Ⅲ ~魂が還る刻~
健康診断最終日、エルフの森
湖を傍らにある広場
「…………」
エルフの最後の一人、族長セレスを前に緊張が走る。
「……どうかしら?」
「……問題ありません。お疲れ様です!」
シャーリーの言葉にその場の空気は一気に緩んだ。
「……(ホッ)」
族長と言えども慣れない新たな試みは緊張するらしく、そっと胸を撫で下ろす。
「これで健康診断は終わりね?」
「ウム」
エレの同意を得てセレスが合図すると、今まで控えていたエルフ達が現れて準備していく。
そして瞬く間に宴会の用意が完了した。
「早っ」
「別に今に始まったことではないわ」
それを呆然と眺めていたティーバに使っていた器材を片付けながらシャーリーが返す。
そうしている間にセレスは輪の中央まで出ていく。
「種族ごと数日に亘って行われた健康診断も我等がエルフ族で終了となりました。全島民大きな問題もなく無事に終えられて安堵しています。この度はこの機会を設け尽力してくれた親しき隣人達と、自然の加護に感謝を。では乾杯」
『かんぱーいっ!!』
セレスの音頭で宴会が始まり、暫くの間ガロンとティーバは置いてけぼりをくらうのだった。
◇
「いやぁ、エルフってもっと閉鎖的というか、物静かで機人族とは別の意味で人間味が薄い種族だと思ってたんだがな……」
始まってから暫く後、宴会の様子を眺めながらガロンがしみじみぼやく。
「やはり、他の種族はそう思っているのですね」
「えっ、あ、いや」
いつの間にか近くにいたセレスにガロンが分かりやすく慌てる。
その様子にセレスは特に気にする様子もなくクスクス笑う。
「確かにその通りです。エルフ族は自分達の住処とその周囲だけで生活するので、どうしても閉鎖的になってしまう傾向がありました。ただ好奇心や向上心は人一倍強いという側面もあります」
「魔法や知識に関しては数多の種族の中でも随一、と聞いています。特に水精霊や風精霊は」
「? 水精霊?風精霊??」
シャーリーの言葉にティーバが首を傾げる。
「一口に精霊と言っても、属性毎に存在するのです。当然、生活地域も違えば考え方などの違いもあります」
アイリスの説明にティーバとガロンは何度も頷いて納得する。
「ということは、火精霊や土精霊、光精霊に闇精霊がいるということか」
「いえ、光と闇はいません」
「へっ?」
「精霊が属するのは自然元素たる四属性及びその発展系となる上位種のみ。光と闇は含まれないのです」
「一説には古代に光精霊は天使族に、闇精霊は魔人族に派生したという話もあるらしいわ」
「精霊族、奥が深いね」
「だな」
「こうして少しでも精霊族に興味を持っていただければ幸いです」
ごゆっくりとセレスが席を外し、アイリスはふと改めて辺りを見回す。
わざわざ能力などで見なくても、誰がどの精霊なのかは見ていれば割とわかる。
どこを見てもどの精霊も楽しそうにしている。
「……」
アイリスは本来まだ戦乱の真っ只中の100年前の人物だった。
だからこそこういう光景は眩しく、愛おしく思う。
そんな心情を察してか、シャーリー達もそれを見知らない振りをして見守っている。
「?」
しかしどこからか視線を感じてシャーリーが辺りを見回す。
が、特に何もない。
「うーん……」
「どうしたのシャーリーさん」
「いえ、何だか視線を感じて」
「こんな大勢いる中で感じるってことは余程なんだな」
「……あんまり疑いたくはないけど、ここに別種族がいるのを受け入れられない人がいるとか?」
「いえ、悪意は感じない」
闇の住人と言われる魔人族は他者の悪意に対して敏感。
そのシャーリーがそう言うのなら間違いはないだろう。
「そういえば、海域調査の方はどうなっていたかしら?」
話題を切り替えて振ると、ガロンは飲み物で流し込んだ。
「ーップハ。いくつかポイントに分けて進めていてあと一ヵ所だ」
「今のところ生態系に大きな変化は見られません。……何もない所にいきなり島が現れたので、それに伴う海流の変化はまだわかりませんが……」
「なるほど……これも更なる経過観察が必要ね」
自分の担当ということで戻ってきたアイリスに端末を確認しながらシャーリーが相槌を打つ。
「あと保留にしているのは鉱山の祭壇跡だね」
「こちらはシェンさんと相談しながら決めるからもうちょっと先になりそう」
「……と、なると次の調査は」
ガロンの言葉でほんの少し緊張が走る。
そう……。
◇
一週間後、遂にこの日が来た。
月に一度の紅の世界の定期調査だ。
しかも今回はシェンやエノ、それと機人族数人だけでなく、元々紅の世界内にあった領域の魔素残留量及び汚染具合の確認の為に精霊族と天使族からそれぞれ数人の精鋭、それに『調査』と言うからには本来の役割でもあり当事者でもあるシャーリーとアイリス率いる調査班が加わる。
海岸から冲の大型船に乗り込み、紅の世界に呑み込まれた街のかつて隣街だった廃墟にある港から上陸。
「ーというルートよ」
「まあ、ヒトではない種族(俺達)が人間のいる場所を横切るだけで騒ぎになるだろうからなぁ」
シェンが度々国との対談を行っているのでヒトではない種族の存在自体はここ世界でも知られている。
とは言え、ざっと20人以上の大所帯で移動するのは人間ならともかくそれ以外はなかなか難儀する。
「……」
批判するわけではないが、ガロンとティーバが機人族を見る。
機人族の鋼の身体は、こういう時図体の大きさが裏目に出るのだ。
「ほぅ、話には聞いていたが本当に参加するんだな」
トゲのある言葉にそちらを見ると、先に到着していた天使族の一人が見下すように見ている。
「ロフォ、口を慎みなさい」
「聞けないなぁ、そもそもこんな汚れた血を敬えという方が無理があるのだ」
同族の制止も聞かないロフォと呼ばれた天使族の、明らかにアイリスを貶す発言に早くもガロンが青筋を立てる。
「全く以て理解できない。何故こんなのが代行者に選ばれるのか」
「……あんたには一生理解できないわ」
「何だと?」
当人であるアイリスが無干渉を決め込むも、大抵は同じ姿勢でいる筈のシャーリーが反論した。
これによりその場の空気が一気に緊迫に包まれる。
「彼女が一体どれほどの苦難を乗り越えてきたのか、あんたには一生理解できないと言ったのよ。そもそも神の化身たるドラグシールに選ばれている時点で格の違いが如実に出ていると気付かないのかしら?」
「き、貴様……族長とは言え魔人族如きが……ッ!」
一触即発の事態に先程まで激怒寸前だったガロンとティーバが顔を青くしていた。
(や、ヤバい………!)
(シャーリーさん、本気で怒ってるよ………)
「ああ、もしかしなくてもドラグシールに選ばれない腹いせかしら?残念、ドラグシールはどこにいても相応しい所有者の下に現れるのよ。まぁあんたの様な小さい男には来ないでしょうけど」
「こ、の………族長と親しいからって!そもそも族長を魔人族お得意の口車に乗せてるだけで天使族に意見しようなどー」
「貴方は何を知っているのですか?」
ロフォの言葉を遮り、なんとアイリスまで加わってきた。
「私はどうせ昔の存在、今更どう言われても構いません。ですが……シャーリーさんを、共に今を生きている者同士の繋がりをよく知らない貴方が横から口出ししていいわけがありません」
「黙れッ!汚れた血の分際で口答えするな!!」
遂には怒鳴りながら腰の剣を抜いたロフォに、気を取り直してガロンとティーバが庇う様に前に出る。
「ーその言動、我が龍人族が汚れた存在であるという解釈で良いのだな?」
が、そこへ最後に到着したシェンがやってきて問う。
「彼の者は天使と龍人の間に生まれし娘。従って汚れた血とは天使の血を龍人の血で汚したとも受け取れるが、その解釈で良いのだな?」
アイリスの隣までやってきて再度問うシェンにロフォはさっきまで威勢を失い青い顔で口をパクパクさせている。
その情けない態度にシェンは溜息を吐いた。
「共存共存言っているが、受け入れ切れていない者がいるのは百も承知。だがそれにしても発言や態度には気を付けよ。最悪、一族の総意と受け取られてまた戦火を呼ぶつもりか?」
「あ……いえ………」
「ロフォ」
先程制止していた天使族が手を翳すと振り向いたロフォの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「メグ様から賜った大任を自ら汚すその愚かしさを恥じなさい」
「まっー」
何か口にする前にロフォの姿は消え、その場には緊迫した空気だけが残った。
「シェン様、シャーリー様、それにアイリス様、この度は我等の未熟者が申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられシャーリーとアイリスは互いの顔を見合いため息を吐く。
「よい。今回は不問に伏す。ただしこの事は此方からもメグに詰問する」
代表としてシェンが手短に済ませる。
「感謝します」
「うむ……。……皆の者、遅れてすまない。多少問題はあったが支障はない。行くとしよう」
何事もなかったが如くシェンは周りに声をかけると、緊迫した空気が解け移動を開始する。
「2人とも、大丈夫かい?」
「はい。……ありがとうございます」
アイリスが礼を言いながら微笑むと、ガロンとティーバは口元に笑みを浮かべ先導する。
「…………」
その傍ら、シャーリーは浮遊島を見上げていた。
◇
「……ここが、紅の世界の隣街」
「そして、あれが……」
引き続き先導して降り立った二人が息を呑む。
その視線の先にあるのは勿論、この世界に似つかわしくない禍々しい色合いのドームー紅の世界の外観だ。
「……大丈夫か?」
同じく紅の世界を見上げていたシャーリーとアイリスにガロンが振り向き声をかける。
「大丈夫です。……思っていた以上に落ち着いてます」
「出発前のアレで程よく緊張が解れたのかしら?」
「全く笑えないよ」
ティーバに突っ込まれながらもシャーリー達も他の者同様に進んでいく。
◇
やがて結界を取り囲んで設置されている防衛柵を抜けると、突然アイリスは駆け出した。
「ちょっ、アイリスさん!?」
「いいのよ、行かせてあげて」
ティーバを制しつつ、シャーリーもそれを見上げて一度深呼吸する。
「……ここは、東のトンネル」
結界から少しはみ出ている状態で姿を見せるトンネルの出入口に立ちアイリスはゆっくり視線を巡らせる。
「東の柱『木龍』との闘いの場……この闘いから私達の関係が始まったと言っても過言じゃない」
「一時的二結界二風穴ヲ空ケ、生存者ヲ脱出サセタノモココダッタナ」
「はい」
歩み寄ってきたエノも辺りを見回し、傍に控えていた天使族と精霊族に合図する。
天使族は淡々と、精霊族は微笑んでアイリスに軽く会釈すると浄化の為の調査を始めた。
「さて、では始めますか」
「と言っても何を?」
「主らには主らにしかできないことをやってもらう」
ガロンの指摘に今度はシェンがやってくる。
「と言うと?」
「今していたように隅から隅までを実際に歩き回った君達に何か目立ったところがないかを調べてもらう。……まぁと言っても、この通りまだまだ隅の隅が見えてきてる程なので本格的な調査は今後の縮小具合次第になる」
「今回は軽く顔合わせ、みたいなものかしら?」
「そうだな」
「了解、それでは後は南の大通りと西の墓場を見に行きましょう」
「はい」
◇
ということで調査班一同は要がいた南と西に向かった。
南の大通りは結界発生時の凄惨さを物語るように、僅かに出てるアスファルトにさえ古い血痕が飛び散っていた。
だがまだまだ縮小は進んでいないのでそれくらい。
続けて西の墓場に向かうも、元々抜け道程度の小さい道だったこともあり、周りの木々に囲まれた山の中と区別できなかった。
此方も進展待ちとなる。
「……わかっていたとはいえ、まだそれほど見えるものはないわね」
南の大通り側に戻ってきてシャーリーは一呼吸置く。
「周りを彷徨いた程度でも特に問題もなさそうだな?」
ガロンが言っているのは前々から懸念していた紅の世界からの干渉だ。
だが今まで双方に変化はない。
「一先ずは安心と言ったところね」
「因みに、今後縮小が進むと何が出てくるの?」
ティーバの問いにシャーリーは「そうねぇ……」と顎に指を添えて思い出すように語る。
「まずは南を含めた要との激戦地ね。北は地下にある上に半年程前に崩落があったとかで外から近付くこともできないという話を聞いている」
「次に出てくるのは、恐らく私達が拠点にしていた神社でしょう。彼処も結構北西寄りの端の方でしたから」
「それと同時期にショッピングモールなどの大型の建築物も出てくるわね。街中の解放が進んでいけば駅前広場、最終決戦地が現れる筈」
「そして最後は住宅街と中央街を繋ぐゲート、でしょうか。あくまで正直に中央に向かって縮小が進めば、ですが」
「要所要所に何か出てきそうだな」
一通り聞いたガロンの率直な意見にシャーリーもアイリスも深く頷いた。
「鬼が出るか蛇が出るか、という言葉があるけど、さてさて何が出るかしらね」
そう言ってシャーリーが苦笑していると、不意にアイリスとガロンが辺りを見回した。
遠目にだが、人の集団が見える。
しかも前にいる数人の武装した人間と何やらもめている。
「あれは……もしかしなくてもそうよね」
「そうですね」
一度深呼吸した後、シャーリーとアイリスは集団に近付いていき、ガロンとティーバは黙ってその後に追従する。
それに気付いた双方がシャーリー達を見て息を呑む。
「離れー」
「下がりなさい」
武装した人間の1人が声を掛けながら制しようとするもシャーリーはそれを一蹴し、集団と対峙する。
武装した人間達はそれでも尚食い下がろうとするが、睨みを利かせるガロンやティーバに気圧されて引き下がるの横目に、改めて集団を見渡す。
見た限りだとその辺にいそうな一般人だが、その表情は複雑そうでよくわからない。
「初めまして、でいいかしら?あたしはシャーリー・クレスプキュル・ロジエ、この娘がアイリス・ローグ・アルカディア………………紅の世界で戦った者だけど、紅の会でよろしいかしら?」
紅の世界で出会った全ての人間の顔は覚えているつもりだが、特に見受けられなかったので挨拶すると一番前にいた40代半ばに見える男性が帽子を脱いで深々と頭を下げた。
「紅の会代表の亘と申します。初めまして。やっとお目にかかれました」
「ごめんなさい。実はこの調査に来るのは今回が初なので」
「ああ、そうでしたか」
「ただ前々から話は聞いていたので、例え恨みでも真っ向から受け入れようと思って……」
「あ、いえ、恨みとかそういうのは少なくとも私が知る限りこの会にはありません」
「え?」
予想より軽い答えが返ってきてシャーリーは若干気は抜ける。
「何も思ってないーーと言うと嘘になりますし、最初は恨んでいる人もいました。ですが、そこに紅の生還者の方々が訪ねて来ました」
「紅の生還者?」
「紅の世界から生還した者達は世間でそう呼ばれているんです」
「生還者……」
言われてシャーリーとアイリスは校長先生や不藤先生、水道局員一家を思い浮かべた。
「もしかしたら私の言っている方と面識があるかもしれませんね。話を戻しますと、その方々が丁寧に話してくれたんです」
一度言葉を切り、紅の会達は揃ってシャーリーの背後、今も存在している紅の世界を苦々しく見上げる。
「……あの中で起きた惨劇、そこに立ち上がり遂には脱出までさせてくれた若者と異世界人。どんなに力があったとしても万能ではない等色々聞きました」
「…………」
「聞けばあなた方も知らない内に巻き込まれて来たとか。そこまで言われては私達は何も言えません」
「……なるほど、お話はわかりました。ただそれならば何故ここに?」
「これは私達もよくはわからないのですが……」
言葉を選びながら口にする亘だったが、それはシャーリー達に衝撃を与えるものであった。
◇
「それは実か?」
紅の会と別れた後、シャーリー達は急いでシェンの所に戻り先程の話をした。
「それが事実とすると……エノ!」
それを聞いたシェンが少し考えた後、エノを呼び寄せる。
「定期調査と新たなバリケードの設置はもう終わるな?」
「アア」
「では引き上げた後、緊急会議を行う。これはすぐに共有せねばならん」
「! 了解」
一瞬シャーリーを見て察したらしいエノはすぐに作業中のメンバー達と連絡を取り合うと、現場は目に見えて慌ただしくなっていく。
それから1時間程で撤収作業まで完了し、調査団は引き上げることとなった。
「2人共、大丈夫?」
帰り道の移動中、シャーリーはずっと黙ってついてきていた二人に声をかける。
「……正直、頭がついていけてない」
苦笑するティーバにガロンも首を振って同意する。
「そうよね……」
シャーリーはアイリスに視線を移す。
アイリスは話の後、一言も話さず今は紅の世界の方角を見据えていた。
◇
「なんだい、帰って早々話って?」
帰り着くとすぐさまシェンはシャーリー・アイリス・エノを伴い誓約の泉に赴くと、事前にエノから呼び出しを受けていた族長達が待っていた。
「これはすぐに共有せねばならんと思ってな」
シェン達が席に着くと視線はシャーリーとアイリスに集中する。
今回初めて紅の世界の調査に向かったのだ、何かしら進展があったと考えるのが妥当である。
「……今回初めて調査に赴いた際、前々から話が出てた紅の会の方々と話しました」
「なるほど、そちらの方でしたか。……それでなんと?落ち着いてお話になって?」
平静を保ちつつも動揺が隠しきれないシャーリーにセレスが促す。
「……紅の世界の犠牲者がそれぞれの家族の夢に現れて別れを告げているらしいのです」
「それはたまたまではなくて?」
「勿論最初はたまたまだと思ってたみたいなのですが、人から人へと話が伝わり偶然にしては出来すぎていると認知される様になり、紅の会結成のきっかけにもなったとか」
「……まさか!」
ここで何かに気付いたセレスが目を見開く。
「シャーリーさん、その現象は何時からかわかりますか?」
「紅の会で最も早いのでも、日付からあたし達が脱出した後になります」
「セレス、どうしたんだ?」
「わかりませんか?今、紅の世界に何がいるのかを」
「恐らくは…………魔物化したスグルギレイヤだろうね」
一瞬気まずそうにシャーリーとアイリスを見てカレンが答える。
「そう、そして彼がその直前に封印を解いたのがドラグシールNo.ⅩⅢ『死神』」
「!? まさか……生と死、魂を司る『死神』を使って犠牲者の魂を還していると?」
「そう考えると紅の世界の存続及び縮小の理由も辻褄が合う」
メグも顎に指を添えて思案するも、さっきから冷や汗が止まっていない。
「重要性がわかったであろう。これは紅の世界の、いや今後の我らの行動指針にもなり得る事実なのだ。シャーリーよ、今後はどうするのだ?」
「とりあえず今まで通り調査を続行、瘴気の影響は拭いきれないので天使族の協力の継続してもらいつつ、紅の会との連携も話をつけてます。膨大なので大変ですが、先方には同様の現象がどれほど発生しているのかを調査するとのことです」
「現段階では完璧な対応だ。……紅の世界との干渉も特にないようだ」
「あたしらが気を遣い過ぎていたようだねぇ……」
「いえ、そんなー」
「皆様の、族長自ら気を遣っていただき……本当に、感謝しております」
静かに席を立ち、祈るように手を組んだアイリスは頭を下げた。
「世界への影響も勿論危惧していることは重々承知しております。それでも私達の傷や苦痛を考えてくれていることも」
組んだ手に力が込められる。
理解者は一定数いたがそれでも全くないわけではなかった心無い罵倒、どんなに頑張っても力及ばない後悔や無力……でもそれらはまだ耐えるのはそう難しくない。
この世界で出会った共にあり、様々なきっかけをもたらし、唯一無二の絆を結んだ者との別れ…………これだけはいつまでも負い続けている。
それを見抜かれているのだろう。
「それでも、私達は前に進み続けます。何があっても」
アイリスの言葉に族長達は安心したように笑みを浮かべる。
「……一ツ、イイカ?」
間を空けてエノが手を挙げる。
視線がシャーリーとアイリスに向いてるので2人に関わることだろう。
「2人ノ決意ニ水ヲ差スワケデハナイノダガ、以前依頼シテイタ結果ガ出タノデ見テモライタイ」
「何か頼んでたの?」
首を傾げるメグにシャーリーが頷き、全員が見える位置に電子モニターが表示される。
「これは……2人の適性表?」
そう健康診断の際にエノが試験的に導入した適性解析ツール。
それを使って表示したシャーリーとアイリスのデータだ。
「代行者ニモナッタ事ダシ、一度ハッキリサセタイトイウコトデ入念二解析シタ。マズハしゃーりー」
そう言ってモニターを操作し2つのデータを並べる。
1つ目
シャーリー・クレスプキュル・ロジエ
固有:観察眼
能力
第一魔力適性【炎+闇・風】
第三魔力適性【魂喰】
肉体強化
魔力増強
2つ目
シャーリー・クレスプキュル・ロジエ
固有:観察眼、魔法創造、心火の種火
能力
第一魔力適性【全】
第二魔力適性【爆、炎熱】
第三魔力適性【煉獄、魂喰】
肉体強化
魔力増強
高速詠唱
代行者
集束
付与
「……随分と強くなったねぇ」
カレンが呆気に取られながらとりあえず一言でまとめる。
「まず固有能力が増えているのは何故ですか?極稀に生まれながらにして複数持つ者はいますが、後天的に得られるのですか?」
「代行者になるとその者の資質からいくつかの候補を選ぶことで新たな能力を得るのだ」
セレスの疑問にシェンが答える。
伊達に最年長やってるわけではない。
「第二魔力適性や新たに増えた能力は?」
「それは紅の世界で戦い続ける中で磨いた自己研鑽よ」
メグの疑問にはシャーリーが自身が答える。
これ自体は至極当然と言える。
「……で、だ。これまではそれなりの理由があるわけだが、第一魔力適性【全】ってのはどういう事だい?こればかりは代行者も研鑽も理由にはならないだろ?」
「ソレヲ説明スルニハ先二あいりすノでーたヲ見ル必要ガアル」
そう言ってエノはアイリスのデータをクローズアップする。
1つ目
アイリス・ローグ・アルカディア
固有:無の衝撃
能力
第一魔力適性【光+火・水・風・地】
第二魔力適性【氷、雷】
無詠唱
魔力集束
属性付与
「あいりすハココニ来タ時ハ既二代行者ダッタノデ、その前ノでーたハ問診ト資質カラ推察シテ出シタモノトナッテイル。ソシテ次」
2つ目
アイリス・ローグ・アルカディア
固有:無の衝撃、魔力蒐集
能力
第一魔力適性【全】
第二魔力適性【氷、雷】
第三魔力適性【浄化、時】
無詠唱
魔力集束
代行者
属性付与
肉体強化
「こっちも強くなってるね。……で?」
「コレハマダ推測ダガ、スグルギレイヤヲ介シテ魔力ヲ共有シタ影響ダト考エラレル」
「魔力を共有しただけでかい?」
「勿論ソレダケデ保有属性ガ増エルトハ思エナイ。ガ、最終決戦ノ際二スグルギレイヤハ魂ノ一部ヲあいりすに渡シタ事デ魂マデモ共有シタ。ソシテ残ッタ魂ヲしゃーりーが受ケ取ッタ事デしゃーりートモ繋ガッタ……ト」
「一部とは言え同じ魂を有しているから、ですか……」
エノの説明を受けセレスは何やら思案している。
「本来魂は一つだけ。他者の魂を取り込むことで何かしら影響はないのでしょうか?」
「魂を喰らう等して取り込む魔物はいるが、それらは魂を消費する。ただそうはせずただ取り込むだけとなると、そもそも魔物以外で魂を扱う能力となると……」
そう言ってシェンはシャーリーを見た。
「吸血鬼の上位種ー魂廻鬼と『死神』のドラグシールくらいだ。シャーリーよ、そこのところはどうなんだ?」
「自分が魂廻鬼であることは世界異変前からわかっていました。ただ我が家にはそれらしい記録がなかったので何とも。まともに魂廻鬼としての力を発揮したのはあの時が初めてです」
「感覚で使えるのは才能がある証拠。ただやっぱり危なっかしいねぇ」
「そうだな。厳しいかもしれないが、各自魂廻鬼についての記録を探してみてくれ」
「了解」
「すいません、よろしくお願いします」
シャーリーが頭を下げると族長達はふと笑みをこぼし頷き返した。
「あともし何かしらの影響が出始めたら相談して?どんなに小さくても、結果的に何事もなくてもいいから」
「ええ」
「……さて、元々急遽開いた緊急会議、ここで終わりにしてもいいんだが、ついでに済まさないとならん用件がある」
ため息を吐きつつ、シェンはメグに視線を向ける。
事前にメグから聞いているのか、他の族長達は苦い顔をしている。
「メグ、今回お前が送った天使の不手際、どう落とし前を着ける?」
「まずはこの件に関して、天使族族長として天使族は龍人族並び魔人族に敵対心はなく、あの男の独断であること。そしてその蛮行に関して深くお詫び申し上げます」
メグはその場から立ち上がり深く頭を下げる。
「あの男はああ見えてそれなりに実力があり、それに基づいた身分や地位におりました。ですがそれらを全て剥奪した後、拘束しています。動機や今後等をこれから追求していく次第です」
「……そうか。あの場で言ったが、龍人族は不問とする。お前達はどうする?」
「不問とします。もといどうでもいいです」
「私も不問でいいです。言われ馴れてるので、今更対応を求めてません」
シャーリーはかなり投げやりに、アイリスは毅然と言い切った。
(……それはそれでキツいな)
(ですね)
それを聞いてカレンとセレスが苦笑しながら小声で話す。
特にアイリスの場合は謝罪などの対応を拒否してるも同然だからだ。
「……さて、今度こそ緊急会議を終了とする。遅くまで呼び止めてすまなかった。では解散」
◇
「シャーリー!アイリス!」
帰路に着いていたシャーリーとアイリスを呼び止め、メグが追いかけてきた。
「何?」
と聞いたものの大体察しはつく。
「あの、本当に今日はごめんなさい」
「気にしないでください。全く気にしてないので」
「……こんなことになるなら無理を通してでも参加すればよかった」
「仕方ないわ、族長がそんな総出で空けるわけにいかないし。逆に聞くけど、何故あのようなの選んだの?」
「性格に難があるのはわかってた。それでも実力は確かで任務に忠実だから、問題はない……と思ってたんだけど、まさかここまで露骨に共存思想に否定的だと思わなかった……」
「否定的、と言うより天使族が絶対上位だと思い込んでると思うのだけど」
「…………ふぅ」
言われて納得したのか、メグは額に手を当て深くため息を吐く。
族長就任前から族長の娘として一族を率いている彼女も……いや、天使族もなかなか大変らしい。
「とにかく、アレについてはもう気にも止めてないから水に流して。今後の対応でもし何かあったら相談してくれていいから」
「話を聞くだけでも良いですよ?」
「……うん、ありがとう」
「では、おやすみなさい」
一礼して去っていく調査班をメグは手を振って見送る。
「………………」
手を降ろすと、何とも言えない複雑な表情を浮かべていることを、シャーリーもアイリスも知らなかった。




