第9話「メイド」
この宮殿は広い。仕えさせてもらっている身で言うのは憚られますが、あえて言葉にするとすれば“無駄に広い”でしょうか。中を行き来するだけで脚が疲れます。
私以外にもメイドはいますし、執事もいますので幾分楽は楽はなのですが、所詮は人間、完璧にはいきません。
「アンジェレッタ、窓のサッシに埃が残っています」
「すみません。今朝はいろいろと雑務が重なって――」
「――言い訳はやめなさい。どんな理由であれ……ここは王族方の家なのですよ……気を引き締めてください」
「……はい」
少々厳しい物言いとなってしまいましたが彼女のため。宮殿に仕えるということの大きさを再認識してもらいたいのです。
「ミレニアッゼ、通路の清掃は終わりましたか?」
「はい。メイド長、何かご不満でも?」
「髪の毛が落ちていました。宮殿で金髪なのは王族の方々とユキ様以外にはいらっしゃいません。この髪がどなたのかは詮索しませんが、万が一お客様の目に留まればご不快にさせてしまうかもしれません」
「まったく気づきませんでした」
「私よりも目ざとい方がたくさんいらっしゃるのです。宮殿を任されていることを深く胸に刻んでおくように」
「精進いたします」
ここでの話し合いの末、レイダスにとって重大なことが決まることもあります。他国の方々を素敵にもてなすための第1段階が清掃なのです。
「失礼いたします。リンが参りました」
私の毎朝の日課の1つである王室の清掃。
メイド長を任された日から欠かすことはありません。いえ、欠かすことなどあってはならないのです。
「いつも助かるよ。リン」
「いえ。手短に迅速に済ましますので」
王室に敷かれている上質な絨毯を傷めてしまわないよう、少々骨が折れますが、粘着テープでいたします。これでも凄まじく楽になったのです。ミア様のお陰です。
「リン、最後に休暇を取ったのはいつかね」
「20日前でございますが、それがどうかなさいましたか?」
「なんと! リン。君には暫くのあいだ休暇を与えよう。私としたことが申し訳がない。メイドや執事の管理が疎かになってしまっていた」
「い、いえ!? 私はメイドとして満足した日々を送らせていただいています」
「どんな者にも休息は必要だ。以後、管理を徹底する。君は羽を存分に伸ばしてくるんだよ」
「……分かりました」
困りました。いきなりの休暇とは。何をどうすればよいのでしょう?
※ ※ ※
「美味しかったー!」
「リンさんの紅茶は違うな。どんな料理にも合うんだもん」
今日も宮殿は綺麗にされている。普段目に付きにくいところまで隅々に。窓もピカピカに磨かれている。
それにしても、雨が強くなってきたな。雨は気持ちを沈める。憂鬱にしてくれる。ボクは雨が嫌いだ。
「お姉ちゃん、これから何か予定はある?」
「いや」
「それじゃあ何かして遊ぼうよ。わたし、トランプしたい」
「ボクは構わないけど……どうしてトランプなんだ?」
「うーん……なんとなく」
「なんだそりゃ」
たまにユキは気まぐれを起こす。それは昔から変わらない。
おや、リンさんが困り顔で歩いているぞ。
「随分と楽しそうですね」
「まあな。それより何かあった?」
「気づかれましたか。実は私、休暇をいただきまして」
「休みをもらった人の顔には見えないな」
「ええ。少々困惑しております。休日の過ごし方には毎度苦労しているのですが、今回は特に困っております」
「リンさんさえよければ一緒に遊びませんか。これからトランプをするの」
「お2人とですか!? 私には恐れ多いです」
「メイド長としてじゃなくって、友達としてなら構わないだろう?」
「……分かりました。よろしくお願いいたします」
真面目というかなんというか。まあいっか。




