夏煌祭の三日間 <第一夜> お仕事は段取りが九割(3)
私は蜜柑頭こと九虎によって勝手に名付けられた『夏煌祭統括司令幕府』の下で頭を抱える。
一体どこで、何をどう間違えてしまったのか……。
今朝は確かに医薬院の応急室で受付をしていたはずだ。
しかし、群がる患者達を必死で捌いているうちに、いつしか回復した元患者達の面倒まで見るようになっていた。
人が集まっているのを知って、人手の足りない部署が相談に来るようになったからだ。
診療の礼と称してちょっとした仕事を斡旋するうちに、次第にその数は膨れ上がり、すぐに応急室の前に設けた小さな受付では場所が足りなくなってしまった。
一方で、その頃になると後宮から人手も戻りはじめていたため、潮時を感じた私は、仕事を引き継いで白蓮の元に戻る算段をしていたところだった。
その時、偶然にも人手を探しにきた九虎と目が合ってしまったのである。
それが運の尽きだった。
しばらく私の様子を観察していた九虎は、後宮から戻って来た人員に応急室の受付業務を速やかに引き継がせると、あれよあれよと言う間に私を誘導していった。
気付いた時には、中庭に設置された立派なテントの下で、私は人間仲介所のようになって王城中の人員の調整役をさせられていたのである。
以来、隙あらば九虎に文句を言ってこの窮地から脱出しようと試みているのだが、その度にのらりくらりと躱されて今に至る。
しかも指示を求める伝令が引っ切り無しにテントに飛び込んで来るので、結局はずるずるとタイミングを逃し、全く不本意ながらも彼らの仕事を手伝ってしまっていた。
九虎も。別にふざけているわけでもサボっているわけでもない。
私の様子に目を光らせながら、彼自身が鮮やかな手並みで大量の情報と仕事を捌いていた。
デートにでも行きそうな洒落た身なりからは、彼もまた非番のところを急遽呼び出されたのだということが分かる。
そうして、立ち往生する伝令や非番にも関わらず呼び出されて奔走する彼を放り出し、一人立ち去れるほどの強さが私にはないことを、私はこの九虎に完全に見透かされていた。
彼がここに、夏煌祭統括司令幕府などと勝手に名付けたテントを設けたのも、後宮のトラブルと祭礼が重なって指示系統が混乱し、右往左往する人々を見逃せなかったからだろう。
そう考えるとこの男を無碍にもできないのだが、それならば九虎自身が指揮をすればいいのにと考えてしまい、どうしても恨みがましい目つきになるのが止められないのだった。
「東門詰所より! 東門近くで平民同士の乱闘が発生。関係者五十人前後、現在も規模は拡大中。至急応援を求めています」
「了解しました。では、軍兵員軍事局第三師団より二個分隊を派遣、すぐに鎮圧に向かってください」
「はっ、承知しました!」
前の伝令が立ち去る前に、後ろから飛び込んで来た次の伝令が話し出す。
「失礼します! 宮内院食彩局より厨に不調があるとの連絡。祭礼の供物の準備に影響が出そうということで、大至急の支援要請! 誰か修繕に精通した者を緊急で派遣してほしいとのことです」
「分かりました。土木院建造局施設課より人員を派遣。至急修繕にあたってください。奥宮に入るので人選には十分に注意するように」
「畏まりました!」
「すみません! 西門警備隊長より相談です。幾つかの商業組合が露天の場所取りで揉めており、西門に仲裁を求めに来ているそうです。が、警備隊では要領が掴めず専門家を派遣してほしいとのこと」
「なるほど、では外商院商業局に相談してすぐに人員を派遣。仲裁をお願いしてください」
「承知しました!」
「土木院運路局、倒木による路地整備から帰還しました」
「お疲れ様でした、少し休憩なさってくださいね」
「軍兵員警備局、医薬院応急室の応援から帰還しました」
「ありがとうございました、大変助かりました」
「司法院調伺局と軍兵院軍事局、脱走した捕虜の回収任務完了」
「良かったです、ほっとしました」
捕虜の回収任務から戻って来た二人は、九虎に無理やり組まされて、不満タラタラで出発して行った時の雰囲気が嘘のように親しくなっている。肩を組み熱い握手を交わす姿は死線を共に戦い抜いた戦友のようだ。
「悪かったな、あんたのこと誤解してたよ。お陰でいち早く解決できた、礼を言う」
「いや、こちらこそ。事情も知らぬのに不手際などと責めて申し訳なかった。また機会があればぜひ一緒に仕事をしよう」
すると、そこへまた新しい伝令が駆け込んで来くる。
「た、大変です!! 市内東北地区の露店が密集した地域で火事発生!!!」
「市井に消火隊はいないのですか!?」
「あるのですが、今年はボヤ騒ぎが多くて現在ほとんどの人員が出払っているようです。市民が東門に助けを求めて集まっています!」
「承知しました。軍兵院警備局の指揮官は誰かいますか?」
「長伯、来い!」
「はっ、ここに」
「一個中隊を指揮する長伯だ」
「助かります。あなたに消火の現場指揮を任せます。軍兵院警備局より二個小隊、土木院治水局より水路の専門家を、建造局より建設、市街地整備の専門家を同行させ、第一優先で消火活動に当たってください」
「承知しました!」
「医薬院応急室の状況はどうなっていますか?」
「先ほど確認したところ、後宮より順次人員が戻っており人手不足はおおよそ解消されているようです」
「分かりました。では、念のため東門に消火活動専用の連絡員二名を配置。合わせて医薬院衛生局より応急手当ての人員を、司法院調伺局より現場捜査、調停のための人員を派遣。連絡員は半刻ごとに交替でこの司令幕府に状況を連絡するように」
「はっ!」
彼らが慌ただしくテントを去ると、今度は場違いなほど愛らしい声が聞こえてきた。
「あのお、すみません」
振り返ると、私と同じ年頃の上品な女官姿の少女が二人、テントの入り口から恐る恐る中を覗いている。
その様子に、私の周囲にいる男どもが一気に色めき立った。
今なら私もその気持ちがよく分かる。
むさ苦しい男どもに囲まれていた私も思わずほっと表情を緩ませてしまったからだ。
美しい衣装を身にまといいい匂いを漂わせた彼女達は、一服の清涼剤のような癒し効果がある。
「どうしました?」
「あの、私たち祭礼局から来たんですけれど、ここに澪さんと言う方はいらっしゃいますか? 柳姉様が澪さんに相談すればきっとどうにかしてくれるからって仰って」
「まあ、では柳様の知り合いなのね」
「あら、貴方が澪さんなの? 思っていたよりずっと若いのね。私たち、昨日後宮で事故があったせいでどうしても祭礼の人員に不足が出てしまって。裏方で手配や計算など、事務仕事のできる方を派遣してほしいのですけれど……」
「それなら、私が行きたいけれど……」
私が挙手するとやんわりと蜜柑頭に下げられた。
「あなたに行かれては困りますよ。俺が行き──」
「いや、僕が!」
「だったら、自分がすぐにでも!」
「駄目です! その逞しい腕で事務仕事なんて苦手でしょう!」
私がピシャリと否定すると、男どもがシュンとした様子で下を向く。
「ここは財歳院歳出局に応援を頼みましょう」
私がちらりと彼らの方に目配せすると、控えめに、しかし確実に歓喜に溢れた顔で彼らが頼もしく頷いてくれる。
頭の中に先日訪問した財歳院の様子を思い出してみるが、女性の供給量不足はどこの部署でも共通の悩みのようだ。
落ち着いた彼らならば安心して女性の多い場所にも派遣できるし、身近でその仕事ぶりを見れば、良さを理解する女官も多いはずだ。
「では、必要な人員の詳細は歳出課の方と直接相談していただけますか?」
「は〜い、ありがとうございます」
二人はすっかり浮かれた様子の歳出局員と一緒にテントの外に出て行った。
「失礼、ここが夏煌祭期間中の統括司令幕府と聞いて来たのだが」
「正式には統括でも司令でも幕府でも何でもありませんが……しかし、似たようなものではあるような……とりあえず、お話をお伺いいたします」
「君がか? ふんっ、お前の様な子供に分かるわけが──」
「ご不満があるならどうぞお帰りください、行政院の方。他のツテをお使いになればよろしいでしょう」
九虎はいい意味で空気を読まず、明らかに高位と分かる行政院の官吏を追い返そうとする。慌てた官吏がすぐに態度を軟化させた。
「いや、其方がいるならば構わない。実は夏煌祭の祭礼に参列する隣国からの使節団に少々問題があってな。医薬院の人員を派遣して欲しいのだが……」
「具体的にどの様な問題でしょうか? 詳しい状況をお聞きしないと適切な人員が派遣できかねます」
「むむむ……はぁ、仕方ない。他言無用に頼む。使節団に何人か体調不良者が出たのだ」
「ふむ、それは少々……」
蜜柑頭が顎に指を絡めて思案顔になる。何か気になる事があるらしい。
軽佻浮薄を絵に描いたような男だが、半日一緒に仕事をして、仕事の腕だけは信用できると分かっていた。
「派遣できるのか、できないのか?」
「分かりました。王城内の診療ということであれば、医薬院療養局より何名か医師を派遣しましょう。九虎さん、できれば護衛と連絡員をつけたいのですが、この場合どの様な人選がいいでしょうか?」
私は九虎の様子を見て人選を彼に任せることにした。鋭い勘は有効活用するの一択だ。九虎は腕を組んで宙を見つめたまま答える。
「そうだな……さっき捜査から戻って来た二人組がいただろう? あいつらが丁度よさそうだ。おい! そこの司法院調伺局と軍兵院軍事局の二人組、イチャイチャしてないでこっちに来てくれ。ちょっとお前らに頼みたい仕事がある」
二人組みは意気揚々とやって来た。一緒に仕事をしたくてうずうずしているらしい。
九虎は二人を少し離れた場所に呼んで詳しい指示を出す。しばらくして九虎は少々過剰とも思える一団をつけて、至極ご満悦の行政院官吏と共に送り出した。
その後も、私はひっきりなしにやって来る伝令に文字通り喉の枯れるほど指示を出し続け、ようやく八の鐘が鳴る頃になって、祭礼から戻って来た人員と交代することができたのである。
ほんのわずかの隙を必死にこじ開けて、私はテントの外に逃げ出す。
深呼吸して見上げると、晴れた夜空に美しい月がかかっていた。
その冴え冴えとした姿を見て白蓮を思い出す。
結局、朝から今まで白蓮と会えずじまいだった。当然、王城に出仕したことも伝えられないままである。
葉周の基準ではとっくに侍従失格だろう。私は白蓮様の個人的な侍従なのだから、医薬院がどうのと言う前に、まずは主である白蓮を支えなければならないのだから。
私が月を見上げて肩を落としていると、いつの間にか隣に蜜柑頭が立っていた。
「悪かったな、休日に無理やり付き合わせて」
「驚きました。無理やり付き合わせている自覚はあったんですね」
「ははっ、手厳しいな。この笑顔でほとんどの女は機嫌を直すはずなんだが」
その言葉に私が逆にハッとする。
恐ろしい事実に気付いてしまったのだ。
日常的に白蓮の神がかった美貌を見ているせいで、いつの間にか自分の『美形』の基準があの月よりも高くなっている。
そう気付いて改めて目を凝らせば、目の前の男だって前の世界でならアイドルグループにいても少しも違和感のないような甘めハーフ系のイケメンだ。そういう流れで言えば、近衛騎士の海星だって王子様系超正統派美形と言っていいだろう。
それを、当たり前に受け流していた自分……。
目が完全に贅沢に慣れきっている……。
そして最近では、その白蓮にも段々慣れて来た自分……。
はあああぁ、溜息が止まらない。
「嬢ちゃんも、さすがに疲れたよな」
「ええ、まあ。今日は本当に慌ただしかったですね……」
私が落とした肩を九虎が励ますように軽く叩く。
いつのまにか九虎にぐっと距離を縮められていた。
見上げると、天にかかる月に似た琥珀色の瞳がにやりといい笑みを浮かべている。
「あんた、いい女だな」
「は?」
何か、今変な空耳が……?
「俺の趣味からすると少々若いが、顔も可愛いし。だが何より嬢ちゃんの仕事振りには惚れたぜ。マジ鮮やかな手並み」
「え?」
私がぽかんと見上げると、九虎はぐっと顔を近づけた。
わざと息のかかる近さで、囁くような声を出す。
彼の計算通りその息は私の耳元にかかって、私はぞわりと鳥肌を立てた。
「なあ、俺の嫁になれよ」
「……は?……え、はあ!?」
私が見上げると、琥珀色の瞳は予想外に真剣な眼差しで私を見つめていた。
……いや、待て、待て、待て、私!!
何か今、求婚されているような気がするんですけど、これって絶対聞き間違いですよね?
何故か九虎から嫁宣言された澪。
しかも、求婚はこれだけでは終わらずに……
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