第三話 ラプラスの兄
「ほほぅ……昨日は混ぜご飯にしたのか。」
私は、あまり炊飯器のご飯は食べない。
親父も滅多に食べないと言っていたから、炊き上がった米の九割は弟の分だ。
弟は普段は何もしないが、米だけは勝手に炊いてくれる。
炊飯器は、炊き上がりから12時間までは「何時間前に炊き上がったか」を表示する。
それを過ぎると、現在時刻の表示に切り替わる。
そして、そのまま保温を続けるとエラーとなり、停止する。
で、だ。
エラーで止まった炊飯器の中には一杯分のご飯……
つまり私の分が、残されている。
この残された一杯には、理由がある。
ヒマを持て余したお優しい弟が、忙しい私のために残してくれている……
わけではない。
「お前が最後に食ったんだから、釜洗っておけよな」という、
無言の意思表示だ。
おそらく、釜の中がカビだらけになったとしても、この一杯は残っている。
以前、故意に四日ほど放置してみたが、それ以上は私が耐えられず、片付けた。
半分は水分を失いカラカラに干上がったご飯、いや……米をお茶漬けに浸して胃に流し込んだ。
夏の暑い時期だったら、さぞおぞましき後景を目にしたことだろう。
思い出しただけでも、身の毛がよだつ。
ところでさ。
混ぜご飯って、美味しいよね。
具材と調味料を混ぜ合わせて作るご飯料理。
手軽に作れて、彩りも豊かになるので、食卓も華やかになる。
それがご飯単品だったとしても。
そう……おかずが不要なところも、食費的にとても助かるのだ。
普通の白米より粘りが強くなるから、釜を洗うのが若干大変だけど。
上記に説明したとおり、混ぜご飯は(料理なので)大変美味しい。
当然、消費は早い。
炊飯器の表記が変わる前に残量チェックをした時に、偶然発見した事も功を奏した。
まだ柔らかく香りも残っている混ぜご飯は、涙が出るほど旨かった。
発見した俺、グッジョブ!
私は涙を噛みしめながら、最後の一杯を片付けて、お釜を洗った。
そして……
そして……時は動き出す。
弟が、引きこもり部屋から出てくる。
私がご飯の残りを片付けた気配を感じ取り、
新たに炊飯器をセットするために。
さて。今回も軽く兄弟の攻防戦を披露したところで——こんにちは。
兄です。
(また脈絡も無く)話は変わるけど、
みなさんは、子供の頃の恥ずかしい思い出ってあるだろうか。
私は、ある。
あれは、小学校低学年くらいの頃だったと思う。
友人と一緒に登校する為、友人が家から出てくるのを待っている時、ふとした行動を取った。
待っているヒマを持て余して無意識に行った行動だったのかもしれない。
私は、おもむろに片手をあげ、誰にするでもなく敬礼した。
自衛隊がするような、カッコいい敬礼。
ケロケロした軍曹が、無機質な瞳で繰り出す敬礼。
某・永田殿を彷彿とさせる自己主張の強いアピール敬礼。
そんな敬礼ポーズの練習を、友人宅の前で唐突に始めた。
ズギャーン!ビシィ!! ゴゴゴゴ……と、某JOJO的な擬音を思い描きながら。
なぜそんなことをしていたのかは、まったく思い出せない。
無念だ。
思い出すだけで、激しい後悔に苛まれる。
くっ……殺せ。
そして——そして事態は最悪の結末を迎える。
窓ガラス越しに、目が合った。
ほほえましく笑みを浮かべた友人のお袋さんと、
「あのお兄ちゃん、何してんの?」って表情の妹ちゃんと。
ポージング練習してるところを目撃されるのは、マジ恥ずかしい。
思い出すだけで赤面する。意味不明に倒立したくなる。
某江頭2:50分ばりの奇怪な倒立で。
できることなら過去に戻って、やり直したい。
「では……今日のところはこの辺で……おやすみなさい。」
ごめんなさい、もう無理です。
今日はもう……これ以上語る事は出来そうにありません、ごめんなさい。
恥ずかしい思い出に顔を染めながら、私は深い眠りについた。
逃げるように……。
恥ずい……過去逸話とかノリで晒すもんじゃねぇ。
こんな時は……とっとと〆ちまおう。
それでは、マジおやすみ…………。
ZZZzzz
「過去に戻ってやり直しても、君は敬礼するけどね。」
……ん?
ふて寝のように布団をかぶり、意識を闇に逃がそうとした瞬間。
頭の奥の方で声がした……気がする。
「宇宙に存在するすべての粒子の位置と運動量は、
過去から未来まですべて決まっているんだよ。
君の因果律に基づいた未来も、完全に決定されている。
そして、それを覆す行動を取れば……
未来は変わるけど、それはもう今の君じゃなくなってしまう。
だから……ごめんね。今も君を見守ることしかできないんだ。」
その声は、私のオタ心を嘲笑うように、そして挑発するように頭の中に響いた。
ラプラスの悪魔の概念?
近代では、量子力学の不確定性原理によって、素粒子の位置と運動量を同時に正確な特定をすることは不可能とされている。
決定論が成立する場合でも、初期条件のわずかな差異が時間の経過とともに大きな違いを生むため、現実的には未来の予測は不可能——
それが、現代の主流であるカオス理論だ。
「違うね、未来は決まってない!
未来を予測する最善の方法はそれを創造することだ!」
ヅバーーーン!
そんな哲学的なツッコミを、頭の奥底で入れながら、私は覚醒した。
「へ?……ここ……どこ?」
目を覚ますと、
うっすらと霧のヴェールに包まれた森の奥にいた。
朝露のひんやりとした冷たさが、足元でそっとざわめく。
新緑の香りが優しく呼吸を満たし、
小鳥たちのさえずりが、木々の間を踊る。
私の声はそっと静寂へと溶けていき、
木立のざわめきだけが遠くで囁く。
見渡す限り、私以外の気配はない。
ええぇぇぇ~~~???
もう第三話だし、そろそろイベント発生するかな〜とか思ってたけどさ。
このくだりって、絶対マズい流れだよね?
まさかの『俺が転生しちゃった件』?
あ、こっちの“件”の詠みは、“くだり”じゃなくて“けん”ね。
「って、どーでもいいわ、そんな事!!」
作品タイトルにも『弟を異世界転生させたい』って書いてあるじゃん!!
ちゃんと遵守しようよ!! ねぇ!? ねぇぇーー!!
……返事がない。ただの屍のようだ。
「って、俺ぇ!何でこんな時までドラクエ語遊びしてんですかぁぁ~?!」
(じゃあさ、創造してみようか。君の思い描いた未来を……。)
何処かで囁く様な声が響いたが、私の耳には届かなかった。
家計が火の車であることは、もはやどうでもいいが………
我が家は、今日も平和である。
私以外は。
この作品は不定期進行です。
更新するかどうかは、私の気分次第であります。
気楽に待って、軽く笑い飛ばしていただけたら幸いです。
ではでは・・・アディオ―――ス、アミーゴ!




