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雪がちらちらと降る年の暮れ。
ミサエルは胸躍りながら通りを歩き、ミエールの店までやって来ていた。
試験に合格したことで肩の荷が下りて、あとはミエールにアルステル行きを告げるだけであった。
もし彼女が行かないと言うのなら仕方がない、それは彼女の生き方だと自分に言い聞かせながらも、せめて話だけでもしておこうと店が開く時間に合わせてやって来ていた。
「もうじきバルもエスタルに来るだろうし、返事だけでも聞いておかないとな」
カラン、と店の扉を開けて入って行くと店主が出てきて挨拶をした。
「ミエールちゃんね、まだ来てないのよ」
小太りの女店主がミエールがいないことを教えてくれた。
「遅刻することなんてなかったのにねぇ、病気にでもなったのかしら、かき入れ時だから来て欲しいんだけど、ミサエル君さ悪いんだけどミエールちゃんの家を知ってるならちょいと見てきてくれないかい?」
主人が手を顎に当ててミサエルに頼んできた。
「別に構わねえけど……」
店を出てミエールの家の方向へと歩いていく。
(ったく、なんでいつもこう俺が気持ちを引き締めたときに気が抜けるような事ばかり起こるんだ……)
エスタルの東西を走るサロント通りより南西にある住宅街に入っていった。
入り組んだ路地をくねくねと曲がりながら、目的地の家へと幾つかの道を通り過ぎていくとミエールの住む近くの通りまで出てきた。
すると、通りには人だかりが出来ていて、道を塞ぐ人で溢れ返り何かがあったみたいだった。
家の窓や玄関から顔を出してる人達が見つめる先が気になり、走って人ごみを縫うように分け入っていく。
そこでミサエルの目に映ったのは、ミエールに言い寄る男とその後ろにいる数人の男達だった。
腕を掴まれたミエールは、男から何かしら脅迫めいた言葉を投げかけられているのか、首を振る仕草をして逃げようとしているみたいだった。
「何があったんだ……」
ミサエルがその光景を見ながら呟くと、隣にいた男が、
「ああ、何処かの貴族が女の子を屋敷に連れて行こうとしているんだが、あの家紋は確かキッシュ家の者だったな、そりゃ誰も助けようとしないなぁ、しつこい男爵家と有名だからな、かわ……あっ」
男の言葉を最後まで聞かずにミサエルは駆けだしていた、自分でも思いもよらぬ行動であった。
別段激情家でもなく無鉄砲でもない、どちらかというとずる賢く人を欺く方が性に合っていると自分では思っているほどで、何も考えなしで飛び出したことに自分が一番驚いていた。
(勝手に動いちまった、くそっ……どうする)
ミエールの前に姿を現したミサエルを見て、彼女の顔に安堵が浮かんだ。
「ミサ助けて……」
ミエールのか細い声が、ミサエルの耳には大音量で聞こえてくるように感じられた。
「おい、その手を離せよ」
ミサエルが一歩近付くと、ミエールを掴んでいた男の後ろにいた男達が、ミサエルの前に立ち塞がるように割り込んできた。
「なんだ君は、僕とミエールさんの話に割って入るとはいい度胸だね、僕がキッシュ家だと言うのは知ってるんだろうね」
(誰だこいつは……)
じっと男の顔を見ていて思い出した。
ミサエルが前にミエールの店でちらりと見た、あの男だというのが分かった。
店に客として来てミエールと話していた男が、護衛を連れてミエールに会いに来たのだ。
その男が前々からミエールに交際を申し込んでいた事を知っていたが、こうしてミエールを連れて行こうとしているという事は何かしらあったのだろう。
茶色の癖毛をした男は顔は良さそうだが、体も細くいかにも貴族の馬鹿息子みたいに、周りに護衛を付けて威張っている、それはミサエルの嫌いな人種だった。
「さぁ、ミエールさん行こう、僕と行けば幸せになれるよ、こんな所より豪華に暮らせるんだから、毎日が楽しいよ」
「断ってるんだから離してよ、カロスさん」
ミエールが男の名を呼びながら、掴まれた手から逃れようと体をくねらせるが、カロスは細い体ながらもミエールよりは力はあるようだった。
「どうしてそんなに嫌がるのさ、僕がこれほど言ってるのに余り困らせないでよ」
「嫌よ、交際はお断りしたはずよ、いい加減にしてっ」
「この一ヶ月、僕は何度も君のお店に足を運んだんだよ、紳士的に振る舞っているのに何が気に入らないのかな、僕は君が好きになったんだよ、ほらこんなに美しい腕をしてる、柔らかくスベスベした肌だ」
カロスがミエールの腕に頬ずりをした。
「……ひぃ、やめて気持ち悪い」
「……気持ち悪い? 僕のことが気持ち悪いだと!」
いきなり頬に平手が飛んできて、ミエールが涙目になってカロスを見た。
「おい、てめえ何してんだ」
ミサエルが怒鳴った。
「おいおい兄ちゃん、坊ちゃんの邪魔はさせねえぞ」
目の前に護衛の男達が間合いを狭めるように迫ってきて、ミサエルはじりじりと後ずさりしていく。
「てめえら……貴族だが何だが知らねえけどよ、そいつに手を出すな」
周りの人達も巻き添えを食らわないように、後ろに下がったり物陰に隠れたりして、通りに空間が生まれる。
ミサエルは手に杖を握ると構えを見せる。
「ほう僕に手を上げるのかい、庶民が僕にねぇ……いいのかいエスタルで住めなくなっても、くくくっ」
カロスがにやりと不敵な余裕のある笑みを浮かべるが、
「ふん、なら言ってやる、ここでは貴族街とは違う決まりってのがあるんだぜ、あんまり庶民を舐めるなよ」
庶民を馬鹿にしたカロスが通りに目をやる。
周囲の人達からの視線に気づいたカロスは、じっと睨まれていることに少なからず驚いていて、人々も何かあればミサエルに手助けするぞとでも言うようにじっとカロス達の様子を固唾を飲んで見守っていた。
「い……いいか、僕に何かあれば直ぐに兵が来るんだからな、ここにいる奴らなんか直ぐに町から追い出してやることも出来るんだぞ」
冷や汗をかきながらも虚勢を吐いたカロスだったが、場の雰囲気の変わりように少しおどおどしていた。
「さぁミエールさん行こう、こんな所ではなく僕の家でゆっくりと話をしようよ」
「いやぁ離して!」
「おい、やめ……」
ミサエルの前にいた護衛の男達が両腕を伸ばしてミサエルに飛びかかってくる。
「うおっ」
後ろに飛んで男達の腕から逃げていると、カロスがミエールを馬車に連れ込もうとしていた。
「くそっ、お前ら……」
詠唱を唱えたくても二人の男に追いかけられて魔法を打つことが出来ない、その間にもミエールが馬車に引きずり込まれていく。
「ミサぁ」
どうするべきかと焦りながらミサエルは考えを巡らしていたら、突然突風が通りを襲った。
その場にいた全員が顔を腕で覆い隠す。
強風というより風自体に意思があるように感じられて、ミサエルを捕まえようとしていた男達を的確に吹っ飛ばした。
鳩尾に入った風は護衛の男達の呼吸を止めて気絶させた。
一瞬の突風は直ぐに消えて、ミサエルが目を開くと二人の男が倒れていた。
「……なんだ」
誰かが魔法を打ってきたと思ったのも束の間、考えは直ぐにミエールの事に切り替わり、馬車へと走り出して助けようとした。
既にミエールを乗せた馬車は御者の鞭で走り出そうとしていた。
「くそ待て!」
あと一歩、手が届きそうな所まで追いついた馬車はぐんぐんと加速していき、ミサエルとの距離を離していく。
馬車の窓から叫んでいるミエールと目が合ったが、馬車は西へと走り去っていった。
「……なら」
ミサエルは直ぐさま小路に入り北へと向かっていった。




