第2話 出産
病院の入口から飛び込むと、姪の手を引いた姉の旦那がいた。
「こっちだ!」
あいさつもあらばこそ。
姪を抱き上げて走り出す。
俺、後について走る。
何年ぶりだろうね、この人の後ろを走るのは。
こんなときだけど、ちょっと懐かしい。
1000kmじゃきかない距離を、共に走ったからね。
で、階段を駆け上がったところで姉がいた。
「こっち」
こちらもあいさつは無し。
指差した方へ走り、分娩室前で看護師さんに誘導されて、そのまま美岬の枕元。
「来たよ」
とりあえずは、それぐらいしか掛けられる言葉が見つからない。
「頑張れ」も「お疲れー」も違うという気がしたんだ。
汗で髪を額に貼り付けて、美岬が俺の手を握る。
俺もその手を握り返す。
間に合ったらしい。
そこで、ようやく周りを見渡せる余裕が生まれた。
顔を合わせて何度かあいさつしている、担当の女医さん。
看護師さんたちも、顔を知っている数人がいる。
美岬の匂い、血の匂い、温かい別のなにかの匂い、アドレナリンの匂い、消毒薬の匂い、いろいろなものが一気に押し寄せてくる。
「もう、子宮口が開いてますから、次の波で産まれるでしょう。
間に合ってよかったですね」
女医さんの言葉に、既視感を覚える。
あいさつ抜きで要件だけを伝えてくる話し方が、俺たちと一緒なんだ。
違うのは、それが微笑みと共に話されたこと。
「ありがとうございます」
そう返事をして……。
「よろしくお願いいたします」
って付け加えた。
美岬の、俺の手を握る力が増した。
トレーニングを欠かさなかった美岬だ。
その握力は痛いほど。
美岬、痛みに耐えているのだろう。
「くぅ」
小さく泣いた。
俺、手を握り返す。
やっぱり「がんばれ」なんて言えない。
もう、充分以上に頑張っている。
握り返した手に思いを込める。それしかできない。
「おお、がんばったね。
頭が出たよー。
もう一息」
女医さんの言葉。
美岬と目があう。
それも一瞬。
指の骨が砕けるかと思うほど、美岬が俺の手を強く握り……。
「産まれましたよー」
女医さんの声がして、赤ちゃんが取り上げられる。
そして、一瞬の間をおいて小さな泣き声。
ばたばたと看護師さんたちが動く。
「3007g、男の子です」
産湯の前に、そのまま美岬の胸に。
赤いなぁ、赤ちゃん。
産声をあげて泣いたのは、本当に短い時間。
今は美岬の胸の上で、くうくうと眠っている。
ようやく、安心して美岬の顔を見ると……。
「おとうさん、まだ後産がありますからね。
もうちょっとだけお母さん、辛いですよ」
そうか、まだ痛みがあるのか。
それでも、美岬、精一杯微笑む。
産まれてきた子供と俺に。
「痛かった。
今も痛いけど、でも、本当に痛かった」
「ごめん、分かち合えられなくて、申し訳ない」
「なに、バカなこと言ってんのよ」
やっぱり強いなぁ、美岬。
「ちくちくする……」
ふと気がついたように美岬。
「ちょっと、縫合だけしちゃいますからね」
と女医さん。
「安産でしたよ。
よく頑張りましたね。
さぁ、これで処置、終わり。赤ちゃんも洗って、すぐにお返ししますから」
「ありがとうございます」
看護師さんが、赤ちゃんを美岬の胸から抱き上げ、お湯で手早く洗って、再び……。
「真、真も抱いてあげて」
と、美岬の声。
「ああ」
そう言って、看護師さんから受け取る。
小さい。
軽い。
顔もまだくちゃくちゃ。
でも生きているんだよね。
あ、小指の爪の形、俺にそっくりだ。
変なところが似ているなぁ。
そんな感慨に耽る間もあらばこそ。
「次、〇〇さん、分娩室入ります!」
あっという間に、分娩室から追い出される。
大変な仕事だなぁ、産科ってのも……。
ついに、です。




