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蝕まれゆく世界のディストピア  作者: 剣龍
第二章 新たな世界
19/19

Ⅳ~魂との対話~

「ここが件の祭壇か」


竜人族の鉱山の地下に眠る謎の祭壇、再び訪れた調査班。


だが今回はシェンも同行している。


龍人族の長として実際に確認すると共に、知恵を拝借しようというわけだ。


「確かに状態は報告通りだな。……とりあえず先に弁明しておくと、龍人族の自作自演ではない」


「……理由を聞いても?」


「あの爪痕はどう足掻いても我が民ではできない。仮に出来たとしても我を謀る必要もある。隠し通せないからな。瓦礫の山も同様だ」


調査班の中で一番龍人族に不信感を抱いているガロンにシェンが説明する。


「……そうですか」


シェンの説明にガロンは一応は納得してため息を吐く。


一見すると不敬にも思えるが、これにはそれなりの理由がある。




それは調査を始める前、探鉱に入る前だ。


数少ない戦える龍人族達が姿を見せたかと思えば、今回はシェンも同行すると聞くや否や護衛の為に同行すると言い出したのだ。


前回の調査の時は初であるにも関わらず案内すらしないばかりか姿すら見せなかったのに、だ。


これには流石にガロンがガチギレしそうになったが……。


「いらぬ。護衛と言うなら調査班の面々で事足りる。折角問題解決の為態々来てくれたと言うのに録に案内もできぬなら下がっておれ」


と、その前にシェンが一喝してこちらが思った事を一通り言ってくれた為大事にはならなかった。


不義理が過ぎる、というのがシェンの弁だ。


「崩壊は割と最近だとすると、やはり転移の影響と考えるのが妥当でしょうか」


気を取り直して改めて辺りを見回すアイリスにシャーリーが相槌打つ。


「とりあえず、瓦礫をどかして祭壇の全貌を確認してみましょうか」


「力仕事なら出番だね。アイリスさんは下がって指示をお願い」


というわけで瓦礫の撤去を始めたのだが、大きすぎる瓦礫に一苦労だった。


砕いて小さくしたいところだが、出来る限りそのままの状態を維持したいのでできない。


自身に強化魔法をかけたシャーリーや同胞の不義理の手前とシェンも加わるがそれでも変わらない。


「せめてもう1人くらいいればいいのだけど」


「はいっ!!」


額を拭いながらぼやくシャーリーに聞き覚えのない返事が返ってくる。


一斉に声のした方を見ると、そこには龍人族の子供がいた。


身長から大体10代手前だろうか。


「ええと、君は?」


「ボゥ、何故来た?」


「別に来てはいけないとは言われてないだろー?」


ボゥと呼ばれた如何にも生意気盛りの少年にシェンはため息を吐く。


「シェン様、この子は?」


「孫だ」


「我も手伝う!ひ……アイリス様のお手伝いする!!」


「ええと……」


どうやらアイリスに憧れているらしいボゥをシェンが一瞬一睨みした後、またため息を吐く。


「まぁ、龍人族である故に力はある。使ってやってくれ」


シェンの許可を経てボゥも加わった結果、撤去は何とか一通り終わった。


「ふむ……」


少し崩れているものの、祭壇自体は綺麗に残っていた。


「何かを奉ってる?いえ、これは何かを安置していたようですね」


「何故分かるんだ?」


「ここを見てください」


アイリスは祭壇の上を指差す。


そこには何かが納められていたであろう窪みがあった。


「わざわざこんな所に安置されていたということは、恐らくアーティファクトがあったのだろう」


「とはいえ、既になければほぼ意味はないな」


「…………」


ガロンの言葉にティーバやシェンが同意している傍ら、アイリスが首を傾げている。


「アイリス様、どうかした?」


「いえ、この窪みの形状……ここに安置されていた物の形状そのままだと思うのですが、見覚えがあるのです」


「え?もしかして100年前に?」


「いえ、現代です。確か……」


言いながらアイリスはシャーリーを見る。


同じく覚えがあるらしいシャーリーはため息を吐いて肯定する。


天暁(てんぎょう)の首飾りね」


「取りに来た……いやそれならここに来た時に気付いている筈。どこでそれを?」


「亡き母が遺してくれた形見だったわ。魔力が安定しなかった幼少時のあたしの為に……」


「魔力安定の効果か。……ん?『だった』?」


「今は成長して魔力が安定してるのなら今どこに?」


「多分、紅の世界かしら」


「それって……」


その一言で察しはついた。


いや、そもそも現代でアイリスが知っていたとなれば大体その範囲は限られる。


「そうよ、レイヤに渡したのよ。魔力による不死者の侵食を少しでも抑えられるかと思って御守り代わりにね」


「……なるほど、シャーリーさんの家は元々この地にあった。それならそのお母様が取りに来たとしてもおかしくはありませんね」


と、ここまででここの実態は大体わかった。


危険性もないことのはこれまでの経過で実証されているので、採掘作業は再開して問題はない。


これにてここの調査は完了……ならよかったのだが……。


「…………?」


何故かシャーリーが頻りに辺りを見回している。


「シャーリーさん、どうしましたか?」


「うん……何故だろう、呼ばれている気が……声が聞こえてるわけでもないのに……アイリスは何も感じない?」


「いえ、何も」


「アイリスさんで感じないとなると……」


ティーバが残りのガロン、シェン、ボゥに振り向くも揃って首を横に振る。


やはりシャーリーだけのようだ。


「こういう場所には大体守護者がいる」


壁に刻まれた爪痕を見やりながらシェンが言い出す。


「もしかしたら首飾りの所持者だったから、もしくは首飾りを取った者の血縁者だからか」


「お祖父様、何が言いたいんだ?」


「最悪、守護者の怨念が襲いかかってくるやもしれん」


「それってコイツがいたら危険って事じゃないか!」


シャーリーが指差しながら言うボゥにシェンは眉根を寄せるが、シャーリーは気にも留めずに祭壇を見上げる。


「もしそうだとしたら、どのみち放置できない。ここではっきりさせるわ」


迷いなく言い切るシャーリーにアイリスとシェンが若干難色を示すも代案がないので一先ずはそうすることに。


全員を下がらせて、シャーリーは感覚に従ってゆっくり段差を昇り祭壇へ上がる。


「……祭壇……の、中?」


首飾りが安置されていた祭壇は箱状、確かに何かが入っていてもおかしくない。


「うーん……?」


周りを眺めて回るも不確かな感覚だけで特に何もない。


試しに祭壇に魔力を当てると途端に突然祭壇に罅が入る。


「来る!?」


一飛びで祭壇前の段差を飛び降り距離を取って身構える。


祭壇はそのまま軽く弾け飛んで粉々に崩れ去り、シャーリーの前に滑り込んできたアイリスが障壁を張って衝撃に備える。


何が出る?と各々が身構える中、祭壇があった場所に舞っていた砂埃が晴れていくと……。


「……タマゴ?」


そこにあったのは紛れもなくタマゴだった。


ただし形状こそよく見るものだが、大きさはシャーリーが両手で抱えるほどの大きさで山吹色にうっすら光ってる様に見える。


「………………」


予想外の展開にその場にいた全員が呆然としアイリスの障壁も消失する中、シャーリーはおずおずとタマゴに近付き指先で数回軽くつっつく。


「……」


特に何もないので今度はそっと触れる。


見た目通り微かに温かく、生きている事が窺える。


「と、とりあえず、このまま放置できない……わよね?」


ついさっきと同じことを言うシャーリーに、意味合いが大きく変わった事を察した一同に反論の余地はなかった。


   ◇


タマゴを抱えて戻ってきた一行はまずタマゴの正体をはっきりさせる為に機人族の地下基地を訪れた。


ここではエノを筆頭に他の班との協力をするチームが組まれているのですぐさま検査は進んだ。


「特ニ呪イヤ怨念ノ類イハ検知サレナカッタ。文字通リ、タマゴデアルコトニ違イハナイ」


「中身は?」


「厚イ魔力層二阻マレテワカラナカッタ。タダ見ツケタ場所カラモ察シガツクヨウニ、普通ノタマゴデハナイ。……神獣ノ可能性ガ高イ」


エノの結論にシャーリー達は驚愕した。


「神獣……久しく聞かなかった名前だな」


ぼやくシェンにアイリスとボゥ以外が複雑な表情を浮かべた。


「でもそれなら、ここで厳重に管理してもらった方がいいかしら?」


気を取り直してシャーリーが聞くと、エノは「イヤ」と首を横に振った。


「話ヲ聞クニコノタマゴハシャーリー二縁ガアルノダロウ。シャーリーガ面倒ヲ見ルノガイイ」


「面倒って……」


「神獣ノタマゴハタダデハ孵ラナイ。神獣ニツイテハ天使族ガ詳シイ筈ダ」




ということでエノと調べてくれた機人族達に礼を言って立ち去り、シェンとボゥと別れた一同は天使族の浮遊島へとやってきた。


ここは機人族の様に他の班との協力体制が整っていないので一先ず親しいメグの下を訪ねた。


メグの屋敷には紅の世界調査の時に同行していた天使がいた。


「おや?」


「貴女は……エレリルさん」


「っ……覚えていただき光栄です」


表情は変わらないも、頬を僅かに染めエレリルは頭を下げる。


「して、調査班総出でご用件は?」


頭を上げ聞くエレリルに事情を説明するとその表情はみるみる内に困惑を浮かべる。


「幻獣のタマゴ……まさか新たに発見されるとは……」


「それでお世話の仕方は天使族が詳しい、と聞いてきたのだけど」


「確かにメグ様や先達なら心得があります。…………」


しかし何やら思うところがあるのか、暫しの一考の後にエレリルは一同を屋敷に迎え入れメグの執務室に案内した。


「メグ様、調査班がいらっしゃってます」


「んー……」


エレリルがノックすると、ドアの向こうからわかりやすい生返事が聞こえてきた。


「失礼します。……どうぞ」


先にドアを開け、エレリルが中へ招き入れると一礼してドアを閉め去っていく。


執務室は壁一面の本棚に作業机、部屋の中央に応接セットと典型的なものとなっているが、作業机でメグが書類と睨み合っていた。


机の上は他にも書類が散乱しており、現在の案件が難航していることが窺える。


「……メグ?」


「? あら」


シャーリーが声をかけるとメグは書類から顔を上げる。


「忙しいところごめんなさい」


「ううん、みっともないところを見……せ、て……」


答えながらメグの視線はシャーリーが抱えるタマゴに注がれる。


「もしかして、幻獣のタマゴ?まさかこの世界に来てから見つかるなんて……」


さっきまでの疲れた様子はどこへやら、席を立ったメグが歩み寄ってタマゴをよく見る。




「……なるほど」


中央のテーブルにタマゴを置き、シャーリーとアイリスとで挟むように座りメグは経緯を聞いた。


「まず幻獣と言うのはいくつか存在するパターンがあるんだけど、状況から見てこの幻獣は守護者タイプね。言葉通り何かを守っているタイプ」


「ええ」


「ただ、守護者タイプって守っていたものが無くなるといなくなるのよね。大体は討伐されちゃうから」


「予めタマゴを隠していたとか?」


「幻獣は一応生物として生きてるけど、生殖しないのよ。力尽きる時にタマゴに戻るの。所謂転生ね」


「でもそんな簡単にできないでしょ?」


「そう、一概に言えないけどその時一種の儀式魔法みたいに残された力を集中させるから討伐されるとその余裕がないのよ」


「……シャーリーさんのお母様が見逃したとか?」


「その可能性が高いわね。もし幻獣が転生の際に記憶を受け継ぐのならこの子に聞けるけど」


「なるほど……」


「それでここからが本題、タマゴの孵し方ね。いくつか方法があるけど1つ目、守護者タイプはやっぱり元々守っていたものに触れさせる。2つ目、その幻獣と同じ属性の魔力を定期的に当てること。3つ目、特定の籠に入れて保管する、ね」


「1つ目は指定の天暁の首飾りが紅の世界なのよね……」


「2つ目はわからなくても一先ず当ててみるとわかる……あ、でもシャーリーを呼んだのならシャーリーの魔力で良いと思う。やってみて?」


ということでシャーリーがそっとタマゴに触れて魔力を少しだけ流してみる。


するとタマゴが僅かに瞬き反応を見せる。


「あ……」


「特に問題はなさそうね。あとは籠ね……ちょうど良いタイミング」


そこにドアからノックが鳴り「失礼します」とレリエルが再びやってきた。


その手には白い籠を抱えていた。


どうやら必要な物自体は知っていたらしく探しにいってくれたようだ。


「お持ちしました。説明の方は?」


「今ちょうど終わったところ」


「承知しました。シャーリー様、こちらが幻獣のタマゴを孵すのに最適な転生の揺り篭です」


「凄く軽いのね」


「元々天使族の赤ん坊に使われていたのですが幻獣のタマゴにも効果がある、とのことです」


「ありがとう。では早速」


篭もテーブルに置きタマゴをそっと入れる。


……心なしか、良い感じかもしれない。


「ピッタリね」


メグが満足げに頷いている。


「じゃあ、持っていって」


「ありがとう、借りるわね」


「久しぶりの幻獣だし大変だと思うけど頑張ってね」


「メグさんも頑張ってください。何かあったら気軽に相談してください」


「ありがと~(本当に天使族より天使)」


「? 何か?」


「ううん、何でもない」


優雅に手を振るメグと礼儀正しく頭を下げるレリエルに見送られ、調査班一行は漸く帰路に着いた。


   ☆


「……」


皆が寝静まった夜、窓辺に座り月を見上げていた。


傍らのタマゴを優しく撫で、意を決して意識を集中する。


魂廻鬼ーー吸血鬼の上位種にして命や魂に干渉する特異な能力を持つ種族。


何故自分がそんな種族に覚醒したのかはわからない。


一応それぞれの長達が情報を探してくれているが、当の魔人族になく、長老のシェン様も知らないとなると厳しいだろう。


ならば……。


(結局は自分で掴むしかないわね……)


幸いあたしは既に能力を持ち、それによって取り込んだ魂がある。


感覚的になってしまうが、使い慣れていけばいずれ解明されていくだろう。




精神を集中し、自身の内にあるものを感じ取る。


これは魔力を扱う為の魔法の基礎中の基礎。


だけど通常ならそこで終わり、そこから先はもっと後から行う。


それは、自身の固有能力を模索する時。


ここもあたしは既に達している。


その時は自身の魂に触れることで魂干渉を自覚した。


ただ現在に至るまでできるのはここまで。


ここまででわかったのは『対象の魂に直接触れる』という大雑把なもの。


(そう思うと、あの時はよくスムーズにできたものね……)


レイヤの魂を引き継いだ時、多分シャーリーに魂の一部を渡していたこととレイヤから譲渡の意思があったからできたのだと思う。


いや、そもそも魂を分断するなんて離れ業……と言うより自殺行為は『力を自在に扱える(推定)』を無自覚に使っていたのも大きな要因だと思う。




(……ここは?)


精神を集中し自身と向き合ったその先、そこには一面雪で覆われた銀世界が広がっていた。


空は星一つない夜空に真っ赤な三日月が浮かんでいる。


人にはそれぞれ今までの経験などあらゆる因果で自身を形作ってきたものを可視化した精神世界というものがあるという。


それがあたしの場合はこうなる、ということだろうか。


(……雪原、か)


覚えがないわけではない。


もう、よく覚えてはいないけれど、ここは確かにあたしの原点なのだから。


それはそれとして、辺りを改めて見回す。


しかし本当に銀世界で目的のものは見当たらない。


(……レイヤ)


願うとその瞬間目の前にぼんやりと『それ』は姿を現した。


ここは精神世界、思い描けば形となって現れる。


そして『それ』は実際にあたしの中に存在するもの、想像するのではなく呼べば現れる。


全てを飲み込む漆黒の闇に、鮮血を思わせる紅と触れれば切れる刃を思わせる銀を纏った独特な魂……の一部。


これがレイヤの魂……。


これに触れたらどうなるのか、純粋に興味は湧くけど急に事を進めてはならない。


とりあえず、精神を深く集中することで精神世界に入れるということがわかった。


呼び出しといて悪いけど、レイヤの魂に背を向けてあたしは立ち去った。


   ☆


「……っふ」


精神世界から戻ったシャーリーはその場に膝をつき肩を上下させる。


「や、やっぱり、慣れない内は疲れるわね……。でもコツは掴めた筈……」


息を入れて立ち上がるとシャーリーは沈むようにベッドに飛び込み、そのまま眠りにつくのだった。


   ◇


「なるほど、精神世界ね……」


翌日、シャーリーはメグを訪ね、昨晩のことを話していた。


「言うなれば、その人の心を現した世界があるのは知ってるけど、普通は見ようとしても見れないのよね」


言いながらメグはデスクの上に積まれている数冊の本に目を向ける。


今日は仕事も急いでないのか、魂を司る能力に関わりそうな本に目を通していた様だ。


「火・水・風・地が万物の源なら、光と闇は魂や精神の源。主に光を司る天使族ならその手の手掛かりがあるかと思ったけど、今のところは伝承とか抽象的なものばかりなのよね。で、精神世界についての記述はちょうどこちらでも見つけたところよ」


「では今まで話して聞かせたのは無駄だったかしら?」


「いいえ、やはりこういうのは経験者から聞いた方が実感あって良いと思う。なにぶん、前歴がほぼない未開の領域だしね」


「人に見せる、証明もできないのよね」


「うん……。シャーリーのその能力って、魂に触れないと体験できないの?」


「今のところは取り込んだ魂を呼び出すところまでの段階だからどうとも。それにあたしの場合、魂への干渉は取り込むというプロセスが必要だから必ず相手の魂を奪うことが前提に出てくるのよね……。だから他人に体験させることはできないと思うわ。ただ、奪った魂を元に戻す方法はいずれ手に入れないといけない」


「と言うと?」


「アイリスと約束しているのよ。いつかレイヤに魂を返しに行くと」


「ふーむ……」


相槌を打ちながらメグは紅茶を飲む。


あの死の世界を共に戦い抜いたからこそ、あの結末に納得していないのは客観的に見ても明らか。


「紅の世界は今も縮小を続けている。いずれは消えて、全てを終えたスグルギレイヤが出てくるのはほぼ確実。返すのはその時ね」


「そうね」


「ここで問題なのがどういう状態で出てくるかよね。こう言ってはなんだけど、沈黙していたら穏便に済ませられる」


「全てを終えて力尽きて……という流れならそれもあり得るわね」


「ただ相手は既に魔物化した元人間、普通に襲ってくる可能性も否定できない。ましてや精神と魂を失っている、ただ瘴気によって動いている脱け殻の肉体だから」


「……それだけならまだいいのだけど」


「え?」


「その時、どんな姿……どんな魔物になっているかという問題があるわ。寧ろこれに関してはこれが本題」


「どんなって……」


「魔物化は種族によっておおよそ姿は決まる。人間なら紅の世界でも散々戦った不死者(アンデッド)だけど、相手は色々規格外のレイヤだから」


「そうね……」


面識はなくてもトレーサー越しで見ていたメグからしてもその異常性は確かだった。


最初から最後まで一貫して正気を保っていた強固な精神力、途中から強化魔法などの補助や特効武器の恩恵があったとは言えそれまで培ってきた技術で乗り切った戦闘能力、そして人間でありながらドラグシールに選ばれてNo.ⅩⅢ(死神)の封印を解いた。


そんなレイヤが魔物化したとしたら、ただの不死者として現れると逆に考えにくい。


仮に不死者として現れても一筋縄ではいかない正真正銘のバケモノである可能性が高い。


「で、話を戻すと、要は天凶と同じことができればいいのよ」


「……スグルギレイヤがやったように?」


「そう。幸いあたしの固有能力も魂に関わるもの、どこかに手懸かりがあると思うのよ」


「なるほど……」


確かにシャーリーの言うことには一理ある。


というか現状、最も可能性がある。


(……それはさておき)


改めてシャーリーを見る。


「?」


カップを片手にシャーリーは首を傾げる。


白い健康的な肌に整った顔立ち、紅玉を思わせる深紅の瞳は気の強さを表すようにややツリ目、ウェーブがかかった艶やかな金髪、黙っていれば人形のように可憐で美しい。


初めて会った時から年相応に成長はしていても、根本的な見た目は変わらないが……。


「? 何?」


「ううん、シャーリーも変わったなぁって」


「何よ突然」


「この世界に来る前は誰にも心を開かないばかりか、男を毛嫌いしてたのに」


「あ、いや、別にメグやエレを信頼してないわけでは……」


カップを持ったまま空いてる手をわたわた振るシャーリーにメグはクスッと笑みを溢す。


「わかってる。あの頃はそれだけ余裕がなかったもの。そう思えば今のシャーリーが素であり、とても可愛いわ」


「……もう、何言ってるの。そもそも何故そんな話になってるの?」


「異世界の、かなり特異な存在とは言え、男から影響を受けてここまで変わるなんて、と思ってね。しかもはっきりとした目標があるから生き生きとしていて…………でも同時に心配でもある」


「心配?」


カップを手に揺らめく紅茶にメグは視線を落とす。


「……わかっていると思うけど、貴女も、同じ目標を持つアイリスも、その目標の先は決して報われないわよ」


「…………」


「それだけじゃない。仮に達成した後、どうするの?そう簡単に割り切れるの?」


「…………」


「貴女の、アイリスの、その気持ちに気付いてないわけじゃないから、ね」


「……そうね。確かに今はレイヤの魂を返す、それしか考えてない。だからその先はまだ考えてない。その時が来てから考えるかもしれないし、その前に見つかるかもしれない。でも報われないとわかっていても、そうしたいの。……まぁ耐えられるかどうかは別問題だから、そこが心配だとわかっているわ」


苦笑しつつカップをソーサーに戻すと、そこへ端末から着信が入った。


「あら?……エノから。……!」


メッセージを見たシャーリー瞬間、シャーリーは目付きが変わり席を立つ。


「ごめんなさい、エノの所に行ってくるわ」


「何かあったの?」


「前からお願いしていた分析結果が出たの」


「ふーむ、ちょうどいいから私もついていく。共有もしておきたいし」


「ええ」


   ☆


「エノ」


「アア、ヨク来テクレタ。めぐモ一緒カ」


「たまたま話していたのよ」


「……ソウカ」


同じくシャーリーの友人として思うところは一緒なのか、エノは深く聞かなかった。


そしているのはエノだけではない。


「アイリス、大丈夫?」


「少し緊張しますけど大丈夫です。おかしいですね、特別なことをするわけでもないのに……」


苦笑するアイリスにエノは「イヤ」と首を横に振るとプシューと音を立てて外装から出てきた。


「緊張するのも無理はない。今から見せるのはある意味衝撃的かもしれない。もしかしたら今後の2人の方針になにかしら影響がある可能性もある。……準備はいい?」


間を置かずに頷く2人にエノはモニターを表示する。




スグルギ レイヤ

固有:力の極致、超

能力

 第一魔  性【

  三 力  【

 代行者

 具現 【物  】

 竜 の加




「これは、スグルギレイヤのステータス?どこからこれを?……もしかして」


「そう。メグが撮った映像の最後の瞬間のスグルギレイヤを解析してみたの。なにぶんステータス解析はつい最近完成したばかりの代物で、それをこの場にいない映像越しの人間に使うのは骨が折れたよ。そういうわけで完全に解析できなくて、どうしても穴抜けが出てしまったけど」


「それでもここまでできたのは凄いわ。ありがとう、エノ」


「うん……」


エノは穏やかな表情を浮かべるも、すぐに切り替えてモニターを見る。


「さて、では一つずつ確認していこうか」


「まずは力の極致……シャーリーの見立てでは『力』そのものを扱える能力だけど、データベースにある?」


「いいや、なかった。あったとしても特定の何かを扱える能力だけ」


「特定の、というと?」


首を傾げるメグにエノはいくつか新たなモニターを出す。


「例えば食の探求者、食べられか否かがすぐにわかる能力」


「野営が当たり前な長旅で役にたちそうね」


「薬師の極み、見るだけで薬の効能を判別でき、その時必要な最適の薬を導きだし精製する」


「薬の精製も本来は専門知識が必須よね」


「蠱毒、毒物の知識及び耐性を得る」


「ただ毒属性を使える、というわけではないのね」


「と、まあ一見関係なさそうだけど、一つ共通点があるのよ。全て、本人の意思とは関係なく各々の知識や技術を保有者に与える常時発動型能力というわけ」


「つまり、その指定を『力』そのものにすると……理論上は魔力を始め本来自分が持ち得ない能力でも全て扱える、ということ?」


エノの推察にシャーリーは納得しかなかった。


実際、零夜は一般人としては規格外と言っても、それでもただの人間であるが故に魔力を生成できない。


にも関わらず、強化魔法という形で魔力を纏った際にそれをすぐに十二分に活かしてみせた。


「とはいえ、能力自体はあくまで『力』そのものを扱えるというだけで、能力自体は本来自分が持つものに限定されるし、技量は自分依存だから必ずしも強力とは限らない。これ単体ならね。これを踏まえて次を見てみよう」


固有能力と判明している力の極致の隣にもうひとつ表示がある。


アイリスやシャーリーの例から、代行者として追加されたものだと思われるが……。


「頭の超だけね」


「これについては思い当たるものがあるから先に行くよ」


「第一魔力適性はあたしとアイリスと魂でパスが繋がったことを考えると全だと思うわ」


「第二……は流石にないか。第二はどうしても属性魔法の研鑽が必要だし、力の極致を持ってしても覚醒直後で使おうと思わない限りは修得しないだろうし」


「第三は……完全に潰れて見えないわね……。ただ察するに死神に関わる属性だとは思うけど……」


「…………」


これまでで一言も口を開いてないアイリスが第三魔力適性のところで思案している。


ついさっき、シャーリーがどうやって零夜に魂を返すかという話をしていたが、同じ目的のアイリスも思うところがあるかもしれない。


「そして汎用能力、まずは代行者。これはシャーリーやアイリスと同じね」


「今更だけど、代行者は神の力を自在に使えるよね?でも能力としての代行者は何があるの?」


メグの問いにエノはシャーリーとアイリスに目配らせする。


保有者が説明するのが手っ取り早いのだろう。


「複数の効果を内包してるのだけど、まずはメグが言っていた神の力を自在に使える効果。もう少し補足すると神の力、つまりどうやっても他の手段で再現できない超常現象……アイリスの時魔法やあたしの魂干渉というのは、本来適性があったとしても条件が厳しかったり、手間がかかったり反動があったり、使うだけでも面倒なのだけど、それら全て無条件に、つまり普通の魔法の様に使えるの。勿論、相応の実力は必要だけど」


「でも光属性や闇属性はその辺、結構あやふやなのよね~」


「魔法具で再現できるかどうかで区別するのが一番わかりやすいかと」


「あ、なるほど。それで、他の効果は?」


「自分以外からの干渉を受け付けない耐性を付与されます」


「呪いとか弱体化とか?」


「それとは逆の回復や強化も受け付けなくなってしまいます」


「え?それってデメリットにならない?」


「代行者に選ばれている時点で相当な実力を身に付けていると思うので必要ない、または施すことはあっても施されるなかれという解釈でしょうか……」


「……あ、もしかしてアイリスがシャーリーに時間停止を掛けようとして失敗してたのはそういうこと。うん?でも、憑依されても代行者になってたのは?」


黒霧(あれ)が知っていたかはわからないけれど、もし誓約状態だったら憑依されなかったかもしれないわ」


憑依された時のことを未だに根に持っているのか、シャーリーは苦々しく言う。


「そして最後に、永きに亘って世界を見守るために不老長寿となります。どれ程かは……流石にわかりません」


「うん?でもその割にはシャーリーもアイリスも未だに成長してるよね?」


「そこが盲点なのよ。具体的に言えば『最も力を発揮できる状態を維持する』ということだから。言ってもあたし達はまだ16歳、まだまだ成長途中だもの」


「ということは大体20歳前後で成長と老化が止まるということね。……その理屈で言うとそれ以降に代行者になった場合、若返ったりするの?」


「記録に残っているものだと、そういった事例はないなぁ。やっぱり最盛期に代行者になることが多いみたい。……あと、歴代の代行者に共通して言えるのが、晩年は孤独だったとか」


「あ、そっか……」


言われてメグは気付く。


不老長寿ということは自分は変わらないのに周りはどんどん老けていき、やがては死に別れる。


最初から他人を意に介さない根っからの一匹狼ならともかく、そうでなければ自然に他者との関わりを断ち、自ら孤独になっていくのだろう。


「……でも」


当然それは既に代行者となっているシャーリーとアイリスにいつかは訪れること。


しかし、それでもメグもエノも悲観はしない。


それを察してシャーリーは頷く。


「多分、記録に残っている歴代の代行者達は他の代行者と接点がない、または持とうとしなかったのだと思う。……でも、あたし達は違う。あたしにアイリスがいて、アイリスにあたしがいる」


「代行者になった時から、不老長寿と知ってから既に覚悟は決めてます。それでも今を大事に2人で生きていきたいと思っています。でも、いつか来るその時まで……よろしくお願いいたします」


「……ええ、任せておいて」


「変わらず友人としていてあげる」


アイリスが差し出した手に3人は手を添えて心の底から笑顔を見せるのだった。


完全耐性はあくまで変身状態ではありますが、通常でもそれなりに高い耐性を備えてます。

これと不老長寿が噛み合うことで代行者は基本的に寿命以外では死にません。

あとは回復機能は向上していても再生とまではいかないので、致命的なダメージを受けるか跡形もなく消滅させるかしないと殺すこともできません。

アイリス達の前にいた代行者は戦時中に全滅したと明言されてますが、その原因がこれです。

尤も、代行者に選ばれてる時点でそこまで持っていくのは至難の業ですが。

完成耐性は『自分以外』と言っているので理論上は自害はできます。

が、代行者というシステム上不可能となっています。

それについては次の話で。

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