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夏煌祭の三日間<第二夜>お仕事は出張もいたします(2)

 昼過ぎに私が奥宮(おくのみや)の中庭側の入口に到着すると、すでに各所からの手伝いが大勢集まっていた。


 集まっている人々の中には男性もいるが圧倒的に女性が多い。そして女性は皆一様に赤色や橙色、桃色をふんだんに使用した気合の入った衣装を着込んでいる。


 王城で仕事をしていても奥宮に入れる機会など滅多にない。その上、今夜の宴に参加するのは自国、他国を含めて特に身分の高い者達ばかりだ。

 ここに集まった多くの女性は私と同じように配膳や給仕に回されるはずだろうから、きっと彼女達にとって今夜の宴は貴重な出会いの場となるのだろう。


 熱気と気合に包まれた彼女達を眺めながら、私はそっと彼女達の最後尾に紛れ込み自分の衣装を見下ろす。


 今日私は嬬裙(じゅくん)に似た女性用衣装を着ている。色合いは緑色から水色の同系色で無難にまとめられ、装飾も集まった他の女性達と比べれば随分と控えめだ。

 端々に施された緻密な刺繍やビーズの飾りなど際立つ仕立ての良さにさえ目をつぶれば、この場の雰囲気にかなり馴染んでいると言えるだろう。むしろ十五の娘が着るには落ち着きすぎていると言えるかもしれない。


 しかし良いのだ、これくらいが実に丁度いい。


 この嬬裙に似た衣装は下がスカート状のため足元がスースーするのが難点なのだが、今日はその心配も必要なかった。

 先般、私と白蓮の出した様々な要望が錦屋(にしきや)の素晴らしい縫製技術によって再現された下着を着ているからだ。下に一枚着ているだけなのに安心感が半端ない。


 理想を言えば下がズボン状になったいつも通りの侍従衣装を着たかったが仕方が無い。出かける直前まで白蓮(はくれん)と繰り広げた熾烈(しれつ)な攻防戦を思えば、この衣装に収まったことも妥協点としては十分な結果と言えるだろう。

 私は戦果となった今日の衣装を見下ろしながら一人満足の笑みを浮かべた。


 白蓮は外で目立つような事をするなと散々言う癖に、奥宮の手伝いに出かける私に、錦屋に注文した内のもう一着、一体何時着せるつもりで仕立てたのか分からない、恐ろしく華やかでビラビラした衣装を着せようと直前まで散々駄々をこねていた。


 私と葉周(ようしゅう)の粘り強い説得によって最終的には白蓮が折れたものの、その代わりにもう一着のこの衣装を着せられたのだ。

 もしもあんな衣装でこの場に登場していたら一体どんなことになると思うのか。言行不一致も甚だしいだろう。そして自分自身の事ではないからと、欲望に忠実になりすぎだし影響を雑に考え過ぎである。


 ちなみにこの衣装は葉周が白蓮の祭礼用の衣装の準備のついでに着付けてくれた。スパルタ侍従教育で基本的な女性用衣装の着付け方は教わったものの、まだ実践回数が圧倒的に不足している私ではこの複雑な衣装を一から一人で着られるほどの技量はまだ無い。

 葉周は衣装だけではなく髪型や化粧も手伝ってくれたのだから、流石一流の筆頭侍従、いやもはやスーパー執事と言うべきだろう。


 奥宮の入口に集まった人々の最後尾のさらに端の方で気配を消していると、五の鐘が鳴るのと同時に奥宮に続く入口が開き、書類を手にした数人の官吏が中庭に出てきた。


 「名を呼ばれた者から前へ。要請状を確認し指示を申し伝える」

 

 出てきた官吏の内の一人がそう告げると、すぐに所属や名を読み上げ始める。

 かなりの人数が集まっていたので時間がかかると思ったが官吏達は予想以上に手際が良かった。手伝いの先も五、六人づつグループで管理しているようで効率的だ。

 流れるように人々が入り口に吸い込まれていくのをぼんやりと眺めながら、自分の名が呼ばれるのを静かに待つ。


 しかし待てど暮らせど私の名は呼ばれない。

 集まっていた人々が半分減り、さらに半分減り、そのまたもう半分が減って、ついには残すところ私以外に五人となっても私の名は呼ばれなかった。

 案の定、その私以外の五人も同時に名を呼ばれて入口の方に移動する。五人は一人残った私の方を振り返り、哀れみと得意さが半分づつ入り混じった視線を投げかけながら入口の中に消えて行った。


 その五人の背中を見送ると入口の外に残るのは私一人。

 居た堪れないとはまさにこういう感じだろう。レストランに行って最後まで注文を忘れられてしまった人の気持ちにとてもよく似ている。

 私が受け取った要請状の内容を見る限りでは、本来であれば私は三つ前のグループと一緒に(くりや)で配膳の手伝いをするはずだった。


 まあ別にあぶれてしまったのならそれはそれで構わない、と私はすぐに思考を切り替える。

 頼まれたから来ただけで手伝いをしたい特別な理由がある訳でもないのだ。執務室に戻れば、不在の間に溜まった書類整理などやることは山のようにあるだろう。

 知らない所でよく分からない手伝いをして気疲れするよりも、白蓮の散らかした書類を片付けて議事録の整理や手紙の代筆を進めておく方がよほど気楽なはずだ。


 何事もなかったかのようにそっと踵を返そうとした私の背中に、しかし官吏の一人が声をかける。


 「医薬院長白蓮様の侍従の──」


 だが官吏の言葉は途中で途切れる。

 あれ、と思って振り返ると突然両側から腕を掴まれた。


 「みーつけた!」

 「みーつけた!」


 ハモるように二つの声がぴったりと重なって聞こえる。

 慌てて左右を見ると、いつぞや祭礼局長バージョンの輝晶(きしょう)にこねくり回されていた時に、色々とサポートしてくれた双子の女官、(しょう)(りゅう)が瞳を綺麗な三日月にして左右から私の両腕を抱え込んでいた。


 「は? え、えっと、菖様に柳様?」

 「嫌だ、様なんてつけるのはやめましょう。”さん” でいいから」

 「そうよやめましょう、私たちは ”ちゃん” て呼ぶから」

 「え?」


 次の瞬間、二人は両側から掴んだ私の腕ごと猛然と入り口に向かって歩き出した。


 「え、あっ、ええ! その、待っ……」


 後ろ向きに固定されたまま引きずられる私を、入り口に立った官吏達が塩っぱい顔で見送る。

 私は両腕を掴む二人の腕に手をかけるが、団扇(うちわ)よりも重いものなど持ったことがないような細腕なのにびくともしない。

 塩っぱい顔の官吏はすでに事情を知っているのだろう。軽く手を上げただけで一人を引きずる二人という三人組を入口の中に通した。


 今のところ集まった手伝いの中に今の私達以上に怪しい者などいない。もっとちゃんと仕事しろよ! と撤収を始めた官吏の背中を私は心の中で思い切りど突いた。


 「え、まだ名前が……し、仕事の内容も伺って……」

 

 呆然と引きずられながら念のため最後の悪足掻きをしてみる。


 「うふふ、輝晶様がね、澪ちゃんにぴったりの仕事があるから連れてくるようにって」

 「うふふ、そうよ連れてくるようにって。配膳なんて勿体ないわ。とってもぴったりの仕事があるのよ」

 「輝晶様が……ぴったりの仕事……」

 

 嫌な予感しかしない。

 青ざめた私のこめかみをだらだらと嫌な汗が流れ出す。

 目立たないために細心の注意を払ってやって来たはずなのに、私の苦労は一体何処に行ってしまったのか……。

 

 「せ、せめて何の仕事か教え──」


 しかし私の切なる願いは一切届か無い。

 二人は勝手知ったる奥宮の中を、人を掻き分け戸をくぐり抜け清流を泳ぐ魚のようにスイスイと進んでいく。


 引きずり回されること暫し。

 二人が足を止めた所で観念した私は恐る恐る顔を上げる。

 するとそには祭礼局の奥にある楽園につながる禁断の扉──、ではなく見知らぬ別の扉があった。


 よかった、少なくともあの部屋ではなかった……。


 完全に基準のおかしくなった私は一人盛大な溜息を吐く。

 そんな私を相変わらず優雅な足取りで引ずる二人が扉を開けて中に入っていく。


 「さあさあ、今日のお仕事の始まりよ!」

 「始まりよ!」


 後ろ向きのまま、猟師の罠にかかった狸のようにズルズルと引きずられた私は、今日の仕事をすると言う大きな部屋の中に連れ込まれた。

いよいよ二日目のお仕事が始まります。


••••••

ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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