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夏煌祭の三日間<第二夜>お仕事は出張もいたします(3)

 私が(しょう)(りゅう)に連れ込まれたのは、移動経路から考えて奥宮(おくのみや)の西側最奥に位置する部屋の一つだった。部屋の中は夏至だというのに薄暗く肌寒い。そして突き当たりの壁が見えないほど奥行きの深い長方形をしていた。


 進行方向とは逆向きに引き摺られゆく中、それでも流れ行く景色に必死に目を凝らした結果、辛うじてここが倉庫のような場所であると分かる。

 中央に一本通った通路を挟んだ両側の壁沿いにびっしりと棚が設えられ、各棚には多種多様な木箱や瓶や縄で括られた何かの荷物がこれでもかと詰め込まれているのだ。


 そしてよく見れば、その大量の棚の合間をさらに大勢の人々が動き回り荷の出し入れを行なっている。

 そこで働く誰もが脇目も振らずに作業に没頭し、広い室内には人々の息遣いと指示を確認する鋭い声、引っ切り無しに物を移動させる音、そして縦横無尽に行き交う足音が熱気と共に充満していた。

 私の予想通りここが奥宮の倉庫だとすれば、夏煌祭(かこうさい)の本番である今日は一年で最も多忙な一日だろう。


 そんな黙々と仕事に精を出す人々の間を、未だ何の仕事が割り振られたのかも分からず呆然とした私が後ろ向きに引き摺られて行く。見るからに罪人の扱い、しかし引き摺るのは倉庫には場違いな優雅な足取りで疾走する二人の女官。

 決して巫山戯(ふざけ)ている訳ではないと声を大にして釈明したいができない辛さ。棚の前を通り過ぎる度に私の背中に突き刺さる人々の視線が痛くて堪らない。


 しかし二人はそんな周囲の様子には御構い無しで、私を引き摺ったまま薄暗い部屋の最奥へと向かって突き進んで行く。

 奥に行くほど擦れ違う人々は増え、したがって二度見されることも増え、ついには騒つく人々に取り囲まれるようになったところで二人は足を止めた。と同時に抱えていた私の腕を離し胴体をくるりと百八十度回転させる。


 急な方向転換にぐらぐらと揺れる視界に耐えながら顔を上げると、長方形の部屋の突き当りの壁を背に置かれた大きな机の前に立たされていた。

 まず目に入ったのは机上に置かれた天板を覆い尽くすほど巨大な帳簿、そして次にその帳簿を覗き込むように深く俯いてぶつぶつと何かを呟く男、最後にその机の周辺に蟻のように群がる人集(ひとだか)り。

 一瞬前までの喧騒(けんそう)は、突然現れた私たちの様子を伺うように今は静まり返っている。そしてその静けさの中に念仏のような男の呟きだけが響く。


 私たちが正面に立っても周囲の喧騒が止んでも、ぶつぶつと呟く男には顔を上げる気配も呟きを止める気配もない。

 菖が一つ大きな溜息を吐いて指先で軽く机をノックした。


 「加鶴(かかく)、交代要員連れて来たわよ!」

 「そうよ、身代わりの生贄(いけにえ)連れて来たわよ!」


 しんとした空間に響き渡った二人のユニゾンに、俯いていた男がばっと上体を起こす。


 正面から見た男は二十代の後半。全くもって失礼極まりない言い方だが、白蓮(はくれん)輝晶(きしょう)といったこの国の濃い面々を見慣れた私の目には非常に優しい極々一般的なフツメンだ。正確に言えば、恐らく十日前まではフツメンだったのだろうという面影からの私の想像である。つまり今はフツメンではない。


 何故ならば、俯いて呟いてたことからも分かる通り男は明らかに様子がおかしいのだ。

 まず顔色がおかしい。青白いや土気色を通り越してドス黒い。目元には油性ペンで描いたのでは? という程濃い隈が刻まれ、完全に生気を失った両目は骸骨を連想させるほど落ち窪んでいる。さらに頬は痩け、多分元は丁寧に撫でつけていたであろう焦茶色の髪は乱れ、蓬髪(ほうはつ)としか表現できない髪型になっている。

 その状態で巨大な帳簿に覆いかぶさるように俯き、絶え間なく独り言のような呟きを漏らしているのだから非常に怖い。夜に墓場の近くですれ違ったら間違いなく失神するレベルで怖い。


 菖のノックに顔を上げた幽鬼のような男が、彷徨わせた視線を私の上で止める。途端に血走った瞳をぐわりと見開き、万歳のように両手を挙げて咆哮(ほうこう)を放った。

 

 「ぁあああ! 神よ!!!」


 …………おわた。


 「あら、加鶴ったら大袈裟(おおげさ)なんだから」

 「そうよ、大袈裟なんだから」

 「っぐおおおおおお!!!」

 

 大袈裟とかそう言うレベルではない。


 「……あ、あの……加鶴さんでしたっけ? 大丈夫でしょうか? っていうか絶対大丈夫じゃないですよね。彼に必要なのは私じゃなくてお医──」

 「あらあ、大丈夫よ。嬉しさのあまりちょっと興奮しているだけだから、すぐに収まるわ」

 「そうよ、すぐに収まるわ」

 「いや、どう見ても直ぐにはおさ……」

 「おおおおお! 交代だ!! 睡眠だ!!! 五日ぶりの枕!!!!」

 「ほら、加鶴ったらちょっと落ち着きなさいよ。澪ちゃんが驚いてるじゃない。いい? 休憩はちゃんと引き継ぎをしてからよ」

 「そうよ、澪ちゃんはここの仕事初めてなんだから、ちゃんと引き継ぐのよ」

 「うおおおおお!!!」

 

 引き継ぎとか重要なのはそこじゃない!! 


 私は心の中で二人に突っ込むも、しかし声には出せなかった。

 目の前の男の異様な風体(ふうてい)も、五日も睡眠が取れない仕事も、どちらも尋常ではなくヤバすぎるが、天を仰ぐ男が涙を流し始めたのを見て驚きよりも(あわ)れさが勝りはじめたのだ。 

 そして何故か男を取り囲む人々までもが互いに肩を叩き合って、よかったな、やったな、という謎の達成感に結束を深める空気に飲まれてしまい、この場を脱出するタイミングを完全に逸してしまった。


 今、現時点での加鶴は比類なくヤバイが、五日間の睡眠不足による異常さを差し引けば、見た目も中身も普段は至極真面目で真っ当な人物に違いないという確信に似た思いもある。

 恐らくだが元々夏煌祭の準備で忙しいところに、先夜の後宮のトラブルで交代要員が減ってしまい、さらにそのトラブルのお陰で余計な仕事も増えしまいと、彼の上に色々な不幸が重なったのだろう。

 真面目な良い人だからこそ巻き込まれて苦労を背負いこみ、五徹するほど頑張ってしまった、雄叫びを上げ続ける彼の背中にはそういう事情が透けて見える。


 そんなことを考えている内に加鶴の隣に椅子が用意され、引き継ぎの準備が着々と進められていく。だがまだ肝心なことが分かっていない。


 「あの……私は一体何の仕事を手伝えば?」

 「あら、言ってなかったかしら?」

 「あら、知らなかったかしら?」


 二人が顔を見合わせて首を傾げる。


 「簡単よ、帳簿をつけるだけだから」

 「そうよ、帳簿をつけるだけよ」

 「帳簿……?」

 

 二人は笑顔で机上を指差す。


 「加鶴が休憩する間、ここの帳簿の管理をお願いね」

 「そうよ、ここの奥宮の倉庫の帳簿の管理をお願いね」

 「え? でも、帳簿なんて大切なもの私が預かっていいんでしょうか?」

 「大丈夫、私たちも側にいるから」

 「そうよ大丈夫、どちらかが側にいるから」

 「それじゃあ……」


 自分たちが管理すればいいじゃないかという言葉が喉元まで出かかって止まる。じっと私を見つめて圧をかける二人の綺麗な三日月型の瞳が雄弁に物語っていた。


 そうですか、計算がお好きではないんですね……。


 この国では読み書きというのは誰もが出来ることでは無い。私は普段王城の中で生活しているので前の世界と同じように識字率が高いと錯覚してしまうのだが、下女や下働きの間では書けるのは自分の名前だけというのが普通だ。

 当然、女官になれば手紙や書類のやり取りもするので彼女達も読み書きに難はないだろう。それでも計算については得手不得手が顕著(けんちょ)に出る。電卓や表計算ソフトなどと言う文明の利器は存在しない世界だ。全てを手計算か暗算でこなさなければならない。さらに帳簿の読み書きともなれば専門の教育を受けた者でなければ難しいだろう。


 しかしそれならば──。


 「それじゃあ、財歳院(ざいさいいん)の方に応援を頼んだ方がいいのではないでしょうか? 本職ですし、きっと帳簿の仕組みもお詳しいでしょうし……」

 「もちろん財歳院からももう直ぐ応援が来るわよ。でも帳簿の読み書きができるだけじゃ駄目なのよ」

 「そう、帳簿だけじゃ駄目なのよ」

 「帳簿……だけじゃ無い?」


 私は二人が無言で指差した加鶴を見る。

 先ほどまで雄叫(おたけ)びを上げて神に感謝を捧げていた男は、今は私に仕事を引き継ぐために猛然と後処理に邁進している。イラストにしたら紙吹雪のように周囲に書類が飛び散る勢いで目の前の仕事を(さば)いている。

 その彼が座る机の周辺には相変わらず人集りができて途切れることはない。最初は加鶴が独り言を呟いているのかと思ったがよく聞くと違った。彼は帳簿を確認しながら矢継ぎ早に指示を出しているのだ。


 そうだ、こんな景色を何処かで見たことがある。

 雰囲気は違うが凄く似た景色と内容だったような、そして凄く最近だったような……物ではなく人だったような……。


 「分かったでしょ? 必要な物を求めて最後は皆がここに来るから、それぞれの内容を確認して色々整理して、まとめて指示を出してあげないといけないの。最後に誰かが全体像を把握しておかないと混乱しちゃうじゃない。その点、澪ちゃんなら統括司令(とうかつしれい)……あら、何だったかしら? ま、いいわ。ほら例の件でも上手くやっていたしそういうの得意でしょう? きっとすぐに出来るわよ」

 「そうそう、すぐに出来るわよ」

 「いや、あれは得意とかそういうのでは無い──」

 「ほらほら、早く! 加鶴が倒れる前に引き継がないと大変よ」

 「早くしないと大変よ」

 「ええっと、まだやるかどうかは──」

 「さ、これを持って」

 「さ、これを付けて」

 「その──」


 抵抗を試みるもほとんど効果はない。そうこうしている間にあれよあれよと準備は整い、気付くと加鶴の隣に座って一緒に帳簿を覗き込んでいた。


 「あら、財歳院の応援が来たわよ」

 「え?」


 顔を上げると穏やかで理知的な微笑みが返される。


 「冬利(とうり)さん!」

 「こんにちは澪さん、今日はよろしくお願いしますね」

 「こちらこそ……その、冬利さんがいるのなら私は必要ないのでは……」

 「いえいえ、私が頑張るためにも澪さんは是非必要ですよ。澪さんと一緒に働くために立候補したんですから」

 「は?……はぁ……」


 にこりと穏やかな微笑みで、さらりと凄い事を言われる。

 そうして急に冷静な対応を返されると、本来であれば個人の侍従に奥宮の倉庫の帳簿管理をさせるとい無理難題を押し付けられているにも関わらず、まるで自分が道理の通らぬ我儘(わがまま)を言っているような気分になってくるから不思議である。


 「僕も手伝いますし、大変ですが頑張りましょう」

 「そうよ、頑張るのよ」

 「さあさあ、頑張るのよ」

 「ゔぉおおおお!!!」

 「……はい」


 外堀を固められるというのはこういうことを言うのだろう。周囲に集まる人々から醸し出される「忙しいんだから、そろそろ指示出してよ?」という無言の圧力も私を屈服させるのに一役買った。


 色々諦めた私は仕方なく再び加鶴の隣に置かれた椅子に腰掛け、冬利と一緒に帳簿を覗き込む。

 加鶴の様子は相変わらずおかしいが、しかしさすがは祭礼局で輝晶についているだけのことはあって引き継ぎは驚くほど的確だった。

 加鶴は複雑な内容と膨大な情報を、門外漢である私たちである私達二人が聞いても分かりやすく説明してくれる。やはり睡眠が十分に足りている状態の彼は優秀な人物に違いない。


 私と冬利が予め帳簿の仕組みを理解していたこともあり、時々雄叫びを上げつつ感涙に(むせ)ぶ加鶴の過不足のなくポイントを絞った解説によって、色々と危惧(きぐ)していた引き継ぎは半刻もしないうちにあっさりと完了した。


 こう言う時、出来ない振りが出来無い自分が悲しい。

 程々にして頑張りすぎない方が結果として都合が良いこともあると頭では理解しているのだが、仕事が与えられてしまうと出来るだけ良い結果を出したいと頑張ってしまう自分がいる。


 今もそうだ。出来ないと困り果てた風情(ふぜい)で冬利に泣きつけば、きっと彼は優しく微笑んで一人でもどうにかしてくれるだろう。そうすればこの理不尽極まりない無理難題を回避できる。

 しかしどうしても自分がそれを許せないのだった。

 一時的にその場の面倒は回避できるかもしれないが、その結果得るであろう失望を考えると耐えられない。

 そして押し付けられた無理難題に困り果てつつも、一方で心の奥深くの何処かには、多少無理をすれば恐らく出来るだろうという目算が常にある。

 故に、この世界で様々な面倒ごとに巻き込まれているのだが……。


 今も心の中では「私のバカバカバカ!」と叫びつつ、その反面でいつの間にか加鶴の仕事を引き継いで目の前の案件を捌くことに集中し、そしてそれを段々と楽しんでいる自分がいる。


 ふと違和感を感じて横を見ると、向こう側に座る冬利と目が合った。

 理知的で穏やかな微笑みに癒される。


 いや、待て! 何かがおかしい……。

  

 「……に、逃げられた!!!!!」


 いつの間にか加鶴がトンズラし隣が空席になっていた。


 「加鶴さんは先ほど休憩に行かれましたよ。五日も寝ていないとはさすが祭礼局は大変ですね。さあ澪さん、二人で頑張りましょう」


 冷静に微笑まれると弱い。


 「……はい」


 私は気の抜けた返事をして仕方なく浮かせた腰を戻す。目の前には引き継ぎの間に滞った順番を待つ人々の行列。全員の目が「早くしろ」と雄弁に物語りながらこちらを見つめている。


 私は一つ大きな息を吐くと袖を捲って顔を上げた。

 仕方ない、ここまできたら腹を括るしかない。


 そうして冬利と額を突き合わせて一つの帳簿を覗き込み、奥宮中から集まってくる物資要請の調整役を務め始めたのである。

夏煌祭、大分進んだと思ったけれどまだ二日目のお昼(笑)

夜にかけて、人々は益々騒ぎ出します。


・・・・・・

ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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