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夏煌祭の三日間〈第二夜〉お仕事では呑んでも呑まれません(4)

引き続き、澪を部屋に閉じ込めた男との攻防戦です。

 耳元で囁く男の吐息を振り払うように頭を振る。


 「放して!」

 「忠告を聞かぬ君が悪い。ああ、こうすれば大人しくなるか?」


 男は俯せに抑え込んだ私の利き腕を捕えると、背中側へ回して捻り上げた。

 反射的に身動(みじろ)ぎした途端、肩から腕にびりびりと痺れるような痛みが走り、思わず声が漏れる。

 

 「つうっ……あぁ……」


 クッションに片頬を押し付けた私の首筋を、たらたらと冷や汗が伝い落ちる。少しでも楽になりたくて、仰け反らせた喉ではあはあと浅い呼吸を繰り返した。

 男が顔を背けた私に見せつけるように舌を出し、わざとゆっくり頬を舐め上げる。


 「やめ……くうぅっ」


 背筋を這い上がる不快感に耐えきれず、びくりと体が震えた途端、再び腕に痛みが走り視界が一瞬火花を散らした様に白くなった。


 「ん、いいのか。力を抜かないと肩が外れるぞ?」


 男は私の頬に当てた唇を滑らせて、首筋に、(うなじ)に、(なだ)めるように押し当ててゆく。冷や汗に凍えた肌に男の唇が燃えるように熱い。


 「おねが、い……、ううっ、酷いことは……」

 「それは君次第だろう? 良い子にできるなら少しだけ手を緩めてやってもいい。ほらどうする?」

 

 そう言うと男は捻り上げた私の腕にぐいと力を込めた。

 ぎしり、と関節が軋むと痛みに息が詰まり、涙がぽろぽろと溢れた。


 「やっ……やめ、て!」私は子供のように頭を振って男に懇願する。「わ、かった、分かったから……」


 男が耳元に唇を押し付けて再び低い声を出す。


 「ん、何が分かったんだ?」

 「きく、から……」

 「何を?」

 「つぅ……言うこと。あ、あなたの……」

 「良い子だ。名は?」

 「う、腕を……」

 「俺の質問に答えてからだ。名前を教えろ」

 「はぁはぁ……み、澪と……」

 「澪か、良い名だな」


 腕を捻り上げる力が少しだけ弱まった。

 途端に、体がどっと脱力しクッションに沈み込む。

 男は首筋に押し付けていた唇を滑らせて、私の睫毛(まつげ)に絡まった涙を舌先で掬い取った。

 

 「誰が主だ?」

 「あるじ……」

 「これを付けているんだ、雇い主がいるだろう?」


 男は耳元に寄せた唇を開き、環札(かんさつ)の取り付けられた耳輪(じりん)に軽く歯を立てる。

 

 「痛っ、やめ……」 

 「ん、俺の言うことを聞くんじゃなかったのか?」

 「あ……」

 

 男が捻り上げた腕を握る手に力を込める。


 「あっ、ま、待って! 聞く、聞くから……」

 「さっき医薬院に行きたいと言っていたな? そこの誰かが主なのか」


 男は唇を離して私の環札を眺める。

 私自身は環札を直接見たことは無い。しかし桂夏の説明と触れた感触で、表面には何かしらの文様なり名前なりが刻印されていることは知っている。

 

 「なんで、主を……?」

 「決まってるだろう、君を買い取るのさ」

 「は……」


 私はクッションに埋めていた顔をわずかに上げて男を振り返る。


 「今日、西倉庫で働いているのを見た」

 「倉庫で……」

 「十五か、六か? その歳であんな仕事ができる女は初めてだ。面白い、だから手元に欲しい」


 男は猫を愛撫(あいぶ)するように私の顎から喉を指先で撫でる。


 「待って、私は奴隷では……」

 「知っている。環札を付けているんだ、どこか貴族の侍従だろう? だが金を出せば大抵のものは買える。君が嫌がっても主人に契約を変更させれば済む。家族がいるなら相応の金を払おう」


 男は悪びれもせず軽く肩を(すく)める。


 「な、何を言って……」

 「ああ、部屋が暗くて刻印がよく見えない。ほら、主の名を言えよ。それともまた腕を捻られたいのか?」

 

 私はこれ以上できないと言うほど瞳を見開いて男を見上げた。

 男は楽しそうに笑っている。不思議とそこに悪意は無い。

 私は頬を張り飛ばされたような衝撃を受けた。


 違うのだ、全く違っている。

 世界を構成する常識の前提が、私と彼らでは天地ほど異なっている。


 人を買うだなどと考えもしないことを当たり前のように言われて、私の思考は完全にフリーズした。

 目を見開いて固まる私を、男がアーモンド型の瞳を細めて面白そうに覗き込む。


 「大丈夫だ、可愛がってやる」

 「そんな……」

 「ほら、主の名を教えろ」

 

 私は再びぶるぶると首を振った。


 「いや……、嫌です。絶対に嫌だ!」

 「ああ、ではこう考えればいい。しばらく休暇を取って俺のところで過ごすと。好きなだけ贅沢を楽しんで、気に入ればそのまま残ればいいし、それでも嫌ならここに帰ってくればいい」 

 「そんな……それはただ、言い方を変えただけじゃないですか! しかも一度行ったら、二度と戻れないやつですよね!?」

 「あははっ、(だま)されないか」

 「当たり前です! 私は、私は今の仕事を辞めるつもりなんてありません。白蓮様だってきっと」

 「……今、白蓮と言ったな?」

 「あ……」

 「天虹国(てんこうこく)医薬院(いやくいん)の白蓮と言えば一人しかいない。君はあの白蓮に飼われているのか? 冷酷非情な天才医師の白蓮に?」

 「や……ええっと……それは、その……」

 「なるほど、それは優秀なはずだ」

 

 男は急に真剣な眼差しで私の顔を覗き込む。

 

 「デキてるのか?」

 「……は?」


 問いの意味が分からず、間の抜けた声が出る。


 「夜伽(よとぎ)の相手もしているのかと聞いているんだ、白蓮殿の。だから離れたくないのか?」

 「え……、は?」


 男の問いの意味を理解しようと思考を巡らせる。

 次の瞬間、一気に頬に血が上った。


 「そっ、そんなことする訳……、私は侍従ですよ! 仕事を手伝うのが仕事です!!」

 「ふうん」


 男は探るような目でクッションに方頬を埋めた私を覗き込む。


 「まあ、どちらでも構わぬ。だが……」


 男が背中に捻り上げていた私の腕を放した。

 次の瞬間、くるりと体を反転され再び仰向けになる。

 しかし最初と異なり、今度は完全に馬乗りになった男に足を挟まれて、太ももでぎっちりと締め付けられた。

 

 唖然としている間に、男はごく自然な流れで私の帯に指をかけ、するすると解きはじめる。


 「え……何を……」

 「作戦変更だ。先にいただいてから後で交渉する」

 「……は?」

 「相手が白蓮殿ならやり方も変わる。まずは既成事実だ」

 「え、ちょっと、や、やめて!!」


 男の手を掴むが、先ほどまで捻り上げられていた腕は痺れていてほとんど力が入らない。それを分かっていて私の手を放したのだろう。

 抵抗らしい抵抗もできず、難なく一本めの帯が解かれて床に滑り落ちる。すぐに二本目の帯に指がかかった。


 「ああ、俺の国とは衣装が違うか。こうすれば別に帯を解く必要はないな」


 男の手が帯から離れ、下衣の裾からするりと中に入り込む。


 「嫌、やめて! だ、誰か……」


 (まなじり)を伝う涙を、上体を屈めた男が唇を押し当て拭う。

 その唇が頬を移動し背けた私の唇に触れた時、扉をノックする音が部屋に響いた。

もうしばし、ドキドキ展開が続きます。


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ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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