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 気づくと約束の時間になっていて、急いで居酒屋よりみちへと走って行く。

 店内には既にミエールが席に座っていて、謝りながらミサエルも椅子に座った。

「悪い、遅かったか」

「…………べ、別に」

 ミエールはいつもの薄いピンクのローブを着ていて、薄暗い店内ではローブの色よりも艶やかな黒髪の方が際立っていた。

 卓には何もなく、注文もせずに静かにちょこんと椅子に座って待っていたみたいで、

「…………」

 いつもなら大声で怒鳴られるところなのだが、今日は意外にもお淑やかにしているミエールが逆に恐ろしく感じられた。

 適当に注文をして、出された料理をお互い黙々と食事をこなしていた。

 ミサエルはどのタイミングで言おうかと機会を伺っていたら、ミエールも何かしらいつもと違う雰囲気を察したのか、そわそわとぎこちなさがあり、自分から話をしてこようとしなかった。

「あ……これ、美味いな、味付け変わったのかな」

 ミサエルが場の雰囲気を和まそうと思いついたことを言う。

「そう? 同じように感じるけど」

 だがミエールは素っ気なく言葉を返すと、ミサエルはそれ以上話をするのが苦しくなっていた。

 なんだが葬式のようにおごそかに終えて、食後のお茶を飲んでいた。

(今しかないか、うう……言うぞ、言うぞおお)

「あ……」

「あのね、今日会った人覚えてる?」

 意を決して言おうとした言葉をミエールに遮られてしまった。

「な、なんだよ」

 何故かほっとしたというか、救われた気持ちだった。

「今日あんたが来たときに居たお客さんだよ」

「それがどうしたんだ?」

 店の中で話していた男性のことだと思った。

「え……えっとね、あの人にさぁ……お付き合いしてくれませんかって言われてるんだよねぇ……」

 ミエールの目は挙動がおかしく、キョロキョロと辺りに視線を流しながら顔を赤らめていた。

「はぁ?」

 一瞬の間の後に、何を言ってるんだとばかりの声を上げた。

「だからさぁ、あの男の人に交際を申し込まれてるんだって言ってんのよ」

「交際……お前が?」

 カチンと来たミエールがすかさずミサエルに鉄拳を振り上げた。

「ぐ……ぐくう」

「何よ、あたしが誰かと交際するのがそんなに可笑しいのかい」

「申し込まれただけだろ……」

「五月蠅い!」

 顔を押さえて反論するが顔を真っ赤にしたミエールが恫喝で返すと、ミサエルの顔の腫れを気にせずに続けて話をしだした。

「だからさ、どうしたらいいかな……付き合った方が良いのかなって……」

「って言うか俺はまともに顔すら見てないからな、どうといわれても分からねえ、お前はどうなんだよ、その男のことをどう思ってんだ?」

 涙目でミエールに問いただした。

「え、えっとぉ、相手の人は男爵のご子息らしいんだよね、出会ったのはお店にお客として来てくれた時で、それから良くお菓子を買いに来てくれるようになって、見た目も悪くはないしお金持ちだし……、もしさ付き合ってそのまま結婚までいったらあたし、男爵夫人になるって事よね、そうなったら貴族の仲間入りになっちゃうのよ、綺麗なドレスとか着られるのかなぁ、でも少し強引なのよね、悪い人では無いと思うんだけど、ちょっとしつこい感じがするから迷ってて、まだ返事はしていないんだけどねぇ」

 照れくさそうにもじもじと体をくねらせながら自分の気持ちを伝えていた。

「何でいきなり結婚まで進んでんだよ、…………で結局どうなんだよ、俺は好きなのか嫌いなのかを聞いてんだよ」

 ミサエルが呆れて聞いていた。

 一体何が言いたいのかが分からず、ミエールが一人で盛り上がっていた。

「だからちゃんと聞きなさいよ」

「聞いてるよ、貴族になってドレスが着たいんだろ」

「きいい、違うわ!」

 今までで一番きつい拳骨がミサエルの頭に落ちてくる。

「ぐげげ……」

 卓の上に顔を乗せて伸びているミサエルにミエールが怒っていた。

「あんた何にも分かってないんだから、あたしは迷ってるって言ってるでしょう、だからこうして聞いてるのに何考えてるのよ」

「人の頭を殴るのには迷いが全くないんだな……」

「五月蠅い」

 ミエールはお茶をすすりながら一仕事終えたようにため息を吐く。

「もういい、私が自分で決めるんだから」

 ミエールが頬を膨らませ、髪を掻き上げながら言った。

「で、ミサも何か言いたそうだったけど、何なのよ」

 横目でミサエルを見る。

「ん……うむう、いやいいんだ、別にたいしたことじゃないし」

 いきなりミエールからこんな話をされると、アルステルに行こうなんて言えず、言ってしまって悩み事を増やすのは止めておこうと考えた。

 せめてミエールの今の悩み事が解決した上で、もしその男爵の男と一緒になるというのであればそれでいいし、一人でアルステルにでも行こうかと思っていたし、行かないならその時に又考えようと思っていた。

 その後、お茶を飲み終えると店を出てミエールと別れた。

(くそっ、なんだミエールの奴、へんな話しやがって……、あんな話されたら言い出しにくいじゃねえか、折角覚悟を決めて来たってのに……)

 自分にも卒業という悩み事を抱えていて、そちらにも集中しなければならない。

(俺だって卒業出来ない事にはアルステルにも行けやしねえしな、ミエールのことは……まぁ後で良いか)

 それからは卒業の試験の事に集中して学校で勉学に励んでいた。

 ミエールとは二週間後に一度会って男とはどうなったのか聞いてみたが、まだ考え中で返事もしていないらしかった。

 もうあと一週間経てば学校でも皆ぴりぴりした空気になって、自然と皆試験のことで集中しだしてくる。

 組の皆も三年間、魔道学校で頑張って落伍せずに勉強してきたのだ、二年目と違い余裕がなかった。

 三年間勉強をしてきて、それなりに力も付いて試験も二年目と違って緩くはあったが、それでも気を抜くと落ちる者だって毎年何人もいた。

(折角ここまできてもう一年頑張りましょうなんて事はしたくはないし、気合い入れるか)

 ミサエルは極力、学校と家の往復しかせず帰っても復習に余念がなく、ミエールの事はまずは卒業してからだと試験のことに集中していた。

 時期は冬に入り、試験は二年目からで年末と翌年春前にある、初めての試験で合格する者は少なく、試験官も上級魔道士が行うため厳しく殆どの者は三年以上学校に通って卒業していく。

三年間で勉強についていけない不適合者や落第を言い渡される者で、半数以上は居なくなっていく。

 ミサエルと同期のバルートは二年目で卒業した数少ない実力者だが、ミサエルにはそこまでの才能はなかったが、必死に頑張ってきた甲斐が実ったのか、入学当時より半分以下の二十名ほどまで減っていた中で、ミサエルは上位に入る実力まで力をつけていて、担任からも次で卒業出来るだろうと期待はされていた。

 ミサエルもこれまでの人生で集中したことがないぐらい、日々勉強に明け暮れていて自分でも驚くほどだった。

「いよいよ今日か、うっし行くか」

 ミサエルは意気揚々と自分の勉強の成果を全て出して、合格の二文字を手に入れるために学校へと向かって行く。

 空は久しぶりに晴々としていて頭がすっきりする澄み切った空気が吹いていた。

 学校に行くと組は騒々しく今日の試験について皆が議論しあい、俺はこうだ私はああだと自分の気持ちを紛らわせる為にいつもより声が大きく、緊張が隠せずにいるようだった。

 どうあがいても今日の試験で合格しておかないと、今の集中が次の試験まで続くはずもなく今回よりいい点が取れそうもない事は皆にも分かっていた。

 ミサエルはドキドキしながら早くこの緊張から解き放たれたいと願いながら、担任の到着を待っていた。

 ミサエルはこの組では皆より一年遅れて入学したために皆より年上だったので、いつも物静かに勉強を受けていた。

 教室の扉が開かれ担任の魔道士が入ってくると、教室は静まり返りピリリとした緊張が場を支配する。

 この時、ミサエルはいよいよ始まるんだと、気持ちが最高潮となって試験に挑んでいった。


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