表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

第二話 テセウスの弟

「あっつ!!」


けたたましい音を立てながら、具増しましカップ麺が廊下に中身をぶちまけた。

スーパーの特売で買った、88円のカップラーメン。

お湯を注いだあと、野菜、メンマ、シュウマイ、コロッケまで強引に詰め込んだ、俺特製の一杯だった。

お気に入りのようつべ動画を中断して、台所でいそいそと準備し、

部屋へ戻る途中の悲劇。


麺は床に広がり、湯気を立てながら無惨に散っている。

メンマは廊下の隅に転がり、まるで逃げ出したかのよう。

シュウマイは一つ、ドアの前で力尽きていた。

コロッケは、衣が剥がれ、魂だけが残ったような姿で横たわっている。


隣の部屋からは、陽気なアニメソングが雑音のように流れてくる。

廊下では、ご機嫌な夕食を失った大事件が発生しているというのに、

心配して出てくる気配はない。


やがて、ドアの隙間から弟の声が漏れてきた。


「……またやってるよ。てか、なんで何もない廊下でコケてるのさ?」


その声には、驚きも同情もなく、ただ呆れと笑いが混ざっていた。

「我関せず」とばかりに無関心を決め込む弟が、いつにも増して癪に障る。


「ちくしょう……」


欲張って具材を詰め込みすぎたのが、仇となってしまった。

私は哀愁漂う背中を見せながら、10分ほど廊下を掃除し、部屋に戻ってから呟く。


「くっくっく……やるな……だが、そのラーメンは四天王の中では最弱よ!」


もちろん、痩せ我慢だ。

右目に封印されし邪気眼が沁みる。泣きそうだ。



あ、そういえばさ。

ようつべで、弾幕ゲーがめっちゃ上手い投稿主を見つけたんよ。

それ見てたら、思わず思い出したった。

コントローラーを下に押しっぱなしで、涼しい顔のままテトリスをクリアしていく友人のことを。


天然パーマが特徴の奴だった。

今にして思えば、アムロの生まれ変わりだったのかもしれん。


「こいつ……動くぞ。……そこだ!」


などとは言わなかったが、的確にテトリスを組み上げる奴の技量は鮮やかだった。

あいつ、今どうしてるかな〜……。



さて。文脈もへったくれもない話から始まったけど、今さらながら——

こんばんは。

兄です。


本日は、完全ニートンの弟と縁を切るべく、異世界に落とす計画を練ろうと思う。


唐突な質問だけど、昨今のアニメや漫画、小説などで持て囃されている

「異世界転生」について、みんなはどう思う?


たいていの場合、現代に住む主人公が事故や過労死などをきっかけに別の世界に

生まれ変わり、そこで新たな人生を送る。

だが、弟をターゲットにした場合、当然主人公ではないし、

引きこもりなので事故や過労死の機会も少ない。


となると、別の要因を働かせる必要がある。

しかし、それを実行すると私が危ない。

捕まりたくはないし、命を奪ってまで異世界転生させるのも、

若干ではあるが可哀想だ。


なにより、私が求めているのは「弟を異世界転生させたい」のであって、

「命を奪いたい」わけではない。


「弟と縁を切りたいだけでは?」と問われるかもしれないが、断じて違う。

求めているのは、あくまで「弟を異世界転生させたい」の方である。


だって、面白そうじゃないか。

身内が異世界転生者になるっていうのは。


自分が「異世界転生したい」わけじゃない。

何が起こるかわからんし、怖いからな。

でも弟なら、何が起こってもかまわんし、私が怖くないから問題ない。



けれど実際に、弟が異世界転生したとしても、問題は残る。

記憶が同じでも、構成する物質が異なる別人として生まれ変わった場合、

それは果たして「弟」と言えるのだろうか。


例えば、修理を重ねて部品がすべて入れ替わった船は、別の船になったと言える。

同時に、少しずつ変化していったのだから、以前と同じ「テセウスの船」だとも言える。

では、元の古い部品で新しい船を組み立てた場合、どちらが本物の「テセウスの船」なのだろう?


これは、有名な「テセウスの船」というパラドックスである。


別人として生まれ変わった弟を見て、「やったぜ!『弟』の異世界転生実験は成功だ!」と喜べるだろうか。

すでに別人である『弟』と解釈できる状態で。

いや……血のつながりもないなら、『弟』ではなく、

ただの別人が異世界で生まれただけとも言える。


この『弟』は、私の『弟』ですか?

そのテセウスの船は、あなたの『テセウスの船』ですか?

君が好きだったAKBは、本当に『君が好きだった』AKBですか?


初期メンバーが全員卒業しても、アイドルグループを応援し続けるファンにも、

ぜひお気持ちを聞いてみたい。


常識的に考えて、異世界転生した『弟』は、弟なのか、他人なのか。

「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない」

——相対性理論で有名な物理学者、アルベルト・アインシュタインの言葉である。


しまった!

常識に頼った時点で、

この「弟を異世界転生させてみたい」という考察は破綻を迎えてしまった。

私の常識は、他人の常識とは同一ではない。


答えは出ないまま、私はようつべ動画を、ただ眺める日常に戻った。

今日も、私が面白いと感じる動画が量産されている。


「幸せは実在しない。幸せは感じるもの」

人生で最も幸せな時間は、なにも考えず、ぼーっとする時間だそうだ。

私もそう思う。


家計が火の車であることに変わりはないが——

我が家は、今日も平和である。

この作品は不定期進行です。

更新するかどうかは、私の気分次第であります。

気楽に待って、軽く笑い飛ばしていただけたら幸いです。


ではでは・・・アディオ―――ス、アミーゴ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ