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夏煌祭の三日間〈第二夜〉お仕事はどんな体調でもこなします(1)

ようやく医薬院の執務室に戻って来て白蓮と再会した澪。

長い一日でしたがまだまだ中継点。ここから長い夜が始まります。

 「は、白蓮(はくれん)様……」


 声に出した途端に、再びぽろぽろと涙が溢れ落ちた。

 腕を組んで溜息を吐いた白蓮が、手振りで海星(かいせい)を執務室に招き入れる。

 海星は私を応接セットの長椅子の上に下ろすと、入り口に立つ白蓮の元に戻った。白蓮は腕を組み、時折私の方に視線を向けながら、表情を変えずに彼の話を聞いている。

 

 私はというと、海星に降ろされたままの姿勢でぼんやりと長椅子に座っていた。やっと医薬院(いやくいん)の執務室に戻ってこれたという安堵で、疲れや酔いが再びぶり返し、私は今すぐ横になりたいような億劫(おっくう)さに(さいな)まれる。


 しばらくすると会話が止み、扉が閉まる。

 海星と話していた白蓮が戻ってきて、長椅子の私の隣に腰掛けた。


 「海様は……」

 「先に戻った。礼はまた改めてしなさい」

 「はい……」

 「立てないと聞いたが、怪我をしたのか?」

 「いいえ、怪我は……」私は首を振る。「ただ、その……膝に力が入らなくて……」

 「今もか?」

 「今は……分かりません。少し回復したように思いますが……」

 「そうか。手を出しなさい」


 白蓮は私の手首に指を当て脈を取り始めると、目を(すが)めた。

 

 「利き腕をどうした?」

 「え?」

 「動きがおかしい、痛むのか?」


 白蓮は私の右腕の動きを確かめるように押したり曲げたりする。


 「少し、痺れているだけです」

 「痺れる? 何故だ」

 「その……話すと長くて……」


 私は言葉に詰まって下を向く。

 何処から説明すればいいのか分からないし、きっとどのように説明しても叱られるだろう。


 「……大体のところは海星から聞いたが」

 「白蓮様、ごめんなさい。私言い付けを……」

 「一応、守るつもりはあったのだな」

 

 白蓮は私の右腕の動きを確かめながら、二度目の溜息を吐く。


 「反省しています、とても……。私、ちゃんと分かって……」


 再び、止まっていた涙が溢れ出す。

 白蓮は俯いた私の顔を覗き込んで視線を合わせる。 


 「それで、本当に他に怪我はないのか? 痛むところは?」


 白蓮の伸ばした指先が私の首筋を包み込むように撫でる。

 彼が視線を私の乱れた帯に移し、眉を寄せたのが分かった。

 私は俯いたままぶるぶると首を振る。


 「大丈夫です。あの……白蓮様が心配されているようなことは何も。その前に海様が来て、助けてくださいましたから」

 「ふむ、海星がな」


 白蓮は私から手を離すと、足を組んで長椅子の背に寄りかかった。

 彼の視線は、今度は隣の一人掛用の椅子に掛けられた上着に向けられる。私も釣られてそちらを向いた。


 「本当に申し訳ありません……」

 「……全く、面倒な借りを作ったな」

 「借り……」


 私は混乱した頭で白蓮とその上着を見比べる。


 「あれは蓬藍(ほうらん)殿の上着だ」

 「え? 蓬藍様……私はてっきり海様のものかと」

 「確かに、其方を連れて来たのは海星だが、助け船を出したのは蓬藍殿だ」

 「はぇ?」

 「物語ではないのだ、そんなに都合よく助けが入る訳があるまい。それに」


 白蓮は言葉を切ると、横目で私を睨んだ。

 逸らす暇などない。真正面から白蓮の睨みを受けて私のダメージはいや増した。


 せ、せめて、もう少し回復してからにして欲しかった……。


 「……それに?」


 私は恐る恐る聞き返す。

 きっと、聞かない方が良いことだと分かりながらも、この流れでは聞かずにいられない。


 「他国の王族のそんな展開を邪魔できる者など、それこそ他国の王族しかおらぬ」

 「ひえええぇぇっ!!」

 

 私は長椅子の上で頭を抱えた。

 下を向いた私の後頭部に白蓮の手が伸びて、ぱしぱしと指先で叩く。


 「全く、其方は。何も分かっていなかったのか?」


 白蓮がここ最近でも最大級の溜息を吐いた。


 「ううっ……ごめんなさい……。と、突然の展開で」

 「一体全体、どうすれば奥宮の魔窟の倉庫で手伝い仕事をしていて、他国の王族に目をつけられることになるのだ。何をやらかした?」

 「魔窟……、私は何も……」


 必死に言い募るも、自分でも嫌になる程信憑性が無い。


 「何も、な訳があるまい。何処かで彼に目を付けられるようなことをしたはずだな?」

 「うぅ、申し訳ありません」

 「後で、じっくりと聞かせてもらおう」

 「うぅ……」

 「はぁ。だから奥宮は色々面倒だと言ったのだ。今回は蓬藍殿の介入で無事ここに戻ってくることができたが、本当ならそのまま連れ去られても全く不思議ではない展開なのだぞ? 一度連れ去られれば、いくら私でも他国の王族にそう易々と手は出せぬ」

 「はい……」

 

 私は神妙に頷きつつ「易々とではなければ手が出せるのか?」という問いを密かに飲み込んだ。

 この状況でこんな能天気な質問は、さすがに火に油案件だと私にも分かる。

 淡々と、いや懇々と説教されて、私は改めて自身の置かれていた危険を思い知った。と、同時に腹の底から冷え冷えとしたものがこみ上げる。


 「でも、その……本当に蓬藍様が? なぜ私を助けてくださったのでしょうか……」

 「さてな、それは私にも分からぬ。が、あの蓬藍殿の事だ。理由もなくこのようなことをされる方ではない」

  

 白蓮が視線を戻して腕を組む。


 「これまでの経験で言えば、恐らく何か迷惑な頼み事でもあるのだろう」

 「そんな……」

 「少なくとも、今宵の宴は『絶対参加』という意思表示だけは確かだ」

 「うぅっ、はい。……あれ?」


 私は白蓮を見上げる。

 

 「でもそしたら、なぜ海様があの部屋に? ええっと、蓬藍様と海様の関係は、その……」

 「何だ、そのことも知らぬのか? 全く其方は。海星にはあれほど世話になっておきながら薄情が過ぎる。海星は蓬藍を警護する近衛騎士だろう」

 「え……ええ!?」


 白蓮は頭痛を抑えるようにこめかみに指先を当てた。


 「蓬藍殿がイザヤ皇子を引きつけている間に、海星が其方を助けに行ったのだ。まさか、其方にこの上着を掛けたのは、ただ偶然その時海星が持っていたからだなどど、能天気なことを考えてはいまいな?」

 「はうぁ……」

 「一体、幾らすると? この上着の刺繍を見たか? この繊細で贅を凝らした匠の技を! 値段など付けられぬような芸術品だぞ!!」

 

 ひえええぇぇ、白蓮の圧が、衣装に対する愛が重い……。

 そして多分だけど、白蓮が言っていることも大概ずれている……。

 まあ、理解の仕方って人それぞれだけど。 


 「価値的にも意味的にも、王族の上着などそう気安く人に貸せるようなものではない。それをわざわざ其方に掛けたと言うことは、相応の意味があるのだ。この場合は恐らくは貸したのは『蓬藍(わたし)』という印。借りたものは上着にしろ恩情にしろ、後日、相応の礼を携えて返さねばならぬ」

 「や、ややこしいです……」

 「だから、初めからそう言っている。奥宮は面倒だと、あれほど注意したのに其方は──」

 

 白蓮が手を伸ばし、私の耳を左右から摘んでぐにぐにと引っ張った。

 

 「い、痛いですっ! 止めてください」

 「止めぬ。私の心配を何だと思っているんだ」

 「ひええ!」


 耳をつままれたまま、ぐにぐにぐらぐらと揺さぶられる。白蓮がぱっと手を離すと、そのままぽすりと彼の胸に着地した。

 

 ああ、何だこれ。

 もの凄く、落ち着くんですけれど……。

 

 私はそのまま白蓮の鎖骨あたりに額を埋める。

 少し低めの体温、乾いた肌、髪から漂う香油の匂い。

 帰って来たのだと、ようやく自分の場所に帰って来たのだと、そういう安堵が私を包み込む。

 白蓮が片手を回し、ゆっくりと私の背中をさすった。

 

 「……怖かったです」

 「男に襲われたのだからな」

 「うう……事実なのですが。はっきり言われると、その……居た堪れないです」

 「……無事でよかった。案じたぞ」

 「白蓮様……」

 「本当ならこのまま休ませてやりたいが、今夜はそうゆっくりともしていられない」

 「はい……」

 「先程も言ったように、蓬藍殿が其方を助けたということはそういうことだ。今宵の宴に遅れるわけにはゆかぬ」

 

 私は白蓮から体を離すと、真っ直ぐに目を見つめ返して頷いた。

 しっかりしなくては。これ以上の迷惑はかけられない。


 白蓮が自室に下がっている間に、私は執務室の長椅子に腰掛けたまま、彼が届けてくれたいつもの侍従の衣装に手早く着替える。

 何度か立ち上がろうと試してみたが、まだ膝には上手く力が入らず足元が覚束なかったのだ。

 白蓮の見立てでは、しばらく安静にしていれば問題ないということだったが、自分の不甲斐なさにしょんぼりする。何より自力で移動できないというのは非常に不便だった。


 着替え終わるのと同時に白蓮が戻ってきて、小さなお猪口のような茶碗を渡された。茶碗の中には茶のような琥珀色の液体が揺れている。

 見上げると、腕を組んだ白蓮が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 「本宵闇の宴は夜明けまで続く。その体調では体が持たぬ」

 「はい……」

 「今の其方に薬を使うのは気が進まぬが、それを飲めば多少休めるだろう。少し眠りなさい」

 

 私はしばらく揺れる液体を見つめた後、一息に口に含んだ。

 甘く噎せる様な濃密な花の香りが喉を滑り落ち、鼻に抜ける。

 ふと「良薬は口に苦し」という格言を思い出す。

 甘く酷く飲みやすいこの薬は一体どんなものなのか。


 でもそんな他愛のない事を考えていたのも一瞬のことだ。

 白蓮が茶碗を片付けて戻って来たときには、私は長椅子のクッションに頭を沈めて、すでに眠りに落ちていた。

また、謎の薬を飲まされました(笑)

次はいよいよ本宵闇の宴です。こちらは少々幻想的なお話になりそうです。

ぜひお楽しみに!


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ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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