第4話 時を超えて
病院の中の、個室に戻る。
廊下では話もできないからね。みんなで移動だ。
周りの迷惑にならないよう声は抑えるけど、でも良いことのあった集団ってのは、一目瞭然だったろうな。
「僕が美桜に初めて会った時の話、したことがあったかな?」
そう、義父のバリトンの声が響く。
嬉しさのあまり落ち着かず、誰もが落ち着いて座ってなんかいられない。
赤ん坊も、一通り全員が抱いたあとで再び美岬の胸の中。
そんな中でその声は響いた。
「いえ、大雑把には聞いていますけれど、詳しくは……」
そう俺は答える。
「実は、僕も今日は運命を感じていてね。
当時、美桜の家には、太一という犬が飼われていた。
美桜はその犬の散歩の帰り道で、僕は朝倉家を探していて偶然路上で会った。
その太一が美桜の手から逃げ出して、僕の方に走ってきたんだ。
そして、僕を見ると、僕を振り返り振り返り、美桜のところに戻っていった。
遊びたくて逃げ出したはずなのに、不満そうでもなく、また僕を怖がっているわけでもなく、だ」
「あのときのこと、私もよく覚えている。
そうね、太一は大人しく戻ってきたわね」
義母も言う。
「そうなんだよ。
僕は、そこにちょっとした運命を感じていた。
で、だ。
今日は、その太一の命日なんだよ」
「言われてみれば、そうね、今日はその日だったわね」
その日って……。
女子高生時代の義母が誘拐されかけ、それを阻止しようとした義父と犬の太一が撃たれた、あの日だよね。
義父は刺された挙げ句に撃たれ、左肩から胸、腹にかけて、四発を食らい、肺と肝臓の一部、小腸の五分の一と脾臓の全てを失った。
中型犬の太一も、その頭蓋と身体で複数の銃弾を受け止め、首から上は残らなかったと聞く。
「太一が僕を美桜のところに案内し、さらに僕と美桜の命も救った。
結果として、あの犬がいなかったら……」
「ええ、それは考える。
私たちはいない」
つまり、美岬もいないということになる。
俺は黙って話を聞いている。
話の行き先は予想できるけれど。
「その太一が、善行を認められて、やさしい良い資質のまま人として産まれてきたら……」
「そうね、応報というものがあるのであれば、自ら悪いことでもしない限り、撃たれて死ぬようなことはもうないと信じたいわね」
そう言って頷き合う。
そして、義父は続ける。
「前世が犬かもなんて言い出して、真君を不快な気持ちにさせてしまったかもしれない。でもね、僕たち夫婦にとって太一は、あまりに特別な存在なんだ。
産まれた来たこの子を貶めるつもりはないし、むしろ気持ちとしては逆だということを解って欲しい」
「言われなくても解りますよ。
大丈夫、そんなことは思いません。
因果なんて言葉、非科学的だし、仕事にも有害な考え方だと思っています。
でも、そうとしか捉えられないことも、たくさん経験しています。
もしも、この子がそうだとしたら、幸せになってもらわないと。
そして、それはそのまま俺たち家族の幸せに繋がりますよ」
俺、そう答えていた。
そのまま会話は途絶えた。
ただ、部屋の中でゆっくりと時が流れていく。
俺は考えていた。
誰かを守りたい。
それが美岬の動機だった。高校1年の時に聞いた言葉だ。
「私に害意を持っている人であっても、守る、守れるのよ」
そう話した十六歳の美岬の顔を、俺は忘れていない。
いや、忘れられない。
俺にも同じく、その思いがある。
慧思だって、美鈴だって、みんなみんなその思いを持っている。
関係者という意味では、飼い犬ですらその意志を持っていたということだ。
俺だって、話に聞くその場にいたら、そして美岬を守るだめだったら、自らの身体で弾丸を止めようとしていただろうな。
今産まれたこの子は、男の子だ。
つまり、すでに明眼の呪縛を離れている。だから、将来どのような仕事に就き、どのように生きていくのかは判らない。
でも……、でもだ。
生きる目的に迷ったら、誰かを守るというその思いを。
明眼が十代続き、受け継いできたそのバトンを受け取って欲しい。
それは、どんな仕事に就き、どう生きようとも、それぞれの場で実現できるものであるはずだ。
あと1つか2つで、すべてのお話が終了の予定です。
淋しくて……。でも、さっとさアップしなきゃですね。




