抱き止めた。
「急にホラーゲー来たぁぁぁーーーー!! 医者ぁぁぁぁぁ!!!」
彼女の叫びと同時に、周囲のメイド達と護衛達に緊張感が走り、辺りがざわめき出した。
(ちょっと待って、顔合わせ初日に対面の王子が吐血って、王宮ってばどんな職場環境!? 完全に労災じゃないのよーーー!?)
普通の令嬢なら泣き叫ぶだろう。だが、フランチェスカは素早くドレスの裾をバリォッと破ってレオンハルトの口元を拭い、固まっている大人達へビシィッと指を突きつけた。
「そこの護衛、突っ立ってないで医療魔導士を呼びなさい! 急いで! 推しが死ぬ!」
フランチェスカは、荒い呼吸で目を閉じるレオンハルトを見ながら、パニックを通り越して王室のガバガバな労務管理に激怒していた。
(こんなブラック王宮に推しを置いておいたら、いつ寿命が来てもおかしくないじゃない! このままじゃ本編ストーリーが始まる前にバッドエンドになりかねないわ!)
駆けつけた医療魔導士たちにレオンハルトが引き渡され、手早く診察が始まる。
「……これは……遅効性の毒です。数日前から盛られていたかと。解毒は可能ですが、王子殿下はしばらく安静が必要ですね」
医療魔導士達の会話を聞いていたフランチェスカは胸を撫で下ろした。
——助かる。
そう思った次の瞬間。
「……しかし犯人が特定できていない以上、王宮内で療養を続けるのは危険かもしれません」
続く会話の不穏な内容に、フランチェスカは背筋が凍った。
「何それ……十歳の王子の日常業務に毒殺が含まれてるの? 労災どころの話じゃないじゃない!」
フランチェスカはハッとした。
そう、ゲームの中でもレオンハルトは歩くトラブル引き寄せほいほいだった。
登校すれば毒矢が飛び、夜会に出ればシャンデリアが落ちる。
(これ、十歳の頃から……いえ、もっと前からだったって事?)
貴族学園に通う頃には、野生の勘で彼はことごとく暗殺を避けていたが、シナリオ通りに、レオンハルトがゲーム本編の始まる年齢まで生きられるとは限らない。
そんなのは駄目だ。
せっかく生きているのに。
せっかく、この世界にいるのに。
(——推しの人生ルートを修正しなくちゃ。何より、こんな小さな子供がサビ残二百時間超えた社畜の目をしてるなんて、おかしい)
湧き上がる怒りに手を震わせながら、バサッとドレスを翻し、廊下へ飛び出した。
(待ってろショタ殿下! うちの部署(侯爵家)に一時預かりという名の『長期有給休暇(療養)』をねじ込んで、私がそのガバガバな職場環境を徹底的にクリーンにしてあげるわ!!)
目指すは王宮の政務棟。そこにいる我が侯爵家のトップ——実父(社長)だ。
フランチェスカは脳内で「王宮の防犯システム改定案」という名の、あまりにも過激な稟議書を爆速で組み立て始めていた。
なお、この時のフランチェスカはまだ知らない。
自分が提出しようとしているその稟議書が——
十六歳になったレオンハルトを、誰よりも優秀で、誰よりも危険な男へ育てる計画書になってしまうことを。




