Ⅱ ~シャーリーのお仕事~
PCが本格的に壊れ、スマホではなかなかうまくいかず、そしてコロナの影響もあり、2年振りとなりました(汗)
皆さんもコロナには御用心を
「さて、今のところ依頼のある調査は」
屋敷の一室、机と椅子が並べられた如何にも事務作業向けな部屋でシャーリーはエノから支給された端末を起動する。
端末から表示されたモニターにはシャーリーが中心となる調査項目の一覧が表示されている。
「健康診断の実施は後は日取りを決めるだけだし」
「龍人族の集落からの依頼で鉱山の調査は明日でしたね」
アイリスが横から覗き込みながら同じく目を通す。
「紅の空間の調査はとりあえず今回の分は終わってるし――ん?」
その時、モニターからピコンと音が鳴る。
「あら?ちょうど新しい依頼が」
「しかも2件入りましたね」
「1件目、周辺海域の生態調査……ね」
「以前島全体に住む野生動物の生態調査をした事ありましたね」
アイリスの言う通り今の役割分担を始めて間もなく、異世界に転移してきた事による生態系の調査をした事がある。
その時は機人族が保管していたあちらの世界でのデータと比較した結果特に変わり無しと判断され、まだ転移して間もなかったので定期的に調査となった。
ただ……。
「今回は海なのよね……」
生息範囲が島だけに限定されていた地上と違い、島周辺海域は元々あるこの世界の海繋がっている。
それこそ転移してきた瞬間から混じってしまっているのだ。
(この世界の海の生態系が著しく悪化してる――なんて事がなければいいけど)
依頼主を確認するとシェンとなっている。
大方、国との会談で議題に挙げられたのだろう。
「……まぁこれは後で確認を取るとして、まずはエノに海洋生物のデータを要請して」
「海という事は、彼を呼ぶのですね」
「そうね、カレン様にも要請出しておくわ」
手早く端末を通じて双方に要請を出し、もう一つの依頼を確認する。
「……これは」
◇
「はーい、どうぞ」
ノックに答えると、クララに案内されて1人の獣人が入ってきた。
「邪魔するぜ」
「ガロンさん、来てくれてありがとうございます」
「いや、海での調査との事なんで」
ガロンと呼ばれた獣人にしては変わった皮と頭を持つ男はアイリスに軽く礼をする。
ガロンは具体的に言うと水生生物の力を引き継ぐ魚人族である。
他の種族にも言える事だが、大戦の影響でその数が激減した事で他の種族と集まって統合されている事はよくある。
魚人族もその一つで、人と龍以外の動物の力を受け継ぐ種族は獣人族に統合しているのだ。
そしてそんな魚人族の中でガロンは泳ぐ事に優れた皮を持つ鮫の魚人として、以前に行った転移後の島の状態の調査にて海からの調査で活躍した。
「で、今回は?」
「生態系の調査です」
「生態系、か……」
それを聞いてガロンは難しい顔をする。
「陸と違って海は広がってるからなぁ」
「シャーリーさんも同じ事言ってました」
「そりゃあこちとら海が本領だからな、それくらいわかるさ。って、そのシャーリーさんは?」
「依頼主のシェンさんに詳細を聞きに行きました。こちらはこちらで先に始めましょう」
「了解」
◇
2人でまずは近場の浜辺にやってきた。
「それで、調査自体は以前の島の調査と同じ要領でいいのか?」
「はい、以前と同じく何ヶ所かに分けて調査を行い、後は既存のデータと照合します」
「任せてくれ。人の知覚と鮫の感知能力を併せ持つ俺に向いている仕事だ」
頼もしくサムズアップしてガロンは海に入っていく。
「さて」
その間アイリスはエノから送られてきたあちらの世界での周辺海域の海洋生物のデータに目を通す。
当然の事ながらアイリスはこの世界の海洋生物の事は知らない。
が、そこはシェンもわかっているので依頼と共に取り寄せた転移前のこの辺りの海洋生物のデータを送ってくれている。
(結果次第では転移前の海底図や海流のデータも必要でしょうか……?)
◇
しかしアイリスが今やる事はそれほど多くないので、ガロンが戻って来るまで結構手持無沙汰である。
「……」
ふと波の音を聞いていたアイリスは思い出す。
今まで海で遊んだ事がなかったと。
それどころか近付いた事すらなく、海というものを知ったのは先の調査が初めてだったりする。
その調査の時も調査の事しか考えてなかったので海で戯れるという事自体頭になかった。
「……」
寄せては返す波にそっと触れてみる。
とても冷たく、波に晒されていく砂が不思議な感触だった。
「…………」
先ほどのガロンもそうであった様に、海に入るならこの感触を足で感じる事となる。
好奇心のままに裸足になって波打ち際に立つ。
ローブが濡れるので少し摘み上げて裾を上げていると、波が足首まで濡らしあの感触を足で感じる。
「………………ふふ」
最初は少しピクリとするもなかなかの心地良さに自然と笑みが浮かぶ。
「海遊びは初めてか?」
不意に声を掛けられて跳ね上がった。
水面から顔を出していたガロンが徐々に陸に上がってくるのをアイリスは申し訳なさそうにしている。
ガロンは働いていて自分は遊んでいると罪悪感を抱いているのかもしれないが、ガロンは別に気にしていないと軽く手を上げる。
「調べたところあっちとこっち、生態系に大きな違いは見られなかった」
手を拭って端末を操作しガロンは説明する。
「もしかして、大きいとはいえ島の周りだけで生態系の違いってあります?」
「いや、場所によって深度が変わるしそこにしか生息しない生物もいるぞ」
気を取り直したアイリスの疑問にガロンが答える。
「とは言えこの調子ならそんなに変化はなさそうだがな。じゃあ、俺はこのまま次のポイントに泳いで向かいながら調査を続ける。アイリスさんは陸から向かってくれ」
「はい」
そういって再び海に入っていくガロンと分かれ、アイリスも次のポイントへ移動を始めた。
島が大きい分ポイントも多く、この日は最初のポイントを含めて3ヶ所回ったところで中断となった。
◇
翌日、アイリスとシャーリーは山にある龍人族の集落を訪れていた。
「今日はよろしくお願いします」
『お願いします!!』
挨拶する2人にガタイのある龍人族達が威勢良く挨拶する。
今回の依頼は龍人族の生業の1つである採掘現場で掘り当てた空間の調査だ。
この鉱山、実は本格的に作業が始まったのはこの世界に来てからなのだが、その最中にかつて手が加えられたと思われる空洞に出たのだ。
見た感じではただ広いだけの空間なのだが、何があるかわからないので調査と安全確認をという事らしい。
「では、早速行きますか」
「はい」
「おう」
「了解」
同行者に声を掛けてシャーリーは坑道に入っていく。
今回の調査はお馴染みアイリスと、前日に引き続き今回は地底湖など水辺に出た時の為にガロン。
それとガロンと同じく以前別件の調査で行動を共にした蜥蜴人族のティーバの4人。
「それにしても、自分達の仕事場なのに他の種族だけで調査を任せるもんなのかね?」
問題の空洞に向かう道中、ガロンは呆れ気味に疑問を口にする。
「今、龍人族には戦える者が数人しかいないそうです」
「世界最強の種族なのにか?」
「最強の種族でも戦える者とそうでない者もいるのです」
「さっきいた作業員、見た目は強そうなのにな」
「力は強いでしょうけど、戦闘となると話は別です。適材適所、といいます」
「てきざいてきしょ……」
「それぞれの持ち味を活かせる場所が人それぞれある、という事だろうね」
「だろうな」
聞き慣れない言葉だったが、ガロンもティーバも話の流れからそれとなく察した。
「ティーバ、今日はありがとう」
「ガロンさんも昨日の調査も終わらない内からすいません」
「気にしないで」
「どうせお呼びがかからなければ暇してるし、2人の頼みなら全然構わねぇよ」
言葉通り気にせずに二人は答える。
「で、話を戻すが、その数人は来てくれないのか?」
「別件の用があると言っていました――ですが」
「多分他の種族と一緒にいたくないんでしょう」
「このご時世でか?」
「ああ、ごめんなさい。語弊があったわ」
言い淀むアイリスに代わりシャーリーが引き継ぐも訝しげにしていたガロンが更に不信感を募らせる。
「戦闘だけなら自分達だけでもできる。でも安全性の確認とか調査となるとわからないから他種族を頼らざるをえない。そうなると協力できない」
「? 何故だ?」
「実際に聞かないと断言できないけど、世界最強種族の誇りか、それとも……」
ここでシャーリーが視線をアイリスに向ける。
「構わないですよ。慣れてるので」
「? 何がだ?」
一人知らないガロンにシャーリーがため息交じりで説明を続ける。
「……今も、混血を良しとしない風潮が少なからずあるのよ」
「は?」
ガロンはそれがよくわからなかった。
世界壊滅の一歩前まで来て共存を目指しているこの中で、尚もその考えが残っている理由を理解できない。
「ガロンが言いたいことはわかるわ。でもこれからはそういう考えが必ず必要になる……そのままでいいのよ」
立ち止まってガロンの肩を軽く叩いたシャーリーは優雅に微笑みまた先を進んでいく。
そのやり取りを見ていたアイリスとティーバもガロンの肩を叩きそれについていく。
「…………まぁ、結局のところ俺が目指しているものは変わらねぇがな」
肩を竦めてガロンも続いた。
◇
「ふぅ、どうやら着いたようだな」
崩れてゆく手を塞いでいた落石を吹っ飛ばし、ガロンを先頭に一同は開けた空間に出た。
「ふむ……」
辺りを軽く見回してみる。
下ってきたので地下となるわけだが、一見するとただ広いだけの空間で特に人工物の類は確認できない。
ただ……。
「何故こんなに開けてる、か」
「人の手が入ってる事は間違いなさそうです」
その発言に視線がアイリスに集まる。
当のアイリスは壁に触れて何かを確かめている。
「証拠は?」
「壁の質感と言いますか、壁の状態がここに来るまでに通った通路――つまり人の手で掘られた状態と同じなのです」
「よくわかるわね」
「ここに入る前の、山の外の山肌と比べただけですけどね」
「なるほど」
見てなさそうでしっかり見てる。
アイリスも同じ仕事をしてるだけあって調査向きなのかもしれない。
それはともかく、そうなると新たな疑問が出る。
「何故地下にこんな巨大な空間を掘ったのか。シャーリーさん、元々この辺りに住んでいたなら何か噂でもなかったのか?」
「うーん……」
「ないのか」
「いえ、地下がどうという話を幼い頃に聞いた様な……」
ただ幼い頃だけあって記憶が曖昧なので出てきそうで出てこない。
「とりあえず、先に進んでみるか?」
それ以上追求しても仕方ないので、こんな広い空間であるにも関わらず更に続く奥を指差すガロンに同意して一同は奥に進んでいく。
進みながら改めて辺りを見渡す。
まずこの開けた空間は幅が大体15m程、上を見ると高さが大体10m程のドーム状、そして先が見えない程に奥行きがある。
「この広さどこかで…………ああ、小学校の体育館ね」
「なんだそれは?」
「紅の空間で人間達が避難していた場所よ。小学校は5歳~12歳の子供達が勉学に励む施設の総称、体育館はその内の1つで身体を動かす為の施設よ」
「子供が勉学に励む場所……へぇ」
異なる文化にティーバも興味深げに話を聞いている。
「で、そのたいいくかんとやらの広さと同じだと」
「奥行きは全然違うけど」
「それに体育館に似ているのは流石にたまたまだと思います」
「だろうな」
そんな事を話しながら先を進んでいくと、やがて最奥へと着いた。
ただ掘られていただけの今までと違い、そこは石造りの装飾が施されている人工物だとはっきりわかる。
ただしかなり損傷が激しく半ば瓦礫の山となっている。
「祭壇、の様な場所でしょうか」
「うーん」
今度はティーバが瓦礫の様子を見て首を捻っている。
「何かわかった?」
「ああ、いや、具体的な時期ははっきりわからないけど、瓦礫の状態からそれほど風化が進んでない様に見える」
「……それは妙ね」
つい最近この空間が掘り出されるまで人の足が踏み入る事はなかったと思われていたのに、この祭壇の崩壊の状態はそれほど時間を感じない。
現状と状態が矛盾している。
「なぁ」
更にガロンが壁を指差すと、そこには荒々しい爪痕がいくつも刻まれていた。
改めて周りを見ると床や反対の壁にも同じ様に爪痕が刻まれている。
「祭壇を守る守護者でもいたのでしょうか?」
「ありえるが、この爪痕は……どうだろう?」
アイリスやディーバが爪痕の状態を確認するが首を横に振る。
「これも瓦礫と同じ、それほど時間が経っていない」
「どういうこと?」
「龍人族の自作自演じゃねぇだろうな?」
「……」
正直、ガロンの意見は現状一番現実的と思える。
「でも、理由がない」
「アイリスさんへの嫌がらせ?」
龍人族にとって目の上のたんこぶであるアイリスへの嫌がらせも可能性はあるが……。
ただでさえさっきの話で龍人族への不信が募っているのにその話を聞いたガロンは青筋を立てて歯を打ち鳴らす。
「待った、待ったよ。あくまで可能性だから」
「お、おう、そうだな……ふぅ」
シャーリーの制止にガロンは深呼吸をしてなんとか抑える。
「現状、明確な答えが出ないわね」
「とりあえずここへの立ち入りは禁止にした方がよろしいのではないでしょうか?」
「そうね」
ということでこの場は引き返し、入口に瓦礫を積み直した上にアイリスが進行不可の封印を施した上で、龍人族には立ち入り禁止の旨だけ伝えて今回の調査は終了となった。
「…………」
龍人族の前にいる時、表には出していなかったがガロンが始終不快そうにしていたが……。
◇
「――ダメね、それらしい文献もないわ」
屋敷に戻り書庫を漁ってみるも、成果は出なかった。
幼い頃に聞いた話を思い出すきっかけになればと思ったが空振りである。
そもそも屋敷の書庫にあるのは魔導書や兵法書、それに関連する古い文献ばかりで歴史や調査書というのはない。
「どこまで戦闘馬鹿なのよ」
これまでもこの種族性に嫌気が差す事は多々あったが、ここまで来るともうため息しか出ない。
「戦闘という点ではいいんだがな」
シャーリーが積んだ本を一冊手に取りながらガロンが苦笑する。
シャーリーとアイリスが読んだ本をひたすら片付けては新しいのを持ってくる地味な作業だったが、逆に新鮮でガロンもティーバもさほど退屈はしていなさそうである。
「仕方ないわね、とりあえず今のところ危険はないが今後調査の為に禁足指定にしたと報告しておくわ」
「じゃあ片付けたらもう解散だな」
「そうね。…………あ、そうだ。その前に2人に言っておく事があるわ」
「ん?」
本を抱えたところでそう言われガロンとディーパが首を傾げる。
「単刀直入に聞くわ。調査班に来ない?」
シャーリーの勧誘に2人は目を丸くする。
「俺達が?」
「あら、意外?」
「いや、そういうわけでは………………あるかもな」
「別に警備班に属してるわけでもないけどね」
この世界に転移してから、島の住人達はまず族長達を筆頭に役割を決め、一丸となって新生活を始めた。
基本的にはそれぞれの得意分野を活かす班なので必然的に種族ごとに別れている。
また必ずしも班に属しているということもない。
そういう意味ではシャーリーとアイリスしかいない調査班が異質とも言える。
「…………」
これについては思い当たる節がある。
しかしわざわざそれを口にすることなく、2人は互いを見合って頷き向き直る。
『喜んで』
こうして、調査班に新たな班員が加わったのだった。
◇
それから一週間経ったある日、シャーリーの屋敷に行列ができていた。
「男は右、女は左に並んでくれ!」
まず入口でガロンが性別に分けて列整理し、
「この装置の上に立って、そうそのまま力を抜いて」
男はティーバとエノ、女はシャーリーとアイリスで上下に揃った円盤状の装置を使って一人一人測定していく。
そう、前々から言っていた健康診断である。
見覚えのない装置に魔人族の人々は恐る恐る装置の上に立つがそれだけで終わるのでほっと一息入れ、ティーバやアイリスから診断結果を渡されて帰っていく。
初めての試みであったが滞りなく進んでいったのだが……。
「はっ!磯臭い獣人の次は蜥蜴野郎かよ!」
終わりが見えてきたところで1人の魔人族が騒々しく部屋に入ってきた。
数人の取り巻きを従え、整った茶髪を掻き上げる無駄に態度の大きいこの男にその場にいた魔人族達は眉を潜める。
どうやら同族でも問題のある集団らしい。
「……」
シャーリーを通じて知っているエノはそっとティーバを小突く。
シャーリーの旧友であるエノのその合図を察してティーバは知らん顔で仕事を進める。
「なんだなんだ?蜥蜴野郎は陰気な根暗野郎でもあるのか?」
「……オイ」
このままでは進まないこともあり、なおもティーバに突っかかる男にエノが口を挟もうとする。
「おい、一応族長の前だ。控えろ」
後からやって来た赤髪の男が制した。
「身の程を弁えないグズは自我の失われた不死者同然、と言った筈だ」
「す、すみません……グラムさん」
グラムと呼ばれた赤髪の男に先程とは打って変わって萎縮して大人しくなる茶髪の男。
一見すると良識ある様に思えるが、ティーバを見る目は冷ややかで完全に見下しており、根本的には同類であることが伺える。
◇
「健康診断の方はこれで終わりね」
夕方、全ての魔人族の診断を終え、ロビーにガロン、エノとティーバ、シャーリーとアイリスが集まる。
「問診がまだ残ってるようね」
診断とはまた別の一室に視線を向けながらシャーリーは一息吐く。
健康診断は基本的には診断に使っていた装置に立ち、装置が読み取った身長や体重などの基本データを写し取った皮紙を渡して終わりだ。
しかしその時に装置によって要相談と判断される、または自主的に希望することでその後問診を受けることとなる。
で、その問診を担当するのがー。
「もし腕にまた痺れが出る様でしたら来てください」
「わかった。ありがとう」
奥の部屋から青年が1人出てきて、一緒に出てきた精霊族の女性に礼を言うと、シャーリーに軽く挨拶して帰っていった。
「サラさん、お疲れ様です」
「お疲れ様。今ので終わりね」
緩く結い上げた髪を揺らし、サラは軽く手を振る。
「すいません、急に依頼して……」
アイリスが申し訳なさそうに頭を下げる。
実はこの追加の問診は2日前に急遽決まったことだった。
調整の際にもし急を要する異常が見つかったら?という意見が浮上し、メグとセレスに打診した。
住人全員一斉健診に元々賛同していた2人は相談した結果、治癒術より精霊医術の方が満遍なく見れるだろうと判断し、セレスが精霊族一の精霊医術士のサラを派遣し現在に至る。
幸い最も危惧していたことはなく、カウンセリング程度で済んだが。
「良いのよ。私もセレス様同様この行事には賛成だったから」
気にする様子もなく答えるサラだったが、「……でもね~」と眉を潜める。
「あの傲慢な坊っちゃんはどうにかならなかったのかしら?こっちまで聞こえてきたわ」
言うまでもなく、グラムの舎弟と思われるあの男である。
「あれは、元々あんな感じでした」
同じ魔人族としてそれなりに知っているシャーリーはため息を吐く。
その様子にサラも察しがついたのか、それ以上何も言わなかった。
「でも本当、サラさんだけでなく、ガロンもティーバもごめんなさい。魔人族族長として、心からお詫びをー」
「だぁっ!いいから、そういうの!!」
「そうそう!」
深く頭を下げるシャーリーをガロンとティーバが慌てて制した。
「確かにカチンと来たが、揉めなかったのはあんたを困らせない為にだよ。別に族長だからでも、班長だからでもねぇ、あんただからだ」
ガロンがきっぱり言い切り、ティーバもウンウンと相槌を打つと、シャーリーははにかみながら小声で礼を言う。
その様子にサラはクスッと優しく笑う。
「良い班ね。それじゃ帰るわね。また明日」
「あ、はい。お疲れ様です」
『ありがとうございます!』
サラが帰っていくと、続けてエノも片手を挙げる。
「ソレデハ、私モ帰ロウ」
「うん、またよろしく」
「装置ハ置イテイッテイインダナ?」
「そんなに重くないから大丈夫よ」
「ソレナライイ。明日ハ龍人族ノ山ダ。忘レルナヨ」
念を押してエノも帰っていくと、残りは調査班の面々のみとなった。
「さて、それじゃあ俺達もー」
「あ、良かったら夕食どうですか?」
「………………夕食?」
「はい」
続けて帰ろうとしたガロンはアイリスの誘いにピタリと止まる。
「うーん、そりゃあ誘ってくれるのはいいんだが……」
ガロンはチラッとシャーリーを見る。
実はシャーリーの男嫌いは世界異変前からの周知の事実であり、紅の世界での経験で多少改善したとは言えあまり長くいるのはまだまだ敷居が高いとも言える。
「いいわよ?別に同じ仕事仲間で食事してもおかしい事はないじゃない」
「そうか?それじゃあ、遠慮なく」
何気なく言うシャーリーに思うところがあるのか、2人はお言葉に甘えて馳走になることにした。
◇
この日の夕食は、少しだけ普段より賑やかなものとなった。
ガロンもティーバも零夜とは全く違うタイプではあるが、それでも特に問題もなく楽しい食卓だった。
「そういえば、問診の他に希望者にもう一枚渡してたよな?あれは?」
フォークで肉と野菜を突き刺しながらガロンが聞く。
列整理だったので細かい事は聞いてなかったようだ。
「ああ、そういえばまだ説明してなかったわね。あれはステータスよ」
「ステータス?」
「自身の身体能力を段階に分けたものと保有能力をリスト化したものよ」
「そんなことができるんだ」
「最近、魔力を精査する事で解析出来るようになったとメグが言ってたから試験的に導入してみたのよ。原理は健康診断と同じだし、協力してもらっている交換条件ということで試験に付き合ってるの」
「なるほど。あ、アイリスの姉さん、ご飯おかわり」
「はい」
「……ガロン」
アイリスにお皿を渡すガロンにティーバは呆れ顔をする。
「だって美味しいからご飯が進むんだ」
「ふふ、たくさんあるからどんどん食べてくださいね~」
そのやり取りをシャーリーもクララも笑みを浮かべるのだった。
その後気分が盛り上がり、気付けばだいぶ遅い時間となってしまった。
部屋余ってるし泊まっていけばいいという話もあったが、これには流石に言われたガロンとディーバだけでなく、クララも難色を示した。
しかしそもそも屋敷の主であるシャーリーが言い出した事なので、何か考えがあるのだろうとこれも受けることとなった。
◇
「……ん?」
夜遅く不意にガロンは目を覚ました。
部屋を出るとちょうど玄関から誰かが出ていくのが見えた。
(あの銀髪は……)
目も覚めたので後を追って出ていく。
「……?あら、ガロンさん」
玄関のすぐ側に腰掛けていたアイリスが出てきたガロンに振り返る。
「眠れませんか?」
「いや、不意にドアを閉める音で目が覚めて」
「あら、それはごめんなさい」
「いや、普通は聞き取れない程度だ。それに聴覚ではなく触覚だな。この場合は空気の僅かな振動をたまたま感知しただけ」
「なるほど~」
それから話は途切れ、暫く揃って月を見上げていた。
「………………なぁ」
月を見上げたままガロンが切り出す。
「いつまで続けてるんだ?」
一見脈絡がない問いに聞こえるかもしれない。
だがその意味をアイリスは理解している。
シャーリーとアイリス、先日ガロンとディーバが加入するまでは二人だった調査班。
その二人が最も調査しなければならないもの、それはー
「…………もしかしたら、気を遣われてるのかもしれません」
「まぁ、それを言われると何にも言えないんだよなぁ。『紅の世界』の事は」
現在月に一回調査に出向いている紅の世界…………の周囲。
調査なのに調査班である二人は一度も参加していない。
ガロンはそこが気になったようだ。
「確かにあそこは私達にとって因縁の地ではあります。しかし、行って何かある程私達は弱くない。あるとすれば紅の世界からの直接的干渉、或いは紅の世界が直接は関わらない間接的要因でしょうか」
「と言うと?」
「元々中にいた私達が接近することで予期しない変化があるかもしれません。あとは犠牲者の遺族との衝突を危惧されてる、などでしょうか」
「なるほどなぁ」
前者ははっきり言って予測できないが、後者はよくわかる。
つい最近、そういうのを聞いたばかりだ。
種族がどうの血縁がどうの、差別というのはどこ行っても変わらず存在する。
「……」
思い出すだけでも腹立たしいらしく、ガロンは歯を打ち鳴らして苛立つ。
「……ありがとうございます」
「ん?」
「ガロンさんやディーバさんの様な方がいてくれて」
アイリスが夜空からガロンに視線を移して微笑むと、ガロンは小さくため息を吐く。
「礼を言うのはこっちなんだな」
「え?」
「いや、なんでもない。……ふあ~……そろそろ身体が冷える。もう一眠りした方がいいだろ」
「そうですね」
星見もそこそこに2人は共に屋敷に戻り、ロビーで別れる。
(……本当にどれだけ救われたか、わかってないんだろうなぁ)
その背を見送りながらガロンは更にため息を吐くのだった。
◇
翌日、場所を移して今度は龍人族の里で健康診断が行われていた。
場所は族長であるシェンの屋敷だ。
文化の違いから恐る恐る、或いは興味津々に測定を受ける龍人達の測定は順調に進んだ。
「魔人族と比べて特に問題もないわね」
昼食の為一時中断してる中、シャーリーはそんなことを口にした。
「気が利くしね」
今日も同行してくれているサラもそれに同意する。
実際、昼近くになると龍人族の人々は自発的に切り上げ、シャーリー達も誘って昼食を取り始めた。
いや、昼食というより……。
「完全に宴会じゃないか?」
周りを見ると里の中央の広場で各々が何かしら出してたり、酒を酌み交わして談笑している。
ガロンの言う通り、もはや宴会である。
「と言うか、測定前でいいの?」
「いえ、主に宴会に参加してるのは既に終えている方ですね。朝お見かけした方ばかり……もしかして」
「そのまさかだ」
アイリスに答える声に振り向くと、徳利片手にシェンがやってきた。
「シェン様、測定前は何も食べない様に言われてる筈です。ましてや飲酒は」
サラの苦言にシェンは煩わしそうに手を振る。
「わかっておる、これは神水だ。それこそセレスに釘を刺されてるわ」
「神水?」
「神聖なる特別な水よ。聖地で湧き出る水、または聖なる加護を受けた水よ」
「天使の友がいるだけに、やはり知っておったか」
「はい。………………」
「シャーリーさん?」
「……なんでもない」
何とも言えない表情を浮かべるシャーリーだったが、首を横に振って払拭する。
「本当は酒が良いんだが、セレスにバレると後が厄介でな」
苦笑しつつシャーリーの隣に座ったシェンは、宴会で盛り上がる龍人族達を感慨深く見回す。
「世界大戦に死界浸食、そして世界異変。3度も訪れた存続の危機を越え、龍人族はその数を多く減らした。まぁ、数多くの種族と統合した獣人族からしてみればまだいいかもしれんが」
「いえ……」
尚も苦笑を浮かべたままのシェンの視線を受け、ガロンとディーバは龍人族の人々を見る。
「存続の危機を迎えたのはお互い様、あの中に肉親や親しい者を失った奴もいるかもしれない。……ただ」
ここで一度言葉を区切ると、ガロンは険しい表情をシェンに向ける。
「ただ、だからこそ種族や血縁で協力を拒むのはおかしいんですよ……!」
「ガロンさん」
怒鳴りこそしないものの唸るように訴えるガロンを、アイリスが制す。
「龍人族は神の御使いであり神に選ばれた民である」
シェンはため息混じりで口にする。
「龍人族は昔からそういう選民思想があったからな。確かにそういう背景があるのは事実。しかし矜持と言えば聞こえは良いが、ここだけの話、実際はプライドばかりのつまらない独り善がりに過ぎん。特に民を殆ど失い、戦える者がおらん現状ではな」
「でも、何故……」
「それはお前がよく知っているだろう。なぁ、シャーリー?」
「…………」
話を振られたシャーリーは何も言えなかった。
これまでも散々シャーリーが溢しており、時には忌み嫌ってさえいた『種族柄』である。
プライドが高く好戦的、本来は共存さえ不向きとされている魔人族。
長年の習性から必要なくても鋼の身体に閉じ籠りっきりな機人族。
日常生活の変化も一年経てば慣れるが、世代を重ね続けてきた種族柄はそうは変わらない…………変えられない。
「もう一つ、シェン様に聞きたいことがあります」
話に句切りを着け、話を変えつつアイリスが問う。
「なんだ?」
「私達は『調査班』です。紅の世界の調査に参加するべきと思うのです」
アイリスのご尤もな意見にシェンは「そうなるな」と苦笑する。
「別に避けてた程でもないし、紅の世界またはお前達への影響。それらを考慮してないこともないのだが」
「が?」
「…………いや、これこそ正しく伝えねばならんな」
意を決す様にシェンは神水を飲み干す。
「ここ数回の調査の頃か、『紅の会』とか言う団体が訪ねて来ているらしい」
「紅の会……」
「察しがつくと思うが、紅の世界の被害者遺族で構成された団体だ。あくまで日本の者から聞いただけで実際に会ったわけでも見たわけでもないがな」
「知らないのですか?」
「調査の際、あちらが全面的に追い返しているからな。ますこみ?とやらとか、興味本意で忍び込んでくる阿呆とかな」
そういうのは前々から話に聞いてたので驚きはしないのだが……。
「何用で毎回来るのかは知らぬ。あちらが意図的に隠してるのか、それとも当事者を待っているのか、それもわからん」
「それでも構いません。将来的に言えば、いずれ向き合う事です」
毅然と言い切るアイリスにシャーリーも無言で同意する。
「……で、あるか」
2人の意思を受け、シェンはため息を吐いた。
「わかった。ならばこちらとしては参加する意向で話を進めよう」
「即断ではないのですか?」
シャーリーの追求にシェンは苦笑しつつ肩を竦める。
「当事者であるお前達が接近することで万が一何かが起こった場合、影響が出るのは紅の世界が展開している日本だ。あちらにも一応話を通さねばな」
尤もな正論にシャーリーもこれ以上は何も言わなかった。
後日、2人の紅の世界の調査参加は族長会議にて満場一致で決定することとなる。
どのみち毎回参加しているシェンとエノに加え、メグとセレスーー天使と精霊の族長の参加もある。
ならばその時に参加すればいざという時に対処しやすくなる。
あとは相手がどう反応するか、である。